TOMIさんの函館港イルミナシオン映画祭レポート06

3ヶ月前の8月下旬に『湯布院映画祭』に参加したばかりだというのに、 また遠方の映画祭に出かけて行く事になりました。今度は、冬の北海道━━12月1日(金)から3日(日) まで開催される『函館港イルミナシオン映画祭』への初参加です。
 年に2回も何泊もの行程で映画祭に参加するなんて”贅沢な!”と言われてしまいそうですが、 費用的にはそれ程でもないのです。『湯布院』へは行き帰りとも【青春18きっぷ】を フル活用しましたし、今回の『函館』行きも往復の航空券は搭乗日の28日前までに購入すれば 格安価格となるANAの【旅割】を使い通常料金の4割以下で入手できましたから、 両映画祭とも総費用は6万円前後で収まるのです。合計で12万円。 つまり毎月1万円ずつ映画祭貯金をしていけば賄える計算。『函館』から帰ったら、 来夏の『湯布院』に向け、また積み立てです。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(序)

 『函館港イルミナシオン映画祭』(以下『函館映画祭』と略式表記)の概要について、 主に映画祭の関連資料から転載して説明しましょう。本映画祭は、「街がまるごと撮影所のような函館から、 新しい函館発の映画を全国に発信しよう」と『函館山ロープウェイ映画祭』として1995年に始まったもの。 1999年に現在の名称に変更。市民有志の手作り映画祭であり、函館で中学・高校時代を過ごした ミュージシャンで映画監督(「オートバイ少女」等)でもある<あがた森魚>氏がディレクターを 務められています。上映されるのは若い将来性のある監督の作品やインディペンデント作品、 青函(青森、函館)を舞台にした作品などが中心。開催時期は、毎年12月第1土曜をはさみ、 金・土・日の3日間です。
 私のイメージの中での本映画祭の特長は、会場が函館で最も有名な観光スポットの一つで ある函館山の頂上にある[クレモナホール]が使用されるという事と、≪シナリオ大賞≫と いう脚本コンクールを主催している事でしょう。会期中に受賞作の表彰式も行なわれます。 また、受賞作が映画化されたなら、基本的にはここで上映される事に。 そういう経緯で上映された作品としては、2001年に一般公開前のプレミア上映として 披露された「パコダテ人」や「オー・ド・ヴィ」などがあります。今年のクロージングを飾る 「狼少女」もそう。実は、東京等では既に公開済みのこの「狼少女」は本来、 昨年の映画祭で上映される筈だったのです。それがなぜ1年遅れになったのか...?  訳は、本作上映の項で説明することにしましょう。

 開幕まであと僅かに迫ってきた現在、私は『映画祭』が結びつけてくれた人の縁の不思議さを 実感しています。きっかけは5年前、2001年の『函館港イルミナシオン映画祭』 (11月30日〜12月 2日)でしたが、そもそもの始まりは11月下旬にNHKのBSで 放送された、北海道を舞台にした「彼女たちの獣医学入門」(酒井美紀主演)という 単発ドラマを観たこと。私は昔から、映画でもTVドラマでも脚本家に注目して観る方でしたし、 覚えやすい名前だったので、同作の脚本家が今井雅子さんであるという事を自然に記憶したのでした。


 それから1週間ほど経った12月1日の”映画感謝デー”に、岡山市内のミニシアター 『シネマ・クレール』に入場した所、チラシの棚になぜか『函館港イルミナシオン映画祭』の 案内チラシがあったのです(置かれてあったのは、この年だけの筈)。上映作品の中で気に なったのは、「パコダテ人」(前田哲監督/宮アあおい主演)という作品。 この映画は本映画祭の≪シナリオ大賞≫の準グランプリを受賞したことから 前田監督の目にとまり製作された作品であり、映画祭での上映が初のお披露目になります。 その作品の脚本を執筆したのが、記憶に新しい今井雅子さんだったのです━━。 他にも観たい作品がたくさんラインナップに入っているし、ちょうど映画祭が開催されて いる時期でもあったので、帰宅後、映画祭のHPを覗いてみたら、 何とBBSにその今井さんの書込みが! まるで何かに導かれているかのような(ちょっと大袈裟ですが)巡り合わせが面白く、思わずその書込みに、ここへ辿り着いた経緯と、映画「パコダテ人」のヒット及び今井さんの今後のご活躍をお祈りする旨レスした所、今井さんからお返事が。  その年の暮れには彼女の個人サイトもタイミングよくオープンし、 以来ずっと今井さんとは主にネット上でのお付き合いが続いているのです。 「パコダテ人」が公開された時には、東京・大阪の公開館で計2度お会いした事もあります。 彼女は昨年、『函館映画祭』に初めて”ゲスト”として参加。今年は春に「子ぎつねヘレン」、 秋には「天使の卵」という2本の脚本作が公開される充実ぶり。その上、 『湯布院映画祭』開幕前日の8月22日には、初めてママに!

 今夏の『湯布院』で私は、数年ぶりに同映画祭に参加された『宮崎映画祭』実行委員のSさんと いう方と知り合いました。これも「パコダテ人」が縁なのです。本作は、 2002年の春から夏にかけて一般公開され、同年9月には『宮崎映画祭』で招待上映されました。 その時、Sさんはゲストの今井さんとも色々話を交し、以来彼女のHPを訪問し続けることに。 掲示板への書込みまではされていなかったのですが、常連である私の書込みをいつも読んで 下さっていて、私が今夏の『湯布院』にも参加する事を知り、出来れば会いたいものだと 思って下さったのです。けれど、私の顔も本名もご存知ないため、そのままだと対面は実現 しなかったでしょう。
 Sさんはmixi(ミクシィ)の会員であり、その【『湯布院映画祭』コミュニティ (興味のある共通の話題を交わす場)】で映画祭の諸情報を求めた所、応じて くれたのが偶然にも、私と同じ岡山県から毎年『湯布院』に参加されているOさん だったのです(『湯布院映画祭』の拙レポートにもよく登場してもらっている方)。 当然、私の事もよくご存知なので、会場で2人を引き合わせて下さったという次第。 Sさんとは最終日まで毎日お話しする機会があり、mixiにも誘って頂くことに (mixiは既に登録している人の紹介がなければ入会できない仕組み)。

 私がmixiの仲間入りをしたのは、『湯布院映画祭レポート』が完成し手が空いた 10月初旬のことでした。mixiには各人が日記を綴れる機能が備わっており、 また『函館映画祭』HPの掲示板が迷惑メール多発につき閉鎖されているため、 mixiの私の日記で『函館映画祭』行きに関して連載のような形で記していた所、 11月になって、何と前述のあがた森魚さんからメッセージが送られてきたのです━━「函館で、 お待ちしております」と。映画祭名で検索してみたら、私の日記がヒットしたのだとか。 早速お礼の返信をお送りすると、あがたさんからまたメッセージが、 「岡山から来て下さるんですね。映画祭でお会いできることを楽しみにしております」。  インターネットを介して、見事に繋がっているのです。 2001年12月に『函館映画祭』HPのBBSに私が書き込んだ事から始まり、 ちょうど5年後に『函館映画祭』の創設者のお1人から私宛ての メッセージを頂戴する━━。初参加なのに、何だか里帰りするような、そんな気分です。

 上映作品やゲストが発表されたのは、11月も中旬になってのこと。 私は1年近く前から今回の参加(オープニングから閉幕までのフル参加)を 決めていたので、発表がいつになろうが関係ありませんが、ラインナップを 見てから参加の有無を決断する人は、休みの確保など色々大変なのでは。それに、 こんなにぎりぎりの発表で、宣伝は大丈夫なのか部外者ながら気になります。
 ゲストの顔ぶれも加味した上映作品の目玉は、1日(金)夜の「やわらかい生活」と、 2日(土)午後の「筆子・その愛」。どちらも主演女優が来場される予定なのです。 前者は寺島しのぶさん、後者は常盤貴子さん。「筆子・その愛」は、猛暑だった今年の夏、 私の住む岡山県でロケされた作品であり、縁のようなものを感じて何だか嬉しくなります。 ただ...、会場の[クレモナホール]はそれほど大きな所ではないみたいで、 問合せの多いこの2作品については、上映開始の1時間前より入場整理券が配布される事に。 問題なのは、両作の前に上映される作品を鑑賞していると、整理券の列に並べないこと。 券がなければ、入場はまず無理。観たい作品ばかりなので、取捨選択に悩んでしまいます。
 夜にはパーティー等の交流の場も。公式パーティーは2日(土)のみですが、 毎年【牛頭(ごず)BAR】という映画祭期間限定のバーがオープンし(今年は金・土)、 ゲストや映画祭スタッフと一般参加者が呑んだり食べたりしながら話を交わし、 その日の映画祭の余韻を味わえるようになっています。 こうしたもてなしの温かさは定評のあるところ。本映画祭も『湯布院映画祭』同様、 会場やパーティー等でのゲストやスタッフの皆さんとの交流の充実度で、全体的には”外れなし!”の 楽しさに違いないでしょう。
 岡山はまだ晩秋といった気候ですが、北海道はもう本格的な冬の筈。 雪の季節に開催される映画祭の素晴らしさは、 昨年初参加した『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』で しっかり体験できています。さて━━、 函館の雪は、映画祭にどんな彩りを添えてくれるのでしょうか。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(1)

 毎年夏の恒例行事となっているのが、8月下旬の『湯布院映画祭』行きと、 それに続く『映画祭レポート』の書込み。最近では、まずその年の映画祭を総括してから、 日程に沿った具体的レポートに進むというのがパターンになっていました。今回の 『函館港イルミナシオン映画祭』(読み方が『はこだて みなとイルミナシオン〜』と いう事を会場で初めて知りました/以後は『函館映画祭』と表記)へは初参加となりますから、 余計な事前情報抜きで、そのとき私が感じていたドキドキ感を少しでもリアルに再現できるよう、 早速、本編に入ろうと思います。

 出発は、開幕前日の11月30日(木)。岡山空港12:15発のANA機です。当然、 北海道用の服装で空港入りしましたが、この日の岡山は気温があまり上昇せず、 助かりました。空港内で昼食を済ませてから、搭乗。定刻通りのフライトで、新千歳空港には 14:00に到着。周辺には、ほとんど雪が見られません。空港からJRでまず向かうのは、 札幌。すすきのに在るミニシアターの『シアターキノ』を訪ねるつもりなのです。 映画を観るほどの時間はありませんが、受付に用意されている”或る物”を見学するのと、 同館の中島代表へのご挨拶が目的。
 話は今夏の『湯布院映画祭』まで遡ります。以前から気になっていた女性監督・安田真奈氏の 劇場用デビュー作「幸福(しあわせ)のスイッチ」が試写上映され、私はいっぺんに作品と 監督の大ファンに。パーティー等でもたくさんお話しさせて頂きました。以後は、 監督のHPにも度々書込みさせてもらうサポーターとなって現在に至りますが、 田舎の電器店を舞台にした同作が、ちょうど私が北海道に滞在している時期に『キノ』で 上映されているのです(岡山では年明けの1月13日より)。しかも、”電球を持参し、受付の ソケットに差して点灯したなら1,000円に!”というユニークなサービス付きで。サポーターとしては、 見逃す訳にはいきません。そのソケットの実物を見てくるつもりなのです。また、 映画館見学(特にミニシアター)も大好きなものですから。それに加えて、 中島代表が明日の『函館映画祭』初日のゲストになっておられるというつながりも。 事前にHPの掲示板に書き込み、見学の許可も取得済み。

 札幌に近づくにつれ積雪が見られるようになり、市街地に入った辺りからは完全に降雪状態に。 地下鉄に乗り換え、すすきの駅で下車。地下街を少し歩いてから地上へ。アーケードのある狸小 路商店街を5〜6分歩いた3つ目の信号手前の建物の2階に入っているのが『シアターキノ』。 迷わず来られましたが、途中の信号の所では車道の方から雪がかなり降ってきているので、 大きな荷物を下げたまま小走りにならざるを得ませんでした。
 『キノ』のロビーには、棚にたくさんのチラシが。有難く頂戴した後、 受付へ行き、中島代表への取次ぎを依頼。奥の事務所から出てきて下さいましたが、 明日から2日間の函館行きを控え大変お忙しくされていたので簡単に挨拶のみ交し、 「また明日、改めて」ということでお別れしたのでした。口ひげをたくわえておられ、 同じ中島姓でもある「嫌われ松子の一生」の中島哲也監督によく似た方だったなというのが、 後からの印象。この日(木曜日)は当館のレディースデーであり、次々お客さんが入場券を 買い求めていきます。その間隙を縫って、”幸福の電球を灯すソケット”を拝見。 周りをきれいな紙の円筒で囲んだソケットが、違和感なくテーブルの上に置かれてありました。 それから、ここのロビーは映画ファンにとっては凄い宝の山! 訪れた映画関係者たちの何十 というサインが、白い壁の至る所に記されているのです。━━明日『函館映画祭』の オープニング作品として上映される「やわらかい生活」の廣木隆一監督と脚本家の荒井晴彦氏の サインを発見。台湾の名匠、「珈琲時光」の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督のものも!  30分ぐらいかけてじっくり一つずつ眺めていきたかったのですが...。時間がなかったため、 心を残しながらも同館を後にしたのでした。近くの店で夕食をとり、再び札幌駅へ。

 18:12発の特急で、函館をめざします。雪による遅延も一応覚悟していたものの、 まだ冬も始まりの時期なので、列車は無事定刻の21:48に函館駅へ。 北海道の南端に位置すると言って良い函館。雪の札幌も積雪量は大したことがなかったので、 函館にはまだ冬の使者が訪れていないのでは、と予想しましたが、大きく外れ。一面の銀世界です。 少し粉雪が舞う中を、駅から徒歩3分程のホテルをめざします。雪のほとんど降らない 温暖な岡山の地に住む者にとって、積雪を踏みしめる音と感触は新鮮なもの。それだけでちょっと 心が浮き立ちます。もっとも、翌日以降”またか!”とだんだん雪にうんざりしてくるのですが...。 ホテルはインターネットで見つけた1泊朝食付き3,800円(2泊以上でのサービスプラン)の所。
 チェックインを済ませ、エレベーターに乗り込むと、そこに映画祭のポスターが。 じっと見入ってしまいます。私にとって、何よりの歓迎です。道路側に面した見晴らしの良い 5階の一室。セミダブルのベッドで、ユニットバスも付いており、 この料金では文句のない設備。明日は7時からの朝食をとったら、 すぐ市内のあちこちを散策予定なので、荷をほどき、早めに床につきます。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(2)

 映画祭初日の12月 1日(金)、起床は5時半。函館名物の朝市が開かれているのが、 ホテルのすぐそばなので、海鮮ものにあまり興味のない私も、 一応見て回ろうという気になっているのです。用意して6時頃に表へ出ようとすると 、かなりの雪。部屋に戻り傘を持って来て、朝市へ。カニやイクラ好きの人にとっては、 たまらない光景なのでしょうが...。ひと通り回って、こういうものかとあっさり納得した後は、 そばの函館駅へ。構内を見学です。6時30分に色んな店が開店。 ちょっとだけ冷やかし、ホテルへ帰ろうとして駅舎を出た所で、初めて函館山を目にしました。 そう高くありませんし、ここからだとそれなりの距離もあり、また雪模様の曇り空なため、 はっきりとは見えず、映画祭ムードが高まるという感じにはなりませんでした。この時は、 まだ。
 7時からの朝食は、フロント横の喫茶ルームにて。セルフサービスでのパンモーニングです。 毎日同じメニューでしたが、この日は初めてなので、トースト・ゆで卵・クラッカー等ひと通り口に。 お腹がふくれた所で、これから散策ついでに食べ歩きもするつもりだったのを思い出し、 失敗したと舌打ちしてしまいました。部屋で出かける準備をしながらテレビをかけていると、 芸能の話題で来年公開の話題作「愛の流刑地」完成会見の模様が画面に。 主演女優の寺島しのぶさんも当然、映っています。彼女は本日、 映画祭のゲストとして来場される予定。2003年の『湯布院映画祭』と、 2005年の『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』で、それぞれ少しだけお話し した事のある彼女ですが、”今テレビに映っている女優さんが、 今日はここ函館においでになるんだ”と、ちょっと不思議な思いに捉われたものでした。 寺島さんらのゲスト挨拶のある「やわらかい生活」の入場には整理券が必要。 配布予定時刻に上映されている別の作品も観たいし、簡単な舞台挨拶だけでなく30分程度の トークショーも行われる「やわらかい生活」にも入場したいし...。 とりあえず前の作品を観るようにし、面白くなければ中途退場して、 整理券の列に並ぼうか━━などと、雪の舞う窓外を眺めながら、 手を考えたのでした。雪が小降りになるのを待って、出発。

 まず駅前から、函館山とは反対方向の市電に乗車します。岡山市内でも走っていますが、 函館の市電は営業キロ数も長いし、市民や観光客の手軽で便利な足としてより親しまれている よう感じられました。電停も、雪に備えて屋根付きです。料金は一律ではなく、キロ数によって変動。 最低料金が200円です。車中で【市電一日乗車券】を購入し、函館駅前から8つ目の[五稜郭前] 電停で下車。ここで降りたのは、五稜郭を見物するためではありません。市内で唯一のミニシアター 『シネマアイリス』を訪ねるのが、目的。映画館、特にミニシアターを見学するのが好きなのです。 函館は街の規模としてはそんなに大きい所ではなく、一歩裏通りへ入ればすぐ住宅街になっていたり...。 『シネマアイリス』があるのは、そんな場所。ちょっと驚いたことに、普通の6階建てぐらいの マンションの1階に入居して、こぢんまりと営業しているのです。けれどプログラムは、 1日に5本の映画を上映するというダイナミックな内容。頑張って続けていってほしいものです。 せっかくここまで来たのだからと、数分歩いて五稜郭タワーをそばから眺め、Uターン。
 再び市電に乗って駅方面へ戻り、そのまま終着駅の[函館どっく前]まで乗車。 序文で挙げた映画、宮アあおい主演の「パコダテ人」のロケで使用された[大正湯]が この近くにあるのです。市電が走っているのは平地ですが、すぐそばから坂道が始まっており、 3〜4分のぼって行くと四つ角に、レトロで風格のある建物が見えてきます。現在も銭湯と して営業中。正面から、横から、斜め後ろから眺め、最後に出入口のガラス戸から番台の辺りを 覗き込み、気が済みました。周囲に目をやると、函館山がかなり間近に迫っており、 映画祭の会場のある山頂展望台もよく見えます。気分がかなり盛り上ってきました。 また、[函館どっく前]という電停名でも分るように海にも近く、坂の途中を横に伸びる 道を少し歩けば、港町らしい風景が━━。坂を降り、市電の走る大通りを横断すると、 その先もすぐ海。これから向かうのは、食べ歩き1軒目のお店です。

 なるべくお腹を空かせようと、昔ながらの建物が幾つも残っている海沿いの道を電停2つ分 ほど歩いて、本映画祭と同じく5年前から来たくてたまらなかった『ラッキーピエロ』の ベイエリア本店へ到着。各種ハンバーガーを中心とした道内ではかなり有名なお店で、 函館周辺にしか店舗がなく、札幌辺りから片道4〜5時間かけ車でやって来る人もいるのだとか。 一番人気のチャイニーズチキンバーガーを大満足で平らげました。やみつきになる美味しさ。 滞在中にもう1〜2度訪れなければ。すぐ隣りも当地の名物店の1つである、道南のコンビニ 『ハセガワストア』。注文してから調理され店内でも食べられる定番のやきとり弁当 (実際は豚肉の串焼き)が有名です。明日以降食べに寄る予定なので、今日は様子見の つもりで店内へ。すると、奥のコンビニスペースに色んな俳優のサイン色紙が飾られて あるのを発見。宮アあおいちゃん始め「パコダテ人」組のものもあります。撮影中、 ロケ隊のお弁当を当店から破格値で提供してもらっていたようですから、その縁なの でしょう。ここにサインがあるのは全く知らなかったので、とても嬉しくなりました。 また、『函館映画祭』のリーフレット(A4版2つ折り)が置かれてあるのに気づき、 友人・知人へのお土産用にと4部ほどバッグへ。ほんとはもっと欲しかったのですが、 残部が僅かになってしまうので控えました。1人でも多くの人にこれを持ち帰ってもらい、 参加してもらいたいですから。

 映画祭の本日のプログラムは、まず10:30よりインディペンデント作品3本が上映されます。 私はこれはパスして、13:00から始まるシンポジウムより参加の予定。尚、序文にも記しましたが、 本映画祭はインディペンデント作品の上映も一方の柱としており、今回も第2会場 (ベイエリアの倉庫街近くの[はこだて写真図書館1F])にて、本会場と同じく 3日間に渡って同ジャンルの作品が数多く上映されていきます。
 さて、時刻は11時前。次に向かうのは、港そばの『ハセガワストア』から 徒歩で市電の走る大通りを越え、函館山から続く坂道を3分ほど登った所にある 『カフェやまじょう』(11時開店)です。ここは、映画祭副委員長の太田氏が 営んでおられるカフェ。「パコダテ人」の脚本家:今井雅子さんとも懇意な方ですし、 たくさんの映画ロケにも協力しておられますから、是非カウンター席でコーヒーを 飲みながら、色んな撮影の裏話など聴かせて頂きたいのです。が...、入口の戸に” 映画祭期間中は12時よりの開店とさせて頂きます”の貼り紙。【市電一日乗車券】が あるので、いったん函館駅に戻ることにします。

 駅舎内でトイレを済ませ、会場に持ち込む飲物とパンを構内のコンビニで購入。 事前に実行委員会宛てメールで問合せした所、”展望台にもレストランはあるが 観光地相場で結構値段が高かったように思う”との回答だったため、『湯布院映画祭』で よくこうしていたように軽食を持ち込むことにしたのです。待合所で少し休憩し、 再び市電で、さっきの『カフェやまじょう』の最寄りの電停[十字街]まで。そこから すぐ見えているのが、昔ながらの塩ラーメンの『鳳来軒(ほうらいけん)』。空腹とは 程遠い状態でしたが、やさしい味のスープだったので、無理せずとも一杯食べ終わりました。 もっとも、スープまで飲み干すという訳にはいきませんでしたけど。
 バッグから折り畳み傘を出そうかどうか迷う程度に雪が降る中を5分ほど歩き、 12時ちょうどに『カフェやまじょう』へ。営業中の札がかかっていたものの、 店内にはご主人はおられず、奥様のみ。太田氏は、第2会場にて映写を担当されているのだそう。 残念。奥様にご挨拶し、短く立ち話した後、「ご主人には今夜のパーティーで お目にかかれる筈ですから」と、席につくことなく辞したのでした。 そろそろ会場に向かった方が良い時間...。 ここは坂の途中を少し入った場所にあるお店ですが、そのまま坂を上っていけば、 函館山ロープウェイの山麓駅へ辿り着けます。5〜6分で到着。ロビーには、 映画祭の受付が。上映作品やパーティーの入場券の販売やパンフレットの配布等を 行っているようで、「やわらかい生活」「筆子・その愛」の整理券もここで配られる 予定になっています。明日夜に展望台3階にて行われる公式パーティーへ参加できるのは、 100名限定。予約していたチケット(3,000円)を受け取り、「岡山から来て、 友人たちへのお土産にしたいので」とパンフレット(A4版22頁。内、半分は広告頁)を 8部頂戴したのでした。無料なのに、封筒にまで入れてくれ、感謝。整理券配布について 尋ねると、その前の作品を鑑賞している者に対しては会場内で配られる事になったのだそう。 これで全作品を観ることが出来ます! ひと安心。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(3)

 映画祭のチケットは【1回券(前売り大人1,200円)】 【1日券(前売り大人2,500円)】【3日間通し券(前売りのみ/5,000円)】の3種類があり、 各々ロープウェイの往復搭乗料金も含まれています。その運賃だけでも千円以上するのですから、 これはかなりお得。私は、発売開始間なしの11月初旬に≪チケットぴあ≫で【3日間通し券】を 購入済み。それを提示してロープウェイに乗り込みます。片道、約3分。粉雪が舞う中、 ぐんぐん上昇していきます。海が見えてきますが、鉛色で青さは感じられません。 葉をおとした山の木々も雪化粧しており、凍(しば)れる冬の景色はなかなかのものです。 映画「パコダテ人」のラストシーンが撮影されたのは、函館山の中腹にある公園。忘れず チェックしました。
 展望台に到着。ここで、ある人と落ち合うことになっています━━昨年2月に初参加した『 ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』で知り合った札幌在住のHさん。 彼も今回初参加することになっているのです。具体的な待合せはしていませんが、 広い会場ではないのですぐ会えると思っていたら、早速トイレでばったり。 彼は午前中からインディペンデント作品を鑑賞していたとか。私とは逆に、 次のシンポジウムはパスするというので、別行動となりましたが、シンポ後の 上映からは3日間ともほとんど並んで鑑賞したのでした。会場となっているのは、 2階にあるイベント用の[クレモナホール]。出入口の脇に映画祭の受付があり、 チケットや上映作品のパンフレットの販売等を行っています。すぐそばがレストランで、 メニューを眺めてみると手頃な値段の料理も幾つかあり、期間中一度は入店してみようと 思ったものの、プログラムの合間の休憩時間が短かったり、行列に並んでおかなければならな かったりで、結局利用せずじまいでした。

■1日(金)■ ≪シンポジウム・・・ 13:00より≫
 持参した【3日間通し券】を受付に見せると、 通常の窓口販売用のチケット(映画の前売券と同タイプのもの)に交換されます。 以後は入場の都度、これを提示することに。ロープウェイに搭乗する際も同様です。 初めて足を踏み入れたホールは、想像していたより幾分広め。席数は100ぐらいかと 予測していたのですが、定員は160人との事。床もある程度傾斜しています。ただ、 座席は映画館のようにふかふかではなく、木製で固め。丸い小座布団が置かれていますが、 長時間座っているとお尻がかなり痛くなってしまいました。前後の間隔は、前の椅子の下に 足を伸ばせるので、見た目ほど窮屈ではありません。スクリーンサイズは、そういう前後の 椅子の近さや、ここが展望台の中の施設という関係での天井の低さもあり、同程度のキャパの ミニシアターと比べると、半分ぐらいの大きさでしょうか。とはいえ、スクリーンはスクリーン。 上映作品のほとんどを前方の席で観ましたが、それなりの迫力はありました。

 さて、定刻に。「嗚呼、戸惑いの映画祭」と題するこのシンポは、 【各地の映画祭を取り巻く状況は、夕張の映画祭を例に挙げるまでもなく大きなターニング・ポイントに きています。各地の映画祭関係者を招き、その課題と今後の展望を話し合います (パンフレットより)】という趣旨のもの。最初に、昨日お訪ねした札幌の『シアターキノ』 中島代表による講演が行われます━━「コミュニティ・シネマ、そして、映画祭」について。 コミュニティ・シネマとは、地域に密着した市民映画館のこと。 女性司会者に紹介され、中島氏が登場。講演といっても、かしこまったものではなく、 スクリーンと客席最前列との間が3メートルぐらい空いているので、そこの床に用意された 折り畳み椅子に着席し話を始められます。「暗〜い話になったら、ごめんなさい」(笑)と 客席をリラックスさせてくれ、現在『キノ』で上映中の「麦の穂をゆらす風」 (カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)の分析から、多様性とインターネットのこと、 これからのデジタル映画の状況、その中での文化の公共性...等について30分ほど語られました。

 講演の具体的内容についても記しておきましょう。「麦の穂をゆらす風」は中島氏の今年のベストワン作品。けれど、すごく重たいので、どういう宣伝が良いのか模索しながらやってきたとの事。「お陰さまで大ヒットとなりました」。今年の公開作では、「かもめ食堂」「ゆれる」に次ぐぐらいなのだとか。『キノ』は昨日の木曜日がレディースデー。この前の土・日の入りからすると、パンクするぐらい押し寄せるのではと予想していたら、そこそこ程度の混み具合だったそう。「じっくり本気で観たい人が、この日を避けたのでは。本物の映画を観たい人━━この映画祭に来てくれているような人たちに支えられてヒットに結びついたようです」。
 昨年、中学生の映画作りワークショップを開催した際、どんな映画を観ているか尋ねた所、返ってきた答えは、「パク・チャヌクの『オールド・ボーイ』が好きです」(『カンヌ国際映画祭』グランプリ作品/韓国映画)。「いや、もうびっくりです。この映画は【R15指定】ですから、当然DVDでの鑑賞。色々訊いてみると、映画館には行かないが、自宅のパソコンでたくさん映画を観てるんですね。彼らの世代では、DVDでの映画鑑賞が一般的。もう、生まれた時から携帯電話がある、メールが出来る、DVDがある、という時代なんです。現在すでに、DVDの売上の方が劇場公開での興行収入より6対4ぐらいで多いのですが、ますます差が大きくなるでしょう。インターネットでの配信も、これから急激に普及してくる筈。ビデオやDVD化されてない”昔の幻の作品”だって、ネットの中でなら観られる事があるんですから。ネットは、あらゆるものを網羅しつつあります。ないのは、ハリウッドの大作ぐらい。これは、どこでても観られますから」。『キノ』では、年間150本ぐらいの映画を公開しています。中には最初から赤字覚悟のものも。「なぜ公開するのか? 多様性を伝えるためなんです。けれど、ネットの発達で、そういうものもカバーされてしまう。5年ぐらいの内には、映画の流通過程がめちゃくちゃ変えられていくのではないでしょうか」。これからの映画館のあり方にも言及されます、「コミュニティが大事だと思います。独自の企画力を発揮してプログラムを組み、地域の中で何かを生んでいくようにしたい。企画力がますます問われてくると思います」。
 最後に語られたのは、最近公開されたばかりの「ありがとう」 でも描かれている”阪神淡路大震災”での事。氏は、神戸のご出身で、 知合いが家屋全壊の被害に遭われたのだそう。「震災から2ヶ月後、 今はもうなくなった三宮の『アサヒシネマ』で無料上映会が催されました。 1週間、すごい満員状態が続いたそうです。衣食住がどうにかなったなら、 次に求めるのは文化。映画の力は凄いんです。多くの人にとって、映画がそばにない人生と いうのはあり得ないんです。僕たちが頑張ってやっていけるのは、そういう心の拠り所がある からだと言えます」。講演を聴いて、いつかは『キノ』で映画を観たいと より強く思うようになりました。

 講演が終ると、シンポジウム用に椅子が並べられ、パネラーの方々が登場されます。 『元なみおか映画祭実行委員会』の山内氏、『穂別のプロデューサー』斉藤氏、 『函館映画祭実行委員長』の米田氏の3名に、先ほどに引き続いての中島氏。 話を引き出すナビゲーター役を務めるのは、本映画祭東京事務局のあがた森魚氏と 同じく俳優の小林三四郎氏。なお、『ゆうばり映画祭を考える市民の会代表』の 澤田氏(岡山の地方紙『山陽新聞』12月21日付の【ひと】欄で取り上げられていた方)は 急に都合が悪くなり、到着が遅延するため欠席となりました。私が2005年2月に初参加し 虜にされた『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』は、夕張市の財政破綻のあおりを受け、 2007年より中止されることに。が、澤田氏らは、映画人やファン・市民らにとって特別な存在だった 映画祭の灯を消したくないと、有志で特定非営利活動法人「ゆうばりファンタ」を設立し、 2007年夏以降の復活をめざしているのです。一番話を聴きたかった方なので、非常に残念。
 まずは自己紹介を兼ねて、パネラーの方々が順にマイクを手にされます。 映画ファンの間で人気の高かった『中世の里なみおか映画祭』は青森県の浪岡町で 1992年から開催されてきましたが、同町が2005年4月に青森市と合併し、 諸般の事情で存続が困難となったため、同年11月の開催を最後に、 やむなく中止となりました。私が聞いている範囲での中止に至る主な理由は、 行政側の”映画という文化に対する無理解”。映画祭の精神を守るため、 それまで後援を受けていた行政と訣別することになります。「お金の補助が なくなったのは覚悟の上なので仕方ないけど、企業の協賛金がかなり 減少してしまいまして。自分たちの趣旨に沿ったものが出来なくなったので、 こういう事になりました。現在、別の形を模索している所です」と山内氏。 昨年、ここ『函館映画祭』で「田んぼdeミュージカル」という映画が上映されました。 道内にある穂別町の高齢者たちが製作したものなのです。斉藤氏は同作の脚本と プロデュースを担当、「今年10月に開催された『甲賀映画祭』(滋賀県)で 『田んぼ〜』が上映され、批評家たちからも注目され、びっくりでした」。 『函館映画祭実行委員長』の米田氏は、「今年で13回目になりました。1年に 2回開催した事があるので、12年で13回ということになります。あがた森魚監督の 『オートバイ少女』の上映が、映画祭をスタートするきっかけでした。 いつの間にか10回を越え、これからどっちの方向へ向かって行けば良いのか、 色々参考意見もお聴きしたくて、こういうパネラーの皆さんに集まってもらいました」。

 あがた氏はハンチングをかぶっておられ、最終日までずっとそのお姿でした。彼も残念がっておられたのが、澤田氏の欠席。『函館映画祭』を立ち上げる際イメージしたのが、何度も参加していた『ゆうばり映画祭』だったのです。再開に向けての最新情報を知りたい気持ちは、私などの何倍も強かったに違いありません。「話したかった事は、さっき洋さん(中島氏のこと)がほとんど語ってくれたからなぁ・・・。映画祭をこれからどうしていけばいいのか、一概には言えませんね。とにかく、函館から何かを発信していく映画祭でありたいということです。これまで何本か映画を製作してきました。今回クロージングで上映する『狼少女』も、そう。今後も、シナリオ大賞の受賞作を映画化していきたいですね」。
 あがたさんと同じく東京からおいでになった小林氏は、【日本の映画祭&映画賞】が 特集された新聞を参考資料として、パネラーたちの前の床に広げられます。これは東京新聞のサンデー版 (2006年10月8日付)であり、主な映画祭がその内の半分ぐらいは写真も入れられ紹介されています。 実は偶然、私も自宅に同じものを保存しているので、すぐにぴんときました。横浜在住の同じ映画 サークルの人が送ってくれていたのです。紙面に”中止となった映画祭”として掲載されているのは、 「『ゆうばり』に、それから『なみおか映画祭』もありますね〜」(笑)と小林氏が わざと明るく指摘。「共闘していきたいし、支援したい気持ちも強いので、 まず『なみおか』さんの方からお話を━━」。

 山内氏が映画祭の発足から中止に至るまでの経緯を語られます、 「浪岡町に『中世の里』という施設が出来、予算も下りたので、 映画祭を始める事になりました。町は口を出さないし、会場も無料。映画好きな人を 集めて実行委員になってもらい、自分たちで決め、自分たちでやってきました。 14回目の2005年には、亡くなられて10周年ということもあり、”神代辰巳監督作品の特集”を 計画。ところが4月に青森市と合併すると、神代作品の中でポルノ映画(日活ロマンポルノ)は だめだということに。ラインナップからそれらを外さなければ、会場の使用許可も出せないと 言うのです」。神代演出はポルノという枠を突き抜け、男と女をとことん描いた作品群で こそ真価が発揮されています。ロマンポルノ時代の傑作が上映できぬなら、 特集をやる意味がないでしょう。「こんな条件を呑めば、映画を差別することに。 映画祭をやっている人間として、到底できることではありません。 調整の努力もしてみたのですが、ポルノはとにかく議会と婦人団体が”だめだ”の一点張り。 話のもっていきようがないんです。行政の後援がなくなり、予算は4割ぐらい減少。 映画のレンタル料を安くしてもらい、何とか開催に向け準備を進めましたが、今後は 行政に何かと口を出されるのは必至と思われました。これでは意味がないので、 止めようという事に。ただ、2005年の映画祭は、今までの会場が使えないなら場所を 移してでも、やろう。とにかく鑑賞の場を設け、観客に作品を観てもらった上で止めようと、 どうにか開催に漕ぎつけました」。

 穂別の斉藤氏は、「私らは、役所とは別の所で映画を作るようにしました。 映画を撮りたいなんていう年寄りたちは、役所から嫌われているような特別の 人たちが多かったんです(笑)。完成後も役所からはあまり良くは言われなかったけど、 全国的な話題になるにつれ、いつの間にか役所がずいぶん協力したという風にされて しまっているようです。役人に嫌われるものが、文化。そういうものこそが文化でしょう」。 色んな話に耳を傾けていたあがた氏が口を開きます、「たぶん結論というものは出ないだろうし、 意見のすれ違いもあるだろうけど、ここでこうして話をしていること自体が、いいな。 ネットの発達で、いつかは映画館やこんな場所に集まって映画を観るという機会が なくなっていくかもしれない。トーキーになっても、チャップリンが無声映画を しばらく撮り続けたような事は出来ても、大きな流れはどうしようもないのかもしれない。 けれど、人が集まって何かをやるのは、やはり素晴らしいこと。 無くしたくないし、無くなってしまうことはないでしょう」。
 講演でたくさん喋ったためか控え目だった中島氏もそろそろ発言されだします、 「行政からの予算というのは、元々僕たちの税金なんですよね。堂々と、 こう使いたいんだと主張していけばいいんです」。米田実行委員長は、 「このシンポをやろうとしたきっかけは、私たちにとって馴染みの『ゆうばり』や 『なみおか映画祭』が相次いで中止という事態になったから。特に『ゆうばり』は、 目標とする映画祭でした。2月の寒い中、多くの市民がファンタスティックに迎えて くれるのは本当に素晴らしいこと。ああいうものに近づけていきたいと願っています。 まだ浸透度の低いこの映画祭ですが、地域の中でしか出来ないという事があると思うんですね。 パネラーの皆さんにあれこれ話をしてもらい、何かヒントが得られたらというのもシンポの 目的の一つです」。皆さんからの話はなおも活発に続きますが、そろそろ終了時刻の14:30が 迫っています。最後に「1分だけ!」と中島氏より、「今日出席できなかった澤田さんは、 『ゆうばり映画祭』が始まって3〜4年目の頃に札幌から夕張に戻り、 映画祭の応援団を作り現在までその活動を続けています。そういう人材を 地元に戻しただけでも、年1億円近かったと言われている予算を使った価値が あるのではないでしょうか。人材を育てる力が、映画祭にはあるんです」。

 僅かな残り時間で、観客からの質問を受けます。挙手したのは 『あおもり映画祭』で実行委員をされており、ここのスタッフとも顔なじみらしい方、 「『あおもり映画祭』は今年15回目が終りました。1〜2回目はスポンサー付きでした。 3〜10回は、実行委員が資金を負担。11回目からはチーム毎の独立採算制にしています (上映会場が県内各地に分散しているので、その単位でのチーム分けの意味か)。 回を重ねるにつれ、全県的な広がりをみせるようになりました。1回目から行政は からんでいませんが、最近、行政が映画祭を利用しようという動きが出てきています。 で、質問ですが、映画祭に行政が関わるのは必要なことでしょうか?」。中島氏が 答えかけるも、ここで遂に時間切れ。「続きは、今晩のパーティーでじっくり話しましょう」と いうことに。パネラー・ナビゲーター揃っての締めの声は、「来年、またやりたいですね」でした。 退場時に、聴衆の数をざっとチェック。30〜40名といった所だったでしょうか。
 私は『湯布院映画祭』に6回参加し、運営のやり方や実行委員の方たちのご苦労など少しずつ 分ってきたつもりですが、他の映画祭への参加はまだまだ少なく、今回のシンポで個々の映画祭の 裏側がこんなに違うことを知り、驚きました。ほんとに映画が好きでなければ出来ないし、 好きなだけでは続けられないでしょう。私などでは、とてもこういう裏方は務まりそうに ありません。ならば━━。せいぜい毎月の積み立てに精を出し、一つでも多くの映画祭に 参加して、盛り立てていきたいと思います。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(4)

■1日(金)■ ≪「美式天然」・・・ 15:00より≫
 シンポジウムが終了すると入れ替えとなり、全員いったん退場し、 次のプログラムの入場開始を整列して待ちます。開場はたいてい上映開始時刻の 5分前ぐらいでした。Hさんと一緒に入場し、並びの席に。観客はシンポの時より 増えているものの、平日の昼間の上映ですから、それほど多くはありません。 私の観る1本目の映画は、特別招待作品の「美式天然」。”うつくしきてんねん”と 読みます。2005年の『トリノ国際映画祭』でグランプリと観客賞を受賞した作品。 北海道のとある映画館が解体される事になり、この消えゆく映画館をフィルムに残したいと 1人の男が思った所から本作の製作はスタートします。その男とは、坪川拓史監督のこと。 呼び掛けに、多くの俳優・スタッフが賛同してくれ、1993年より9年という歳月をかけて 映画は完成します。本作の断片的な情報は何年か前に私の耳にも届き、”いつかは必ず観たい!”と 願っていただけに、クロージング作の「狼少女」と並ぶ期待の作品でした。
 司会の女性からの挨拶と簡単な作品紹介の後、場内が暗くなります。まず流されるのは、 今年の本映画祭のPRフィルム。30秒ぐらいと1分ぐらいの全く別バージョンのものが2種類あり、 映画の上映前には交互に映写されたのですが、こんなものまで作っているのには感心させられました。 毎年、新たに製作しているのでしょう。本編の始まり━━。坪川監督は、劇団『オンシアター自由劇場』の 研究生であった時期があり、その縁からか本作には吉田日出子さんが出演されています。 他にも小松政夫さんなど有名な俳優が出ており、ちょっとびっくり。【昭和のはじめ、 無声映画「美式天然」のフィルムの最終巻を届けるはずだった少年は、悲しい結末だと知って フィルムを砂浜に埋めてしまう...。現代、その少年は老人になり、 記憶の中の映画館で、時を越えた上映会が始まる】(映画祭パンフレットの作品紹介より)。 私はなるべく白紙の状態で臨みたいため、この紹介記事にも目を通さずに鑑賞。 正直、物語がよく分りませんでした。ゆったりと幻想的な映画のリズムにのることが出来ず、 あまり集中できていなかったせいもあるでしょう。外国の映画祭で高い評価を受けた理由は、 何となく分る気が。上映後には、自然に拍手が湧き起こります。これが、映画祭の良い所。

 各作品にはゲストが来られており、上映後は30分程度のトークショーが行なわれます。聞き役を務めるのは、多くが小林三四郎氏でした。本作のゲストは、坪川拓史監督。『トリノ国際映画祭』でグランプリを受賞したのは、ちょうど昨年の今頃でした。なのに、まだ一般公開されたという話を聞きません。「公開のことまで考えずに作ったものですから」と監督。撮影に関する面白エピソードを披露してくれます。おじいさん役を演じたのは高木均さんという”文学座の三大奇人”と言われていた人。これが彼の遺作に当ります。監督が高木さんに出会ったのは、新宿の街角。いいおじいさんがいないかなと立ち止まって周りを眺めていたら、ステッキをつきスカーフをまいた素敵なおじいさんと目が合ったのだとか。監督の元へ真っ直ぐやって来て、「この辺りに喫茶店がないかな?」と質問。「あそこに」と答えた監督は、「教えたので、代わりに映画出て下さい」と、相手の素性も知らないのに依頼します。「いいよ」とあっさり引き受けたそのおじいさんこそが高木さんだったという訳。「日数はどれくらい?」「3日です」━━実際は5年かかったのだそう。映画が完成して、高木さんからぼやかれます、「あの時、喫茶店の場所なんか訊くんじゃなかった」(笑)。
 監督は既に「アリア」という新作を完成させており、この日はそれを7分間にまとめたものが、トークショーを中断して急遽映写されたのでした。「こちらも宜しくお願いします」とアピール。「作品を撮っていく展望はあるんですが、公開に関する展望がないんですよね」。小林氏が、「来年、ここで引き受けますから!」と胸を叩いて、トークショーは終了。司会が、次の作品「やわらかい生活」の整理券配布の案内を行い、希望者には場内で渡されたのでした。受け取ってから退場して、列に並びます。

■1日(金)■ ≪開会式・・・ 17:15より≫
 会期中、交代で3名の女性司会者が登場しましたが、こういうイベントでプロとしてやっておられる方だったのでしょうか。観客は50人程度で、前のプログラムからあまり増えておらず、残念。とはいえ、これぐらいの人数がばらけていれば、そう寂しい感じはしません。まず、このあと上映される「やわらかい生活」のゲスト、廣木隆一監督・脚本の荒井晴彦氏・主演の寺島しのぶさんが紹介され、前方の客席につかれます。オープニングは、あがた森魚さんの唄です。1970年代初めの「赤色エレジー」の頃とは唄い方も随分変り、大人のシンガーとしての円熟さを感じさせる余裕のステージでした。唄い終わって、あがたさんは「この街への愛着から、映画祭を始めました」と簡単に挨拶。
 場内が暗くなり、キャンドルを手にした実行委員たちが入場してきて、スクリーン前の両サイドに整列されます。続いてスクリーンが天井に収納されていき、その後ろの幕が開かれると━━。窓ガラスを通して、宝石をちりばめたような函館の夜景が目に飛び込んできます! そうワイドな窓ではないので、夜景の一部のみがスクリーンのような形に切り取られただけですが、それでも、粋な演出と相まって、うっとりと見惚れてしまいます。米田実行委員長からのご挨拶、「今年は第2会場でも上映しています。この映画祭が始まってから12年。各地の映画祭も、『ゆうばり』『なみおか』が中止となり、『山形国際ドキュメンタリー映画祭』も官主導から民間へと、大きく変りつつあります。そんな、映画祭を維持していくのが大変な時代ですが、何とかこれからも続けていきたいと思います。本日は、おいで下さり、ありがとうございます」。もう1人、廣木監督から、「オープニング作品として上映してもらえることになり、感謝しています。観る前に喋ると何なんで、後で色々言って下さい。いい映画になってると思います」。適度に洒落ていて、適度に温かく、それからここのスペシャルと言っていい”あがたさんの唄”と”函館の夜景”をも適度に盛り込んだ、本映画祭らしい開会式でした。

■1日(金)■ ≪「やわらかい生活」・・・ 17:50より≫
 日中に上映された「美式天然」は特別招待の扱いであり、本映画祭のオープニング作品は、開会式に引き続いて上映されるこの「やわらかい生活」ということになります。【橘優子、35歳。29歳の時に両親を亡くしてから躁鬱病で入退院を繰り返すようになり、退職。今は遺産を頼りに都内の蒲田で独り暮らす。そんな彼女の元に、福岡から従兄が転がり込んでくる・・・】。東京では今年6月に公開された作品。たぶん函館では未公開のため、プログラムに入れられたのでしょう。私は本作を2005年8月の『湯布院映画祭』で鑑賞済みですが、1年3ヶ月が経過しており、2度目も引き込まれて観ました。私たちの席は前から3列目の辺り。場内が明るくなり、後方の様子を窺うと、いつの間にか100名ぐらいにまで観客が増えています。
 上映後は、ゲストの3名をお迎えしてのトークショー。まずはひと言ずつ挨拶して頂きます。廣木監督は、「面白かったですか〜?」。客席は拍手で応えます。荒井氏はいつものように、「荒井です」とだけ。寺島さんは薄い色のサングラス姿。冷たい感じを与えがちなのがサングラスですが、髪型や全体の雰囲気から逆に柔らかく可愛い印象さえ受けました。彼女は、「東京はこんなに寒くなくて、ここは痛いくらいです」。本作は、寺島さんの主演女優賞を始め数々の映画賞に輝いた「ヴァイブレータ」のゴールデントリオが再び集結した意欲作。彼女は、「『ヴァイブレータ』でもそうでしたが、毒のある人たちの間に入って仕事するのは苛酷でした」。「一番毒があるのは・・・」と男2人は、寺島さんの方を指します。撮影の苦労を訊かれ、監督は「特にないです」。すかさず荒井氏が「苦労しろよ!」(笑)と突っ込み。脚本化の苦心談については、「原作読んでも、どういう主人公なのか分んなくて。両親が阪神大震災で死に、恋人が地下鉄サリンで亡くなり、親友がニューヨークの 9.11で死んだ女━━それを思いついたのが、俺の仕事」。その脚本を一読した寺島さんは、「きれい事じゃない所が好き。他の現場ではイージーな方に流されがちなんですが、廣木組にはそういうものをきっちり戻してくれる厳しさがあります。これから35歳になり、40歳になり・・・、その時どき廣木組で色んな女性に出会っていきたいです」。荒井氏からは題名に関する秘話が、苦笑と共に語られます、「『やわらかい生活』って聞くと、癒し系の映画みたいで、勘違いして入ってくるお客もいるんじゃないかっていう戦略。詐欺みたいなタイトルだよね」(笑)。

 客席からの質問タイム。「相手役の豊川悦司さんも素晴らしかったのですが、どんな風に役作りされてたのか教えて頂けますか」との、ファンの女性からの質問というよりも撮影の裏話に関するリクエストが出されます。監督からは、「自分で役を掴んでくれてました。素敵な役者さんです」。「坊っちゃん刈りが可愛かったです」と寺島さん。彼女と豊川さんは「愛の流刑地」でもコンビを組んでいます。「再来週はずっと『愛ルケ』のキャンペーンで一緒なので、今の感想を伝えておきます」。衣裳についてのQ/Aで、劇中で着た8割は寺島さんの私物だった事が判明。監督からは、妻夫木くんが演じた躁鬱病のヤクザの秘密が明らかにされます、「ほんとはヤクザじゃないんだよね。それをはっきりバラすシーンも撮ったんだけど、結局カットしました。電車の運転士をやってるってとこから逆算して、ああいう設定にしたんです」。「えっ、ヤクザじゃなかったんですか!?」と寺島さんが意外な反応(笑)。荒井氏が、「病んでるのは、主人公ばかりじゃないってこと」と補足されます。
 締めの挨拶で印象的だったのは、寺島さんからの「ここのお客さんは質問とかもほとんどしないって聞いてたんですが、次から次へ出てきたんで、驚くと共にとても嬉しく思いました」との言葉でした。このトリオが揃っての話を聴くのは、「ヴァイブレータ」が上映された2003年の『湯布院映画祭』のシンポジウム以来(2005年の『湯布院』は寺島さんがドラマ主演のため不参加)。さすがに中身が濃かったです。

 時刻は、20:40。これで、1日目の[クレモナホール]でのプログラムは終了。この後は、会場を街中の[はこだて写真図書館]に移して、オープニングパーティーが行われます。同館1階に、今夜と明晩限定で[牛頭(ごず)BAR]という、映画祭関係者・ゲスト・一般参加者等が集えるスポットがオープンするのです。名前の由来は、3〜4年前に公開された三池崇史監督の「牛頭」という映画にちなんでのもの。本映画祭でも上映され、その夜の飲み会が異様に盛り上ったため、それから毎年、会期中に開店するようになったのだとか。寺島さんも出席してくれると良いのですが...。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(5)

 展望台2階の会場から、ロープウェイ乗り場のある1階へ降りていきます。 エントランスホールの窓越しに、パノラマのように広がっているのは、 正に”百万ドルの”という形容がふさわしい函館の夜景!! 雪も上がっており、 冬の寒さで空気が澄み切っている上、今夜からちょうどクリスマスイルミネーションが 始まっているという最高の条件下で見る”光の芸術”は、この瞬間を味わうためだけにでも 当地を再訪したいと思わせるほど。息を呑み、しばし目を奪われてしまいました。こういう 絶景を備えているのは、映画祭の何よりの武器でしょう。ただ、”諸刃の剣”になる可能性も━━。 プログラムがつまらなかったり、運営に問題があれば、映画祭がかすんでしまいますから。 評価は、閉会式が終るまで待ちましょう。10分でも20分でも見惚れていたい所ですが、 ロープウェイの改札が始まります。乗客が集中するのは、やはり夜景の見渡せる前方。 もっとゆっくり降下してくれればと思うのですが、3分で麓駅に。
 坂道は路面が凍結しており、足元に注意しながら、早くなりすぎぬよう下っていきます。幸い、今回の北海道行きでは1度も滑って転倒する事はありませんでした。坂道を下りきると、すぐ前は市電の走っている大通り。そこを横切り、ベイエリアのイルミネーションが見えてくる辺りまで進むと、[はこだて写真図書館]があります。徒歩で10分ほど。確か2階建てで、1階のカフェが映画祭の第2会場として使用されています。事務局も、この施設内に。[牛頭BAR]は1階カフェのテーブルや椅子を片付け、立食形式で会場を設営してオープン。

■1日(金)■ ≪オープニングパーティー ・・・ 21:10より≫
 入口で2,000円を払い、Hさんと2人で入場します。4〜5人編成のバンドが音合せの最中(地元のアマチュアたち?)。徐々に客が増えてきて、やがて、ハンチングをかぶったあがたさんがバンドの前へ。照明がおとされ、前奏がスタート。同時に、隅の映写機からはイメージフィルムが、壁際に垂らされた幕へ映写されます。映像と音楽のセッションライブ━━。あがたさんの唄に浸っていると、ボランティアスタッフと思しき若い人たちが飲物を配りに回ってきてくれます。受け取って、ビールを口に。1曲、2曲・・・。そう広くはないこの会場に、もう70〜80人ぐらい入っているでしょうか。かなりの密度になってきています。場内は暗いままですが、隅のテーブルに料理が並べられているのに気づいたので、混み合う前にと、ゆっくり人をかき分けながら、そちらへ移動。バイキングであり、特に珍しいものはありませんが、どれも結構おいしく出来上がっていました。この第2会場で映写を担当されていた[カフェやまじょう]の太田さんも、料理の腕を揮われたのでしょうか。
 あがたさんのライブは3曲ぐらい続いて、終了。プロのミュージシャンの唄が、通常のパーティー参加料のみで聴けるのですから、お得感に溢れています。場内が明るくなり、多くの方が料理の周りへと。私は、まずあがたさんにご挨拶したくて、近くからタイミングを窺います。何人かと言葉を交わされた後、そろそろ大丈夫ではという状態になったので、声をお掛けすることに。氏とはミクシィで3回ほどメッセージを交換済みなので、すぐ分って下さり、「何度もメッセージをありがとう。よく来てくれました」と、にっこり。1日目の感想をお伝えし、顔を覚えて頂きました。フロアには1組だけテーブルとソファが残されており、そこに本日のゲスト「やわらかい生活」組のみなさんの姿が。寺島さんもおいで下さっています。
 スタッフに頼んで太田さんを呼んで頂くと、やはりカウンターの中から出て来られます。「パコダテ人」の脚本家・今井雅子さんの知合いであるむね自己紹介し、撮影の裏話などあれこれ教えてもらいました。主役の宮崎あおいちゃんの実家という設定の[大正湯]は、なかなかロケ等の使用許可の取れない所なのだけど、昔から懇意だったので太田ラインから手を回して了承してもらったのだとか。映画祭HPや函館のガイドブックに載っている写真では物静かな紳士風の方に思えたのですが、実際は江戸っ子のようなマシンガントークの持ち主。いささか面食らいましたが、遠慮なく何でもお話しすることが出来ました。

 明日の夜「欲望」が上映される篠原哲雄監督のお姿を発見。 「パコダテ人」と同じく2001年に本映画祭でプレミア上映された「オー・ド・ヴィ」 (シナリオ大賞受賞作)を監督された方であり、最新作は10月に封切られたばかりの 「地下鉄に乗って」です。口の周りにはトレードマークといってもいいヒゲを生やしておられ、 それが人懐っこさを増しているように感じられます。いつもにこにこしておられ、初対面ですが 緊張することなく話しかけられました。2005年暮れに東京等で公開された「欲望」は、主演の 板谷由夏さんの体を張った熱演が評判を呼んだ作品。彼女は、アイデアに溢れたシナリオの面白さで 映画ファンを熱狂させた「運命じゃない人」(2005年度キネマ旬報脚本賞などを受賞)にも 主演されていますが、撮影は「欲望」の方が先だったのだそう。逆かと思っていたので、 ちょっと驚きました。監督は色んな映画祭にゲストで呼ばれており、『湯布院映画祭』でも 最近では2003年に「昭和歌謡大全集」(松田龍平主演)が試写作品に選ばれています。ただ、 この年は他の作品をここ北海道で撮影中だったため残念ながら会場にはおいでになれなかったのです。 龍平くんをゲストに迎えてのシンポジウムの模様など、監督にお教えしました。私が岡山から来た事を 申し上げると、数年前「きみのためにできること」が上映された際、来岡され公開館の ミニシアター『シネマ・クレール』で舞台挨拶された事を話して下さいます。 私は同作を既に県外で観ていたため、遺憾ながらそういうイベントが開催されたのを 覚えていませんでした。当時まだ1館だけだった『クレール』は2001年に新館をオープンし、 2006年春にはその新館にスクリーンが増設され現在では3スクリーンに。変遷をお話しすると、 監督はとても喜んで下さいました。「欲望」が『クレール』で上映された事についても。 ここでお会いした事を『クレール』に伝えておきますと約束。帰ってから、 同館HPの掲示板にちゃんと報告の書込みをしたのでした。”いつかまた、 篠原監督の作品を上映し、舞台挨拶にお呼びして下さい”とのリクエストも添えて。

 昨日ご挨拶にお寄りした『シアターキノ』の中島代表が、私に気づいて話しかけてくれます。「昨日はごめんなさい。今日の準備や何かで立て込んでいたもので」。氏は『シネマ・クレール』の事はもちろん、同シアターの館長も知っておられ、スクリーンを増設した件をお話しすると、「その後すぐ、市内にシネコンがオープンしたんですか。攻めて対抗しようとしたんでしょうね」とコメント。ミニシアターを運営していく上での苦労や喜びなど聴かせて下さいます。もっとも、かなり顔を知られた方ですから、すぐに昔からの知己のような方に肩を叩かれたので、私はご遠慮し、会釈してその場を離れたのでした。
 ソファに座られている「やわらかい生活」組のゲストの皆さんは、何人もに囲まれ談笑しておられます。しばらく待って、ようやく荒井さんとお話しすることが出来ました。ゲストでない年も自費で、毎年『湯布院映画祭』に来て下さっている氏とは、もちろん言葉を交わしたことがあります。つい2週間ほど前の11月中旬に大分映像センターで開催された『湯布院映画祭特別試写傑作選』というイベントにゲストとして呼ばれ、色々語ってこられたばかりの荒井さん。その様子をお聴きした後、新作の進行状況についてお尋ねします。私と同じ岡山県から毎年『湯布院』に参加されているOさんが荒井さんと懇意であり、まだマスコミが報道していないような情報も教えてもらっているのです。そろそろクランクイン間近かと思っていたのですが・・・。「あっと驚くような大物に出演交渉している所。OKを貰えたら、一気にお金が動くからね」。その人物の名前は、当然極秘事項なので、具体的に尋ねもしませんでしたし、教えても貰えませんでした。どんな人がキャスティングされるのか、製作発表が楽しみです。
 続いて、寺島さんの座られている側に回り、他の人たちとのお話が終るのを待ちます。 2003年に『湯布院映画祭』で「ヴァイブレータ」が上映された際、彼女もゲストで来場して下さいました。 そして、上映後に行なわれたシンポジウムは、今でも語り草になるほどの盛り上がりをみせたものでした。 以後、あれほど楽しく興味深かったシンポはありません。大成功に導いた最大の功労者は、 作品に惚れ込んで初めて司会役を買って出た女性実行委員のKさん。その彼女が、 この秋めでたくご結婚されたのです。ちょうど良いタイミングなので、寺島さんにお伝えしなければ。 が、前の人の話が終わりかけた時、中座していた廣木監督が戻ってこられ、彼女を連れて外へ出て 行ってしまわれたのです。残念...。

 23時が近くなってきたので、そろそろ引き上げることにします。あと1人、お会いしたいのは、 広報担当の永澤さんという実行委員の方。事前に3度ほど色んな内容の問合せメールを送らせてもらい、 彼から丁寧な回答を頂戴していたのです。上映会場には来られてなくて、 このパーティー会場に着いてから2〜3度スタッフに訊くも、まだこちらには来ていないとの返事ばかり。 最後に、会場を出る際たずねてみると、2階の事務局にいらっしゃるとの事。呼んできて頂き、 やっとご挨拶することが出来ました。「やわらかい生活」と「筆子・その愛」の 整理券配布については、昨日急きょ、前のプログラムに入場している者に対する救済策が 決まったそうで、「やきもきさせて申し訳ありませんでした」とお詫びの言葉を頂戴する ことに。心配していた分、今日の昼前、麓駅の受付で救済の朗報を聞いた時は、 喜びも倍増しましたから、文句などありません。これで心残りなく会場を後にすることが出来ます。
 Hさんとは別の宿ですが、どちらも函館駅の近く。市電はもう走っていない時間なので、 歩いてホテルをめざします。15分ぐらいなものでしょう。2005年2月に初参加した 『ゆうばりファンタ』では初日、深夜2時頃に辺りに民家もほとんどないような田舎道を 上映会場からホテルまで30分ぐらい歩きましたから(特につらくもありませんでしたが)、 それに比べれば何てことはありません。こうして、ぎっしり中身の詰まった 映画祭初日が終っていきます━━。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(6)

 映画祭2日目の12月2日(土)は、雪も舞っておらず、穏やかな朝。映画祭の上映は3日間とも10:30始まりで、本日は1本目から観たい作品が組み込まれています。会場入りの前は、例によって食べ歩き。まずは、お腹が減るようにわざと徒歩で片道15分ほどの距離を往復し、昨日は様子見に寄っただけだった『ハセガワストア』でやきとり弁当を食してきました。しばらくホテルで休んだ後、出発。今度も歩きで20分程かけ、[カフェやまじょう]に隣接するソーセージの有名店まで行き、4種類の盛り合わせセット(パン付き)を早い昼食として平らげたのでした。そこから麓駅へは5〜6分。10時過ぎのロープウェイに搭乗するまで、この朝はほとんど雪が降ることはありませんでした。

■2日(土)■ ≪「三年身籠る」・・・ 10:30より≫
 映画初出演のオセロの中島知子を主演に据えた、唯野未歩子監督の一種のメルヘンのような作品です。岡山でも公開されましたが未見であり、リリースされたばかりのDVDをレンタルしようかと思っていた矢先に、本映画祭のラインナップが発表されるというタイミングの良さ。【お腹の中に胎児を身ごもり続けて3年間。それってホラー? それともSF? いいえ!】(チラシより)。ゆるい物語かもしれませんが、冬場の映画祭にはこういうほんわかしているようなものも欠かせない気がします。観客は70〜80名ぐらい。

 映画は、時にシュールな展開になったりもしましたが、 最後まで肩の力が抜けた感じで観ることが出来ました。ゲストは、脚本も担当された 唯野監督と女性プロデューサー。動物の赤ちゃんは、生まれてすぐ立って歩きます。 そこから連想した物語━━。「シナリオは約2年間練って、20稿ぐらいまで書き直しました」と 監督。プロデューサーも脚本について、「最初は3時間分ぐらいの長さで、何て残酷で、 何てユニークなんだろうって思いました」。映画は、題名と同じくほぼ3年間かけて完成したのだそう。 オセロの中島知子を起用した訳について、監督は「主役は、あまり静かな人だと妖怪みたいになって しまいそうで(笑)。中島さんは京都出身でおっとりしており、いいなと決めました」。

■2日(土)■ ≪「世界はときどき美しい」・・・12:50より≫
 入れ替え後の観客は100名を越え、席は7割方埋まっているでしょうか。 次は、常盤貴子さんをゲストにお迎えしての「筆子・その愛」なので、超満員は間違いのない所。この「世界はときどき美しい」は一般公開前の作品で、プレミア上映となります。1ヶ月ほど前に開催されていた『東京国際映画祭』の”日本映画・ある視点部門”への出品作。【新鋭監督・御法川修による映像詩。人が生きることの切なさを、5つの変奏によって綴るアンソロジー。松田龍平が主演する第4章は函館でロケーションされ、あがた森魚も出演している】(映画祭パンフより)。出演者はこの他に柄本明さんや松田美由紀さんなどで、かなり豪華な顔ぶれです。が・・・、映画はパンフの紹介にある通り、本当に”映像詩”といった感じの描き方。こういうタッチのものが好きな人にはたまらないでしょうが、私には合いませんでした。

 ゲストは、こちらも監督とプロデューサーのコンビ。本作はまず、 松田美由紀が主演のエピソードが作られ、2年前の本映画祭で上映されたのだそう。 そのとき監督は、彼女とここへゲストで来場。「とても良い時間を過ごさせてもらったので、 ”きっと帰ってくるぞ!”と誓ったものでした。こうして、またこの場に立てて、 大変うれしいです」。あがたさんとも助監督時代からつながりがあり、函館ロケの際には 実行委員の皆さんにも協力してもらったのだとか。
 トークショー終了後、「筆子・その愛」の整理券を貰い、少し急ぎ足で退場します。同作を鑑賞できるかどうか心配していた時期があっただけに、最後列になろうが入場できさえすれば、十分。あせる気持ちは、ほとんどありません。

■2日(土)■ ≪「筆子・その愛−天使のピアノ−」・・・ 14:45より≫
 列は既に、2階ロビーから階段を1階へと伸びています。もう1階に近い辺りの階段の途中で列につくことに。私たちの後ろへも、多くの人が並んでいきます。やがて開場となり、場内へ。通路を挟んだ壁際に席が3つ並んでいるエリアがあるのですが、そこの前から6〜7列目ぐらいに2席空いていたので、Hさんと一緒に座ることが出来ました。たちまち、160の定員が一杯に。通路に補助イスが出され、最終的には200人ぐらいの観客が入場できたようです。
 本作は、今年の夏、私の住む岡山県でもロケが行なわれた作品。 本映画祭のラインナップに入っているのを知った時には、少なからず縁を感じたものです。 【1861年に長崎県で生まれた筆子(常盤貴子)は、その知性と美貌で”鹿鳴館の華”と 言われ、津田梅子と共に女性の教育と地位向上に力を注ぐが、知的障害の長女を抱え、 また夫を若くして亡くすなど様々な苦労に見舞われる。その後、日本初の知的障害者施設 「滝乃川学園」の創設者・石井亮一と再婚。夫の事業を支える一方、学園の子供たちに無償の 愛を捧げ、やがて”障害児教育の母”と呼ばれるようになる】(チラシ等より)。 これだけぎっしり満員だと、場内の熱気に引っ張られるように映画に引き込まれていきます。
 観る前から...、観ている最中も...、そして観終わって、やはり感じるのは、 本作は映画としての出来をうんぬんするよりも、作られた事にこそ意義があるということ。 それでも、説教臭くなく、暗くなりすぎず、実際に何人も知的障害の児童たちを起用したという 子供たちの演技も伸び伸びしたものになっており、このジャンルの作品としては最良の部類に入る のではないでしょうか。常盤さんの生来の明るさが、本作をしっかりと支えていました。 こういう映画が、今後も作られ続けなければならないのは言うまでもありません。

 ゲストトークには、山田火砂子監督と常盤貴子さんが登場されます。 70歳を越えておられる山田監督は、筆子と同じく知的障害のお子さんを持っておられる方。 「筆子さんは、2時間ぐらいの映画に収まるような人ではないんです。なぜ今まで無名だったのか...? 知的障害児を持っていたからなんです」。子役のオーディションをすると、 知的障害児がたくさん受けに来たのだそう。「付添いのお母さんも、皆さんとても 明るいんですよね。昔は考えられなかったですけど」。そういう児童を何人も、 子役の中に配して撮影していきます。「子供たち同士、勝手に演じさせていると、 お互い上手くなっていくんです。小っちゃい頃から一緒に遊ばせておけば、 問題ないんですよね」━━10月期に放送のTVドラマ「僕の歩く道」でも、 こういう内容の事が描かれていたのを思い出しました。
 常盤さんは、服装も髪型もどちらかと言うと地味な感じですが、お顔を含めた全体を見ると、 やはり女優オーラに目が吸い寄せられます。「雪の中、来て下さって、ありがとうございます。 大好きな函館に来られて、嬉しいです」。会場にこもっているので天候が分りませんが、 かなりの雪になっている模様。子供たちとの共演については、「何が出てくるか予測できない スリリングさがありましたね」。撮影の苦労について監督は、「夏の盛りに倉敷でロケしたんですけど、 暑くってたまりませんでした。昔風の建物での撮影もクーラーなどありませんでしたし。 今日は倒れるかな、と思いながらやってました。子供たちは元気で、誰一人休んだりせず 頑張ってくれました。不思議でならなかったのが、どんなに暑くても、女優さん...常盤さんは 汗かかないんですよ」。常盤さんは苦笑しながら、「新陳代謝が悪いんですよね。 化粧すると止まるんですけど、でも、やっぱり汗かいてますから」(笑)。

 観客からの感想をお伝えするコーナーとなり、まず若い女性の手が挙がります。 「兄が...、軽度の障害者なんです。この映画は...、ほんとに...、冷静に観られない所も あったんですけど...、家に帰ったら、これから兄に...、もっと...、普通に接しようと思います」。 言葉に詰まりながらも懸命に思いを伝えようとする彼女に、温かい眼差しを向ける 常盤さんの表情が印象的でした。監督は頷きながら、「そうしてあげて下さい」と その女性に声をかけます。「この映画は年明けから映画館でも公開されていきますが、 各地の色んな施設での上映が既に始まっているんですね。嬉しいことに大盛況で、 満員札止めになることも。これも、常盤さんが出演して下さったお陰です」。 監督から頭を下げられ、常盤さんは恐縮して、「こちらこそ、オファーを貰って感謝しています」。 所属事務所は、出演に反対だったとか。低予算の独立プロの作品ですから...。 「でも、うちの事務所は割と自由なんです。竹内結子さんとか、柴咲コウちゃんと かがいる所ですから(笑)。分りますでしょう? 本人がどうしてもやりたいと言えば、 通っちゃうんです」。意義を感じ、意気に感じて、出演されたのでしょう。
 次の発言を募る司会者の視線がこちらを向いたので、思い切って挙手。ゲストトークの中で、 うまいこと倉敷ロケの話が出たので、それに後押しされ私も発言する気になったのです。 「映画は、こういう言い方は適切でないかもしれませんが、とても面白く出来ていました。 これなら、小さいお子さんから年配の方まで観てもらえるでしょう。それから、実は私、 先ほどお話に出たロケ地の岡山県からやって来た者なんです。 撮影が行なわれたのはほんとに暑い時期で、皆さん大変だなと思いながら地元の ニュースを見てました。完成したなら是非観ようと決めていたので、ここで上映される事を知り、 ちょっと縁を感じたものです。この映画祭は5年前からずっと来たいと願い続け、 今回ようやく初参加の夢が叶ったんですが、監督と常盤さんがゲストでいらして下さったお陰で、 こんなに大勢のお客さんと一緒に映画を鑑賞でき、最高の思い出が出来ました。 ありがとうございました」。

 常盤さんのTVドラマの代表作「愛していると言ってくれ」では聾唖(ろうあ)者が 描かれていました。また「ビューティフルライフ」の主人公・杏子は、車椅子の女性━━。 「視聴者がそういうドラマを観てくれて、障害者の方がどんな事に困っているのか分って くれるようになったんですね。どういう手助けをすれば良いのか理解してくれている人が 増えてきたのは、嬉しいことです。筆子がお世話してきた知的障害の方についても、 この映画を観て、慣れて、理解して、自分にも何か出来る事があるのでは、と思うようになって 頂きたい。第一歩は、理解することから。そのためにも、映画を観て頂きたいんです。 函館では上映がまだ決まっていません。皆さんの口コミで、どうか宜しくお願いします!」。 それにかぶせて、監督も「多くの人に観てもらえるよう、伏してお願いします!」。 退場されるお2人を、大きな拍手でお送りしたのでした。
 この後、本日最後の作品の上映が終れば、20:30から公式パーティーが開催されます。 昨夜の[牛頭BAR]には、寺島しのぶさんも参加して下さいました。常盤さんは、 ご出席されるのでしょうか? たとえ不参加でも、こうして映画&トークショーに入場でき、 発言のチャンスにまで恵まれたのですから、もう十分満足です。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(7)

■2日(土)■ ≪「欲 望」・・・ 17:30より≫
 この日のラストを飾るのは、最新作の「地下鉄に乗って」が10月に公開されたばかりの 篠原哲雄監督の「欲望」。ちょうど1年前ぐらいに東京で初日を迎えた作品です。 篠原監督は、本映画祭の【シナリオ大賞】受賞作を映画化した「オー・ド・ヴィ」のメガホンを 取られましたし、もう当地ではお馴染みの方。「欲望」は主演女優・板谷由夏さんの全てをさらけ 出したような演技が評判を呼びました。「オー・ド・ヴィ」とも似た要素を含んでいます。 函館では公開されなかったため、今回の上映となったのでしょう。【小池真理子の長編小説、 初の映画化。愛の歓びと絶望をリアルに捉えたベストセラーから、官能の世界を見事に映しとった。 図書館司書として穏やかな生活を送っている類子(板谷)は、中学時代に好意を寄せていた 正巳(村上淳)と再会する。類子は彼を愛するが、正巳は高校時代の事故で性的不能に陥っていた。 「愛しているから抱きたい、愛しているのに抱けない...」】(映画祭パンフより)。 板谷さんは本作の現場で鍛えられたからこそ、次の「運命じゃない人」での 軽妙な演技に一層のキレを出せるようになったのかもしれません。「欲望」は岡山でも 公開されましたが、DVD化の方が若干早かったため、私は待ちきれずにそちらをレンタル。 半年経たない内の再鑑賞になりますが、暗闇に身を置きスクリーンに集中すると、 2度目とは思えぬぐらい引きこまれて観終わりました。2時間13分の濃密な男と女の物語。 夜の上映がふさわしい作品です。

 トークショーの司会は小林三四郎氏。篠原監督とのやり取りはフットワークも軽く、 テンポよく進んでいきます。「やっかいな映画の司会を仰せつかりまして(笑)。 今回の映画祭の中で最も長い作品です」と、小林氏がジャブ。監督は何でも率直に語られる方、 「僕の作品の中でも一番長いぐらいですよ。監督を引き受けた理由? ━━単純に、 やれと言われたから(笑)」。それ以外の動機も勿論ありますが、ラストに触れるため ここでの記述は控えておきましょう。これまでの監督作の流れについては、 「『オー・ド・ヴィ』で描いてから、性的なものを定期的にやるようになりました。 オファーが来ると、どこかとっかかりになる所を見つけ、たいてい断わらずに撮るようにしています」。 トークショーは、まだまだ続きます。

 監督は、主演の2人に大きな賛辞を、「村上と板谷が”ここまでやるぞ!”と いう覚悟を決めて取り組んでくれたからこそ、この映画は完成しました」。 板谷さんにもゲストのオファーをしたそうなのですが、あいにく他の仕事が入っており...・。 「欲望」と「運命じゃない人」とでは、まるで別人のようだった板谷さん。ご本人はどちらの 役柄に近いのか、あるいは全く違う感じの方なのか、来場して頂きお目にかかりたかったものです。 いつか、どこかの映画祭か、劇場の舞台挨拶等でお会い出来る気がします。 「撮影したのは2年半ぐらい前」━━ということは2004年の初夏の頃。期間は40日ぐらい。 「現代はメロドラマを撮りづらい時代ですが、不能というのがそれを成立させる設定になって くれたようです。主演の2人は、前張りも照れもなく、役になりきって見事に何もかもさらけ 出していました」。この映画で村上さんは、背中の下の腰の辺りにタトゥーをいれています。不能だからこそ、そうしているのかと、深く納得して唸ったものですが、何とあれは村上さんの”自前”。本物だったのです。「『いいんですかねぇ』と彼から相談されました。CGで消そうと思えばそう出来たけど、嘘っぽくなるのが嫌で、そのままに」。正解だったと思います。正巳の苦悩が、あのタトゥーから鮮やかに浮かび上がってきましたから。
 感想コーナーでは女性客より積極的な発言が続きます、 「悲しいけど、美しいものを見せてもらいました」等など。これも、 篠原監督のお人柄によるものでしょう。笑みを絶やさず、発言内容もざっくばらんで、 またどんな感想や意見も受け止めてくれそうな柔らかい雰囲気が、彼女たちの挙手を引き出す きっかけになったのでは。私を含め、男性客の好感度もかなりアップした筈。

 篠原監督は年末に、【日刊スポーツ映画大賞】の授賞式に出席されていました。 芸能ニュースに映っておられたのを見たのですが、「地下鉄に乗って」等で【助演男優賞】を 受賞された大沢たかおさんにお祝いの花束でも渡されたのでしょう。それを目にして、ずっと 気にしながら果たせないでいた”『函館』で色々お話して頂いたお礼”を、篠原監督のHPにようやく書き込んだのでした。監督からは年明けに、そのBBSで返信を頂戴しましたし、年頭にあたっての監督からのご挨拶文も新たに書き込まれ、新作の予定など知ることが出来ました。
 それによると━━。「地下鉄に乗って」の撮影時期は、2005年の秋。2006年は、劇場公開用の作品は撮れずじまいでした。現在は、春先に入る予定の映画の脚本の打合せをされているのだとか。”今まで手掛けた事のないジャンルの作品になります”との事。「地下鉄に乗って」のようなメジャー作品だと全国一斉公開ですから、単館系作品のような”いつから上映されるのか?”とか”地元の映画館で果たして公開されるのか?”といった心配はありませんが、正直に書くと、篠原監督の作品は単館系で公開されるものにこそ秀作が多いのです。「はつ恋」(主演:田中麗奈)も、「深呼吸の必要」(主演:香里奈)も、「洗濯機は俺にまかせろ」(主演:筒井道隆)も大好きな作品。今回の「欲望」も、それらに次ぐぐらいの力作です。”現在準備中の新作が単館系のものでありますように!”と願うのは、監督に申し訳ないことになるでしょうか・・・。単館系作品なら、6〜7年前に「きみのためにできること」が岡山のミニシアター『シネマ・クレール』で公開されたとき以来の舞台挨拶においで頂ける可能性だって出てきますから。この辺りの私の願望については、昨夜[牛頭BAR]で監督とお話しした箇所のレポートで記述済み故、重複は避けましょう。とにかく、新作の具体的な情報を心待ちにしたいと思います。

 これで、[クレモナホール]での本日のプログラムは終了。 観客は100人ぐらい入っていたでしょう。2日目最後のイベントは、 上階の3階パーティースペースで行われる公式パーティーです。収容人数の関係で 一般客は100名限定となるチケットは3,000円。私は事前予約で、昨日受領済み。 Hさんも当然参加なので、3階へ続く階段に一緒に並び、入場開始を待ちます。階段は、 屋上の屋外展望台へもつながっています━━。

 開場まで少し時間があったので、Hさんに列に残ってもらい、ちょっとだけのつもりで屋上へ。かなり冷え込んでおり、空気の澄み切った感じが肌に伝わってきます。昼間なら、快晴の筈。足元は一面の雪なので、うつむきがちに歩を進めるも、一度顔を上げて、ガラス越しでなく生の”これが本物の!”と言わんばかりの”百万ドルの夜景”を見てしまったら、もうダメ。目を逸らすことが出来ません。遮るものが何もないのです。視界のほとんどを占拠され、女性が”宝石に目がくらむ”というのはこういう感覚なのか、などとぼんやり思いながら、足もとの危うさを忘れ、そのままフラフラとフェンス際まで吸い寄せられていきます。1階エントランスホールから見た昨日の夜景も”百万ドルの”と呼ぶに相応しい見事さだったのに、息をすることさえ忘れてしまいそうな今夜のこの眼前の奇跡を、どう形容すればよいのでしょう。”2百万ドルの”━━いえ、とても値段などつけられない美しさ。鮮明に遠くまでくっきりと見渡せ、まるで無数の宝石をちりばめた世界で一番大きい王冠であるかのよう。見飽きることなどないのでは・・・。このままじっと1時間でも2時間でも見続ける自信があります。
 いつまでも時計を忘れていては、いけません。そろそろ、列に戻らなければ。最後に、 大きく目を見開いて、この光景を焼き付けてから、館内に入ります。 夢に出てきてくれますように。お待たせした事をHさんに詫び、 今度はどうぞと勧めたのですが、昨日の夜景でもう満足している様子。 彼が屋上へ足を運ぶことはありませんでした。パーティー開始時刻が迫り、 列が動き始めます。入口の受付では、コートやバッグを預かってくれるサービスまで。 立食式で、テーブルは10ぐらいでしょうか。ゲストの皆さんは先に入場されている模様。 奥の方のテーブルにつくことにしました。

■2日(土)■ ≪公式パーティー ・・・ 20:30より≫
 乾杯のご発声は、昨日の「やわらかい生活」のゲスト・脚本家の荒井晴彦氏にお任せします。氏はご自身の初監督作品「身も心も」と共に、9年前にゲストでいらっしゃった事があります。「9年ぶりとは思えないね。実行委員の顔ぶれも全然変わってないし。まぁ、『湯布院』もそうなんだけど。もうこうなったら、この面々がよれよれになるまでやるしかないか(笑)。乾杯っ!」。テーブルは円形でそれほど大きくないので、背伸びするように手を伸ばせば、移動することなく卓上のほとんどの料理をお皿に盛ることが可能。プロらしい美味の数々を、温かい内に十分頂きました。
 ゲストの方々の多くは、奥の壁際の2つのテーブルに集まっておられるようです。その手前が、私たちのついているテーブル。常盤さんの姿を探すも、見つけられません。もう、東京へ帰られたのでしょうか。歓談しながらの飲食タイムがある程度進むと、ゲストの皆さんからひと言頂戴していきます。何番目かに、「筆子・その愛」組に。すると、奥のドアから車椅子に乗った山田監督と、後ろに付き添うような形で常盤さんが姿を見せられたのでした。監督は、上映後の舞台挨拶の際はご自分で立って歩いておられたのですが、だんだん足に痛みが出てこられた様子。中央辺りへ辿り着いたお2人を、参加者たちが半円になるように取り囲みます。「どうか映画を応援して下さい」と周囲に頭を下げる監督に、参加者たちも応礼。続いて、常盤さんがマイクを手に。「映画祭にはめったに来ないのですが、一般の皆さんと一緒に飲食するなんて、いいですね〜。また来たいです。函館の皆さん、しっかり冬を乗り切って下さいね」。彼女は、写真撮影NGという事もあってか、すぐまた別室の方へ下がられたのでした。
 篠原監督は、先ほど行われたばかりの上映後のトークショーについて、 「ここの映画祭で、あんなに突っ込まれたり、色んな感想が聴けたのは初めて。 とても嬉しかったです」。昨日のシンポを欠席された『ゆうばり映画祭』の 澤田氏も昨夜遅くに当地入りされており、司会から指名されて挨拶を。こういう席上ですから、 映画祭再建に向けての具体的な話などはありませんでした。

 テーブルのすぐそばは一面のガラス窓。眼下の夜景も、大きなご馳走です。再び歓談タイムとなり、 篠原監督のお近くへ。若い女性の2人連れから、あれこれ話し掛けられている所。しばらく待ち、 昨夜に続いてお話しさせて頂きます。まず、大好きな篠原作品として「深呼吸の必要」を言い漏らして いたので、追加でお伝えし、この作品についての質問から。本作は、10月期のTVドラマ「僕の歩く道」に 重要な役で出演している香里奈さんが役者デビューしたころ初主演に抜擢された秀作であり、 長澤まさみも確か「セカチュー」の次の作品として出演しています。まだ素人同然だった 香里奈さんへの指導法は? 「演じさせてみて、”そうじゃないだろう”と考えさせた」の だそう。私が「放送中のドラマでは”演技が上手くなったなぁ”と度々感じるようになりました」と 述べると、監督も頷いておられました。また、長澤まさみさんへの演出については、 「台詞が少ない役だったし、任せて大丈夫と判断していたので、特別なことは行わなかった」の だとか。
 監督からは、群馬県の『伊参(いさま)スタジオ映画祭』というものの存在も教えて 頂きました。つい1週間前に、第6回目が開催されたばかり。監督は毎年のように関わっておられ、 『伊参』『函館』と2週連続での映画祭参加ということに。後日、HPでチェックしてみると、 手作り感ではどこの映画祭にも負けないぐらいに思え、人と人とのふれあいを大事にした温かい 雰囲気の場みたいで、また一つ”いつかは行ってみたい映画祭”が増えました。
 ゲストのお1人、『キネマ旬報』元編集長の植草信和氏が隣りのテーブルにおられたので、 声を掛けさせて頂きます。氏とは、たぶん昔一度同じイベントに参加していた筈とお訊きしてみると、 やはりその通りだった事が判明。20数年前、高知市で何度か『フィルムマラソン』という土曜夜の オールナイトでの上映会が開催されていたことがあり、原田美枝子さんと植草氏がゲストで 来場された回に、私は友人と2人で岡山から参加したのです。「あの時、来てたんですか!」と 植草氏とは、たちまち打ち解けた会話に。氏は一時期、岡山県内にも住んでおられたのだそう。

 パーティーが始まってまだ1時間ちょっとですが、そろそろお開きに。展望台やローブウェイ の営業時間の関係がありますから。実は、通常の営業は既に終了しており、人が残っているのはこの パーティースペースのみなのです。ロープウェイの運航も最終は21:00。パーティー参加者のため、 22:00に特別便が出されることになっています。
 終宴は21:50頃。預けていたコートやバッグを受け取り、入口近くにいた者から順に退場していきます。まだ言葉を交していなかった米田実行委員長がおられたので、ご挨拶。私のことは知っていて下さったので、「ようこそいらっしゃいました」と親しげに挨拶を返して頂きました。どこの映画祭でも資金不足が悩みの種ですが、毎年のように参加している『湯布院映画祭』では実行委員が年収の1%を自己申告で収めたり、一般からも支援金を募ったり━━。私もここ3年ほど気持ちばかりの協力をさせてもらい、有名な映画人たちと共に映画祭のパンフレットに名前を掲載して頂いています。映画祭運営のそういうご苦労について伺ってみると、「同じです。ここも毎月みんな、会費の形で数千円ずつ出していますから」。映画祭の会場は160席と小規模。料金は1回券で前売り1,200円と低めの価格設定なため、全回満席になっても入場料収入だけでは黒字は難しいみたいです。私が具体的に力になれることはありませんが、「こんなことまで心配してもらったのは初めてです」と米田氏には喜んで頂けました。以前は3日間で16本ぐらい上映していた時期もあったようで、「そうするとゲストトークが10分間ぐらいしか取れないし、食事時間もなくなるので、本数を絞って現在のような形にしました」。参加者からも、ゲストとのふれあいを重視した現行の方針が支持されているそう。私も賛成です。
 ところで、本映画祭は、プログラムやゲストの発表が開幕の 15〜20日前ぐらいにならないと行われません。 今回の私の初参加は、上映作品やゲストの顔ぶれに関係なく何ヶ月も前から決めていたので 支障はありませんでしたが、内容をチェックしてから参加の有無を決める人などは発表を やきもきしながら待っていたことでしょう。遅くなるのは、主にゲストの最終決定がなかなか 取れないからとの事。「『湯布院』では1度にまとめてではなく、作品でもゲストでも決まった ものから順次発表していく形を取っています。小出しにした方が、期待が徐々に高まっていきますし」と お教えすると、「そういうやり方もいいですね」と少しは米田氏の参考になったよう。

 パーティー会場を後にして、1階ロープウェイ乗り場へ。列を作って、待ちます。そろそろ改札が開始されようかという時、横の通路に姿を見せられたのは、車椅子の山田監督と常盤さんたち。まだ残っておられたんですね! ロープウェイは21:30にも1便出発しましたから、ひと足先に下山されていると思っていたのですが。嬉しい読み違えです。まず「筆子・その愛」組の皆さんが搭乗されます。当然、夜景が見渡せる前側へ。続いて、列の一般客が。パーティー参加者は若い女性客が結構多かったので、普通に常盤さんたちのそばへ詰め合わせて乗っていきます。私たちは、ロープウェイの前端から4分の1辺りの位置に。それでも、人の隙間から常盤さんの顔や体の一部が時々見えました。
 発車。常盤さんは夜景を食い入るように見つめておられたようです。今回の函館で、いま初めて目にされたのでしょうか。人いきれでガラス窓が曇ってきます。けれど、3分間は瞬く間。曇りきる前に麓駅に到着し、今度は一般客から先に降ります。何人か立ち止まって常盤さんたちを待つかと思いきや、そんなこともなく、みんなあっさりと1階へ続く階段へ。取り囲まれるようだと遠慮するつもりでしたが・・・。最後に車椅子の監督たちと降りてこられた彼女の近くへ寄って行き、声を掛けさせてもらいます。「常盤さん、岡山県から来た者です。会場で発言させてもらった」。会釈すると、「ああ・・・」と気づいて下さいます。「ゲストでおいで下さったお陰でとても盛り上がり、素晴らしい思い出を持ち帰ることが出来ます。ありがとうございました! 映画、応援させてもらいますので」。常盤さんは微笑みながら、「ありがとうございます。応援して下さいね」と言葉を返してくれたのでした。”ああ、函館へ来て良かった!”、現金にもそう思ってしまいます。パーティーでは一般客が彼女に話し掛けられる機会が全くありませんでしたから、尚更です。ほんとにラッキーな2日目の締めくくりとなりました。

 今夜もこれからまた、[牛頭BAR]でパーティーが行われます。 当初はそちらへも参加するつもりでしたが、話したい人とは2回のパーティーでひと通り言葉を交わせましたし、酒には弱く、呑み足りないということもないので、このまま帰ることに。Hさんと2人、徒歩で駅前をめざしたのでした。途中、この時期限定のイルミネーション電車がこちらへ走ってくるのに遭遇。何台かに1台の割合で装飾しているようです。これが最終便だったのでしょうか。

 ホテルの自室へ戻り、テレビのチャンネルを回してみて、最終的に合わせたのは「スマステ」。そういえば、この夜の特集は、昨日の”映画の日”から「武士の一分」が全国公開されている木村拓哉さんでした。今までドラマで共演した俳優たちが、ビデオ映像で彼を語っている所。何人目かに、大ヒット作「ビューティフルライフ」の相手役・常盤さんが登場されます。ついさっきご本人と話したばかりの彼女をテレビ画面で観ると、昨日朝の寺島さんの時と同じく、何だか不思議で、そしてとても嬉しい気分になります。さあ、明日は最終日━━。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(8)


 3日目は、雪の朝となりました。かなり本格的な降りよう。 今日はまず、10:30から「骨まで愛して」(1966年)という古い日本映画が上映されます。 上映後の解説は、昨夜のパーティーでお話しした『キネマ旬報』元編集長の植草信和氏。 氏のセレクトによる、函館ロケ作品です。40年前と街がどれくらい変わっているか見比べて もらうのも一興かと選ばれたそう。「解説、必ず聴かせて頂きます」と言うと、 「あまり期待して観てもらうような映画じゃないんですけどね」との氏からの返答でしたし、 元々午前中は食べ歩きに充て、解説にのみ入場するつもりだったので、その通りとすることに。 12時少し前までに会場入りすればよいので、たっぷり余裕がありますが、 朝食を済ませて随分経っても、雪の勢いは衰えそうにありません...。 ホテルのロビーで地元新聞に目を通すと、映画祭の記事が割と大きく。 山田監督と常盤さんのトークショーの写真も掲載されています。
 9時を過ぎた頃から時々小降りになりだしたので、タイミングを見計らって出発。 駅前の『大門横丁』という屋台村の偵察へ。2005年にオープンした際にテレビでも取り上げられ、 映画祭へ来る時には立ち寄ろうとメモしていた所です。ほとんどがこぢんまりとした造りの店で、 全部で20軒ぐらい。こんな朝早くから営業している店はありませんが、今夜食べに来るつもりなので、 さっさと入れるよう、候補の店を2〜3軒見つけておきたいのです。店の前に貼り出されている メニューを見て回っていると、色んなリーフレット類が並べられてある案内所に、 映画祭のものも数部置かれてあるのを発見。もう今日は最終日なので、 残部が僅かになっても大丈夫。4部をバッグに。金曜日の朝、 ベイエリアの『ハセガワストア』で貰った分と合わせ、これで友人・知人へお土産にする 必要部数が揃いました。

 さて、今日の食べ歩きは━━。雪は小降りになっているものの、 いつ吹雪きだすか分らないので、市電でベイエリアへ向かいます。2度目の『ラッキーピエロ』へ。 市電の最寄り駅からは、強くなった雪の中、小走りになって店をめざしました。 今回注文したのは、トンカツパーガー。これもまた、凄いボリュームでした。お腹いっぱいです。 バッグにはコンビニで買ったパンを入れていますから、何とか夜までもつでしょう。 会場に向かうことに。ここからロープウェイの麓駅までは、徒歩10分ぐらい。 降雪はますます本格化してきており、さすがに傘がないと無理。初めて出番のやってきた折り 畳み傘をさして、坂を上って行ったのでした。
 ロープウェイに乗っている時も雪の勢いは衰えず、山頂に近づくにつれ、 街並みがほとんど見えなくなっていきます。代わりに眼下に目をやれば、 樹木がすっぽり雪に覆われており、幻想的な美しさ。展望台のエントランスホールには、 Hさんが先着していました。植草氏による「骨まで愛して」の解説には入る気がないとの 事だったので、私ひとりで2階の会場へ。入口脇の受付のテーブルに、<イル・プレ>と いうA4版1枚(両面印刷)の映画祭のデイリー・プレスが3日分置かれてあるのに気づき、 頂戴しました。こういうものも発行されていたんですね。前年の映画祭ではHPのブログで、 ほとんどのプログラムのレポートが翌日ぐらいにはアップされていき、タイムリーに 状況を知る事が出来ました。今年もそうなっているだろうと、映画祭から帰ってHPを チェックし続けたものの、更新はプログラム全体の3分の1ぐらいの所で止まったまま。 実際に参加した私でも、他の人の手になるレポートを読むのを楽しみにしていたのですが...。 しかし、紙ベースの<イル・プレ>に加え、ブログのサービスまで要求するのは、酷というもの。 実行委員の皆さんのご苦労を思えば、少しでもレポートが書き上げられているのをラッキーと 考えるべきでしょう。

■3日(日)■ ≪「骨まで愛して」・・・ 10:30より≫
 上映時間は、92分。12時少し過ぎ、解説が始まるタイミングで入場すると、 予想以上の40〜50名の観客が席についています。ほとんどが地元の人の筈。 今朝ぐらいの雪をついてやって来るのも、大した事ではなかったのでしょうか。 植草氏の解説、及び観客からの感想は、街の変貌に関するものがほとんどで、 特に記しておきたい内容ではありませんでした。

■3日(日)■ ≪「マニアの受難」・・・ 12:40より≫
 【デビューから30年。渡り歩いたレコード会社9社。今なお進化し続ける不滅の モンスター・ロック・バンド『ムーンライダーズ』の歴史が浮かび上がる。バンドと 音楽をめぐるパッションの物語。”ポップ”という”受難”。音楽映画であることを 超えたリアルなヒューマンドラマ】(映画祭パンフより)。観客は、70〜80名程度。 『ムーンライダーズ』の名前ぐらいは知っていますが、曲はほとんど聴いたことがありません。 映画はきっとファンにはたまらない内容なのでしょうが、それ以外の私のような者にとって 興味を引かれるものではなかったので、ぼ〜っと観ているだけでした。また、本作の前に、 10分ほどの短編「あがた森魚ライヴ・ドキュメント」も上映されました。
 ゲストは、白井康彦監督。「一般の人に観てもらうのは、これが初めて。 今月16日から『テアトル新宿』でレイトショー公開されます」。 こういうジャンルの映画が上映されるのは、『函館』ならではという感じがします。

 出入口の所は、客席前方への階段と後方へのものがあり、入れ替えに伴う退場時に、 後方から上がって来られた篠原哲雄監督とばったり顔を合わせました。 監督の方から先に会釈して頂き、感激。今回の映画祭では、監督ご本人の大ファンにも なってしまいました。

■3日(日)■ ≪「ヨコハマメリー」・・・ 15:10より≫
 私も参加した2005年の『湯布院映画祭』で上映され、絶賛されたドキュメンタリーの秀作です。 今春一般公開された際には大ヒットとなり、特に地元・横浜では連日行列ができ、 テレビ各局のニュース等でも取り上げられたものでした。観客はかなり増え、 120人ぐらいに。色んな見方の出来る作品なので、2度目の鑑賞となる今回も、 最後まで飽きることはありませんでした。【歌舞伎役者のように顔を白く塗り、 貴族のようなドレスに身を包んだ老婆が、横浜の街角にひっそりと立っていた。 本名も年齢さえも明かさず、戦後50年間、娼婦としての生き方を貫いた一人の女。 その人の気品ある立居振舞いは、いつしか横浜の風景の一部ともなっていった。 ”ハマのメリーさん”━━人々は彼女をそう呼んだ】(映画祭パンフより)。

 ゲストは、『湯布院』の時と同じく中村高寛監督と白尾プロデューサーのお2人。 北海道が初めてという監督は現在は30代になられていますが、撮影時はまだ20代。 白尾氏も30代で、まず、こんなに若い人がこういう映画を作った事に驚かされます。 トークショーの司会は小林三四郎氏、「午前中に上映された『骨まで愛して』は、 横浜から函館へと流れてくる映画。その後で上映されたのが、この『ヨコハマメリー』。 見事につながったんじゃないでしょうか。そういう映画を、植草氏に探してもらったんですけどね」。 今作で編集も兼任している白尾氏はここ函館の出身で、映画監督・あがた森魚の 1999年の作品「港のロキシー」では撮影を担当していたのだそう。同作がここで 上映された年に続き、今回で2度目の参加となります。「メリーさんのような人は 昔の函館にもいましたし、札幌でも見かけました。どこの街にもいたんじゃないでしょうか」。 監督が撮影の裏話を語ってくれます、「1999年から撮り始めました。メリーさん には会うつもりなかったんですが、居場所が分ったんで、出かけて行き、 1ヶ月ぐらい毎日会いに行きました。でも、約束していても、 すっぽかされるんですよね。天気がいいからって急に外出しちゃったりするんで。 わがままな人でした。自分の気持ちに素直なんでしょうね。そのとき取材したお陰で、 メリーさんの輪郭が掴めました。会っていた時期の最後の方で、メリーさんに 映画を撮る許可を貰ったんですが、”あ、そう”と興味なさそうでした」。

 白尾氏から宣伝が、「2月14日にDVDがリリースされます。結構、デートムービーとして観てくれたカップルもいますし、夫婦で観ると優しくなれるので、是非どうぞ」。本作は、当地のミニシアター『シネマアイリス』でも公開されました。「もう1回観たくて、来ました」との女性客からの声。編集に関して白尾氏は「撮ったものは、短くてもいいから出来るだけ使っていこうとするのが私のやり方なんです。100時間分以上の素材テープがありました。監督と2人で編集していったんですが、ハイテンションになってしまい、10月だというのにTシャツ・短パン姿でやっていたのを覚えています」。
 本作には、横浜のご当地ソング「伊勢佐木町プルース」が効果的に使われています。原曲は1968年に青江三奈の唄で発売され大ヒットしましたが、映画では新たに渚ようこが唄い直したものを使用。「レコード会社が貸してくれなかったというのもあるんですが、青江さんの原曲には”あ〜ん”というあえぎ声というか合いの手が入っており、ちょっとドリフターズのコントを連想してしまうんですね。それを外したくて、渚さんに唄ってもらったら、映画によく似合っていたので、彼女の方にしたという訳です」と白尾氏が説明します。監督が補足して、「映画は、現在から過去を見る作品になっています。『伊勢佐木町プルース』も、原曲より、新しく録音した現在の曲を用いた方が良いのでは、と考えました」。
 本作のフィルムは当初、この日の朝に到着するぎりぎりの予定が組まれていました。 実際には前日に届いたのですが、地方の映画館でまだ公開中だったり、 ホールでの上映会が開催されていたりで、ずっと超売れっ子のフィルムみたいです。 プリントは最初2本作られ、最終的には6本に。内2本は英語の字幕入りとの事。 締めの挨拶は監督から、「函館では公開済みなのに、こんなにお客さんが入ってくれ、 びっくりしています。メリーは9年がかりの作品となりました。皆さんが忘れた頃に、 新作を持って、また来たいと思います」。最低でも40代になる前には2作目を完成させ、 ここへ帰って来て下さい。

■3日(日)■ ≪【シナリオ大賞】授賞式・・・ 17:25より≫
 前のプログラムに引き続いて、【第10回シナリオ大賞】の授賞式が執り行われます。看板をかけたりする準備作業に時間がかかるため、急きょ中村監督と白尾氏につなぎのトークを続けて頂くことに。数分で用意が整い、今度こそお2人はお役ごめんとなりました。
 【シナリオ大賞】の審査員を務められているのは、荒俣宏(作家)・飯田譲治(映画監督)・河井信哉(プロデューサー)・森達也(映画監督)の4氏。荒俣氏を除く3氏が来場されています。最初に、米田実行委員長が挨拶を、「悪天候の中、お集まり下さいまして、ありがとうございます」。外はずっと雪が降り続いているのでしょう。「函館はオープンセットのような街だと、映画人によく言われます。この街から”映画”と”映画人”を発信できないかと、映画祭を始め、シナリオ大賞を始めました。今まで長編映画として『パコダテ人』『オー・ド・ヴィ』『狼少女』の3本の映画化が実現できています。最終審査は11月22日に東京の『イメージフォーラム』で行われ、各賞が決定されました」。
 今年は大当りの年で、昨年は該当作なしだったグランプリ(函館市長賞/賞金300万円)も 選出されましたし、優秀賞(賞金5万円と副賞)が2作、それから、審査員4名がそれぞれ強く 推す作品があり、臨時に審査員特別賞が設けられたため、合計で7名もの受賞者が出ることに!  前にずらりと並んだ受賞者たちを眺めながら、2001年の本映画祭をきっかけに親交を持つことになった 脚本家の今井雅子さんも、数年前にはこの場で2年連続<準グランプリ>を受賞されたんだなと感慨に ふけってしまいました。今回グランプリに輝いたのは、東京都在住の28歳の男性による 「花」という作品。本賞の応募作は函館を舞台にしたものが望ましいとされていますが、 「花」は北海道とは正反対に位置する鹿児島県・沖永良部島(おきのえらぶじま)の物語。 「そういう作品で堂々と応募してくるのが、逆に嬉しかった」との審査員からの講評でした。 あがたさんも本作の受賞を歓迎、「現地ロケが行われ、鹿児島と函館が結びついてくれたなら、 それも素晴らしいこと」。グランプリ受賞者への贈賞は、函館市長の代理で出席された助役の方より。
 審査員特別賞の副賞は、荒巻鮭(笑)。 これにはちゃんとした理由が━━「鮭は生まれた場所へ必ず帰ってくる魚ですから」。 盛況の授賞式を見ながら、改めて”良い年に参加できた”と感じたのでした。この後クロージングで 上映される「狼少女」は4年前の大賞授賞作。「花」は是非とも、久しぶりに映画化されますように!  完成し、本映画祭でお披露目される事になったなら、頑張って岡山から駆けつけるようにしますので。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
函館映画祭レポート06(9)

■3日(日)■ ≪「狼少女」・・・ 18:20より≫
 最も楽しみにしていた作品です。この映画が東京で公開されたのは、 1年前の2005年12月3日(土)。本映画祭がちょうど開催されている時期でした。 シナリオ大賞受賞作で映画化された前2作「パコダテ人」と「オー・ド・ヴィ」は、 どちらも一般公開前に本映画祭でプレミア上映されましたから、「狼少女」も 当然そうなるだろうと思っていたら...。なぜか、昨年の映画祭ではプログラムに 入れられなかったのです。
 監督の深川栄洋氏はクランクイン前の2004年12月に、 本映画祭のトークショーのゲストとして来場。映画祭HPのブログで 残されているその時の監督の談話や、書込みを担当した映画祭スタッフの予測でも、 「狼少女」は2005年の映画祭で上映されるであろうと信じられていました。思惑が外れ、 まさかの上映不能に至った理由は━━。実行委員長や、あがたさんから、 昨年の映画祭の観客に説明がなされ、無念の胸中を察した客席からは逆に 励ましの声援がかけられたそうですが、どうも配給会社の意向でそうなってしまったようです。 もしかして低予算の作品のためプリントが1本しか作られず、公開初日と ダブっていたので映画祭には回してもらえなかったという事も考えられる でしょうか。まあ、1年遅れにはなりましたが、こうしてちゃんと”故郷”で 上映される運びとなったのですから、善しとしましょう。私にとっては、 こういう巡り合わせになってくれたお陰で、スクリーンで観られる訳ですし。
【昭和という時代を背景に、少年少女たちの日常と恋心が描かれていく。 大田明は小学4年生。美少女の転校生・手塚留美子や、クラスのいじめられっ子・小室秀子と、 ふとした事から仲良くなる。彼が最も興味を持っているのが、巡回興行でやって来た見せ物小屋。 演し物の一つ”狼少女”の正体が秀子だという噂が流れる。それを確かめたくなった明は、 夜遅く見せ物小屋に自転車を走らせる。悲しい現実が待っていることに密かに気づきながら・・・】 (映画祭のバンフより)。

 本作のシナリオは評価が高く、毎年刊行されている『年鑑代表シナリオ集』の2005年版に、 「パッチギ!」「いつか読書する日」「運命じゃない人」などと共に選出され、10作品の中の 1編として掲載されています。また、出来上がった映画についても、年間300〜400本を映画館で 鑑賞する関東在住の友人が日本映画のベストテンに挙げているほど。本作の評価は、 見せ物小屋があった頃の昭和という時代に...、少年少女の世界に、乗れるかどうかで大きく 分かれるでしょう。私は、残念ながらスクリーンの世界に引き込まれる所まではいきませんでした。 退屈することなく、最後までしっかり観られましたが、 クロージング作品としては物足りない内容だったと言わざるを得ません。ただ、 本映画祭の雰囲気には合っていたように感じられます。観客は、100人前後。
 上映後はゲストのトークショーがあるものと思っていたら、すぐ閉会式へと移ることに。 クロージング作品はゲストをお呼びしないものなのでしょうか。それとも、今年に限って ゲスト候補の皆さんのご都合が悪かったのか。他の作品のように、監督から色々お話をお聴きした かったのですが・・・。後日、深川監督は「めざましテレビ」製作の第3弾ムービーを 撮られていた事が判明。仕上げ作業でお忙しく、来場できなかったのかもしれません。

■3日(日)■ ≪閉会式 ・・・ 20:10頃より≫
 ボランティアスタッフを含む実行委員全員が、両側の通路から小走りに入場し、 スクリーン前に整列されます。 ぎっしりと並んだその数は、実に30数名! 頼もしく見えました。 米田実行委員長は「うわっ、全員並ぶと、こんなに一杯になるんだね」と 嬉しい驚きの笑顔を見せられてから、閉幕の挨拶を始められます。 「今年も多くの方々に支援して頂き、ありがとうございました。 この会場に加え、第2会場でも20数本の短編を上映しました。そういう作品の監督の中から、 きっと何人かが長編映画にも進出していくことでしょう。何年後かに、この会場で上映される ような作品を撮ってくれたら嬉しいです。ところで、ここ『函館』もそうですが、現在多くの 映画祭が過渡期にさしかかっているように思われます。これからも続けていく上で、色々考え なければならない事がたくさんあり、映画祭スタッフの募集についても今年から一部変更しました。 来年以降も絶えず見直していくつもりです。最後に、『狼少女』を素敵な映画にしてくれた 深川監督には感謝しています。今後とも、皆さんの応援を宜しくお願いします」。続いて、 あがたさんより「3日間、どうもありがとう。1年間が集約された、充実した3日間になりました。 映画祭がスタートして12年。来年、再来年ともっといい映画祭になっていってくれるでしょう。 若いスタッフに期待したいです。また来年、会いましょう!」。
 今回の映画祭用に作られた2種類のPRフィルムが、作品上映前交互に流されていたのに 驚かされましたが、閉会式の最後も、映画のエンドロールを思わせるフィルムの上映です。 開催に向け準備作業に携わっている映像、上映作品や実行委員の紹介、シナリオ大賞の授賞結果、 観客や協賛各位への謝辞・・・等。それらを眺めていると、私自身の映画祭に向けての準備作業や、 北海道入りしてからの4日間の様々な出来事が甦ってきます。洗練された部分と、 昔ながらの手作りの部分とが程よくマッチした、人肌の温かさが心地よい映画祭でした。

 会場からロビーへ出ると、実行委員の皆さんが観客を見送るため集まっておられます。 あがたさん、米田実行委員長、『カフェやまじょう』の太田さん、広報担当の永澤さんたちとお別れの 挨拶を。「お世話になりました。いつかまた、やって来ますから」。 そう、閉会式が終った瞬間、頭をよぎったのは、”毎年でも参加したい!”との熱い思いだったのです。 実行委員の皆様、特に今年加わったばかりの若いスタッフの方々、どうか来年以降も映画祭を支えて いって下さい。今回だけのつもりだった私ですが、何年後かにはきっと再訪しますので。
 もう1度、屋上の展望台へ昇ってみたかったものの、ちょうどロープウェイの出発時間となり、 叶いませんでした。次回来る時の楽しみにとっておきましょう。今夜も、これぐらいの時間になると、 うまい具合に雪が止んでおり、3日合計で”3百万ドルの夜景”を十二分に堪能させてもらいました。 今年は天候にはほんとに恵まれた年だった筈。何年後かに再訪しても、あれほど見事な夜景を見るの は難しいでしょう。荒天の2004年には、夜景が見える、見えないどころの話ではなく、 強風でロープウェイが運航中止になった日もあったのだとか。2005年に初参加した 『ゆうばりファンタ』も、好天続きでした。北海道の映画祭とは相性がいいみたいです。 この次、ここ北の大地を踏めるのは、いつになるでしょう。その時、参加するのは『函館』か、 2007年夏の再開をめざしている『ゆうばり』になるのか。まずは、『ゆうばり』が無事再開に 漕ぎつけるよう応援していきたいと思っています。
 さて、”百万ドルの夜景”は映画祭の何よりの武器だけれど、”諸刃の剣”になる可能性も あると、1日目のレポートの終わり辺りで記述しました。つまらなければ、映画祭をかすませる 強敵になってしまうと。3日を経て、張り合うものではなく、夜景と一体になってこその 映画祭だという事がよく分りました。上映作品がいまいちの(私にとっては)今年のような年は、 3日間とも夜景が見事に煌き続けてくれましたし、2004年の時のように荒天の年には上映作品が 頑張る━━息の合ったコンビネーションで助け合い、タッグを組んでいるかのよう。もちろん、 夜景がなかったとしても、映画祭の魅力は十分。真冬の外気を吹き飛ばすようなほっこりした 雰囲気が充満していましたから。

 この夜は『牛頭BAR』も開かれていません。会場等の片付けや、 実行委員内での慰労会があったりするのでしょう。今回初めてボランティアスタッフになったような 若い人たちが、打ち上げの美酒や、無事閉幕を迎えられた達成感に心地よく酔い、 再度味わいたくて次回以降も協力していってくれれば嬉しいのですが。そうなれば、 正式の実行委員に加わろうとする人も出てくる筈。今夜は存分に呑んで下さい!
 ロープウェイの麓駅から大通りへ、坂道をゆっくり下っていきます。まだ市電の 走っている時間なので電停で待っていると、やって来たのは、うまい具合にイルミ ネーション電車。軽いウキウキ感に包まれながら、駅前まで揺られました。Hさんと2人で、 『大門横丁』へ。今朝下見して候補に挙げていた内の1軒に入り、ささやかに打ち上げの乾杯です。 Hさんは年末にご自身のブログで2006年の映画ベストテンを発表していましたが、今回観た中から 3本も日本映画のテンに入れているほど。作品的にもかなり満足のいく映画祭だったようで、何より。 大多数は「やわらかい生活」や「ヨコハマメリー」を初めて観たであろう地元の観客にとっても、 魅力のラインナップだった筈。客観的に見て、今回のプログラムはしっかり合格ラインをクリア 出来ていたでしょう。残念だったのが、パーティー等には若い女性客が多く参加していたものの、 肝心の映画に若い層があまり入場していなかった点。正直、若者が”観たい!”と思う作品が 少なかったのは否めません。それでも、プログラム全体を眺めてみて感じるカラーには、 『函館映画祭』らしさが出ていますから、後はどう10代、20代にアピールできる作品を 1〜2本盛り込んでいくかでしょう。Hさんとは『大門横丁』でお別れ、「またいつか、 どこかの映画祭で!」。

 雪を踏みしめホテルへ向かいながら、考えます。函館の雪は、 映画祭にどんな彩りを添えてくれたのでしょう...。毎年夏に参加している『湯布院映画祭』も、 日常とは別世界の楽しさに浸らせてくれますが、雪のめったに降らない岡山市に在住している私に とって、冬に開催される北海道の映画祭は、”雪”と”映画祭”という非日常的な2つの要素で、 より夢の世界に引き込んでくれるのだということに思い至りました。それに、 しんしんと降る雪を見ていると、上映会場にこもっている感じが強まり、 映画により集中できる気もします。程度を超すと手に負えませんが、 次回来た時もし雪がなかったなら、”『函館映画祭』らしくない”ときっと テンションが下がってしまうでしょう。5分程で、ホテルへ到着。駅そばだし、 安いし、今度来る時も、ここで十分。それまで現在の料金が維持されていますように。

 翌12月4日(月)は、快晴の朝。函館駅からJRの特急列車で新千歳空港へ。来る時はもう暗く なっていたので周りの景色が見えませんでしたが、列車は途中から海沿いを走るようになり、 海面に反射した朝日が車内をまぶしく照らします。
 今回の『函館』では正直、作品的にはこれといった収穫がありませんでした。 けれど、ゲストとの交流や実行委員の方々とのふれあい、全体の雰囲気、 そして”3百万ドルの夜景”などを含めた総合的な評価は、二重丸。こういう楽しみ方は、 『湯布院』では2度、3度と回数を重ねていって、ようやく身についたもの。それが今回は、 いきなり常連であるかのように様々な場に溶け込めて、映画祭の醍醐味をしっかり 体験できた気がします。いい意味で”映画祭慣れ”してきたのでしょう。 また、これまでの映画にまつわる色んな蓄積をうまく活かせた映画祭だったようにも思えます。 何と言っても大きかったのは、本映画祭とゆかりの深い脚本家・今井雅子さんとの5年間の 交流ですが、2005年の『ゆうばり』で知り合ったHさんと行動を共にしたことで終始気が楽で したし、昔おなじイベントに参加していた関係で、初対面の植草氏とも会話を弾ませる事が。 まるで、過去の映画貯金が実って、多くの利息を生んでくれた感があります。

 新千歳空港周辺も、晴れ。定刻の14:40に滑走を始めたANA機は、同じく定刻の16:50には 岡山空港へ。空港ロビーで、預けた手荷物が出てくるのを待ちながら、私は1つだけ残念な思い に捉われていたのでした。それは、2005年の『ゆうばり映画祭』へ初参加した後に...、 そして『湯布院映画祭』行きが恒例となってきた頃に感じた悔いと同じもの━━”もっと 前から参加していれば良かった”。こんな風に心をざわめかせてくれる映画祭が、 私は大好きです。
                                        (終)