TOMIさんの宮崎映画祭レポート'09(第15回)

 3月に 『高崎映画祭』 への初参加を果たしたばかりですが、今度は南国・宮崎の地を訪問してきます。 これまた 初参加となる 『宮崎映画祭』(http://www.bunkahonpo.or.jp/mff/)。 途中の大分駅までは、 2000年以来毎年のように参加している 『湯布院映画祭』 への経路と同じですから、 勘違いして同駅で降りないようにしなければ(笑)。

 私が 『宮崎映画祭』 の存在を知ったのは、2002年のことでした。 まずは、きっかけを作ってくれた脚本家:今井雅子さんの話から始めることにしましょう。 彼女との交流については、これまで色んな映画祭レポートで記述してきており、繰り返しにはなりますが。
 そもそもは、2001年も12月になろうかという頃、岡山市内のミニシアターに置かれていた 『函館港イルミナシオン映画祭』(12月開催)のチラシを手にしたのが発端でした。 同映画祭主催のシナリオ大賞の準グランプリを受賞したことから映画化された今井さん脚本の 「パコダテ人」(宮アあおい主演)という作品がプレミア上映されると紹介されてあり、興味を引かれて映画祭HPにアクセスしたところ、何と掲示板にちょうど入力されたばかりの彼女の書込みがあったのです。 実はその何日か前、主演女優に惹かれて観たNHK-BSで放送されたドラマの脚本も今井さんだったのを記憶しており(昔から映画でもドラマでも脚本家に注目して観る性質なのです)、偶然に導かれたみたいで何だか縁を感じてしまい、つい “ 「パコダテ人」 観たいです ” と書込みをしてしまったのでした。 今井さんからもレスがあり、またそれから間なしに彼女のHPがオープンするというタイミングの良さが重なり、以来ずっとネットを通じての交流が続くことに。

 函館を舞台にした 「パコダテ人」 は北海道での先行上映に続き、2002年4月には東京で公開されました。 私は、盛り上がった勢いで初日に合わせて上京し、銀座の映画館で今井さんとの初対面を実現。 宮アあおいちゃんたちの舞台挨拶も、前から3列目という近距離で見たのでした。
 で、この年は9月開催だった 『宮崎映画祭』 で 「パコダテ人」 が上映され、今井さんも参加されたのです。 その模様は当然彼女のHPのdiaryでも紹介され、映画祭スタッフの温かいもてなしぶりを読み、一発で魅了されて、“ いつかは! ” と願うようになったという次第。
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=93827&pg=20020915
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=93827&pg=20020917

 今井さんの近況はというと、脚本を担当された映画 「ぼくとママの黄色い自転車」 という昨年7月に小豆島や私の住む岡山市でロケされた作品の公開を控えていますし(8月22日より)、現在NHKで放送中の朝ドラ 「つばさ」 にも脚本協力の形で関わっておられます。
 その 「つばさ」 に、多部未華子演じるヒロインの恋人:翔太役として出演しているのは、「トウキョウソナタ」 で高崎映画祭の 【最優秀新人男優賞】 を受賞し、客席の5列目で見ていた私の目の前の舞台に登壇してくれた小柳友くん。 翔太はJリーグの入団テストを受けるのですが、何と合格したのは 『宮崎ポロナティーヴォ』 という宮崎を本拠地とするチームだったのです! 単なる偶然とは分っているのですが、“ 私が 『宮崎映画祭』 に初参加するのが今年になったのは、そういう運命だったのかも! ” と都合よく解釈し、ますますテンションを上げてしまったのでした(笑)。 ちなみに、クロージング作品も、『高崎映画祭』 でお姿を拝見したばかりの黒沢清監督をゲストにお迎えして上映する 「トウキョウソナタ」 なのです。

 今井さんのご利益は他にも。 2002年に 『宮崎映画祭』 へ参加された際知り合った実行委員のS原さんという方が、以後ずっと彼女のHPのチェックを続けられていたのですが、掲示板に頻繁に書き込んでいた私が毎年 『湯布院映画祭』 へ参加しているのを記憶しておられて、2006年に何年ぶりかで同映画祭においでになられた際、探し出して声をかけて下さったのです。 たちまち意気投合し、連日のように色々お話したのでした。  S原さんに誘われて、mixi を始めることにも。 お蔭で、S原さんと同じ映画サークルに所属しておられる宮崎の方と mixi 友だちになり、もう1年半近く親しく遣り取りさせてもらっていて、“ 一度お会いしたい! ” と思いをふくらませたのも初参加に踏み切る良いきっかけとなったのでした。 宮崎映画祭HPのブログ担当の方とも何度かコメントを交わし、映画祭の会場でお会いする事を約束済み。 『湯布院映画祭』 のように夜のパーティーはありませんが、S原さんやこういう方たちと、私の好きなカラオケをご一緒できそうなので、映画祭会場の内でも外でもたっぷりと楽しんでこられそうです。

 肝心の映画祭の日程をご紹介するのが遅くなってしまいました。 6月6日(土)に開幕しており、最終日の13日(土)まで8日間に渡って開催されます。 私は12日(金)の朝6時台の新幹線で岡山を出発し、宮崎駅には13時過ぎに到着予定。 帰路に就くのは14日(日)の朝なので、短い滞在にはなりますが、頭の先からシッポの先までぎっしり餡子のつまった鯛焼きのような1日半になってくれることでしょう。 あ、ちなみにスイーツは好きですが、鯛焼きはちょっと苦手です(笑)。
 本映画祭は昨年は7月に行なわれました。 その前の年は6月で、今井さんの参加された2002年は9月。 時期は流動的ではありますが、ともかく、かなり暑い時期の開催ということになっているみたいです。 プログラムが一番充実しているのは、たいてい最終日。 実は、日程が1週間後ろへずれていたなら、最終日にかけての参加は無理だったのです。 実家の田植えが20日前後に約3日かけて行なわれ、手伝わなければならないものですから。 今回の参加は昨年の内から決意していたのですが、どうやら色んな面で “ 今年にして良かった! ” という結果になってくれそうです。 『高崎映画祭』 と同様に(笑)。

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宮崎映画祭レポート09(1)

  予想通り、『宮崎映画祭』 にやられてきました。 でも、レポートが1週間や10日で終わりそうにないのは、ちょっと計算外かも(笑)。 今回これだけどっぷりと楽しめたのは、もちろんS原さんや初対面が実現した mixi 友だちの45さんがおられた事と、映画祭HPのブログ担当のミツバチ1号さんと何度も事前に遣り取りして親しくなっていた事、実行委員の皆さんの伝統に基づく筋金入りのサービス精神と、それから 【マスカットきびだんご】 のお蔭(笑)でしょう。

 おっと、ゲストの方々を忘れてはいけません。 台湾でウルトラミラクルヒットを飛ばし、日本での公開が待望されている映画 「海角七号」(かいかくななごう)がプレミア上映され、台湾から監督・主演男優・主演女優の3人をお迎え出来たのです。 また、もう常連と言って良い、「トウキョウソナタ」 の黒沢清監督は “ 晴れ男 ” の異名を持つ通り、宮崎の上空から雨雲を追い払ってくれたのでした。

 さて、具体的にレポを進めていきましょう。 12日(金)の朝6時台に岡山駅を出発する新幹線に乗車し、小倉駅で日豊本線の特急に乗り換えて宮崎駅まで。 初めてとなる宮崎の地に降り立ったのは13時10分頃でした。 毎年夏に参加している 『湯布院映画祭』 行きの際下車する大分駅までは、小倉から1時間20分ほどですが、大分駅から宮崎駅まではたっぷり3時間。 遠さを実感させられたのでした。 宮崎はさすが南国だけあって、駅前にはフェニックスがずらりと植えられており、気分は一気に宮崎モードに突入です。

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宮崎映画祭レポート09(2)

  まず、ランチタイムの終了時刻が迫っているお目当ての洋食店へ直行します。 徒歩で15分ほど。 晴れ間も見えるものの雲の多い天気であまり暑くなく、大して汗もかかず、助かりました。 映画祭の会場近くにあるこの店は、宮崎名物のチキン南蛮が看板メニューのようで、それも含まれたランチを注文。 食べ終わった後は、滞在中に行きたいと思っている他のお店がこの辺りに複数軒あるので、場所を確認するため散策することに。

 それから、いよいよ、6月6日(土)の開幕日から本日12日(金)までの会場である 『宮崎キネマ館』 へ向かいます。 私はミニシアター好きで、3月に高崎映画祭へ初参加した折にも、『シネマテークたかさき』 を見学に訪れたもの。 ですから今回、会場が当地唯一のミニシアターである 『キネマ館』 なのは、一石二鳥なのです。 同館は、ホテル等の入っているビルの2階にある2スクリーンを有するミニシアター。 周りには、洋服等の物販のテナントが営業しており、キネマ館もその一つという感じです。 映画祭の期間中も、キャパの少ない方のスクリーンでは、一般の公開作が上映されており通常営業が行なわれています。

 S原さんと45さんは現在、45さんが準備された企画 ━━とある小学校で映画講座を開催━━ を実施するため、今日からのゲストである黒沢清監督をそちらへお連れしているので、S原さんが受付に預けて下さっているチケット(全作品鑑賞可のフリー券 *たった3千円)の入った私宛ての封筒を受け取ります。 今日これからのプログラムは、もう少ししたらこちらへ帰ってこられる黒沢清監督による映画塾講座の @ と A。 それぞれで映画が上映されると共に、黒沢監督のトークショーが行なわれます。 入れ替え制であり、特別なプログラムのため各々に整理券が配布されているので、それも1枚ずつ受領。
 映画祭のパンフレットはA5サイズで22ページの冊子風になっており、自由に貰って構いません。 先日既にS原さんから送って頂き、今日も列車内で読みながら来たのですが、映画仲間へのお土産用に何冊か頂戴します。 そうそう、初日の最後のプログラム 「その土曜日、7時58分」 が、6日の土曜日の午後7時58分から上映される事に気づいたのも、送ってもらったパンフに目を通していたとき。 あぁ、何て憎いプログラム(笑)。 大好きです、こんな遊びごころ!

 次に、ブログ担当のミツバチ1号さんにご挨拶とお渡ししたいものがあるため受付で所在をお訊きするも、ちょっと席あきのため、このフロアの窓際にある休憩コーナーのベンチで休むことに。 今年の映画祭はお客さんの入りがすごく好調で、入場制限をしてお帰り頂かなければならないプログラムも出てきているため早目に来られていた方が良いですよ、とお聞きしていたので1時間前の14時30分に到着したのですが、整理券を貰えば、後は15時15分の入場開始に合わせて番号順に並ぶだけなので、それまではのんびり出来るのです。 さっき 『キネマ館』 前のロビーで入手した、これからの公開作品のチラシ等をバッグにしまおうとベンチでかがんでいたら、頭上から 「岡山のTOMさん(mixi 等での私のwebネーム)ですか?」 の女性の声が━━。

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宮崎映画祭レポート09(3)

 これまで映画祭HPのブログには何人かの実行委員の写真がアップされていましたが、そこには載っていなかった方、「はじめまして、ミツバチ1号です」  「あ、どうも、はじめまして。 岡山から来ました○○と申します」と私は本名で名乗ります。 ミツバチ1号さんの本当のお名前は、S原さんに教えられ、既にしっかりと記憶済み。 溌剌とした方で、実行委員の中心的人物だということが、この後だんだんと分っていきます。 ゲストからの信頼も厚いのだそう。 実は彼女、私が応援している脚本家の今井雅子さんが2002年に本映画祭のゲストとしておいでになった際、空港で出迎え、その後、名所巡りに連れて行ってくれた方なのです。 が、そんな話は、まだこのタイミングでは出来ず。 予期せぬ状況で声を掛けられ、ちょっとあたふたしていたものですから。

 どこの映画祭でも実行委員の方は首からパスを下げておられます。 ここも、そう。 違うのは、それがとてもきれいな事。 映画祭HPの下側にも描かれていますが、ミツバチがピアノを弾いているイラストがパスにもカラーで印刷されてあるのです。 他には、『第15回 宮崎映画祭』 の文字が確か赤色で、そして委員のお名前は黒文字。 これが欲しくて、来年新たに実行委員に加わる人が出てくるのではないかと思えるぐらい。 たぶん毎年、このレベルのものを製作しているのでしょうが、こんなにステキなパスは初めて見ました。
 おっと、忘れない内に! ブログでの遣り取りのお礼など述べた後、「大したものではありませんが」 と、岡山から持参した 【マスカットきびだんご】 を実行委員の皆さんへの差し入れとしてお渡しします。 S原さんから送ってもらったパンフに、今年の実行委員約40名の一覧が載っていたので、数が足りない事はない筈。 「45人分あるので、大丈夫だと思うのですが」  「足ります、足ります! うわぁ、ありがとうございます。 美味しそう! そうだ、明日のオルブライトホールにはみんな集まるので、そこで頂きますね」

 では、また後で、とお別れ。 よし、掴みはOK(笑)。 少し重くなったバッグを提げてきた甲斐がありました。 S原さんと45さんへは別途、お荷物にならない程度の8個入りミニサイズのものを、後でお会いした時に手土産としてお渡ししたのでした。
 15時10分ぐらいに列につき、入場開始を待ちます。 楽しみにしていた館内は、キャパ94席(他方は55席)。 床は木製で少しずつ段差がついており、前の人の頭が邪魔になる事はほとんどありません。 青色の椅子も程々に柔らかくて、また背もたれの具合もグッド。 お尻もあまり痛くならないでしょう。 前席との間隔も、これぐらいなら十分。 かなり快適に、この日の2本を鑑賞できたのでした。 ただ、そのため、居眠りしやすい状態にあったのも事実(笑)。 後でS原さんから聞いたところによると、キャパの少ない方の座席はこれほど良くないのだそう。
 残念なのが、スクリーンの小ささ。 ビルの2階分をぶち抜いている訳ではないので予想はしていましたが。 でも、腐ってもスクリーン!(笑) 上映中は小ささがそう気にならなくなったのでした。 何でも今秋には、ここから近い場所に 『アートセンター』 がオープンし、そこには上映会の開ける施設も作られるのだとか。 常設館ではないにしろ、これで宮崎のスクリーンにかからずじまいになる映画が確実に減ることでしょう。 今年のラインナップの中の 「歩いても 歩いても」 や 「接吻」 も、宮崎では未公開に終わった作品。 けれど、“ 翌年の 『宮崎映画祭』 で! ” というセカンドチャンスがあるのですから、ちょっと羨ましい気がします。 この2作品は特に人気が高く、満員札止めだったとか。  

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宮崎映画祭レポート09(4)

 場内は、ほぼ満員。 後ろには補助イスも並べられています。 私の席は、前から5列目の通路脇。 15時30分からの講座@ で上映されるのは、サム・ペキンパー監督の有名な西部劇 「ワイルドバンチ」(1969年)です。 先ほどお会いしたミツバチ1号さんも “ 観たい! ” とおっしゃっていた作品、「ちゃんと70mmフィルムでの上映になるんですよ。 でも、担当の仕事があるので、入場する訳にはいかないんです。 黒沢監督の話、詳しくレポートして下さいね!」  私が心の中で 「イエッサー!」 と大きく敬礼したのは言うまでもありません(笑)。

 上映の前に、予定通り戻ってこられた黒沢監督から簡単にご挨拶して頂きます。 3月に初参加した高崎映画祭の授賞式に、用事がありながらも無理しておいで下さった黒沢監督。 あの時はトップバッターで表彰を受け、すぐご用事先へ出発されたものでした。 今日も、宮崎入り早々に某小学校へ連れて行かれ、戻ってくるや否や、この映画塾の塾長としてご登場。 いつ見ても、お忙しい方です(笑)。 「2年前にも映画塾をやり、トビー・フーパーを取り上げました。 あの時、“ 次はペキンパーで ” と言ったら、こうして実現しちゃいました(笑)。 『ワイルドバンチ』 は久しぶりなので、観るのが楽しみです」  監督は、客席後ろの通路に並べた補助イスでご覧になられたようです。

 さて、「ワイルドバンチ」 は━━。 カミングアウトするのが些か恥ずかしいのですが、実は未見だったのです。 あまりにも有名なので観たつもりになっていたような作品。 40年前に撮られただけあって、どこかのんびりとしており、カラッと明るくて、何十人死んでも凄惨さがほとんど漂わないところは、“ さすが! ” という感じがします。 女も容赦なく撃たれるのには、ちょっとドキッとさせられました。 ペキンパーらしいスローモーションも多用されています。 が、少なからず物足りなさを抱いたのも事実。 いつか観なければ、と思いながら、なかなか叶えられなかった作品は、勝手により伝説的な存在にしがちなもの。 スクリーンでキャッチするまで時間がかかりすぎました。 程々の時期には観ておくようにしなければいけませんね。 フィルム状態は、とても良好でした。

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宮崎映画祭レポート09(5)

 上映終了後、トークショーの準備がされ、黒沢監督と司会役の男性実行委員が、スクリーン前の椅子につかれます。 司会 「映画祭のパンフレットには上映時間2時間17分と記載していますが、10分長かったですね。 この作品には色んなバージョンがありますから。 配給会社も、このフィルムが何分のものか、よく分ってなかったんですよね(笑)。 ところで、初めて観られた方はどれくらいいらっしゃいますか?」  私を含め、かなりの人が挙手。 安心しました(笑)。
監督 「でも、私がこれまで観てきたのも、これと同じバージョンだったように思えますけれどね。 まあ、とにかく、パイク役のウイリアム・ホールデンが屈折してるんですよね。 こいつ変だなぁと、いつもおかしくなります。 衣裳が変わってて、白いシャツをびしっと着ているという。 監督なのか、ホールデンの意図なのか。 ラスト、4人で殴り込むシーンのウォーレン・オーツが若い! 生々しいチンピラですよね。 そんな彼らが無謀な戦いを挑んで、散っていく。 ホールデンはどこか狂っていて、彼の西部劇ごっこに、他の3人が付き合わされたよう。 ショットガンとか軍用銃・機関銃がバンバン使われますが、ホールデンが死んだ後、彼の足のところから一度も使わなかった西部劇調のピストルが出てくるんですよね。 西部劇のジャンルに入れられてますが・・・・、ではないのではないかな〜。 まあ、西部劇が身にしみて分っている訳ではないんですけど。 とにかく変な映画。 ホールデンだけが最後まで西部劇に浸ってた。 一方、西部劇そのものなのが、ロバート・ライアン」

 ここで、ペキンパーマニアだという黒沢監督に、「ガルシアの首」(1974年)と 「わらの犬」(1971年)というペキンパーの代表作の一部をスクリーンに映写して観てもらいます。 監督と司会者は、客席最前列の真ん中に関係者用として確保されていた席に移動。 照明が落とされ、5〜6分映写が行なわれます。 明るくなって、また前の椅子に。
監督「よく、人が撃たれて死にますよねぇ(笑)。 『ワイルドバンチ』 からいったい何十人死んだことか。 『ガルシアの首』 のウォーレン・オーツは貫禄が出てきてます。 落ち着き払って見えますね。 『わらの犬』 を最初観た時は、驚きました。 今では普通ですが弾が当った人間が吹っ飛ぶんですから。 あれ、ずっと、ワンカットだと思い込んでいて、自分で再現したくて仕方なかったんですね。 それで、テレビ放映時に、まだビデオが普及してなくて8ミリでそれを撮ってチェックしてみたら、十幾つもカットを割ってるんですよ(笑)。 なんでワンカットだと思ったんだろ? あれ、人形を使ってるんですね。 すごく軽いやつ。 誤魔化すのに、その人物がコートを着てるという設定にして。 吹っ飛んで上昇していくのは人形、床に落下するのは人間でやってます」  もう一度、さっきの映像を観たくなりましたが、それは無理でした。

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宮崎映画祭レポート09(6)

 女性をよくひどい目に遭わせるペキンパー演出ですが、例外的にとてもきれいに撮っているのが 「砂漠の流れ者」(1970年)。 ということで、先ほどと同様にして本作の一場面、ミュージカル風の映像が流されます。 これも未見の作品。 言われる通り、とてもペキンパーが撮ったとは思えないキュートなシーンになっています。

 話は、今ペキンパーを観る意義について。 監督 「現代映画の先駆けと言って良いと思うんですね。 『ワイルドバンチ』 は良くも悪くも、商業映画の先駆け。 そう考える理由の一つは、何かをやるきっかけだったり、過程を描いていること。 昔の西部劇は、単純に強盗をやったもんですけど。 本作では、どうする? やるか? やっぱり、やろう ━━ なんて、それなりの動機を描こうとしている。 もう一つは、単にストーリー的に悪い奴をやっつけた、では観客が満足しないので、スローモーションを使ったり、カメラアングルを変えたりで、死ぬところを時間をかけて見せている。 だから、上映時間が2時間半にもなる! 異常ですよね(笑)」  ペキンパーマニアならではの、自虐的な発言でしょうか。 「それ故、プロデューサーに編集されて、トラブルになるんです。 今の映画も、見せ場はCG等をふんだんに使って、たっぷり見せている。 だから、2時間を超える作品が多くなってるんです」

 そろそろ終了の時間。 最後は駆け足になってしまいましたが司会が “ こんな質問も用意してたんです ” と問いかけたのは、「現代のペキンパーといえば、誰になりますかね?」  監督もすぐには答えられません。 と、司会は 「私は、スピルバーグかなと思ってるんですけど」 と自説を披露。 裏付けるものとして、「宇宙戦争」 の映像を見せたかったのだそう。 監督はふとある事を思い出し、口にされます、「あ、そういえば、『ジョーズ』 の監督として最初に名前が挙がってたのはペキンパーなんですよね」  初耳です。 または、昔聞いた事があったかもしれないが、きれいに忘れているか(笑)。
 話は、そこまで。 そういう因縁を挙げられたものの、時間切れのため、監督は同意も否定もされませんでした。

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宮崎映画祭レポート09(7)

 入れ替えで、全員いったん退場します。 ロビーへ出たところで、S原さんと2年ぶりの再会。 が、挨拶もそこそこに私は 「ちょっとトイレへ」(笑)。 15時頃に行ってから、もう4時間近く経っているもので。 戻ると、次の講座A の列が出来ており、忘れない内にフリー券の代金をS原さんにお支払いしてから並びます。 このプログラムから45さんとご一緒できる予定だったのですが、S原さんが彼女について何もおっしゃらないというのは、他に個人的なご用事がありここにおられないか実行委員としてのお仕事に就かれているという事なのでしょう。 45さんは正式な実行委員ではないのですが、期間中はあれこれお手伝いされているようなのです。 後でお会いした時、実行委員と同じパスを首から下げられていましたから。 感激の初対面は、先送りに(笑)。 間もなく入場が開始され、@ の時と同じ席についたのでした。

 A の上映作品は、アレックス・コックス監督の 「サーチャーズ2.0」(2007年)。 私も知らなかったような作品ですし、始まりが19時からと遅いので、@ ほどには席が埋まりませんが、それでも7〜8割は入っていたでしょう。 今回の映画塾の共通テーマは西部劇で、@ が “ 西部劇の光芒 ” 、A は“ 西部劇の復活 ”。  サーチャーズ(SEARCHERS)は、ジョン・フォード監督 X ジョン・ウェイン主演の西部劇 「捜索者(The SEARCHERS)」(1956年)の原題と同じですが、この 「サーチャーズ2.0」 はとっても変な映画です。 まあ、“ ある意味 ” 西部劇と言えるかも、というような。 観客を選ぶ映画と言って良いかもしれません。 うまく乗れた人には面白くてたまらないかもしれませんが、ついていけなかった私は、今朝の起床時間が早かったのと、座席が気持ち良かったため、つい居眠りを(恥)。
 上映前のご挨拶で監督も、「ほんとにふざけた映画、くだらない映画です」 と苦笑しておられたものです。 「アレックス・コックス イズ バック」 という、同監督が本作のプロモーションのため来日した際の特典映像がまず流され、その後で本編が映写されたのでした。

 上映後は同じく、黒沢監督と @ と同じ司会者によるトークショー。 監督 「クイズ合戦の映画なのか(笑)」  司会 「ほんとに下らない。 皆さんの心に残れば良いのですが(笑)」
監督 「善きにつけ悪しきにつけ、よくこんな映画を考えたなと(笑)。 モニュメントバレーまで行って、マカロニウエスタンをやるんですから。 二重、三重、四重に錯綜した・・・・、西部劇のパロディ? 『夕陽のガンマン』 や 『続・夕陽のガンマン』 といった元になる作品をよく知らないので、パロディかどうか詳しくは分らないのですが」

 講座@ と同じく、参考映像が映されます。 「捜索者」 と 「アパッチ砦」。 で、また黒沢監督のお話が続くものの、私は特に西部劇好きではないため、座席から身を乗り出すほどには惹き込まれません。 勿論つまらなくはありませんが、西部劇について何も黒沢監督からお聴きしなくてもいいかな、などと思ったのも事実(笑)。 その代わり、翌日の 「トウキョウソナタ」 のトークショーは、興味深い裏話に溢れかえっていたのでした。
 「荒野の用心棒」 の映像も流されます。 イーストウッドの若いこと!  監督 「マカロニウエスタンにはあまり惹かれないんです。 イーストウッドといえば 『グラン・トリノ』 ですが、この 『荒野の用心棒』 と同じ事をやってるんですね」  先ほどの映像でのイーストウッドは、胸を服の下に隠した鉄板で覆い、敵にわざとそこを撃たせるのです。 「なぜ、自分でこのパロディーを繰り返すんでしょうね? 『ペイルライダー』 もそうでしたし。 現在世界最高峰の監督がそういうパロディーを撮る元になっている映画という意味においては重要ですが、『荒野の用心棒』 はそれ以外は結構下らない内容なんじゃないですかね」

 講座@ では時間がなくて行えなかった質問コーナーも設けられ、「日本の時代劇の監督で、ペキンパーに相当するような存在の人は?」 といった問いが投げかけられたりしましたが、「う〜ん、難しい質問ですね」 と黒沢監督は腕を組まれ、東映や大映や東宝の時代劇のカラーの違いなど述べられたものの、“ これ! ” という監督の名前は挙がってきませんでした。

 イーストウッドの監督作 「許されざる者」 の一部も映写されます。  監督 「最後の西部劇。 大量殺人映画ですよね。 恐ろしい(笑)」  司会 「前回2年前の映画塾でのトビー・フーパーの映画と合わせて、300人ぐらいスクリーンで殺されましたかね(笑)」

 締めの時間となりました。  監督 「どちらかと言えば変り種の西部劇を観てもらいました。 西部劇というジャンルは、やっぱり凄いですね。 明日は 「トウキョウソナタ」 にも足を運んで下さい。 人はあまり死にませんから(笑)」  トークのお礼に大きな拍手を送り、退場します。 待望の45さんとの初対面が今度こそ待っている筈。 彼女はS原さんが主宰されている20年以上続いている映画サークルの会員であり、お顔はサークルのお仲間たちと飲み会で一緒に盛り上がっているものなどお写真で2〜3枚拝見したことがあり、S原さんに紹介してもらわなくてもご本人を見れば分かると思っていたのですが....。

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宮崎映画祭レポート09(8)

 写真のイメージを元にロビーの何人かの女性をざっと見回すも、“ この方かな! ” とピンとくる人はいなくて、“ もしやご都合が悪くなったのかも ” と気を落としかけていたら、S原さんが 「45さんですよ」 と紹介してくれます。 お写真とかなり感じが違っていたので、分らなかったのです。 嬉しい誤算(笑)。 実はもう少し男っぽい方を想像していたりなど...。 詳しい描写は、やめておきましょう。 出し惜しみです。

 これから、私が熱烈リクエストしておいたカラオケにご一緒していただく予定。 大好きなのに、何年も行っていないのです。 同行して下さるのは、映画サークルのお仲間のS尾さんという女性の方。 実行委員はこれからゲストの皆さんと今日の分の打ち上げを行なうため、S原さんはその後で合流して下さることに。
 3人で外へ出て、大通りを渡り、すぐそばの繁華街へ足を向けます。 金曜の夜10時前だけあって、通りはかなりな賑わいぶり。 案内してもらうのは、宮崎名物 【肉巻きおにぎり】 のお店。 全国ネットのテレビ番組でも紹介された事があって、ぜひ食べてみたかったのです。 色んな業者があるようで、実際に購入したのは、このHPの所とは別のお店でした。 ハンバーガーのように包装されており、1個300円。 テイクアウトのみなので、カラオケボックスにこっそり持ち込むことに。 後で食べると、なかなかの味でした。 他の店や、別の味のものも口にしてみたかったです。

 大通りの方へ戻り、カラオケボックスのビルへ。 ここは食べ物のメニューが割と充実しているので、との女性陣のチョイス。 マイクさえあれば十分の私は、勿論どこでもOKです。 部屋に入って腰を落ち着けたのは、22時過ぎ。 いつもなら、朝の早い私はとっくに寝ている時刻です。
 皮切りの1曲目は、当然私から(笑)。 0時過ぎに、打ち上げが終わったS原さんと男性実行委員のK藤さんがやってきて下さり、ますますヒートアップして、深夜2時を完全に回るまで待機曲が入っていない状態は一瞬たりともなかったのでした。

 S原さんの webネームの由来になっている曲を聴かせてもらいましたし、私も、応援している脚本家の今井雅子さんがシナリオを担当された映画 「子ぎつねヘレン」 の主題歌 「太陽の下」(レミオロメン) をちゃんと歌いきれて大満足(笑)。
 45さんとS尾さんも、次から次へと快調に歌声を聴かせて下さいます。 お蔭で私も何の遠慮もなく、歌いたい曲を、歌いたいだけ! もちろんデュエットもお願いしました。 あぁ、めくるめく宮崎の夜。 狂乱のカラオケタイムよ・・・・!(笑)  心置きなく、旅の恥をかき捨てることが出来ました。

 明日13日(土)は10時からの上映であり、私の泊まるホテルから徒歩30分近くかかる今日とは別の会場に朝9時頃には並んでおいた方が良いので、カラオケは2時過ぎで切り上げましたが、気分的・体調的には夜が明けるまでいけそうでした。 いきたかったです!
 遠路やって来てくれたのだから、とカラオケ料金は、S原さんたちに奢ってもらったのでした。 ありがたく、「ゴチになります!」  また、S原さんは、宮崎の名産品・マンゴーの味わいの箱入り菓子をお土産にと渡して下さいます。 重ねて、感謝。

 ところで、まだホテルにチェックインしていない私(笑)。 ネットでの予約時に0時過ぎるかもと伝えていますし、当地へ到着後にもTELを入れているので問題はないのですが。 例によって安いから決めたそのホテルへはここからだと徒歩20分ぐらいかかるだろうし、どうせ自分もタクシーで帰るのだからと、S原さんが送って下さることに。 と、45さんが、近くの駐車場にお車を置いているので、「皆さん、送りますから」 とおっしゃるのです。 嬉しく、甘えさせてもらいます。
 確か自転車で来ておられたK藤さんとは途中でお別れして、S原さん・S尾さん・私の3人は、45さんのお車に 「失礼しま〜す」  この時間の道路はよく空いており、5分ほどでホテルへ到着。 ここのサウナへは時々、東国原知事がおいでなっているのだとか。 サウナを利用する事のない私が、知事に遭遇する可能性はないでしょうが。 車を降り、車中の3人へ今日のお礼と、「また明日!」 とご挨拶して、お別れします。 その明日には、ちょっとだけドラマティックな再会の場面が用意されているのですが、それはまた、その回で。

 チェックインして、部屋で旅装を解いたのは、もう3時近く。 いつもなら、とっくに起床している時間です(笑)。 さあ、すぐ風呂に入り、明日(正確には、もう今日)に備えて、寝なければ。

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宮崎映画祭レポート09(9)

 睡眠4時間ほどで、7時半に起床。 エレベーター内の張り紙にて宮崎駅へ無料で送ってくれるのを知り、それを利用して今朝はまず8時半前に宮崎駅前に降り立ちます。 駅から徒歩で15分以上かかるという交通の便の悪さをカバーするためのホテルのサービスなのでしょう。
 何をしに? 朝食です。 ちょっと邪道のメニューなのですが(笑)。 駅構内の 『お菓子の日高』 で8時半の開店を待って一つずつ買ったのは、【なんじゃこら大福(320円)】【バタどら(180円)】。 どちらもアンコをたっぷり使った和菓子です。 ところで私は、アンコがちょっと苦手(笑)。 なぜ買ったのかは、話のネタにするためが8割ぐらい占めていたでしょう。 残りの2割は、【バタどら】 を脚本家の今井雅子さんから熱烈に推薦されたのと、結構おいしいかもとの期待もあった故。
 構内のコンビニで牛乳を買い、待合スペースのベンチで、人目を避けるように生菓子の 【なんじゃこら大福】 の方を食べます。
予想通り、たっぷりのアンコを食べたなぁ、という味でした(笑)。 【バタどら】 は翌日の朝食に。 こちらはバターの固まりもしっかり入っており、なかなか美味しかったです。

 ここからは徒歩で、途中までは昨日と同じ道を辿って、本日の会場である [オルブライトホール] をめざします。 駅から正面に真っ直ぐ伸びる通りを10分ほど歩くと、大きな交差点の手前左側角にあるのが山形(やまかた)屋デパート。 そこを左折して3〜4分で、左手少し奥に昨日の会場である 『宮崎キネマ館』 の入っているホテルが見えます。 通過して、そのまま大通り沿いを7〜8分。 左折すれば宮崎県庁があるのが後から分った交差点を右折。
 実は1本手前に間違えていました。 それらしき建物がないので途中を左折して真っ直ぐ進むと、正面に見えているのが、たぶん・・・・。 そして、通りへ出て横断歩道を渡ると、そこはオルブライトホールの裏口に当る場所で、何とちょうどS原さんがお1人で立っておられたのです。 もうすぐゲストが到着されるので、待っていらっしゃるのだそう。 正しい道を通っていれば、ここへは来ていませんから、きっとS原さんに誘導されたのでしょう(笑)。 昨夜のお礼を述べ、お客さんが並ぶことになっている正面玄関へ向かいます。

 開館時刻の9時を数分過ぎているので、数十人の列は全員が建物内のロビーに。 9時20分頃には、ホール内へ2列になって進み、扉そばのスペースに蛇行して並びます。 と、横の列の年配のご婦人と40歳代ぐらいの男性の映画談議が、自然と耳に....。
どうやら、S原さんと同じ映画サークルに所属している方たちみたいなのです。 ご婦人は、先日S原さんたちと一緒に車で熊本まで 「愛のむきだし」 を観に行かれた方では。 男性は、鹿児島在住で映画検定1級合格者のOさんだと思われます。 後でS原さんに確認すると、やはりその通り。 ご挨拶しようかとも考えたのですが、周りの人たちの耳もあるし、また “ むやみに知り合いを増やしても... ” と思い止まったのでした(笑)。

 最終日となる本日13日(土)のプログラムは、10時から 【「海角七号」(ウェイ・ダーシェン監督)の上映とゲストのトークショー】、14時から 【「大丈夫であるように ―Cocco 終わらない旅―」(是枝裕和監督)の上映】、そして17時からクロージング作となる 【「トウキョウソナタ」(黒沢清監督)の上映とゲストのトークショー】 となっています。
 私たちが入場開始を待っている 「海角七号」(かいかくななごう)は、台湾映画。 昨年、同国で公開されるや、台湾映画として史上1位となる超大ヒットを飛ばした作品なのです。 外国映画を含めても、第2位の興行成績なのだとか。 ちなみにトップは、「タイタニック」 との事。 元々、本映画祭の実行委員長が本作の上映を熱望しており交渉を重ねるも、なかなかうまく進まず諦めかけていたところ、何と県の方から、“ 宮崎〜台北線就航一周年記念事業 ” の一環として 「海角七号」 を今年の宮崎映画祭で上映しませんか、と持ち掛けられ、小躍りして受け入れたといういきさつがあるのです。  本作の存在と大ヒットのニュースは私もかなり前から知っており、ジャパンプレミアとなる今回の上映をとても楽しみにしていました。 今映画祭の一番の目玉! 高崎や大阪の映画友だちからも羨ましがられたものです。 ロビーには本作関連のコーナーが設けられてあり、物語の重要な小道具となる手紙が展示されたり、台湾の観光案内のパンフ類が置かれたりしています。

 9時40分に入場が開始され、トイレ等でロビーへ出た際の再入場時に提示する紙片を受け取りながらホール内へ入っていきます。 その再入場券には番号が書かれてあり、後で行なわれる抽選会の抽選番号になっているのだそう。 扉からは横に伸びる通路が反対側の扉までつながっており、前側には4列の客席。 縦は両脇の通路で区切られ3つのエリアに分かれています。 私は真ん中エリアの右側通路脇、最前列から7番目の席にしたのでした。
 荷物を置いて席を確保し、ロビーへ。 過去のゲストのサイン色紙や、上映作品のポスター(サイン入り)、2000年に高崎で映画祭会議が開催されたとき貰ってきた高崎名物のダルマなどが展示されてあるのです。 3月に初参加した 『高崎映画祭』 の授賞式で、20人の受賞者に贈られたのとたぶん同じものでしょう。 ダルマには何人もの映画人のサインが記されていますし、「河童のクゥと夏休み」 の原恵一監督が描かれたクゥちゃんの絵も。  サイン色紙の中には、2002年に今井雅子さん脚本の 「パコダテ人」 が上映された際に彼女と一緒にゲスト参加された前田哲監督(「ブタがいた教室」)や主演の宮アあおいちゃん、お姉さん役・松田一沙ちゃんのものもあり、嬉しく眺めたのでした。 また、その年には、「トウキョウソナタ」 主演の香川照之さんも来祭されており、氏のサイン色紙も。

 過去6年分ぐらいの映画祭のパンフが数部ずつ、そこのテーブルの上に置かれてあります。 自由に取って良いようになっていたので、まだS原さんから送って貰うようになる前のものを有り難く頂戴することに。 その中で一番古い2003年のパンフに、mixi での友人のお写真を発見!
 昨夏の 『湯布院映画祭』 で佐藤二朗さんが監督・主演した 「memo」 という作品が上映されたのですが、別の mixi 友だちを介してその前から遣り取りをしていた大高由紀子さんという同作のプロデューサーとお会いして、映画祭終了後にはすぐ mixi 友だちになって頂いたのです。
 彼女は実は宮崎のご出身で、2003年に 「ストロベリーフィールド」(堀江慶監督)のプロデューサーとして本映画祭に初参加。 当時まだご結婚されていなかった二十代の彼女のピチピチの(失礼!)お写真がパンフに掲載されているのです。 あ〜、この頃にお会いしなくて良かった。 ひと目惚れして、重い恋患いにかかっていたでしょうから(笑)。 昨年は、比較的軽症で済みましたが。

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宮崎映画祭レポート09(10)

 客席へ戻ります。 当ホールの定員は500名ですが、ほぼ満員の盛況ぶり。 ところで、本日の上映やトークショーは、聴覚障害・視覚障害の方々にも楽しんでもらえるように、福祉ボランティア団体の協力を得て、日本語字幕(要約)・副音声・手話・要約筆記の各サービスが行なわれるようになっています。 少なくとも2003年には実施されていたのを、パンフで確認。 映画祭のスタート当初から行なわれていたのでしょうか。 素晴らしい取組みです。

 さて10時になり、まず佐藤実行委員長が舞台に出て来られ、短くご挨拶。 続いて、お待ち兼ねのゲストの方々が登場されます。 ウェイ・ダーシェン監督、主演男優のヴァン・ファンさん、そして主演女優は、田中千絵さん。 そう、日本の女優がヒロインを演じているのです!
 監督とヴァンさんはジーンズ姿。 田中さんは白のノースリーブのブラウスに同色のレース風のスカート、うす茶色の面白いデザインの太いベルトを巻いておられます。 髪型はポニーテールに近い感じ。 ハイヒールの色はベルトとほぼ同じです。 この後の色んな場面を通して、ちょっと水川あさみに似ているなと思ったものでした。

 ゲストからひと言ずつ貰うのかと思いきや、本作の上映には県が関与しているため、副知事が出て来られ、ご挨拶されます。 東国原知事はこの土・日、東京辺りへ行かれている模様。 「映画の前のワクワクの時間に恐縮でございます。 まず、映画祭の15周年、おめでとうございます。 昨年6月1日に台北便が定期運行するようになりまして、めでたく就航1周年を迎えることが出来ました」 と始められ、若くて溌剌としたように見える副知事は、滑らかな口調で手際よくスピーチをまとめ、袖に消えていかれたのでした。 いや、さすがです。
 お話の中でこの映画と宮崎とのつながりが紹介されましたが、物語のキーポイントとなる郵便の差出人の住所がここ宮崎なのです! なんでも、サントラのCDジャケットには、その郵便の差出人部分が写っているのだそう。

 ゲストがマイクの前に立たれます。 監督とヴァンさんには、1人ずつ通訳の女性がついています。 監督はメガネをかけた、優しいというか大人しい感じの普通のサラリーマンのような方、「忙しい中、ご来場ありがとうございます。 手紙は宮崎から送られたもの。 その地で上映されるのは、とても嬉しいことです。 満足してもらえますように」  ヴァンさんは少しヒゲをたくわえたワイルド系の、ほんとにミュージシャン? という方(笑)、「皆さん、こんにちは。 ヴァンです。 今朝、手紙に書かれていた実際の住所まで行って、その場所で写真を撮ってきました。 映画、楽しんで下さい」
 田中さんは、仕事で台湾に滞在していた日本人モデルの友子役。 現地の言葉も喋れるという設定です。 台湾へ語学留学に行き、帰国が迫ってきている時期に本作のオーディションを受けて、役を掴んだ田中さんは、「海角七号」 が大ヒットしたお蔭で一躍台湾では有名女優となり、現在も同国に活動拠点を置かれているのだそう。 まずは台湾の言葉で流暢に挨拶されます。 場内から拍手。 その後、「日本語で話します(笑)。 はじめまして。 宮崎へ来られて、皆さんとお会い出来て嬉しいです。 感動できるストーリーだと思います。 幸せな気持ちになってもらえるのではないでしょうか。 この映画を好きになってもらえますように。 楽しんでいって下さい」  袖へ下がる3人のゲストに、大きな拍手が送られます。
 尚、本作には、日本のミュージシャン・中(あたり)孝介さんも本人役でご出演されており、映画祭開幕直前の今月4日・5日に来県し映画のPR活動を行なわれたのでした。

 映画の上映が始まります。 “ 海角七号 ” とは、昔の台湾の住所表記のこと。 宮崎から差し出された郵便物の宛先なのですが、現在は使われていない住所のため、配達先不明で宙に浮いてしまうのです。 ミュージシャンになる夢を諦め故郷に戻り、郵便配達の仕事に就いたアカ役が、ヴァンさん。 元々は台湾の人気ミュージシャンで、本作が初の映画出演になります。 クライマックスには当然、彼の歌うシーンも!
 田中千絵さん演じる日本人モデルの友子は、ひょんなことから、即席バンドを組んだアカたちの取りまとめ役をやらされることに。 最初は反発し合っていた2人ですが・・・・。 物語の紹介はこれぐらいで止めておきましょう。 公開を楽しみにしている各地の映画友だちがおられますから、なるべく白紙の状態で観られるように。

 台湾映画なので当然、通常の字幕が入れられていますが、聴覚障害の方のため、客席中央の1・2列目に据え付けられたプロジェクターから、スクリーンの下側の幕に日本語のセリフに対する字幕が映されたのでした。
 それから、ちょっと気になったのが、スピーカーがたぶん前後左右に4ヶ所以上ぐらいあったと思うのですが、音のタイミングが左右か前後でズレているのかまるで輪唱のように聞こえてきた事(映像と、メインの音声とは合っています)。 全編がそうだという訳ではないのですが、少なからぬ時間、この現象が。 どういう加減で発生するものだったのでしょう? 映画の鑑賞が大きく妨げられるほどではなく、その内慣れましたが。 視覚障害の方のための副音声対応の関係で起こった事なのかもしれません。 この後2本目はパスし、クロージングの「トウキョウソナタ」を観た際には音声のズレはありませんでした。 席の位置も違ったのですけどね。

 上映時間は2時間13分。 エンドクレジットが流れ終わります...。 流れ終わりました。 客席からは拍手が湧き上がります。 映画祭では当然の礼儀。 3月の高崎映画祭では 「ぐるりのこと。」 を鑑賞した際、“ これは私がまず叩かなければならないな ” というタイミングまで待って一番に拍手を送ったものですが、今回はその必要はありませんでした。 私より先に叩いてくれた人が! こうでなければいけません。 嬉しいです。 それでも2番目の座はしっかりと確保したのでした(笑)。

 ━━━ 好ましい作品ではありました。 ただ、“ これが本当に、台湾で自国作品として歴代1位を記録するほどの超大ヒットを飛ばした映画なの? ” というのが正直な感想。 ヴァンさん人気でリピーターが多かったのでしょうか。 まあ、自国でいくらヒットしても、外国だとあまり客の入らない映画はいくらでもありますから、台湾での本作成功の要因をこんな所で分析しても、意味はありませんが。

 何はともあれ、日本の女優がヒロイン役を務めた映画が台湾でこんなにヒットし、また物語にも日本が深く関わっているというのは、喜ばしいこと。 “ 観たい! ” と熱望している日本の映画ファンはいっぱいおられるでしょうから、早く公開されますように!

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宮崎映画祭レポート09(11)

 上映後は、ゲストの皆さんによるトークショー。 司会は実行委員長の佐藤さんが担当されます、「では、ゲストのお三方、舞台へお願いします」
 監督たちは客席後方から階段を下りて来られ、右側の通路脇に座っていた私のすぐ横を通って行き、舞台へ上がられます。 客席で一緒に観ておられたのでしょうか。 だとすれば、先ほどの会場全体からの拍手は嬉しかったのでは。

 舞台には長テーブルが2脚並べられていて、ゲストの3人がその向こうに座られます。 袖から通訳の2人も出てこられ、監督とヴァンさんのすぐ後ろの椅子へ。 司会者の席はテーブル左端の横側の所、「どのようなきっかけで、この映画を作られたのでしょうか?」  監督 「4年ぐらい前、テレビ番組で同様の配達が取り上げられたのを観て、それをベースにして、映画に出来ないかと考えていました。 音楽を入れ、若い人たちの描写も加えて」
 出演の経緯を訊かれてヴァンさんは、「親戚が映画会社に勤めていて、その後押しもあったので。 元々はミュージシャンであり、今回初めて役者をやりました。 監督が音楽を加えたいということで、私が出演することになりました」
 田中さんも同じ質問に答えて、「2006年6月から台湾に語学留学していたんですね。 8ヶ月が過ぎ帰国直前の時期にオーディションがあり、私が日本語と中国語で書いていたブログを見てくれていた監督から声を掛けられて、受けたところ決まったんです」

 司会 「音楽が重要な役割を果たしていますが、キャスティングもそれをポイントに置いて選ばれたのでしょうか?」  監督 「バンドを組みますから、それらの楽器を使える人をキャスティングしました。 ただ、演技経験がない人も多かったので演技勘が心配でしたが、自然に演じてくれ、とても良かったです」
 司会 「先週、この宮崎に中(あたり)さんが来られたのですが、彼を起用した理由はどういう事だったのでしょうか?」  監督 「台湾ではCDも出ていなかったのですが、聴いてみて、いい曲だなと。 ちょうどコンサートが開かれ、行ってみるととても良かったので、中さんにこの映画の事を話し、すぐOKを貰いました」

 司会 「演じる上で難しかった事は?」  ヴァン 「とにかく役者は初めてでしたから。 監督もそれを考慮して練習時間を多く取ってくれ、だんだん演じることの面白さが分るようになりました」
 司会 「田中さんは2ヶ国語を使う役でした。 そのご苦労は?」  田中 「最初は一昨年5月にクランクインする予定だったのですが、延びたものですから、その間にまだまだ未熟だった中国語の練習を積みました。 セリフになかなか感情を込められなかったので、まず日本語に直し、気持ちを理解してから、また中国語に直して、覚えるようにしました」

 この映画では、有名な 「野ばら」 の曲が意外な形で演奏されます。 司会 「 『野ばら』 を使ったのには、どんなこだわりが?」  監督「あそこは、日本とつながりのある曲にしたかったんですね。 けれど、理想的なものは見つからなくて。 で、大好きな 『野ばら』 を思い出して調べてみたら、アジアだけでなく世界中で童謡として歌われている事が分ったんです。 老人も知っている。 こうして決めました。 とても良かったと思っています」
 司会 「共演したミュージシャンに影響されて、何か変わった事は?」  ヴァン 「映画では伝統音楽と現代音楽の合体が描かれていました。 撮影を体験して、再び音楽に対する情熱が湧いてきました」
 司会 「田中さんは、役の友子と同じように台湾へ渡って活動されている訳ですが、演じるに当って監督からはどんな指示があったのでしょうか?」  田中 「監督は注文を出すより、自由に演じさせてくれました。 友子の葛藤や寂しい部分はよく分りましたから。 理解できなかったのが彼女が怒る所だったんですが、シナリオを何度も読む内、だんだん分ってきました。 弱さを隠している怒りなんだと。 ただ、シナリオには友子の弱さが書かれていなかったので、監督とディスカッションして、彼女が居眠りしているとき体を縮ませるような格好をさせて表現しようとしました」

 ここで質問タイム。 台湾から留学にきている2人の女子学生が上手な日本語で感想を述べた後、台湾の言葉でも同じ内容を。 舞台上の監督とヴァンさんも嬉しそうに聴いておられました。 また、2階席からは、マイクなしでの大きな声での質問も。 ただ、その熱意は分るのですが、問いの意味がよく分らず、感想もだらだら長め。 通訳や司会者も困ったでしょう。 “ ちゃんと整理してから発言しろよ ” と、つい心の中で毒づいたものでした(笑)。 でも、まあ、こんな具合に活発に手が挙がっていたのは、悪いことではありません。

 最後にメッセージを頂きます。 監督 「日本での上映を待ち望んでいました。 今年の年末に一般公開されるので、皆さんも周りの人に紹介して下さい。 過去に遺恨があっても、虹のように美しい気持ちを持ち続けていきたいと思っています」  映画には、虹も登場します。
 ヴァン 「現在、新しいCDを制作中です。 映画を通じて台湾の良い所が伝われば嬉しいです。 多くの人に観てもらいたいです」  田中 「7月から台湾の連ドラに出演します。 香港、中国からも、映画のお話が来ています。 また年末から、ウェイ監督の2作目の映画に入る予定です。 民族とか国とかは、感動できっと越えられる筈。 どうか、応援して下さい」

 大きな拍手が送られますが、もう一つイベントが残っているため皆さんにはまだいて頂きます。 豪華景品の当る抽選会が行なわれるのです。 予め引いてもらっていた当選番号が読み上げられ、当った人は舞台へ上がってゲストから景品を受け取ります。 全部で10人ぐらいに。  台湾旅行のペア招待券もありました!
 え〜....、私はかすりもしませんでした。 ここに今いられるのが豪華賞品に当ったようなものですから、何の文句もありません。

 ようやくお役御免となったゲストのお三方には、程よい大きさの花束や、マンゴー生キャラメルなどの宮崎の特産品の詰め合わせが、実行委員から贈られます。 S原さんは、しっかりと田中千絵さんへ贈呈。 実力行使で、この役をものにされたのでしょうか(笑)。
 もう後は、ゲストの皆さんも退場されるだけでしょう。 見届けることなく私は、扉からロビーへと出ていったのでした。 時刻はもう13時半。 昼食に入るつもりのお店のランチタイムのオーダーストップ時間が迫っているものですから。

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宮崎映画祭レポート09(12)

 外はうす曇りの天気でそう暑くはありません。 小走りに向かったのは、昨日ランチを食べたのと同じ店。 感激するほどの味ではなかったのですが、他にも注文してみたいメニューがあったのと、この近くに食後に行きたいお目当てのスイーツ店もあり、都合が良かったものですから。
 が、オーダーストップ5分前には着いたのに、既に [休憩中] の札が。 あぁ....(泣)。 朝食代わりに口にした大福がまだ胃にもたれているみたいで、そう食欲もなかったため、“ まあいいや ” と別の店を探すも、食事の出来る店自体がこの辺りにあまりなかったり、既に午後休憩に入り閉まっていたりで、15分ほどうろつく始末。 結局、普通の食堂に入ったのでした。

 クロージング作 「トウキョウソナタ」 は17時から。 それ迄かなり時間があるので、いったんホテルに戻ることにします。 チェックインは15時より。 それに合わせて帰れば、荷物を置いている部屋に入れるでしょう。 実は以前、45さんから、2005年に私が 『ゆうばりファンタ』 に初参加した際韓国のキム・ギドク監督から映画祭のパンフに貰ったサインを見せてほしいと頼まれており、旅行バッグに入れてきていながら、昨夜は出すのを忘れていたのです。
 今朝、ホテルを出発する時、持って出ようかと思ったものの、パンフはA4版と大きく、本日提げていく小バッグに入らないため断念。 それが、映画祭の会場で台湾の観光案内等の入れられたビニールの手提げ袋を貰い、ちょうど収納できるため、取りに戻ることにしたのです。

 徒歩で片道20分ほどの道のりを往復。 適度な食後の運動も出来たところで、お目当てのスイーツ店に入り、宮崎の完熟マンゴーの果肉をのせたアイスで喉の渇きを潤したのでした。
 せっかくなので、有名な宮崎県庁を見学することに。 今朝と同じ道を辿り、今朝は右折した交差点を左折。 2〜3分で、よくテレビに映される県庁前に到着します。 観光客らしき人たちが十数人。 土曜日の午後なので県庁はもう閉まってますが、玄関から少しだけ中に入れるようになっています。 東国原知事の立て看板がお出迎え。 ガードマンから、来庁記念スタンプの押された広報チラシを貰って、宮崎県庁を後にしたのでした。

 さっきの交差点まで戻ります。 左折すると県庁、右折すると今朝の経路ですが、真っ直ぐ行くと、45さんの mixi ネームの元になっている一級河川の大淀川があるのです。 オルブライトホールの近くでもありますし、45さんと mixi 友だちになるきっかけの一つがこの川の存在なので、迷わず足を運ぶことに。 次の交差点に到着。 ここを右折すれば、すぐ宮崎市役所とオルブライトホールがあるのです。
 直進すると、200メートルほどで大淀川に。 橘橋の上からざっと川面を眺めて、満足(笑)。 山奥にある清流ではないのですから、じっと見つめてしまう、というほどのものではありません。

 時刻は16時少し前。 そろそろ、2本目の映画 「大丈夫であるように ―Cocco 終わらない旅―」(是枝裕和監督)の上映が終わる頃。 45さんはこれをご覧になると言われていたので、これから行ってロビーで待っていれば、お会いできるでしょう。 橋からUターンして、さっきの交差点へ戻ろうとしていたら、前方から見覚えのある女性が。 何と、昨夜カラオケをご一緒して下さったS尾さんだったのです。 いや、偶然! 45さんと 「大丈夫であるように」 を観ておられたのだとか。 「良かったですよ!」 と満足げ。 クロージングの 「トウキョウソナタ」 は2回も劇場でご覧になっているため今日はパスされ、家へ帰る途中なのだそう。 ここで会えなければ、すれ違いになるところでした。 45さんはまだ会場におられる筈との事。 携帯で連絡を取って頂き、そこにいてくれるよう伝えてもらったのでした。 改めて昨夜のお礼を述べ、いつかまたお会いできますように、と約して、お別れします。 たぶん後述することになると思いますが、再会の機会は案外早いかも。

 オルブライトホールへ。 玄関の辺りで立ち話している4〜5人のグループの中に45さんの姿! S原さんもいらっしゃいます。 皆さん、映画のお仲間のよう。 S原さんの右隣に立ち雑談にまぜてもらっていたら、並んだ私たちを見ながら45さんが 「S原さんと TOMI さん、よく似てますね〜。 まるで兄弟みたい」 と口にされたのでした。 「2人の間に鏡があって、写っているみたい」 とも。 言われてみれば・・・・。 それで、2006年の 『湯布院』 での初対面から、他人のような気がしなかったんですね。 納得(笑)。 だから大淀川さんも安心して、昨夜のカラオケではすぐ打ち解けてくれたのかもしれません。
 しばらくしてロビーのソファに移り、45さんと、それからせっかくなのでS原さんにも、キム・ギドク監督のサインをお見せしたのでした。 45さんはとても喜んで下さり、「写メ撮らせて下さ〜い!」  彼女はこれから、『宮崎キネマ館』 で公開中の映画を観に行かれるのだそう。 早めにこの会場へ戻ってきて、良かった。

 そろそろ 「トウキョウソナタ」 の入場が始まった模様。 S原さんは実行委員のお仕事に戻られています。 お名残惜しいですが、45さんともお別れです、「もう少し近かったなら、3〜4年に1度ぐらいは映画祭に来られるんですけどね」  こういう場面は苦手なので、「どこか他の場所でお会いする機会だってあるかもしれませんよ」 と明るくあっさりと切り上げることに。 私の方は自重していたのですが、45さんから差し出してくれたので、嬉しく握手して、お別れしたのでした。

 さあ、クロージング作です━━。

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宮崎映画祭レポート09(13)

 既に行列はなくなっており、抽選番号の書かれた再入場券を貰って場内に入ると、客席はもう半分ぐらい埋まっています。 当地でも公開済みの作品ですし、ゲストに俳優がいる訳でもないのに、この出足はなかなかすごいこと。 最終的には8割近くの入りになったみたいです。
 私は、横通路のすぐ前、最前列から4列目のセンターエリアに座ることに。 ここにしたお蔭で、字幕を映写するプロジェクターが真ん中1、2列目の席に据えられているのに気づいたのでした。

 さて定刻となり、司会役の男性実行委員が登場します。 昨日の映画塾でも黒沢監督のトークの相手を務めたUさん、「いよいよクロージングとなりました。 宮崎映画祭は今年で15周年。 その記念すべきクロージング作品は、本当に素晴らしい映画を上映したかったんです」
 早速、ゲストのお2人をお招きします。 黒沢清監督と、プロデューサーの木藤幸江さん。 木藤 「はじめまして。 宮崎映画祭のクロージング作品として 『トウキョウソナタ』 を呼んで頂き、とても嬉しく思っています。 それも、15周年という節目の年に! どうぞ、宜しくお願い致します」
 監督 「この映画祭へ来るのは、これで3回目ですかね。 今日は昼間、古墳を見に連れて行ってもらいまして、古墳の事にはかなり詳しくなっています(笑)」  空き時間にはゲストを名所めぐりにお連れするのが、本映画祭の恒例のもてなしの一つなのです。 「 『トウキョウソナタ』 を上映してもらえるのを嬉しく思っています。 昨年5月に完成しまして、直後にカンヌへ出品。 1年少し経って、宮崎へということになります。 3月に高崎映画祭でも上映され、“ ここで終わり ” だと挨拶しましたが、まだもう一つあった(笑)。 ここが、いよいよ最後なのでは。 締めの映画祭が宮崎になる筈です。 クロージング作品に選ばれ、とても名誉なことだと思います」  お2人には、上映後のトークショーに再度登場していただきます。

 上映開始━━。 それにしても、凄惨なコメディですね。 笑いたいけれど、笑えない。 でも、笑うしかない・・・・。 昨秋の公開時に当然鑑賞済み。 2度観ようとは思っていませんでしたが、初見から8ヶ月以上経ち、良い具合に忘れていたのと、これ1本に足を運ぶのでなく、映画祭で他の作品と一緒に上映されたからこそ、背中を冷や汗が伝い落ちるような本作の世界を、もう1度体験する気になったのでした。 初見時より惹き込まれたかもしれません。
 上映終了時には、エンドロールが完全に終わるまで待って、今度は1番に拍手したのでした。 観客の皆さんも、すぐに続いて下さいます。

 トークショーは、先ほどと同じ顔ぶれ。 監督 「平凡な家族の物語。 ものすごい事件は起こらないだろう。 淡々とした映画になるのかな・・・・。 でも、そうしたくなかった。 この家族は次の瞬間、崩壊してしまうかも。 観客に緊張して観てもらえるような映画にしたかった。 ━━ やりすぎでしたかね」
 木藤 「今日は、クロージングで観て頂き、ありがとうございました。 宮崎でも昨年末に公開されたんですよね。 2度目の方も、初見の方もいらっしゃったことでしょう。 私はもちろん何度も観ていますが、何度観ても色んな所に感情移入して、その度新たな発見があります。 DVDも出ていますので、宜しくお願いします」

 一昨年の本映画祭では 「叫(さけび)」 が上映され、黒沢監督もゲストでおいでになりました。 司会 「あの時お尋ねしたら、ちょうどこの映画の脚本を書いておられたんですよね」  監督 「そうですね・・・・、確かに脚本をやってた時期ですけど、尋ねられた事が記憶になくて(笑)」
 木藤 「私は 『叫』 で海外ビジネスに関わっていまして、その縁で 『トウキョウソナタ』 を一緒にやることになりました。 黒沢監督を勉強したくて、2年前のこの映画祭にもついて来てたんですね。 そして、宮崎の街と人に魅了され、もう1度来たいと願っていました」

 司会 「2年前は 『悪魔のいけにえ』 で映画塾をやりました」  監督 「ホラー映画が大好きで、『叫』 でホラー映画作家としてやって来たんですよね」  司会 「ホラーのレッテルを貼られた黒沢監督に、家族の映画を撮らせたいと思った理由は?」  木藤 「元は、オーストラリア人(マックス・マニックス)の書いた脚本があったんですね。 彼は海外でもビジネスをやりたい、納得できる人とやりたい、と思ってまして。 で、カンヌで2人でいる時に、偶然監督が通りがかり、『紹介してあげようか』 と言うと、『もう知ってるよ』 と。 『やってくれるかな?』 『チャレンジしてくれるよ』 の遣り取りの後、プロデューサーのバウターが来日。 1日だけ時間が取れたので、監督とのランチをセッティングしました。 プライベートを装って。 2人ともお互いが好きになったよう。 監督には 『すいません、仕事のランチでした』 と謝りました。 それから、具体化していったという訳です」
 監督 「ホラーが続いたが、『アカルイミライ』 もあったし、ホラーだけをやるつもりはなかった。 なのに、来るのはホラーの企画ばかり。 『叫』 の後は、絶対ホラーでないものをやりたい! その時、『トウキョウソナタ』 の話をもらった。 シナリオが全くホラーではなかった。 よくぞ、こういう話を持って来てくれた。 とにかく、ホラーでないので、やりたい! OKを出して、引き受けました」  

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宮崎映画祭レポート09(14)

 トークショーは続きます━━。 残念なことに、先ごろ、プロデューサーのバウター氏が急死されたのだそう。 木藤 「映画大好き少年のような人でした。 アジア映画を世界へ出したい、とずっと頑張ってまして。 ウォン・カーウァイから “ 香港へ来いよ ” と言われてました。 43歳の彼は、バンコクの監督の作品を観に行った時、心不全で突然亡くなったんです。 業界中、上を下への大騒ぎ。 カンヌ映画祭は公式HPで “ バウターに捧げる ” と哀悼の意を表していました。 彼と一緒に仕事を出来たのを光栄に思っています。 4月5日のことでした。 最近、やっと落ち着いてきたところです」

 司会 「キャスティングについてお訊きします。 シナリオはあて書きだったんでしょうか?」  監督 「いえ。 特定の俳優を頭において書くことはないです。 その人でないとダメだと、オファーをOKしてもらえなければ映画そのものがダメになるので。 『トウキョウソナタ』 の父親役は、年齢的には40代半ば。 そういう俳優は誰がいるか? すぐ香川さんが候補に。 あまり格好いい人はダメ。 豊川さんだと足が長くてカッコ良すぎる。 街の中を歩いても普通の人には見えない。 普通の人を、と思って、香川さんに」
 司会 「香川さん、この出演依頼を凄く喜んでいたのを、キネマ旬報で読みました」  監督 「昔、Vシネマでご一緒した事があります。 10年ぶりに連絡すると、そのVシネの事を覚えていて、“ また声を掛けてくれるのを10年間待っていた ” と言ってもらいました。 小泉さんは、“ 正直、大物すぎるのでは? ” と躊躇。 あの妻役がはっきり主演というのでなく、家族4人が全て主役と言ってもいい内容でしたから。 4人の中の1人という役では、引き受けてもらえないのでは。 年齢は香川さんと同じ歳で、ぴったりだったんですけど。 でもあの役、あまり地味な人ではダメなんですよね」

 司会 「他にはどんな女優が候補に挙がってたんですか? ここだけの話で。 お客さんたちもブログとかに書かないで下さいよ(笑)」  監督 「出てなかったですね。 小泉さんに、すぐ “ やりたい ” と言ってもらえたので。 ただ、スケジュールが合わないかもという問題がありまして。 でも、次の候補を考える所まではいかず、ペンディング状態のまま、“ その結果が出るまで待とう ” と。 結局、うまくいきました」
 司会 「長男が乗ったバスを見送る小泉さんの表情が凄いですよね。 どんな演技指導をされたのでしょうか?」  監督 「一切言わなかったんですが、あの後長男がどうなるか、の予想だけは話しました。 殺されるかも・・・・、殺すかも・・・・、そういう所に行く。 “ じゃあ、それでやってみます ” と小泉さんが頷かれるので、スタートの声をかけました。 ほぼ一発でOK。 割り切りがいいんですよね。 詳しく説明されるより、とにかくやってみます、と。 計算でなく、自然な表情の出来る人です」

 司会 「子供役の2人は、オーディションで?」  監督 「ほぼ新人の2人です。 何人も見ていって、オーディションで決めました」
 司会 「すごい脇役が、津田(寛治)さん」  監督 「色んな俳優の名前が出てきて、最後の方に決まりました。 香川さんと並んでどう見えるか? あまり違うアクの強い人を選ぶと、“ もういいよ ” ってなっちゃう。 普通の人すぎても・・・。 津田さんとは初めてだったんですね。 クセのある芝居をする人かなと思っていて、香川さんとかち合うのでは、と心配してたんですが、素直な、少年みたいな人でした。 映画好きで、爽やかな人」
 木藤 「津田さんは、黒沢組に参加するのが夢だったんです。 俳優の中には黒沢組で仕事をしたいという人が多いんですよね。 候補に挙がった中にはもっと大物もいましたが、短い期間の出番なのでスケジュールが取れず、最後の方に津田さんに決まりました」

 司会 「役所さんは、よくあの役を受けたものですね?!」  監督 「役所さんとは何度もご一緒してきたのですが、スケジュールが一杯だったんです。 最初から、今回はないな、と。 津田さんが決まった後、あの強盗役を誰にするか考えている時、役所さんからメールが入ったんですね。 撮影は12月ぐらいを予定してたら、『12月に3日ぐらい体が空きそうです。 僕の役、ありそうですかね?』 と書かれてありまして。 残っているのは泥棒だけ。 役の名前もない(笑)。 そんなんじゃ難しいですよね。 でも、“ やらせて下さい ” って。 急きょ、役所さんに決定。 そこから、役を書き直しました。 小泉さんを海に連れていくまでが元の脚本。 その後を、僕も興奮して役をふくらませながら書いちゃったもので、あんな風に(笑)。 小泉さんが、助手席に役所さんを乗せ、ブルーのプジョーを運転して海へ行くんですが、ショッピングセンターから発進して一般道へ入っていくまでワンシーンでかなり長く撮ってます。 準備は大変だったのですが。 小泉さんは、2〜3回練習したら、ばっちりでした。 めちゃ、運転が上手いんですよ。 役と違って。 全部、本人が運転しています。 わざと下手にして」

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宮崎映画祭レポート09(15)

 観客からの質問コーナー。
 Q.「トウキョウソナタ」のタイトルの意味は?
 ━━ 木藤 「最初は別タイトルでした。 『トウキョウ』 は入れたかったんですね。 音楽が重要な意味を持つストーリーなので、『ソナタ』 はどうか、と」
 監督 「違う旋律がまざり合ったもの。 4人いるので 『ソナタ』 なんですよ、な〜んて(笑)。 漢字にはしたくなかったですね。 最初はアルファベットだったんです。 最終的に決まったタイトルには、配給会社の海外担当も “ グ〜ッド! ” と言ってくれました。 とにかく、カタカナでほっとしました。 想像してみて下さい、漢字タイトルの 『東京ソナタ』! 耐えられない(笑)。 過去の作品とも比較されちゃいますし」

 Q.弟役の井之脇 海くんはラストで 「月の光」 を見事に弾くが、元から上手かったのか?
 ━━ 監督 「少しは弾けてました。 2ヶ月猛特訓して、かなり上手に。 ラストの演奏シーンは、指は本人が動かしていますが、音は別の人です。 その別の人というのも、実は小学生なんですね。 天才少年。 子供が弾くと、どうしてもリズムが少し早くなるものなんです。 プロが聴くと分りますから、同じぐらいの歳の子にやってもらいました」

 Q.あの一家の家は実在しているのか?
 ━━ 監督 「実際にあります。 駒場東大前。 渋谷から駅2つ、5分ほどの近距離です。 宮崎で駅2つというと、かなり遠いかもしれませんが(笑)。 制作部がたまたま見つけてきたんです。 都の中心部が遠くに少し見えている所、というリクエストで。 Y字路の道は、あの家のそばに本当にあるんです」  ちょっと、こぼれ話も。 「 『叫』 の時と撮影・照明は同じスタッフでしたが、今回は、太陽が出ていても、違った方向から光を当ててるんです。 ハリウッド映画は昼間のシーンも、しっかり照明を当てていますから。 似た効果を出したい。 ということで、少しそうやってみました。 面白い効果が出ていたのでは」

 Q.終わり方の意図は?
 ━━ 監督 「どんな風に終わらせるか迷いました。 ピアノを弾き終わって、映画が終わるというのは決めていたが、直前まで悩みました。 一つだけはっきりしていたのは、弟はピアノの天才かもしれないが、見事な演奏を披露した事よりも、最初から最後まで間違わずに弾ききったのがあの一家にとって最大の喜びだ、というようにしたかった。 弾き終わって・・・・、拍手喝采は違うだろう。 そんな素晴らしい事は、あの4人家族に起こるのはおかしいだろう。 ただ、何もないのは寂しい。 拍手もないが、無視もない。 これから一家がどうなるか、固唾をのんで見守る。 それをどう具体的に表現するか? 真っ黒になって、エンドクレジットがローリングしていくところ、普通なら主題歌が流れたりしますよね。 でも、ピアノで1曲弾ききったのがラストで、あのドビュッシーの 『月の光』 以上の曲はありませんから。 映像は本編で使った所までしかないのですが、マイクであの後の音を拾っていたならどんな感じになっていたか想像して、後で作ってエンドクレジットに流すようにしました」

 予定していた1時間があっという間に経ち、トークショーはここまで。 優れた作品は、裏話も飛びっきり興味深いものなんですね。 まあ、どんな映画も舞台裏はかなり面白くて、中にはそちらの方が映画本編より余程ひき込まれるものさえありますが。 なので、今回のレポでのトークショー部分は、雰囲気をなるべくそのまま味わって頂きたくて、あえて内容をとりまとめ簡略化することなく記すことにしました。 滞在は2日間のみで、全体としては4日間コースの 『湯布院映画祭レポ』 ほどの長さにはならないことがはっきりしていましたしね。
 最後は、「海角七号」 の時と同じく抽選会が行われます。 今度も、当選した約10名のほとんどが女性の方。 両方合わせたその確率は9割ぐらいだったでしょう。 なぜ?(笑)

 いよいよ締めくくりとして、次回作についてお訊きします。 監督 「まだ、正直言って決まってません。 なかなか厳しいです。 去年までは邦画が絶好調だったんですが。 脚本は書いてるんですけどね」  木藤 「及川中監督の新作をやっています。 年内に撮りたいな、と」
 お2人に花束が贈呈され、拍手の中、袖へ下がられます。 司会 「今回の映画祭には、本当に多数のお客様においで頂きました。 トラブルもあった事、改めてお詫び申し上げます。 劇場で映画を観る機会が少なくなっている中、宮崎映画祭はこれからも頑張っていきます。 来年も、第16回の映画祭で皆様にお会い出来ますように。 今年も、どうもありがとうございました!」

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宮崎映画祭レポート09(16)

 以上で、一般の方にとっての 『宮崎映画祭』 は終了しました。 が━━。 実行委員のS原さんから私への優遇処置 & 遠方より参加した者への実行委員の皆様からの思いやり & 【マスカットきびだんご】 の賄賂効果(笑) で、このあと行なわれる打ち上げの飲み会に参加させてもらえることになったのです! ゲストの皆さんも、もちろん同席される予定。

 その前に、実行委員の方々には、会場の片付けが待っています。 お邪魔にならないように、玄関ロビーの辺りで時間待ち。 やがて、あらかた片付いた頃、「海角七号」 と 「トウキョウソナタ」 両作のゲストの皆さんを囲み全員での記念撮影タイムとなります。
 まずは、ゲストの皆さんを撮らせて頂きます。 それぞれの作品ごと、両作のゲスト全員で、監督同士で、田中千絵さんお一人で...等など。 田中さんは、トークショーの時とは別の服に着替えられています。 私はいつものようにカメラの類いを持参していないので、ニコニコ眺めるのみ。
 実は、全員での記念写真にまで混ぜてもらえることになったのです! 「トウキョウソナタ」 の上映前、ロビーでS原さんとお話していた時のこと、実行委員であり確か 『宮崎キネマ館』 をオープンさせられた方である I 田さんがおられたので紹介してもらったのですが、その I 田さんが先ほど 「一緒に撮りましょう」 と声を掛けて下さったのです。 「とんでもない」 とご遠慮したものの、「そんなに大したものではないのですから、どうぞ」 と言ってもらい、“ 一番後ろの端の方にこっそり混ぜてもらおっか ” と、その気になった次第。

 さあ、集合写真です。 私は当然最後列で、S原さんの隣り。 撮影係りの2〜3名が、カメラや色んな人の携帯で何度もシャッターを押します。 部外者なのに申し訳ないという気持ちはどんどん薄れていき、皆さんと同じようにノリノリでポーズを取っていったのでした(笑)。
 そんな1枚を含む多くの写真が、映画祭HPのブログやPHOTOコーナーにアップされています。 集合写真に45さんも入っていてくれたら、言うことなかったのですが。
 http://mffblog.exblog.jp/
 http://www.bunkahonpo.or.jp/mff/photo.htm
 ゲストの皆さんは、打ち上げ会場となっているふるさと料理のお店に向かわれます。 案内役以外は、まだ片付けの続きを。 S原さんには、控室の並ぶ楽屋の方へも連れていってもらいました。 そうそう、袖から舞台へも出て、無人の客席を見渡す、なんて事も。 程よい大きさに、“ 感じの良い会場だな ” との印象を強くしたのでした。 いつか本映画祭を再訪し、その年も会場がここだったなら、抽選に当って再度この舞台に立ってやるぞ!(笑)
 片付けもほぼ終了したようで、S原さんと共に徒歩5分ほどの打ち上げ会場へ。 3階建てぐらいだったでしょうか、結構いいお店のようです。 忘れない内に、S原さんへここの会費を。 『湯布院映画祭』 のパーティー券とほぼ同額ぐらいです。 座敷かと思いきや、テーブルに椅子の洋間であり、足がしびれることもないな、とにっこり。 外国からのゲストもおられるからでしょうか。 女優を長時間、座敷に座らせてはいけませんしね。
 6人用のテーブルが8つぐらい、2列に並べられていました。 奥の左側に 「海角七号」 組の方々。 2番目に黒沢監督と奥様。 右側奥が、木藤プロデューサーと、揃いのTシャツ姿の若者グループ4人(女性3人に、男性1人)。 女性がかなり綺麗なので気になってS原さんにお訊きすると、彼女たちは台湾から取材に訪れたマスコミ関係者なのだとか。 改めて、「海角七号」 の本国での人気ぶりを思い知らされたのでした。 出来ればお近づきに、と考えたりしていたのですが、正体を知らされ、立ちはだかる言葉の壁の大きさに、チャレンジする前に早々とギブアップです(笑)。 木藤さんは、彼女たちと英語でコミュニケーションを取っているのでしょうか。 中国語もお出来になるのかも。 会話が弾んでいます。

 S原さんと私は、黒沢監督ご夫妻と並びのテーブルに。 監督はこちら側の端の壁際席で、S原さんはテーブルこそ別ですが、すぐ隣りの席に位置しています。 その横が私。
 本映画祭は、土曜日に開幕し、翌週の土曜日に閉幕します。 最終日を日曜日にしたらどうか、という話も出ているようですが。 ただ、実行委員の方々にとっては、閉幕が土曜日の方が、翌日曜日はたいていの人が休みであり、打ち上げも時間を気にせず遅くまで楽しめるので、好都合かもしれません。

 この時点で、そろそろ21時が近くなっていたでしょうか。 まだ来られていない実行委員も10人ぐらいおられるようですが、開宴となります。 ビールで乾杯! 酒の弱い私でも、コップ1杯程度なら美味しく頂けます。 ビールを口にするのは・・・・、もしかして今年初めてだったかも。 せいぜい、2度目。 喉を鳴らして飲み干しました。 で、以後はウーロン茶オンリー(笑)。

 今なら、S原さんの向こうの黒沢監督とも、席から少し身を乗り出すようにすればお話できます。 3月に 『高崎映画祭』 の授賞式を観に行き、壇上の監督のお姿を生で拝見した旨、お伝えしたのでした。 「井之脇海くん(弟役/新人賞受賞)はすごく背が伸びてましたね! スーツが全然おかしくないぐらい。 監督(監督賞受賞)はご用事ですぐ退席されたためご存知ないでしょうが、小柳友くん(兄役/新人賞受賞)の受賞スピーチが結構感動的だったんですよ」
 小柳くんは現在放送中のNHKの朝ドラ 「つばさ」 に、主人公つばさ(多部未華子)の恋人役として出演中。 Jリーガーになるのですが、所属先が何とここ宮崎に本拠地を置くチームだったのです。 「宮崎ボロナティーヴォ!」(笑)  周りの実行委員の方々と盛り上がったのでした。  

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宮崎映画祭レポート09(17)

 そうこうしている内に全員が揃い、2度目の乾杯となります。 今度は、遅れて到着された実行委員長もおられるので、ご挨拶が。「天気予報は雨マークも付いていたのですが、どんどん良くなって、いい最終日となりました。 ゲストに恵まれているし、色んな縁で色んな作品を上映できています。 お蔭で、今年は多くのお客さんに入ってもらって大成功となりました。 スクリーンで観て、“ あのお酒(*後述します)飲みたい ” と思っていたら、持って来てもらっているし、黒沢監督は小学校での講演まで! これに懲りずに(笑)、またおいで下さい!」  通訳を介しながらだったため、実際には3回ぐらいに分けられました。 「それでは、カンパ〜イ!」

 料理は、大皿ではなく、ひとり一人に運ばれてきます。 念願の宮崎牛も! もう、食べられないかと思ってました(嬉)。 かぶりつく、というほどは大きくなく、上品に焼いたのが3切れほどでしたが。 まあ、口にできただけで満足。 締めは、これも宮崎名物の冷や汁です。
 酒好きの人が歓声を上げたのが、「海角七号」 の関係者(マスコミの方だったかも)がお土産に持参してくれた、劇中に出てきたのと同じお酒が各テーブルに出されたとき。 洒落たデザインの瓶です。 私も、文字通り舐めさせてもらう程度に、ちょっとだけ味見したのでした。
 私が歓声を上げたのは、ミツバチ1号さんが、花畑牧場のマンゴー生キャラメルを皆に一粒ずつ配ってくれたとき。 今まで普通味のものを一粒だけ口にした事がありますが、今度もあっという間に溶けてなくなってしまいました。 出発前から、どこかで入手できないかな、と狙っていただけに余計うれしかったです。

 S原さん始め、実行委員の皆さんはどなたもとってもフレンドリーで温かい方ばかり。周りの人たちともざっくばらんにお話しましたし、席を移動して実行委員長の佐藤さんとも。
 そばにミツバチ1号さんもおられたので、「確か、2002年に脚本家の今井雅子さんがゲストで来られた時、空港で出迎えて下さったんですよね。 その後、名所巡りにも行かれたそうで」 と、忘れてはいけない話題を口にしたのでした。 当時から実行委員だった皆さんは、今井さんが脚本協力の形で関わっている 「つばさ」 を、毎日楽しみにご覧になられているそう。 「また映画祭においで下さればいいんですけど」 のミツバチ1号さんからの言葉は、翌日帰宅してすぐに今井さんのHPに書き込んで、しっかりお伝えしたのでした。

 田中千絵さんの所へも、勇気を出して(笑)。 「岡山から来た者です。 お目当てだった 『海角七号』、楽しませてもらいました。 映画好きの間ではとっても注目されており、ひと足早く観られるということで、群馬や大阪の友人に羨ましがられたんですよ。 公開は年末ぐらいの予定だと、ちゃんと知らせておきます。 これから、田中さんのこと応援させてもらいますので」  ありがとうございます、と会釈で応えてくれたのでした。

 木藤プロデューサーの所へは、なかなか行けません。 わざわざ席まで行って相手をしてもらうほどの話題もありませんでしたし。 少し心残りですが。
 テーブルを移って話に花を咲かせている人が多くなった頃、昨夜カラオケに付き合ってくれたK藤さんが、木藤さんたちのテーブルの横に置かれているピアノの椅子に座り、軽やかに演奏を始められます。 彼はジャズピアニストなのだとか。 私はピンときていませんでしたが、「海角七号」 の中で流されていた曲か何かを弾かれたのでしょうか。 同作のゲストの方々が嬉しそうに聴いておられました。

 22時半を回り、宴にも終わりが近づいてきます。 ゲストの皆さんからひと言ずつお願いすることに。 まず 「海角七号」 のウェイ監督から、「ありがとうございました。 初めての宮崎だし、映画祭にあまり参加した事がなかったので、緊張するだろうと心配していました。 でも、温かく迎えてくれ、とても良い経験が出来ました。 参加できて、本当に嬉しかったです。 宮崎は、特別な存在になりました。 小さいけれど温かみのあるこの映画祭に、いつの日かまた来たいと思います」
 次は、主演のヴァンさん、「初めての映画出演でした。 台湾でヒットしたお蔭で世界のあちこちで上映され、色んな映画祭に参加しています。 今回は、とても温かく迎えてもらいました。 感謝しています。 スタッフの映画に対する情熱を色んな所で感じました。 もらった感動を、これからの活動に活かしていきたいです」
 そして、田中さんが立たれます、「台湾映画に日本人として参加し、その映画で日本の映画祭に参加 ━━ ということで、何だかちょっと複雑な気持ちです(笑)。 学校の通知表を見せているような感じがして・・・・。 日本の人に、この映画を早く観てもらいたかったので、今回の上映がとても嬉しかったです。 昨日は青島神社へ連れて行ってもらったのですが、そこで、台湾でよく植えられている “ ビンローの樹 ” を発見したんですね。 どうやら台湾から海を渡って種が流れ着き、そこに根付いたようなんです。 こんな所にも、宮崎との縁を感じました。 これからも、宜しくお願いします」
 年末の公開時期には 「海角七号」 のプロモーションのため、皆さん再来日されることでしょう。 その時が、今から楽しみです。

「トウキョウソナタ」 組は木藤プロデューサーから、「台湾から来られた皆さんとずっとお話していたので、台湾語がペラペラになっちゃいました(笑)。 こうして、また宮崎映画祭に来られたのも、黒沢監督に素晴らしい作品を撮って頂いたお蔭です。 スタッフの皆さんが温かく迎えてくれたのも嬉しかったです。 これからも、この映画祭の成長を見守っていきたいです。 ありがとうございました」
 最後に黒沢監督かと思いきや、司会者が指名したのは、監督の奥様。 大拍手です。 びっくりされながらも、「何も考えてませんでした(笑)。 今まで映画祭に呼んでもらった事がなくて。 今回初めて、2人で来させてもらいました。 次回も宜しくお願いします(笑)」
 監督も笑顔で、「お疲れ様でした。 ジェットコースターのような2日間でした(笑)。 無謀というか、小学生にゴダールの映画の一部を見せたり、映画塾では 『サーチャーズ2.0』 を無理やり観てもらったり。 今日の 『トウキョウソナタ』 には、どんなお客さんが来てくれるんだろうと思ってたら、多くの皆さんに楽しんでもらえたようで何よりでした。 無謀であればあるほど面白いもの! 来年も、もっと無謀に!!」 実行委員の皆さんには、何よりのお言葉だったでしょう。

 締めの挨拶を任されたのは、ゲストの皆さんからの信頼も厚いミツバチ1号さん。 「え〜、私?!(と驚きながらも立ち上がり) 今年の映画祭も無事終りました。 ここにいる全ての皆さんのお蔭です。 『海角七号』 が上映できたのは奇跡的なことでした。 『トウキョウソナタ』 を最初に決め、それに負けないような作品を選んでいったら、結果は大成功! 映画祭はこれからも続いていくので、今後とも宜しくお願いします。 今日は、ありがとうございました!」

 最後は一本締め。 台湾の方もおられるので、一度練習をした後、「いよ〜お!」

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宮崎映画祭レポート09(18)

 一本締めの後も、ゲストと実行委員との記念撮影の嵐がしばらく吹き荒れます。 洋間の出口辺りに立っていたら、ちょうど木藤さんが出てこられたので、ご挨拶、「中ではお話できなかったんですけど、私は岡山から来た一般参加者なんです。 『トウキョウソナタ』、楽しませてもらいました。 もちろん2度目です。 この映画祭は初めてですが、毎年 『湯布院映画祭』 に参加しているので、いつかそちらへもいらして下さい。 これからも素晴らしい映画を期待しています」  良いタイミングでした。 これでもう、思い残すことはありません。

 店外へ。 これから、S原さんと夜の街を探検に出発です(笑)。 ...ではなくて、肉好きの私を、宮崎名物である地鶏の美味しい店へ連れて行って下さることに。 が、その前に、映画祭のもう一つの名物を目の当りにする機会に遭遇したのです。
 2人が裏通りから大通りへ出ると、ずっと大通りを進んできた映画祭の一団がすぐそこまで来ているではないですか。 昨夜の打ち上げ会の後も同じようにしたみたいですが、ゲストをみんなでホテルへ送っていくのだそう。 「ついていってみます?」 のS原さんからの問いかけに、大きく首肯。

 さっきの店から徒歩7〜8分ぐらいだったでしょうか、『宮崎キネマ館』 が2階に入っているビルのホテル側1階ロビーに到着します。 フロントは別の階にあるのか、ここは無人。 明日の予定などをお伝えした後、エレベーターに乗り込む 「海角七号」 組のゲストの皆さんを、「バンザ〜イ!」 三唱でお見送りします。
 昨夏の 『湯布院』 で、映画のキャンペーンのため由布院駅から特急で博多へ向かわれる藤竜也さんたちを、実行委員に混じって見送りましたが、朝のミーティング時間と重なり5人ほどしかいなかったため、残念ながら 「バンザイ」 はなしでした。 あの時のリベンジを、この夜、宮崎で果たすことが出来るとは!
 台湾からのマスコミの方たちもニコニコと見守っておられます。 少しだけ呆れているようにも見えましたが(笑)。 台湾で今回の記事が流れた後、同国で一番有名な日本の映画祭は 『宮崎映画祭』 になるかもしれません。 田中さんたちを乗せたエレベーターのドアが閉まる時には、もちろん激しく手を振ってお別れです(笑)。 良かった、この場にいられて。
 何でも、各ゲストを空港へ見送る際も、可能な人全員で行かれるのだとか。 また、空き時間には名所案内を。 さすがは、『宮崎』! 地方の映画祭はどこも、本当にもてなし上手ですね。

 さ、次は、地鶏、地鶏(笑)。 ところが、時刻はもう23時。 目当ての2軒とも店じまいしており、昨日のランチでチキン南蛮は食べたものの、衣に包まれていない宮崎地鶏とのご対面は、結局果たせずじまいでした。 次回のお楽しみです。
 では、と実行委員の数名が黒沢監督ご夫妻と木藤さんを囲んでいる2次会の会場へ向かうことに。 さっきまでいたふるさと料理の店の近くになるのでしょうか、地階にあるライブハウスです(この夜は演奏なし)。 いったん腰を下ろしかけたものの....。 夕べの夜更かしと、睡眠不足と、昼間のホテルへの徒歩での往復などによる疲れを感じだしたため、このままいて途中で居眠りなどしては監督や皆さんに失礼になってしまう、と立ち上がり、S原さんにご挨拶して、ホテルへ帰ることにしたのでした。 「大変お世話になりました。 とっても楽しかったです! 8月に 『湯布院』 でお会いできますように」

 そう、2年ぶりにS原さんがご参加できそうなのです! しかも、カラオケにお付き合い頂いたS尾さんたち映画サークルのお仲間もご一緒に。 いつも 『湯布院』 では、0時近くまで続くパーティーを楽しんだ後は宿へ直行していましたが、今夏は初めてその後スナックへでも行き、S尾さんたちとカラオケに興じることになるかもしれません(笑)。  昨夜も今夜も全然じめっとしていなくて気持ちのよい微風が頬を撫でてくれます。 この時期、岡山などでは夜中から朝方にかけて寒いぐらいでしたが、そこまでひんやりしすぎることもなく....。 ホテルまでの20分ほどの道のりを、余韻に浸りながら軽い足取りで歩いたのでした。

 翌朝はまた、宮崎駅までホテルの車で送ってもらい、8時過ぎの特急に乗車。 ホームで待っていると、上空はかなり青空が広がっています。 今日は暑くなるのではないでしょうか。 雨よりは、暑くても晴れた方が良いですが、昨日も一昨日も適度に曇り、また気温も高くない、過ごし易い気候で、お天気には恵まれました。 “ 晴れ男 ” の黒沢監督に、改めて感謝です(笑)。
 小倉までの4時間半と、新幹線に乗り換えての岡山までの1時間半の車中では、もちろんこのレポの下書き等に熱中。 でも、この時はまだ、ここまでの長編になるとは予想していなかったのでした(汗)。

 なぜ、いつもいつも映画祭レポが長くなるかの言い訳をくどくどとさせてもらえば━━。 まず、“ 堪能して、書きたい事がいっぱい! ” なのがあります。 次に、楽しませてもらったお礼代わりに、まだ参加した事のない人たちに映画祭の素晴らしさを出来るだけ詳しく伝えられたらと思って。 少しはPRになっていれば良いのですが。 何しろ、心はもう、色んな映画祭の 『岡山支局員(自称)』 なのですから(笑)。
 お礼といえば、裏方の仕事に追われ、映画塾の講義やゲストのトークショーに出られなかった実行委員の方々が、それらがどんな内容だったかを知る一助になれば、とも思っています。 それから、やはり自分のため(笑)。 私は2000年に初めて 『湯布院映画祭』 に参加しましたが、当時はまだレポの類いを書いていなかったため、それから3〜4年ぐらい経った時には記憶がかなり薄れてしまったのです。 「風花」 のゲストで相米慎二監督や浅野忠信さんが来場された筈なのに、今では具体的には何一つ思い出すことが出来ません。 でも、レポにこうして詳細に記しておけば、5年経とうが10年経とうが、読み返しさえすれば、かなり細部までその時の模様を甦らすことが出来るでしょう。 こうして拙レポは、一向に短くなる兆しが見えないのです(笑)。

 帰宅した私を待っていてくれたのは、若手実行委員(1年目?)トコさんからの mixi 友だちへのリクエスト。 速攻で、OKを返信したのでした。 このトコさんを始め、若手の実行委員が何人もいたようなのが、頼もしかったです。 何年後かに2度目の参加が叶う時、トコさんや今回初めて加わった人たちがまだ実行委員を続けていてくれたなら、嬉しいのですが。 きっと、そうなっているでしょう!

 一度はあきらめながら、県からの申し出により 「海角七号」 のジャバンプレミアとなる上映が実現した今年の宮崎映画祭。 県の公式行事となったため、同作のゲストや関係者にも先方からの要望通りの人数で来祭してもらう事が可能に。 国際色豊かなものになりました! 第15回という記念の年にふさわしい内容になったと言って良いでしょう。 今回私が参加したのは、『宮崎 “ 国際 ” 映画祭』 だったのかもしれません。 初参加が今年で、本当に良かった!  いつか再訪が叶う時も、“ 2度目が今年で良かった! ” と心から喜べますように。

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