TOMIさんの舞台挨拶レポート2「パッチギ!」

 平成17年1月23日(日)の夜『シネマ・クレール丸の内』にて、「パッチギ!」の井筒監督の 【舞台挨拶】と【囲む会】が開催され、参加してきましたので、皆さんにもその模様を ご紹介したいと思います。
まずは、新聞で目にした監督の感想から。井筒監督は 『日刊スポーツ』紙上で連載(週1回?)を持っておられるようで、26日(水)の そのコラムでは岡山での舞台挨拶について触れられてあったのです。原稿も岡山で書か れたのだそう。

 新人の演歌歌手のようにキャンペーンで全国を行脚中の監督。<岡山の舞台挨拶では、 ぎっしり満員のお客さんがみんな熱に浮かされたようでたまらんかった。泣き晴らして くれてた(【筆者註】正しくは”泣き腫らす”でしょうが、泣いたあと晴れ晴れとした 気持ちになれる映画ですから、”泣き晴らす”の方がぴったりきます)。「ロングラン 興行しますんで、必ず映画館へもう一度お仲間とお運びを」と縁日の屋台のおっちゃん のように喋ったし、若者も山盛り来てくれてたんで、「100人くらいにチェーンメール して宣伝して」と頼んだ>といった内容。盛況だった岡山での舞台挨拶の模様を、 全国版の紙面でこんな風に熱く語ってくれ、参加した一人としては嬉しくてたまりません。

 舞台挨拶は18時30分の回上映終了後の実施で、当日13時45分からその回 の受付が開始されます。13時頃に並んだら、列には既に20名近くの人が。 購入したパンフレットを熟読する内、定刻となり列が動き出します。私はクレールの 会員であり、半年に一度ぐらい会員にだけ10回分販売される千円の回数券がまだ 1枚残っていましたが、遠路おいで下さる監督への感謝の印として、それは使わず、 会員の当日料金1300円を払ってチケットを入手したのでした。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
「パッチギ!」舞台挨拶レポート(2)

 18時15分の開場間際には、ロビーは人で埋め尽くされていました。 【パッチギ】とは、”突き破る””乗り越える””頭突き”等を意味するハングル語。
<1968年の京都。府立高校の2年生・康介(塩谷瞬)は、朝鮮高校の女学生・キョンジャ (沢尻エリカ)に ひと目惚れします。けれど彼女は、同校の番長の妹だったのです>

 とにかく幸せな気持ちに包まれ観終えることが出来ました。息が苦しくなるぐらいの厳しい 悲しみの場面もあるし、強烈な暴力シーンも満載なのですが、幾つものエピソードがクライ マックスに向かって雪崩れ込んだ後のラストは見事にラブストーリーとして締めくくられており、 もし本作のジャンル分けを問われたら、迷うことなく”恋愛映画”だと答えるでしょう。 役者たちも端役に至るまで全員が活き活きしており、中でも在日の長老格を存在感たっぷりに 演じた笹野高史さんの名演は特筆もの。”早くも今年の助演男優賞決定か!”と思えるほどでした。
 そして、予告編を観ただけでもすっかり魅了されてしまったヒロイン役の沢尻エリカさんは、 出演した全てのシーンで輝いていました。「初恋のきた道」のチャン・ツィイーに匹敵する可愛さ!  彼女はこの役を演じるため芸能界に入ってきたのでは・・・、 この世に生れてきたのでは、と思えるほど。そのエリカさんの舞台挨拶が『クレール丸の内』で 2月5日(土)に実施されるのですから、これはもう行くしかありません。 (彼女の別の出演作「問題のない私たち」の公開イベントとしての舞台挨拶ですが、 「パッチギ!」の話もたくさん聴けることでしょう) が━━。彼女は現在18歳。 昨春の撮影から約1年が過ぎ、最近テレビの本作がらみの芸能ニュースで何度か見ましたが、 ますます女性っぽくなっていました。普段の彼女は、映画のヒロインとはメイクも髪型も違います。 舞台挨拶で生のエリカさんを絶対見たいけど、キョンジャのイメージが崩れてしまう かもしれないので出来れば行きたくない気も・・・。そんな風に悩んでしまうほど、 「パッチギ!」の彼女は素晴らしいものでした(変な褒め方ですけど)。2月5日は当然、 行かずに我慢できる訳がないので、また行列するに違いないでしょう。

 1968年に発売日直前で販売が中止されたザ・フォーク・クルセダーズの 「イムジン河」は、40年近く経つ現在でも放送禁止曲扱いにされている放送局が あるのだそう。
ラジオ局のディレクター役で、康介に「イムジン河」を唄わせるため体を張って上司 と対立するのは『HOUND DOG』の大友康平。彼もまた、「イムジン河」世代と 言って良く、役を自分と一体化させて”ロック”してました!
 井筒監督作の中で1、2を争うぐらい好きな「のど自慢」(大友さんも出演)も1月の公開。 観ていて体の芯から熱くなってくる井筒映画は、冬に観るのが最適かもしれません。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
「パッチギ!」舞台挨拶レポート(3)

 上映終了は、20時30分頃。映画の余韻が覚めやらぬ内、袖から井筒監督が登壇されます。 新聞のコラムに監督が書かれていたように、多くの観客が目を赤くしていたことでしょう。 満員の客席は、大拍手でお迎え! 儀礼的なおざなりなものでなく、 心からの拍手を送らずにはいられない傑作だったのです。隣席の女性などは、 中盤のお葬式の場面からずっと泣きっ放し。お陰(?)で逆に冷静になれたのか、 私の方は号泣するのを我慢でき、恥ずかしい思いをしなくて済みました。 もし自室のビデオで独り観ていたとしたら、何度もしゃくり上げていたに違いありません。

 監督は、岡山は初めてなのだとか。クレールの女性職員の方が袖から時々質問をは さんだりして進行していきます。実は、急遽ゲストがもう1名追加になっているのです。 監督と並んで立っているのは、空手部の副将役で怪演した若手俳優の桐谷健太くん━━ 「エリカちゃんでもなく、こんな僕ですいません。昨夜、監督たちと飲んでいたら、 お前明日一緒に来いやと言われ、急にお邪魔することになりました。昨日は東京で舞台挨拶が あったんですけどね・・・、ぼく呼ばれなかったんですよ(笑)。いつお呼びがかかっても いいように、ずっと待ってたんですけど」。「昨日は挨拶に立つ人数が多すぎたんや」と 監督から慰めの言葉が。テレビ出演なども多い井筒監督はさすがに舞台慣れしておられ、 最初からざっくばらんにトークして下さいます。「後で知り合い100人ぐらいに” この映画やばいぜ〜”とハートマーク5つぐらい付けてメールしたって下さい。 口コミで観客数が伸びる映画だと思いますので。いつになく一生懸命撮った作品です。 京都でのオールロケで、2ヶ月以上不眠不休で頑張りました。東九条という在日の人たちが 多く居住している地区で実際に撮影したんですけど、すごく協力してくれたんですよ」。

 「パッチギ!」は東京を始め、京都・大阪・神戸も大入りなのだそう。 「色んな世代の人が詰め掛けてくれてます。有り難いことですわ。 僕等の仕事は【冠婚葬祭】を届ける仕事なんですよね。喜びや悲しみ、笑いや怒りなどを」。
 健太くんは「パンフレットのキャスト紹介に掲載されていなかったんですう〜」と哀しそうに告白。監督は「印刷ミスですわ」とここでも慰めを。「パンフ買われた方、手書きで健太の名前書き足しといて下さい」(笑)。2人のやり取りは、掛け合い漫才そのもの。ボケとツッコミの呼吸もぴったりです。前作の「ゲロッパ!」にも出演していた健太くん、携帯メールの絵文字を形態模写して爆笑させてくれましたし、こういうやり取りの面白さで一層盛り上がるのを確信して監督は彼を誘ってくれたのでしょう。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
「パッチギ!」舞台挨拶レポート(4)

 クライマックスの乱闘シーンを撮ったのは、昨年の4月。健太くんが裏話を披露してくれます。 「撮影は夜で、とにかく寒かったです。僕は長い学ラン姿で加茂川を3回往復したんですけどね、 エキストラもだんだんテンションが上ってきて、僕等を追い越してまで 敵に向かってっちゃうんです。生傷も負いました。救急車も呼ばれましたよね、監督」。 「うん、2〜3人運ばれたかな」、あっさり答える監督です。けれど現場ではそういう人たちの事を誰よりも心配していたのでしょう。
 「監督の映画には、全てのキャラの描き方に愛情があるんですよ。”あそこに出てたあいつ” と言えばすぐ分ってもらえる」との健太くんの言葉に、客席からは賛同の大きな頷き。 舞台上の素顔の彼からはちょっと想像しにくいのですが、健太くんの役は不良グループの メインキャラクターの一人。監督の補足説明が入ります「健太たちの演じた役は、物語を 描く上での必要悪であり、笑わせるペースメーカーでもあるんです」。

「”映画作りは悪魔的な仕事”。そうでないと、いい作品は撮れません」━━監督のこの 発言はかなり強烈に心に残りました。主役の塩谷くん(康介役)は撮影期間中、5回ぐらい 逃亡しかかったのだそう。過酷だった撮影の一例として挙げられたのが、康介が夜の加茂川を 渡って、キョンジャに会いに行くシーン。その日は異常に増水しており、1日目は中止に。 2日目も水量はほとんど減少しませんが、悪魔的な映画作りの常で「やれるやろ」と根拠の ない自信(?)から撮影がスタートします。まず、ウェットスーツを着用したスタントマンが テストで川に入りますが、途中で流されてしまいます。が、中止の声はかからず、半泣きの 塩谷くんはいやいやながらも川に入っていくのでした。スタッフからは「何か叫んだら気合い が入って、いけるよ〜」とか、「戦隊ものでヒーローやってたんやろ〜」とか野次のような 声援が。結果、塩谷くんの気合いは見事なもので、不思議なことに上流に流されたのだとか。 監督は笑いを噛み殺した感じで「何という根性なんでしょうね。夜中まで撮ってたら、近所の 人たちが『まだやってるで!』とあきれてました」。5回目ぐらいで、やっとOKに。 「こういう無茶なシーンも、勇気をもってシナリオに書くこと。勇気をもって 撮ることですな」(笑)。

 20時半から始まった舞台挨拶は、結局30分近く続いたのでした。 21時から上映予定だったレイトショーの「CODE46」は数分遅れになってしまった模様。 進行役の職員の方は余裕をみて「そろそろ、ここらで。後は2階ロビーでの【囲む会】の 方でお願いします」と監督に促し、そうなりかけたのですが、話がまた横道に逸れたり したものですから。「CODE46」の入場待ちをしていた方、ごめんなさい。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
「パッチギ!」舞台挨拶レポート(5)

 2階ロビーに場所を移しての【囲む会】。 このために並べられた椅子は30〜40脚だったでしょうか(スペースの 関係でこれぐらいが限界なのです)。観客のほとんどがこちらへも参加したと思われ、 椅子席の横や後ろは立ち見客でぎっしりです。レイトショーの上映準備でもしていたのか 進行役の浜田館長が上がってくるのが遅くなったため、最初はミニサイン会の場と化 していました。「どないに進めろっちゅうねん」ぼやく監督たちの元へようやく 館長が到着し、臨時サイン会も中止となり、【囲む会】がスタートします。といっても、 ほとんど舞台挨拶の続きのような感じですが。

「立ってる人、気の毒なことですね」第一声で立ち見客を思いやる監督です。「シネコンでもあちこちで上映されてるようで(当地でも『MOVIX倉敷』で公開中)、とにかくどこの映画館でもいいですから観てほしいもんです」何気なく監督の口から漏れたひと言に、館長は敏感に反応。「いやいや、ダメですダメです(ここで観てもらわないと)」。笑いが溢れます。  「無名の若い役者でも面白い映画を作れる事を示したかった」と 製作時の意気込みを語った監督の作品数は、今作で29本に。 「自分で数えた訳ではなく、周りから教えられまして」。

年末には、渡韓し実際にイムジン河を見に行かれたのだそう。同行したのは、 「パッチギ!」で音楽を担当した元フォークルの加藤和彦氏。 「否応なく軍の一個小隊がついて来てたんですけどね。唄の通り、 河は軍事境界線を南北に流れてました。眺めてると、すぐ渡れるような気がしたんですわ。 庶民のレベルでは、渡れない河なんてないんですよ。なぜ分断されてるのか・・・。 原因は、日本にもアメリカにもあります。ほんとに誰が原因を作ったのか、考えさせられました。 水曜日の『はなまる』(26日のテレビ番組)に出るんで、 この韓国行きについても話しますけど。写真も自由には撮れず、 一応撮ってきたやつも出せるかどうか。許可が下りるか、まだ分りませんねん」。
 ソウルに戻って、繁華街へ。そこで、日本からのツアーのおばちゃんたちと遭遇します。 世界中どの場所へ行っても一発で素性の分ってしまう大阪のおばちゃんに━━「監督〜、 何してんの〜? 奇遇やわ〜」(笑)。「”上方独立共和国”の住人は、 ほんますぐ分りますね」。以下は、監督とおばちゃんたちとのやり取りです。 「わたしら【冬ソナツアー】。監督も?」「イムジン河、見に来てん」 「何それ、テーマパーク?」「うん・・・、”大きなテーマ”や」。この辺りの話は、 写真も無事公開された 『はなまるカフェ』でも紹介されていました。
 同番組では時間がなくて辿り着けなかったこの遭遇の締めくくりは、 こうです。監督は、持参していた映画のチラシをおばちゃんたちに配ります。 「あ、おすぎさんが宣伝してるやつや」と受け取る”上方独立共和国”の住人たち。 「通じ合ったのかどうか・・・。おばちゃんたちとの間には、 イムジン河が流れていた気がします」(笑)。

tree_line.gif 41x506 2.06KB
「パッチギ!」舞台挨拶レポート(6)

 参加者からの質問も次々に出されます。 「監督はどんな高校生でしたか?」という問いには、 「奈良の普通の高校生で、先生になるつもりでした。ケンカとは無縁で、 『イムジン河』はフォークルか他の人の唄でか、とにかく聴いたことはありました」。 在日の人からの感想も━━「とても心を打たれました。 監督が映画で在日の人々を描こうとするきっかけになったものは何ですか?」。 井筒監督は初期の頃から、映画に在日の人を登場させていたのです。 「子供の頃、近所に在日の家族が住んでましてね、 1コ上の子供もいて一緒に遊んだりしてたんです。 その頃は彼の苗字も韓国名でしたけど、僕が同じ中学に1年後に入学してみると 日本名に変わっており、あれ?と思ったりしました。 それから、多感だった高校時代には、朝鮮高校の生徒と日本の高校生とのケンカを 実際に目撃したこともありました。そんな風に昔から周りに存在していたので、 知らず知らずの内に在日の人たちや朝鮮半島の事情などが頭に入ってたんですよ。 また、学校の授業も今のように規制が多くなく、教師からも色々と教えてもらってました。 そんなこんなで自然に映画の中に登場させるようになったみたいですわ」。

日常何気なく使っている言葉の中にも、在日の人たちに対する差別用語が語源に なっているものがあります。一つ代表的なものを監督から聞かされ、かなりショックを 受けました。あの言葉は、そういう意味だったのかと・・・!  「昔の大人は、平気ですごい言葉を使ってたんですよね」。
 子供の頃には、近くに被差別部落があったのだそう。 「親たちは”あそこの子供とは遊ぶな”と言ったけど、子供同士は関係なく遊んでました。 面白いのが、ナラ(奈良)というのは、どうも朝鮮語のようなんですよ。 朝鮮半島から渡ってきた人が祖先になったんじゃないですかね。血が混じり合ってる筈なんですよ。それなのに、なぜ差別が生まれるようになったのか・・・」。

”怒涛の青春バイオレンス3部作”みたいな感じで捉えられているのが、「ガキ帝国」「岸和田少年愚連隊」そして「パッチギ!」。「『ガキ帝国』も在日の問題を描いてるし、『岸和田少年愚連隊』もやんちゃ物ですから、ほとんどテレビ放映されたことがありません。『パッチギ!』も”当り障りのあり過ぎる映画”に仕上げました。 かなり暴力シーンを入れたし、朝鮮分断の問題も赤裸々に描いています。テレビ放映はここ数年の内には考えられません。アメリカ映画などで人が大量に死ぬ所を描いたものは平気でテレビ放映されてますけどね。『パッチギ!』はわざと、絶対テレビで放送されないような映画にしたんです。まあ、アジアに本当の平和が訪れたなら、放映されるかもしれませんけど。DVDの発売を待たず、映画館で観るよう、友だちや周りの人たちに勧めたって下さい」。
 そろそろ締めの時間が近づいてきた気配。「こういう映画は、これからどんどん出てくるでしょうね。今日はたくさんの人が来てくれて感謝しています。”パッチギ”には突き破るという意味もあります。閉塞感に覆われた時代の中で、みんなこういう映画を観たがってるんじゃないですかね。キャンペーン、まだまだ続けますから!」。

こうしてイベントは、21時35分頃に終了したのでした。 このような【囲む会】は、東京や大阪では実施されなかった筈。 監督のお話をたっぷりと聴けて、「パッチギ!」がますます好きになりました。 井筒監督、そして桐谷さん、「遠路お疲れ様でした!」。また『クレール』 スタッフの皆さん、【舞台挨拶】及び【囲む会】の実現とご準備、ありがとうございました!