TOMIさんの湯布院映画祭レポート'08(第33回)

 現在、北京ではオリンピックで熱戦が繰り広げられていますが、それが終了すれば、例年通り『湯布院映画祭』が幕を開けます。 芸人 [ 世界のナベアツ ] が大人気になっている年にふさわしく、第33!回(笑)。 会期は8月27日(水)から31日(日)まで。
 毎年、8月最後の日曜を最終日として開催されている本映画祭ですが、31日が日曜日の場合、今までなら1週間繰り上がって24日が閉幕日となるようにされていました。 9月1日は新学期の始業式。 夜中の0時頃に終了するファイナルパーティーにまで出席すると、たいていの参加者は帰宅が翌月曜日の昼以降になってしまいますから、学校の先生や学生、それから学校へ通っているお子さんをお持ちのお母さんなどは、今年の日程だと閉幕まで参加するのは大変困難と言わざるを得ないのです。 なのに、なぜ? ━━ オリンピックと関係があるのです。 映画祭の中心的実行委員の何名かのお仕事が、オリンピック期間中は多忙を極めとても休むことが出来ないというのが、その理由。 現実問題として致し方ないため、今年の開催日程については、昨年の映画祭の折、会場ロビーに早々と掲示されていたのでした。

 私は例年通り、木曜夜に上映される1本目の試写作品に間に合うよう現地入りする予定。 今年の『湯布院』は男優や監督ゲストは充実しているものの、女優ゲストはお1人のみで、些か・・・・、いや、かなり残念(笑)。 けれど、年々参加者仲間で懇意にして頂ける人が増えてきており、1年ぶりの再会が叶いますから、それが何よりの楽しみになっているのです。映画人ゲストと会うのに匹敵するぐらい。 中には、昨年おいでになりながら、今年は都合がつかなかったり、上映作品等がそれほど好みでないためパスされる方も。 そういう人たちには、映画祭のパンフレットをお送りするつもりです。 “ 来年はまた、会場でお会いしましょう! ” との願いを込めて。

 昨年の本レポートの冒頭で、【 私は2008年(今年)3月に開催される『高崎映画祭』への初参加を予定しているが、同じ時期に『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』が復活するため、高崎在住の友人はたぶん夕張の方へ行くことになる筈 】 と記しました。 また、最後の辺りでは、【 『高崎映画祭』行きと合体させて、「フラガール」の舞台となった『スパリゾートハワイアンズ』(旧『常磐ハワイアンセンター』)を初訪問するつもりなので、それらの模様をレポートさせてもらう事になるだろう 】 との予告を。
 結果は━━。 @ 高崎の友人は『ゆうばりファンタ』への参加を断念。 勤めている会社が3月は決算時期&異動時期のため、まとまった休みを取れる状況ではなかったのです。(来年の『ゆうばり』はまた、2月末の開催に戻るとの事) A 私の『高崎映画祭』行きは、開催時期の見込みが外れたため、実現せず。 『ゆうばりファンタ』と会期が重なるのを避けたためか、例年よりも1週間後ろへずれたため、『スパリゾートハワイアンズ』からの帰りに本映画祭へ寄るという訳にいかなくなったのです。 B 『スパリゾートハワイアンズ』への初訪問は、予定通り実施。 「フラガール」の大ファンの方々と総勢7名で宿泊して、本物のフラガールたちのステージを満喫。 昼間は、レッスン場として使われた建物などのロケ地巡りにも行ってきました! C 『スパリゾートハワイアンズ』からの帰路、東京で、「子ぎつねヘレン」等の脚本家:今井雅子さん(2001年にふとしたきっかけからネット上での交流が始まり、応援させてもらっている方)たちとオフ会を開催。 嬉しいことに彼女の、ご出産後初となる映画脚本作の製作情報がこの7月に発表されました ━━ 「ぼくとママの黄色い自転車」。 クライマックスシーンが、私の住む岡山市から程近い小豆島(香川県)で撮影され、また岡山県内でも岡山港など2〜3ヶ所でロケが行なわれた作品なのです。 公開は来年3月。 その時期には、今年叶えられなかった『高崎映画祭』への初参加を計画しているので、会期と「ぼくと〜」の初日とが重なってくれたなら、東京での初日舞台挨拶の回に入場し、ロビーででも今井さんに直接お祝いの言葉をおかけすることが出来るのですが。 さて、どうなりますやら....。
 と、まあ、こんな具合。 結局、まとめる上でのメインとなる『高崎映画祭』行きが消えたため、レポートの作成もなくなったのでした。 来年の3月こそ、初参加レポを綴ることが出来ますように!

 話を戻しましょう。 6年連続の参加となる今夏の『湯布院』には、どんな映画が、どんなドラマが待っているのでしょうか。 そして、どんな人たちとの出会いが待っていてくれるのでしょうか? レポートに書き残さずともこの先10年も20年もしっかりと記憶し続けるに違いない素晴らしい瞬間や、レポに記さずに、自分ひとりの胸の中にしまっておきたい素敵な出来事などにも遭遇できそうな予感も(笑)。 2008年8月に開催され、28日に現地入りする私の『湯布院』歴は今年で8回目。 昨年のラッキーセブンに続き、今回はラッキーエイトになってくれるのでしょうか。 8を意識し、それに連なる幸運を見逃さぬよう映画漬けの日々を送ってきたいと思います。


 雨天・曇天続きで一度もお日様を見ることなく、とても涼しいまま終った『第33回湯布院映画祭』ですが、会場は燃えました! 特集では、“ 何だって面白くしてやる! ” 舛田利雄監督の50年前の「赤い波止場」(石原裕次郎主演)から1980年の「二百三高地」まで10本の娯楽作が上映され、80歳になられる舛田監督も、かつて助監督を務めていた村川透監督(松田優作主演「最も危険な遊戯」等)と共にご来場。 かくしゃくとしたお姿を連日見せて下さいましたし、とぼけたご挨拶で何度も場内を沸かせてくれました。  前夜祭の27日がちょうどお誕生日だった俳優のメインゲスト:藤竜也さんは、舛田監督の映画にも出ておられますし、新作2本にもご出演。 3日間もいて下さり、女性客は勿論、男性ファンからの熱い視線を集めておられました。 大阪を舞台にした「秋深き」という作品で映画初主演を果たした八嶋智人さんは、スクリーンではテレビとはかなり違う一面を見せ、佐藤江梨子を相手役にしてなかなかの好演でしたが、舞台挨拶・シンポジウム・パーティー等の場での生ヤッシーは、テレビの通り、いやテレビで見る以上(笑)! サービス精神満点で、笑いの渦を幾つも起こして、こちらまで元気にしてくれました。 今年96歳の新藤兼人監督が昨秋、95歳の時に2ヶ月間かけて岡山のお隣り広島県で撮った「石内尋常高等小学校 花は散れども」に主演した柄本明さんは、スケジュール的に無理ですからという事務所の意向を無視して(笑)、今年もご参加。 ありがたいことです。

 新作の特別試写は5本。 内2本はゲストの方々にどうしても感想をお伝えしたくて、上映後のシンポジウムで発言せずにはいられないぐらい素晴らしい出来映えでした! 女優ゲストは、「誰も知らない」にも出演していた高校3年生の韓 英恵(はなえ)ちゃん。 舞台挨拶でお客さんの前に初めて登場した時には、緊張と恥ずかしさからか、しどろもどろだったものの、シンポの最後では大人顔負けのしっかりとした挨拶をやってのけましたし、パーティーには可愛い浴衣姿で彩りを添えてくれました。 そして、もう一人、予定外の女優ゲストも・・・・!

 映画祭が終っても、実行委員の方々はまだ諸々の片付けやら後処理やらが何日か続くことでしょう。 ご苦労様です。 さあ、ここからは、レポを執筆する私の出番(笑)。 映画祭の会場がどういう風に沸き、どのような映画に笑い、またどんなシーンに感動の涙を流したのか、良ければ、私の『第33回湯布院映画祭』再現レポートに、どうか延々と(笑)お付き合い下さいますよう。

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湯布院映画祭レポート'08(1)

  8月28日(木)、『青春18きっぷ』で岡山駅5時19分発の普通電車に乗り込み、2〜3日前に自宅へ届けられた映画祭のパンフレット(約80頁)を読んだりしながら、何度かの乗換えを経て大分駅に着いたのが15時30分頃。 久大本線で由布院駅をめざすのですが、何と、この路線のホームのみ高架になっているではないですか!? 8月24日(日)から利用が開始されたばかりだったよう。 他のホームは従来のままなので、乗換えに2〜3分余計にかかりました。 来夏には全面高架が実施されていることでしょう。 ちょっと楽しみ。  由布院駅着は16時42分。 昨年の映画祭の特集に合わせて作られた大魔神の2メートル近い像が、閉幕後に当駅へ寄贈されたというニュースをどこかで目にしていたので、小さな構内をざっと見回すも、展示されている様子は、なし。 後で顔なじみの実行委員に確認してみると、映画会社の許可が下りず、結局あの話は中止になったとの事。 大魔神像は、某所に保管されてあるそうです。 外はどんよりとした空模様ですが、雨は降っていません。 前夜は、晴天なら駅前広場で「九ちゃん刀を抜いて」(マキノ雅弘監督/1963年)の野外上映会が行なわれる予定だったのですが、やはり雨のため、屋内に会場を移さざるを得なかったのでした。

 本日の試写は18時30分からとゆっくりですが、その前に大森一樹監督の19分のショートフィルム「PLAY BALL!」(2004年)の無料上映が17時30分より実施される事になっており、パンフをよく読むと私の好きな野球ものなので、“ 急いで宿へ向かい宿泊手続きを手早く済ませて、本作を観よう! ” と予定を変更。 まず会場である徒歩3分ほどの湯布院公民館へ立ち寄り、映画好きの友人・知人へ送るため、パンフレットを十数冊購入します。 その多さに、販売担当の実行委員に驚かれるのもいつもの事(笑)。 手提げバッグに入れてもらい、次にコンビニへ。 ペットボトルの飲料をまとめて3本ほど購入します。 そばに自動販売機などない素泊まりの宿の、共用スペースにある冷蔵庫に入れておくためのものです。 が、12〜13分歩き、民家を改装した民宿風の宿へ到着してみると、嬉しいことに玄関先に1台設置されているではないですか。 これで随分楽になる筈。 部屋へ荷物を置き、携行用の小バッグと岡山から持参してきた傘を持って、会場へとんぼ返りします。

■28日(木)■ ≪特別上映「PLAY BALL!」… 17:30より≫

 2〜3分前に、滑り込みセーフ。 シンポジウムの行なわれる2階視聴覚室での上映です。 今夜の試写作品は「THE ショートフィルムズ」という、5人の監督が “ こども ” をテーマに撮ったオムニバス作品であり、それに関連し、その中の1本を担当した大森一樹監督がご自身の3本のショートフィルムを提供してくれたのです。 昨日と、今日の昼間に1本ずつ上映され、これが最後の3本目。 主演は伊原剛志です。
 まず監督のご挨拶。 この作品は15分ものという発注だったのだそう。 「15分とはいえ・・・・、あ、実際は19分ですが、これだけあれば、語れることは結構多いんですよね。 伊原くんはこの後『硫黄島からの手紙』でハリウッドデビュー。 『T.R.Y.』(2003年)に出てもらった渡辺謙も、その後ハリウッドスターに。 おいしさが増してきた頃の役者を、タイムリーに使ってるでしょう(笑)」。 そういえば、2006年にここで上映された「悲しき天使」に主演した高岡早紀さんも来年公開予定の映画『はりまや橋』でダニー・グローヴァーと共演! 3度あることは4度? 今夜の上映作の大森監督作のキャストに注目です。 「3本のショートフィルムを製作順に上映してもらい、そしてこの後の「THE ショートフィルムズ」へ ━━ と非常に丁寧な企画にしてもらい、感謝しています」。 本作は気楽に観るのに適した内容。 他に遠藤久美子や宇梶剛士なども出演しており、なかなか豪華です。 それなりに楽しめました。

 1階ロビーに下りて、並べられてある本映画祭の大版チラシや、色んな映画関連の宣伝物を入手。 必要に応じてパンフを送る封筒に同封して、友人・知人に届けることになります。 そうこうする内、昨年の本映画祭で知り合い、以来ネットを通じて交流していたLさんを発見。 昨年までは土・日のみのご参加でしたが、今年は上手く休暇が取れたため、初の全日券でほぼフル参加されることに。 最終日のパーティーの際、4日間参戦した感想をお訊きすると、「疲れました」のひと言。 私は有り難いことに初参加の2000年以来、8回とも4日間コース。 ペース配分も慣れたものですし、何より至福の時間ですから、へっちゃらです。 あ・・・・、疲れた時には、映画を観ながら適当に居眠りしてますけど(笑)。


■28日(木)■ ≪特別上映「THE ショートフィルムズ」… 18:30より≫

 一般公開前の新作の上映は、昨年と同じく5本。 入場開始は20分前ぐらいで、今年は新作に関しては玄関脇のボードに予定時刻を掲示していました。 来年以降も、同様にお願いしたいもの。 入場は基本的には、@全日券 A招待券 B前売券 C当日券 の順。 今日は平日だし、「PLAY BALL!」を観た参加者たちが軽食でも摂りに外出しているのか、列というほどのものもないまま入場が開始されます。 キャパは260席。 場内は左右の通路を挟んで3つのエリアに分かれており、中央エリアの最後列から4列ぐらいはゲスト席として確保されていますから、一般客用は230席ぐらいでしょうか。 スクリーンは奥行きのある舞台の後方に設けられているため、最前列でもそう近すぎることはありません。 今回私は、新作上映の際には、中央エリア・通路脇の前から1〜4列のどこかの席で鑑賞したのでした。 確か30日(土)の1本目上映前の案内放送で、場内は前の方が冷房の効きが強く、後ろへ行くほど緩くなっている事が判明。 その日の特集上映は、前から6〜7列目の席をチョイスしたのでした。 そういえば、29日(金)夜の試写作品上映時の前方席は特に寒く、私の周りでは、咳をしたり、鼻をかんでいる人も。 半袖ポロシャツ姿の私も同じように震えた訳ですが、秘密兵器をバッグに入れていたのでどうにか凌げました。 それが何かは、ちょっと恥ずかしいので、内緒(笑)。

「THE ショートフィルムズ」は、15〜20分程度の短編を、井筒和幸・大森一樹・崔洋一・阪本順治・李相日という豪華な5人の監督が撮ったオムニバス作品です。 【 大阪の朝日放送が新社屋移転記念事業の一つとして、大阪に縁の深い5人の実力派監督を指名、「こども」をテーマに短編映画製作を依頼した。 井筒和幸監督以外はいずれも監督自らが脚本を書き、湯布院映画祭でもお馴染みのプロダクションで製作。 キャスティング費用は別にして、どれもが制作費は1本800万円。 個性豊かというか、自由奔放というか、我がままというか、見事に5人の個性が浮かび上がり、同じテーマ、同じ制作費でも、かくも違う映画が出来上がるのか、映画の持つ多様性に思わぬ感動を覚える逸品だ。 なお本作は新ABCホールで10日間公開した後は、劇場公開もテレビ放映も予定なし。 従って、湯布院映画祭が最後の鑑賞チャンスかもしれない。(パンフの紹介文より) 】

 本作は一般公開の予定がないのと、新ABCホールで確か応募して当選した客のみにせよ10日間上映したため、試写扱いでなく“ 特別上映 ” 作品という呼称にしたのでしょうか。 客席は7割程度の入り。 木曜夜の上映作としては、例年と同じくらいです。 まず舞台挨拶に、大森一樹監督と、2年前にクロージングで「フラガール」が上映された李相日監督、そして李監督作に主演し、また土曜日にも「しあわせのかおり」という新作が上映される藤竜也さんの3人が登場されます。 この場では、簡単にご挨拶を頂戴するのみ。 後に控えるシンポジウムでたっぷりと。
 大森監督から、「まさか、こういう所で上映され、ゲストに呼ばれるとは! 5人の内、暇な監督が来たと思われがちですが(笑)、大学の先生もやってまして、夏休みは学生たちの映画製作に付き合わなければならないため、忙しいんですよ」。 それを受けて李監督が、「僕はそんなに忙しくなかったんですが(笑)。 前回『フラガール』が上映されたのが2年前。 あれから、この映画の20分間ほどしか撮ってなくて。 今回の短編は、長編をなかなか撮れない鬱憤晴らしみたいになり、ちょっと力を入れすぎてしまいました。 藤さんもひどい目に遭わせてしまい、申し訳ありません。 ありがとうございました」。 その藤さん、「初めてのショートフィルムでした。 依頼を受けたのが、『フラガール』を観た矢先だったので喜んで出演することに。 監督がそんな思いを込めていたとは知りませんでしたが、確かに凄いエネルギーを必要とされる現場でした。 普通の2時間の映画を撮るのと同じくらいの感じでしたね。 まあ、とにかく、才能を持った新しい監督に出会えたのが嬉しかったです。 それでは、ご覧下さい」。

■28日(木)■ ≪特別上映「THE ショートフィルムズ」… 18:30より≫

 通常、舞台挨拶に登壇されたゲストの方々も、ゲスト席で観客と一緒に映画をご覧になられます。 さて、上映開始━━。 5編の上映順とタイトルは、@阪本順治監督「展望台」 A井筒和幸監督「TO THE FUTURE」 B大森一樹監督「イエスタデイワンスモア」 C李相日監督「タガタメ」 D崔洋一監督「ダイコン 〜ダイニングテーブルのコンテンポラリー」。
 「展望台」は通天閣を舞台にした、自殺願望の中年男(佐藤浩市)と、母親に置き去りにされた少年との物語。 映画祭のパンフに寄稿された監督のコメント文が心にとても響いたので、短くまとめて転載させてもらいましょう(ご容赦を)。 阪本監督作品には何度も通天閣が登場します。 撮影の際には、ここのN部長にいつも便宜を図ってもらい大変お世話になっていたのだそう。 ところが、今回のロケハンの時、同部長は病院のベッドに。 「また2日ほど、ご迷惑をかけます」と話し掛けると、「なんや2日だけか。もっとせえや」。 そのお見舞いが、最後の対面となったのでした。 【 この仕事が来たのは、N部長が呼んでくれたからではないだろうか。 徹夜のかなりきつい撮影で眠気が襲ったとき、ふと部長の存在を感じた。 ここは通天閣。 その名の通り、天に通じる場所である。 映画は一人では撮れない。(パンフのコメントを要約) 】。 映画は、大阪らしい決してじめっとしていない一夜の物語。 が、どこかで観た話という印象を拭えませんでした。

 「TO THE FUTURE」は、ちょっと困った小学校の先生(光石研)と、彼を反面教師にして成長していく生徒たちの姿を追ったもの。 笑えます。 私はこの日、夜中の1時半に起床して出発の準備をし明らかに寝不足のため、こういうタッチのものが大歓迎。 ラスト、生徒たちのストレス発散が意外なものに向けられるのが、ちょっとショックでした。  「イエスタデイワンスモア」━━ 時代劇です(笑)。 大森監督初の。 注目のキャストは、高岡早紀・佐藤隆太・岸部一徳。 佐藤隆太を除く2人は「悲しき天使」の主演コンビです。 ということは、次にハリウッドデビューするのは、佐藤隆太くん?! どうなりますやら。 さて本作は、飯屋を営む母親(高岡)と、それを手助けする息子(佐藤)を描いた人情ファンタジー。 義理の母子? いいえ、実の。 だって、2人の実年齢は10歳も違わないのに! ヒントは、この後のシンポジウムでの質疑応答に出てきますので、そこからこの謎を解明して下さい。 楽しく観られました。

 藤さん主演の「タガタメ」。 末期ガンと告知された父親は、精神障害を持つ一人息子のために「まだ死ねない」と強く願う。 そんな彼の前に、宮藤官九郎演じる死神が現れる・・・・。 う〜む、重い内容です。 この夜の体調では、正面からがっぷりと受け止めにくいぐらい。 「フラガール」の前に「スクラップ・ヘブン」を撮った李監督ですから、新作は振り子が反対側に振れるようにこういう感じのものになるであろうことはある程度予測できましたが。 ひと言で評しにくい問題作です。 息子役の川屋せっちんという初めて聞く俳優の演技がとてもリアルで驚きました。
 ラストは崔監督作。 同居する父(細野晴臣)と母(樹木希林)と娘(小泉今日子)のある日の日常が、いつもとは違うタッチの軽い演出で捉えられていきます。 「タガタメ」で一気に疲れたためか、少し間延びしたような「ダイコン」のトーンに、つい居眠りをしてしまいました(反省)。 キョンキョンの印象も、ほとんどなし。 勿体ないことをしました。

 一番面白く観られたのは、2本目の井筒監督の「TO THE FUTURE」。 この夜の体調に合っていたせいかもしれませんが。 それなりに意欲作揃いであり、鑑賞直後はそこそこ満足しましたが、時間が経つにつれ、“ 「PLAY BALL!」も「THE ショートフィルムズ」も短編ばかり。 まだ『湯布院』で映画を観たという感じがしないな ” と思うようになってしまったのでした。 本映画祭の試写作品でオムニバス映画が上映されるのは、2004年の「樹の海」以来。 同作は大変ほれ込んだ作品になりましたが、今回その再現とはいきませんでした。
 エンドクレジットが流れ終ると、場内からは恒例の大きな拍手がスクリーンに! この後は10分ほどの休憩を挟んで、2階視聴覚室でシンポジウムが行われます。 床に傾斜などなく、ゲストをしっかり見たければ、最前列か2列目の確保が必須。 今夜は女優ゲストがいる訳でもないので、あせらずロビーへ出て(笑)、階段を昇っていきます。

■28日(木)■ ≪シンポジウム(「THE ショートフィルムズ」)前半≫

 首から名前入りのパスを下げた全日券の客以外は300円の参加料が必要ですが、どのシンポも軽くお釣りのくる面白さ。 映画を観た客の多くがそのままこちらへ移動してきます。 入口の所で、紙コップに入れた麦茶の配布サービスも。 ここは折り畳みのパイプ椅子であり、真ん中に通路が設けられています。 両脇と後ろの壁際が満員の時の立ち見スペース。 前には長机が置かれ、ゲスト席はその向こう。 私は2列目の中央通路脇の席にバッグを置き、まずはトイレへ。 今回は結局、どのシンポも2列目が定位置となったのでした。 連夜のパーティーは22時開始。 日替わりの会場への移動時間が必要なため、シンポの終了は21時45分頃。 だいたいどの夜も1時間20分前後の長さの中で、熱弁が飛び交います(笑)。

 今夜の司会は、左端の席につかれた映画評論家の寺脇研さん。 毎年いらっしゃってますが、まだお話したことはありません。 最近はテレビのコメンテイター等でもご活躍で、多忙なため明日にはもう帰られるみたいです。 お隣りが朝日放送の深沢義啓プロデューサー、以下、大森監督、李監督、藤竜也さんの順。
 司会がまず、深沢Pに新社屋について質問します。 6月23日に完成したのだそう。15階建て。 ゲストの皆さんに、簡単に最初のご挨拶をお願いします。 まず大森監督から、「阪本・井筒に僕はもろ地元なので、ああ ━━ と(笑)。 初めての時代劇でした」。 李監督は、「他の監督の顔ぶれを見て、これはもう断われないなと(笑)。 脚本を書いていく過程で、主役は藤さんだと思うようになりました」。 藤さんは確かジーンズ姿。いつも若々しく活動的な服装をしておられました。「僕も息子が一人いるんですが、付き合い方が難しいんですね。 この映画に出演して、色々と考えさせられました。 『フラガール』の監督という興味もあったのですが、台本を読んで遣り甲斐があると出演を引き受けました。 撮影期間は4〜5日で、あっという間だろうなと思いきや、あんな長い4〜5日はありませんでした。 長編映画1本分ぐらいのエネルギーが要りました。 そんなギャラは貰ってないのに(笑)」。 最後のひと言は、もちろん文句や嫌味ではありません。

 5作品の上映順は、ABC(朝日放送)側で決定。 「最後にだけはしないで下さいとお願いしました」(笑)と李監督。 司会から、「(2本目の)**が燃えた後に、(3本目の)浦島太郎で良かったの?」との客席への質問が。 上映順については、5〜6人から活発に意見が出されました。 ま、それぞれの好みや感性の問題ですから。 最前列に陣取る関西にお住まいの名物論客からは、「朝日放送さん、儲けすぎたから作られはったんですか?」(爆笑)のストレートな質問も。  大森監督は意外にも2年前が初の『湯布院』。 ちょうど映画検定が始まった時期であり、第1回を受験した同監督は、その回の最難関であった2級に合格されます。 次は1級をめざします、とおっしゃっていた通り、「無事、映検1級に合格した大森です(笑)。 皆さんに質問、『イエスタデイワンスモア』の元ネタ、分ります?」。 あちこちから「ビッグ」(トム・ハンクス主演)との回答。 「そうなんです。 日本の作品が何本もハリウッドでリメイクされるので、逆をやってやろうと」。 各監督へオファーされた長さは、15分。 「順調に延びて」(笑)と李監督。 「一番長いバージョンは24分で、最終的に20分に。 短編という意識はなく、いつも通りの作り方をしました」。

■28日(木)■ ≪シンポジウム(「THE ショートフィルムズ」)後半≫

 オムニバスにした意味を深沢Pが説明、「お祭り的なイベントなので、たくさんの監督に撮ってもらおうと。 利益も求めていませんし。 国内での公開は未定ですが、韓国の釜山(プサン)映画祭へ出します」。 そして、関西ローカルですが、このままの形でテレビ放映するとの事。 かなり過激な描写もあるのに、放送コードにはひっかからないのでしょうか?! ま、過ぎた自主規制も良くありませんけど。 関西限定ならOKか。 それに、あれぐらい、関西人なら笑って頷いてくれそうな気もします。 制作費は1本800万円均一ですが、これはキャスティング費用を除いたもの。 興行を考えない記念事業の一環としての映画制作であったため、希望の俳優を出演料を気にせず自由に起用してもらったのだとか。 かなり理想的な現場だったみたいですね。 ところで、大森監督作のタイトル「イエスタデイワンスモア」といえば、カーペンターズの名曲。 劇中でも流したかったそうなのですが、使用料が高く予算オーバーとなるため、残念ながら・・・・。 もし実現していたなら、5編のうち最も好きなのは本作になったかもしれません(笑)。

 李監督に、川屋せっちんを起用した訳をお訊きします。 「知的障害を持った中年の息子という難しい役柄で、最初から有名俳優を使うつもりはありませんでした。 30〜40人ぐらいオーディションしまして、せっちんは最初会った時 “ 何とかしてあげなきゃ ” という雰囲気だったんです(笑)。 僕はだいたい、台詞を言ってもらったりしないで、雰囲気で決めるんですね」。 施設に2週間ぐらい入って、生活してもらったのだそう。 藤さんからも、彼について、「いや〜、頑張ってましたよね。 リハーサルをかなり長くやりました」。 こんな事も、「ある一室にこもり、2人とも役になりきって、即興で1時間半ぐらいやり取りを続けるなんて訓練もしました」。 大森監督から李監督に、「実際の知的障害の人を使うという考えは?」という質問が投げかけられます。 「全く考えなかったです。 いま訊かれて、そういう手段もあったのかと初めて気づきました」。 頷きながら大森監督は、「障害者を使ってたら、ああいう終わり方はダメでしょうね。 役者だから、あれでも構わないんだろうな」。 監督同士のこんなやり取りを聞けるのも、オムニバス作品だからこそ。 映画自体にはそれほど引き込まれませんでしたが、こういうシンポが展開され、総合的には十分満足しました。

 残り時間も、僅か。 そろそろ、締めくくり的な発言を貰っていくことになります。 大森監督は、「最近はフィルムで撮らないことが多く、ロール交換など気にしなくて良いので、廻しっぱなしにして、結果、長い映画ばかりに。 舛田監督を見習うべきですね」。 李監督は新作情報を、「来年撮影するつもりでシナリオをかためているところです。 ロケは九州で。 藤さんに出て頂くかどうかは・・・・、内緒です(笑)」。 最後は、もちろん藤さんから、「皆さん、映画に詳しいのでびっくりしました。 僕なんか、あんまり何も考えてませんからね。 難しい質問をされなくて、助かりました」(笑)。
 大きな拍手をお送りして、お開きに。 この後は待望のパーティー。 日替わりの会場は数年前から曜日毎に固定されています。 木曜夜は [ 亀の井別荘 湯の岳庵 ]。 お天気なら、そこの日本庭園が使用されるのですが、本日はあいにく雨が降ったり止んだり。 土曜日の会場は屋内なので、そちらへ変更しての開催かなと思いきや、いつものように「バスで、湯の岳庵へおいで下さい」との実行委員からの案内。 ゲストの方々と一緒にぞろぞろと退場し、階段を降りていきます。 すぐ前を歩いていらっしゃるのは、藤さん。 自然に視線がいく首筋を、しっかり見ちゃいました(笑)。 外は雨は降っておらず、道で待っているバスに乗車。 ゲストの方々は、タクシー(ハイヤーか?)で移動されます。  

湯布院映画祭レポート'08(2)

■28日(木)■ ≪パーティー … 22:00より (前半)≫

 5分ほどバスに揺られて、今夜のパーティー会場へ到着。 金鱗湖の近くです。夜中なので見えませんけど。 全日券(25,000円)は全プログラムに入場できますが、その他の人がこのパーティーに参加するには、当日朝9時30分頃から販売されるチケット(4,000円)の購入が必要。 人気ゲストが来場される時などは列もでき、早ければお昼頃には売り切れることもあるものの、今年はどの日も直前まで買えたのでは。
 いつものように日本庭園へと歩いていくと、そこへ出る直前の建物内にパーティーの準備がなされています。 そうか、行なおうと思えば、このスペースで出来たんだ。 「禁煙席は上の座敷、喫煙席は下のテーブル席になっています」との案内。 私はタバコは吸わず、周りでもあまり吸ってほしくない人間ですが、座敷で長時間あぐらを組むよりは椅子席の方が楽。 隅の、ゆったりとしたなかなか豪華な椅子についたのでした。 結局、タバコの煙に悩まされることもなく、隣りに座られた方も問題なしで、ここにして大正解でした。 屋外だと立食式。それで何ら支障はないですが、いざこうして腰かけていると、やはり楽ですね。 来年の木曜日も小雨模様になれば良いかな、との考えが頭をよぎったりしました。

 乾杯のご発声は、大森監督がこの時ちょっといらっしゃらなかったので、李監督に。 「歳とってくると、こういう役目を仰せつかるようになり、今回もそうなったら嫌だなと思っていたら、そうなってしまいました(笑)。 『湯布院』も3回目なので、勝手にもう常連だと思ってます。 次回は長編で呼んでもらいたいです。 それでは、カンパ〜イ!」。 ここで初めて会ったような周りの人たちともグラスを合わせて口を潤し、まずはゲストよりもお料理。 次々に出来たてが大皿で運ばれてきて、過去のパーティーでは珍しい焼きソバもその中に。 もやしの食感がとても良かったです。 またキムチ入りの石焼カルビビビンバが各テーブルで作られ、おこげの入った熱々が頂けるサービスも! 他には、かきあげや唐揚げ・串焼き・冷麺風のものなど。 満足しました。
 お腹もふくれて、座り心地の良い椅子にもたれていると、もう動きたくない気に(笑)。 料理が一段落した頃、藤竜也さんにスポットが当てられます。 実は、前夜祭の行なわれた昨日8月27日は藤さんのお誕生日だったのです! 裏からバースデーケーキが登場し、照明が暗くされた中、全員で「ハッピーバースデー♪」を唱和。 司会が、「みんなで分けるほどの量はないので、藤さんに頑張って召し上がってもらいたいと思います」。 藤さんは、本映画祭が始まったばかりの頃にもゲストでおいでになられましたし、3年前にNHKで放送されていた湯布院を舞台にしたドラマ「風のハルカ」にもご出演。 色々と当地での武勇伝(笑)があり、2〜3紹介されたのですが、私の席が隅だったのと、全体的にざわついていたため、よくは聞こえませんでした。

 大柄で優しい顔をしておられる李監督は、女性客に大人気。 近くで、囲まれながら立ち話をされていたので、タイミングを見計らって、「来年は是非、長編でおいで下さい」と話し掛けます。 「スクラップ・ヘブン」が上映された3年前に、2本の企画が進行しているというのをお聞きしており、1本は「フラガール」として大成功を収める結果に。 「来年撮ろうとされているのは、もしかして当時からの企画なのでしょうか?」と質問。 その通りなのだそうです。 私は「フラガール」の大ファンなので、今年3月には『スパリゾートハワイアンズ』へ宿泊して本物のフラガールのショーを観たり、ロケ地巡りにも出かけた事をお知らせ。 それから、7月には東京で舞台を観劇した事も。 今度は、どんな作品を撮ってくれるのでしょう。 「タガタメ」がかなりシリアスなお話だったので、新作は「フラガール」路線の感動ものだったなら、嬉しいのですが。

■28日(木)■ ≪パーティー … 22:00より(後半)≫

 時刻は23時30分を回っており、ゲストの方々からご挨拶を頂戴していきます。 大森監督は、カーペンターズの曲を使いたかった話などを。 シンポの項にまとめて書きましたが、実際にはこの場で語られたのでした。 李監督にマイクが、「今回の藤さんとの仕事は、映画の黄金時代を生きてきた人とご一緒できたという意味でも良かったです。 だんだん湯布院に滞在できる時間が増えてきているので、次回は2泊したいです」(拍手)。 藤さんは明日以降もいらっしゃるので、ここでのご挨拶は特になし。 明日の夜に主演作が上映される、常連ゲストの柄本明さんが到着されているので、ご紹介すると共に、ひと言お願いします。 「『石内尋常高等小學校 花は散れども』は、今年96歳の新藤監督が、昨年95歳の時に撮った作品です。 どうぞ、ご覧下さい」。

 これで、一応はお開きに。 が、すぐに引き上げる人は少なく、まだしばらくは留まっていても構いません。 柄本さんたちのゲストテーブルが近くだったので、氏に声を掛けさせて頂きます。 実は、7年近く前から交流のある脚本家:今井雅子さん(「子ぎつねヘレン」等)の新作「ぼくとママの黄色い自転車」が現在製作中(来年3月公開予定)なのですが、柄本さんも確か出演していらっしゃる筈なのです。 ご質問すると、やはりその通りで、私の住む岡山市内にある岡山港ロケ等に参加されたのだそう。 柄本さんは本当に多くの映画に出演されていて、先週23日(土)に岡山で公開された「ラストゲーム」と「世界で一番美しい夜」(天願大介監督)の2本にも。 すると、私が口にした「世界で〜」のタイトルに反応して下さったのです、「あれ、どうでした?」と。 「すごく面白かったです。 父親の今村昌平監督の再来かと思わせるようなタッチで!」とお答えすると、大きく頷いて下さいます。 「ああいう感じの映画を撮れる監督は他にいませんからね。 2時間40分もあり、居眠りしちゃうんじゃないかと心配していたんですが、全然眠くなりませんでした」そう続けると、柄本さんは裏事情をぽろりと。 「東京でもあまりヒットしなかったんですよ。 去年のベネチア映画祭に出す予定で、向こうの関係者の間でも注目されてたんですけど、大手制作の『****』が出品されたもんだから、あおりを食らって駄目になってしまい」。 「あの路線の映画を作り続けてほしいけど、ヒットしないことには・・・・」と2人でちょっと肩を落としたのでした。(これをお読みになった方、お近くで本作が公開されたなら、ぜひ足をお運び下さい。DVD化されたなら、そちらもお願いします!)

 柄本さんが数々の主演男優賞に輝いた「カンゾー先生」は、ちょうど10年前の公開。 同作のロケが行われたのは、岡山市から程近い牛窓という瀬戸内海に面した港町だったのです。 撮休日に柄本さんが、岡山市内のミニシアター『シネマ・クレール』ヘ一度ならず映画を観に行かれていたのは、地元の映画ファンの間では結構有名な話。 私が「世界で一番美しい夜」を観たのもそこだったのですが、その翌朝に悲しいニュースが飛び込んできたのでした。 10年前はまだ1館のみだった『シネマ・クレール』は、2001年に新館をオープン。2館体制でたくさんの映画を上映してくれています。 が、旧館が9月中旬に閉館することに・・・・。 離れた2館を運営していくのは何かと大変であり、効率化のためという閉館理由は、同館の会員としては十分に理解できるもの。 新館は現在2スクリーンになっていますから、1スクリーン減の影響を感じさせないぐらい充実のラインナップにしていってもらいたいものです。 この件を柄本さんにお伝えすると、「残念です。 僕はね、ミニシアターがとっても好きなんですよ」。 一連のやり取りは、自宅へ戻ってからクレールのHPに書き込み、スタッフの方々にもお伝えしたのでした。

 最後に柄本さんとこんなに沢山お話できるとは。 言うことなしです! さて、時刻はもう0時前。 会場を後にして、川沿いの田舎道を宿へと向かいます。 この辺りはずっと薄暗くて(もう夜中ですし)、慣れていなければ、方向感覚をなくすかもしれません。 私は小さい懐中電灯を持参しているので、所々路上を照らしながら、ゆっくりと歩いていきます。 水溜りを踏んでもいけませんし。 途中で田んぼのあぜ道へ入っていき(笑)、そこからは少しの距離で、素泊まりの宿へ帰着。
 早速、温泉をひいている風呂へ浸かり、パーティーでの出来事をメモした後、友人・知人へ送付するためパンフやチラシ類を大判封筒に封入して、ようやく本日の行程が終了したのでした。 時刻は1時半過ぎ。 起床してからちょうど24時間が経過したことに。 長い1日でした。 体は疲れたけれど、何度でも繰り返したいような1日でした。 映画祭は、まだ始まったばかり━━。

湯布院映画祭レポート08(3)

 霧雨の朝です。 なぜか早朝6時に「わらべはみたり 野なかのバ〜ラ♪」という「野ばら」の演奏音が町内放送か何かで流れてきて、眠りを中断させられます。 去年まではなかったのに。 前の年は道を挟んだ向かいの家屋への宿泊であり、田んぼに面していなかったため、聞こえなかったのでしょうか。 土・日も続き、ちょっとだけ参りました。 来年も? 慣れるか、向かいの家屋になれば良いのですが。 映画は連日10時開始なので、もちろんまだ寝ます。 映画祭は結構、体力勝負でもありますから。

 イートインコーナーのあるローソンで軽食をとってから、由布院駅へ。 JRで帰られるゲストの方は、たいてい9時過ぎの博多行き特急に乗車され、実行委員たちが「祭りの準備」風にお見送りするのが、ここの名物の一つ。 それを目撃するための張り込み(笑)です。 が、ほとんどの方は飛行機利用であり、今朝は空振りに終ってしまいました。 まだ遭遇した事がないため、いつかは私も実行委員にまぎれてホームから、ゲストを乗せた電車を「バンザ〜イ!」で見送りたいものです。
 もう一つ理由が。 駅舎内のアートホール(9時オープン)で毎年、映画祭に関連した展示が行なわれているのです。 今年の特集・舛田利雄監督作品のポスターとスチール写真が壁一面に。 ゆっくり眺めていくも、数分あれば充分。 ここは待合室を兼ねており、いつもなら椅子でひと休みして時間をつぶすのですが、今年は気温が高くなくて冷房が入れられていないため私にはどうも蒸し暑く、早めに会場へ向かったのでした。

 受付に座っている実行委員の中に、映画祭立ち上げからのメンバーであり顔なじみのYさんがおられたので、ちょっとクレームを。 私は毎年、本映画祭への支援募金に協力しており、開幕前には氏名の掲載された映画祭のパンフが自宅へ送付されるのですが、今回なぜか漏れているのです。 まあ、パンフは、ニュープリント化(後述します)にも募金したので、こちらの関係で届けられましたけど。 昨年11月に岡山から銀行振込みしメールで連絡したのですが、それが原因かも、との返答。 私の所もそうですが、迷惑メールが日に100件以上来ますから。 必要なものを見つけ出すのが大変なのは理解できます。 「でも、理由になりません。すみませんでした!」と頭を下げられ、翌日、今年分はここで直接お渡しすることにしたのでした。 「恐れ入ります。 これで、もう漏れることはありませんから」(笑)。 来年も、パンフが自宅へ送られてくるのを楽しみにしています!

■29日(金)■ ≪特集上映「赤いハンカチ」 … 10:00より≫

 特集は、【 「何だって面白くしてやる!」舛田利雄監督のあくなき仕事 】。 リーフレットの解説を転載させてもらうと ━━ 【 舛田利雄はスゴイ。 何がスゴイって、1950年代末に監督デビューするや、アクション・恋愛・戦争・青春・文芸とジャンルを問わず12年で53本を撮りまくり、1968年にフリーになると、黒澤明が降ろされたハリウッド超大作「トラ・トラ・トラ」の日本パートを深作欣二と共同監督。 創価学会出資の「人間革命」や、怪作「ノストラダムスの大予言」、「二百三高地」「大日本帝国」といった硬派の戦争映画を撮り、かえす刀で当時人気絶頂だった近藤真彦と中森明菜コンビの大霊界恋愛もの「愛・旅立ち」を、更にはアニメ「宇宙戦艦ヤマト」まで手掛けるという懐のスゴイ深さ。 そして何よりスゴイのは、作品のどれもが一定以上の面白さを保っていたこと。 そこには「とにかく面白い映画を作る」という熱い思いと、それを支える監督術があった! 今年の湯布院映画祭は、この日本映画史上でも稀有な娯楽映画の職人を取り上げる。 見逃すなかれ。 】 というもの。 木〜土曜の3日間、昼間に合計10本が上映されていきます。 昨日は「赤い波止場」(1958年/石原裕次郎)、「完全な遊戯」(1958年/小林旭)、「嵐来たり去る」(1967年/石原裕次郎)、「狼の王子」(1963年/高橋英樹)の4本がかけられました。

 再び、パンフレットに寄稿された関係者からのコメント文を使わせてもらうことにします。 今度は藤竜也さん。 1962年に日活撮影所で俳優のタマゴになった藤さんは、、舛田監督から “ タツ ” と呼ばれていました。 【 「タツ! 何しとるんや」「タツ! あかん、もう一度」 ━━ 間違いなく、それはいつも、ぬくもりのある怒声だった。 叱ってもらえる有りがたさを私達は知っていた。 叱ってもらうことが嬉しかった。 】 また、ある作品で鉄砲玉役を演じた時のこと。 気持ちを込めようとするが、辺りにはざわめきが。 と、舛田監督が一喝してセットは静まりかえります。 【 「タツ、感情を入れろ。そう、いいぞ・・・、いいぞ」マスさんの声が沁みる。 温もりが沁みる。 気持ちが溢れてきて、「スタート!」の声で私は、狂気の鉄砲玉となる。 「カット!」マスさんがにやりと笑いかける。 修行時代にすごい人に出会えることは、幸運である。 心酔できる人に出会えることは、もっと幸運である。 私は、その二つを兼ね備えた人に出会えたのです。 】

 さて、上映開始。 半分ぐらいは座席が埋まっていたでしょう。 「赤いハンカチ」(1964年)は、そう、石原裕次郎の主演作です。 今ではありえない筋運び。 さすがは昭和三十年代というか・・・・(笑)。 若き日の浅丘ルリ子がとても綺麗でした。

 次は「地獄の破門状」(1969年/小林旭)ですが、私は新作重視であり、今回の特集の旧作も “ どうしても観たい! ” というほどのものはないので、パスして昼食へ。 今日は [ 陽だまり食堂 ] を選択。 昨年までも当地にいる時は毎日その前を通りながら、まだ入ったことのなかったお店です。 普通の味でした。 食後は、楽しみにしていたソフトクリーム(笑)を食べに、駅前の土産物屋へ。 こういう観光地へ来ると、つい食べたくなってしまうのです。 店内に腰かける場所もあり、1年ぶりのこの店のソフトを美味しく頂きました。 駅前通りには新たにカフェ併設のスイーツ店が2軒オープンしており、どちらにもソフトクリームの看板が。 でも、洒落た店構えなので、とても男ひとりでは入れそうにありません。 最初は、そう思っていたのですが・・・・。 日曜日に出た結論は、私の好みはやはり土産物屋のソフトだということ(笑)。 もう浮気はしません。

■29日(金)■ ≪特集上映「わが命の唄 艶歌」 … 13:40より≫

 本作は舛田利雄監督特集をする上で欠かせない1本なのですが、製作会社である日活にも35ミリのプリントが現存していないため、実行委員も含めた一般からのカンパを募り、新しく焼いての上映となったもの。 東映京都撮影所が特集された2003年にも「十一人の侍」が同様のケースだったため、同じくカンパでニュープリント化を実施しました。 当時の私は2年ぶり3回目の参加であり、まだどっぷりとは本映画祭にはまっていなかったため、募金は見送ることに。 しかしながら、ニュープリントで観る「十一人の侍」の映像の鮮明さに魅せられたのと、この年の映画祭を心底堪能できたことから、次またこういう機会があれば、ぜひ協力しようと誓ったのでした。 で、今回、1口だけですが振込みを。

 6〜7割とまずまずの入りの中、上映前の舞台挨拶には、舛田監督がご登場! 昨日から(一昨日から?)滞在されており、ご自分の作品を何十年ぶりかで楽しまれているようです。 「たくさんの方に来て頂きまして、ありがとうございます。 何しろ古い作品ばかり。 50年前のものもあるんですから。 明日もやりますので、ごゆっくりご鑑賞下さい」。 私は右側エリア6〜7列目ぐらいの通路脇の席に座っていたのですが、袖に消えられた監督が客席後方のドアから入ってこられ、通路を挟んだすぐお隣りにご着席! ゲスト席はもっと後ろであり、そこからだとスクリーンが小さいため、前方の一般席にされた模様です。 以後、ゲストのお一人で舛田監督の助監督を務められていた村川透監督とご一緒に5〜6列目ぐらいでご覧になっておられるのをよくお見かけしました。

 上映開始━━。 「わが命の唄 艶歌」(1968年)は、【 大手レコード会社で活躍し、ヒット曲を次々に手がけた音楽ディレクター馬淵玄三の伝説を五木寛之がフィクションをまじえ小説化した「艶歌」の映像化。 クラウンレコードの全面協力で有名な歌謡シーンもふんだんに使い、「人と仕事」をケレン味たっぷりに描いていく ・・・ (リーフレットの映画紹介より) 】 物語。 渡哲也主演です。 今回の特集上映では確か、プリント状態の悪いものはなかったかと思われ(私が鑑賞した作品については)、2003年にニュープリントの映像を観て抱いたようなクリアさに対する感激はそれほどありませんでしたが、若き日の松原智恵子などしっかり見させてもらいました。 藤竜也さんも出演されています。 それなりに面白く観ましたが、夢中になるというほどではありませんでした。 藤さんは、特集の中の3本に加え、昨夜の「THE ショートフィルムズ」と明日の試写作品「しあわせのかおり」にも! 今夏のもう一つの特集は “ 藤 竜也 ” だと言っても良いくらいなのです。

 今日の特集上映は、本作で終わり。 もし、この後プリント状態の良くない旧作を観せられたなら、余計にひどく感じられてしまいますから、上映スケジュールはその辺りも考慮して組まれているのでしょう。 続いて、2階でシンポです。

湯布院映画祭レポート08(4)

■29日(金)■ ≪シンポジウム(舛田利雄特集)… 15:30より *前半≫

 角部屋の視聴覚室は2面に窓があり、昼間のシンポは席の並びが夜とは90度異なります。 太陽光の差込み具合を考慮してのもの。 もっとも今年に限ってはお日様が全く姿を現わさなかったため、関係ありませんでしたが。 それでも、気分も変わるので、このやり方を続けてもらいたいものです。  前のゲスト席には左から、司会を務めて頂く映画評論家の佐藤利明さん、村川透監督、舛田利雄監督、本映画祭にとって顧問的存在であり当地を古里のように感じておられる映画評論家の渡辺武信氏。 佐藤氏は昨年「映画監督 舛田利雄」という労作(監督へのインタビューを柱にした本とのこと)を出版され、今夏の特集を思いつく素を作ったと言っても良い方。 本著をはじめ、ゲストや上映作品に関連した書籍類が、1階玄関脇の販売コーナーに並べられています。 ほんわかとした雰囲気を醸し出すふくよか体型の佐藤氏は、とても『湯布院』初登場とは思えないぐらい流暢なトークで手際よくシンポを運び、また随所で舛田作品を中心とした映画的知識の深さも披露され、これ以上の適任はいないだろうというぐらいの名司会ぶりでした。

 冒頭、実行委員よりニュープリント化に関する報告がなされます。 パンフにも記載されていますが、約31万円の募金が集まり、かかった費用は約25万円であったため、余剰金は次回の機会用にプールされるとの事。 了解です。 まずご挨拶の最初は舛田監督、「こんなに沢山の方に来て頂いて、ありがとうございます。 テレビのフレームでは観る気がしなくて、本当に久しぶりにスクリーンで昔の作品に対面しました。 自分で監督したものながら、初めて観るようなフレッシュな感じがして(笑)、楽しんで観ています。 映画は、やっぱりスクリーンで観るもんですな」。 渡辺氏は今回の作品セレクションのポイントについて、「東京の映画館で舛田監督とトークした事が2度ありまして。 その時のイベントで、ファンから投票してもらい全作品に3つ星・2つ星・1つ星をつけたんですが、それを資料として実行委員に渡し、参考にされたようです。 また、別に推薦作も出しました」。 “ 鬼の舛田組 ” の助監督出身の村川監督は、控え目で優しそうな感じの方、「『わが命の唄 艶歌』でチーフ(助監督)になりました。 さっき新鮮な目で見直しながら、苦労したけど遣り甲斐もあった色々な思い出が甦ってきました。 伝統ある映画祭で、ニュープリント化してまで上映してもらえるなんて! スクリーンを観ながら、ほろっときてしまいました」。 少し大袈裟に言って下さってるんだろう、とこの時は思っていたのですが。 土曜夜のパーティーに最後までいた参加者は、良いものを目撃することになるのです....。

 「わが命の唄 艶歌」は、五木原作を読み、映画化したいと監督自ら企画されたのだそう。 「あの頃はアクション映画が全盛だったんですが。 『艶歌』の中でも水前寺清子が唄ってますけど、演歌は元気が出るからいいんです。 人の心を揺さぶるものがある。 そういうものを描いてみたいとメガホンをとりました」。 こんな感じで幕を開けた今回のシンポ。 あまり長くなっても読みづらいでしょうから、主だった発言や遣り取りを箇条書きでまとめる事にします。(敬称略)

◇ 渡辺「日活アクションは、主人公が行動の理由を長々と喋るんですよ。 東映だと設定が決まっていて、そんな必要はないんですが、日活は様々なので。 良くも悪くも、日活の特徴でしょう」。 司会「主人公の饒舌(じょうぜつ)さが、観客の情感に訴えるんですよね」。 ◇ 村川「私は音楽がすごく好きなので、『艶歌』はその意味でも力を入れて準備しました。 舛田さんが信用してくれ、B班であれこれ頑張って撮ってきました。 自分の出発点はここだなと感慨を新たにしました」。
◇ 司会「監督はご自分の映画を完成させてからは、ずっとご覧になられていないとお聞きしました。 ここで観られて、いかがでした?」。 舛田「面白かったです」(笑)。
◇ 渡辺「反権力、アナーキズムを監督は持っているんです。 その姿勢で撮っている。 且つ、“ 何でも面白くしてやる! ” の意気込みで」。 舛田「裕次郎だって、反逆児として出てきましたからな。 若い頃はワルだった、社会制度に対するワル。 最初の頃は反逆児として撮るのが面白かった。 歳とってくると、そういう描き方が出来なくなり、ドラマを作るのがだんだん難しく・・・・」。 村川「私なんか、地方から野武士的な意気込みで日活に入ってきましたが、そんな反権力志向にぴったりくる映画を舛田さんが突出して作ってたんです。 “ 鬼の舛田組 ” の名が轟いてました」。 舛田「僕が鬼みたいじゃない(笑)。 大変な現場が多くて、それを統一して進めていくのが監督なので、鬼と呼ばれるようになってしまったんですな」。 村川「半端な仕事をすると、怒鳴られました。 今はこの通り、仏の舛田です」(笑)。

■29日(金)■ ≪シンポジウム(舛田利雄特集)… 15:30より *後半≫

◇ 村川「『艶歌』で哲っちゃん(渡哲也)が長台詞を喋れなくなったことがあったんですね。 昼休憩にして、私と2人きりで練習して、何とか上手くいきました。 哲ちゃんとの最初のつながりが・・・・、心の交わりが生まれたように感じました。 エキストラを大量に使うのが舛田流。 力の演出で、撮りたいものを撮った。 そこで鍛えられたのが、私の礎になっています」。
◇ ゲスト席の後ろには、今回の特集のために作られた大きな特製ポスター(縦1m、横2mぐらい)がボードに貼られ、置かれてあります。(映画祭のパンフをお持ちの方、6ページの上側の写真を元にしたものです)  勿論、“ 何だって面白くしてやる! ” の文字も。 舛田「いいキャッチコピーですな。 誰が考えたんだろうね」。 司会「インタビューの中で、監督ご自身がおっしゃった言葉じゃないですか」(笑)。
◇ 舛田「一番古い作品は、もう50年も前のものということに。 昔は、人生50年と言われてたもんですが。 それが、こうして観られるなんて・・・・」。 長生きはしてみるものだな、と続けようとされたのでしょうか。

◇ 渡辺「70年代にキネマ旬報に日活アクションに関する連載をしていたのがきっかけで湯布院に呼んでもらい、こうして30年以上毎年来るようになった。 舛田監督たちが作ってくれた日活アクションには感謝しています」。 舛田「裕次郎の『錆びたナイフ』は北九州でロケしたんですが、何しろ見物人がすごかった! どうやってもキャメラのフレームに人が入ってしまうので、上の方に向けざるを得なくて、どこで撮ったのか分らなくなる始末」(笑)。 渡辺「黄金時代は、プログラムピクチャーを作れば儲かった! 娯楽の王様。 当時の入場料は、現在に換算して千円ぐらいだったのでは。 それが1800円じゃ、はっきり言って、高い! まあ、とにかく、そういう黄金時代を創り上げた監督の一人が舛田監督な訳で、なのに評価されていない。 加藤泰に続き、国内のみならず国際的な評価を受けるようになるのを祈ってます」。
◇ 渡辺「監督の作品は最初に俯瞰で全体を見せてくれるんですな。 だから、状況がよく分る。 ハワード・ホークスも、そう。 地理的な位置関係を分り易く説明するという共通項がある」。

 司会が告白、「実は『二百三高地』でエキストラをやったのが、舛田監督と私との最初の接点なんです。 それが、いつしか監督にロングインタビューして本を出し、こういう場にまで呼んでもらうようになるんですから、いや、もう・・・・! さて、客席には舛田作品にも数多く出演されている藤竜也さんがいらっしゃいますので、ひと言お話をお願いしたいと思います」。 一般客にまじって、中ほどの列に普通に座られていた藤さんが起立され、マイクを受け取りながら壁際を最前列の辺りまで出てこられます。 「監督たちのお話を聞いていると、感慨深いものがあります。 俳優になったものの、長いこと上手くいかなくて。 3〜4年、通行人ぐらいしかやってなかったんですが、舛田監督に良い役で使ってもらい、それから何とか今日までやってこられました。 多くの俳優が、監督を大好きな筈。 舛田さんほど怒ることが上手な人はいません。 怒られると、嬉しいんです。 他の役者たちも同じに違いありません」。 それから藤さんは、大きなポスターに監督と一緒に写っている女優を指すと、「ちなみに、この美しい女性は、私の家内です」。 場内から、やんやの拍手! それは、芦川いづみさん。 私も気づきませんでした。 憎いなぁ、湯布院映画祭。

 客席からの質問コーナーに。 参加者がまずどこから来たのかと苗字を名乗る(ルールではなく自主的に)たび監督は、「滋賀から! 東京から?!」と驚かれます。 全国各地から多くの人が来ていますので、の説明を聞き、大きく頷かれたのでした。 監督は絵コンテを全く描かれないのだそう、「苦手なんですよ、絵が」。 構図は緻密なのに。 「そういう映像の撮れるキャメラマンを使ってるお陰かな」。 「俯瞰が好きですよね〜」と渡辺氏、「不感症ですな」(笑)。 具体的な質疑応答も一つぐらい記しておきましょう。 今日の1本目の作品「赤いハンカチ」には水溜りのそばでの芝居や、水を盛り込んだシーンが何度か出てきます。 意図的だったのか、との問いに、監督は「意識してしました。 面白い画(え)が撮れるので」。

 さて、そろそろ終了の時間。 司会の佐藤利明氏がまとめを。 「明日は、日活、松竹、東映と、他社へ移って大作を撮るようになっていくのを観られます。 日活を出てからは『トラ・トラ・トラ!』の共同監督もするし、やがて『二百三高地』から『ヤマト』へと。 日活映画の主人公の台詞を、『ヤマト』の古代進にも喋らせているんですよね。 そういう一致を知ったのが、本を書くきっかけの一つにもなりまして。 明日も、日活ワンダーランド、“ 舛田ワンダーランド ” を楽しんで下さい。 つたない司会でしたけど ━━ 」、皆まで言わせず、挨拶の途中で場内からは大きな拍手! 最高の進行役、聞き役でした。  拍手も鳴り終わり、参加者たちが退場する中、佐藤氏が舛田監督の背中に「ありがとうございました〜」と軽く抱きつくようにされていたのが、とても微笑ましかったです。 取っていたメモをバッグにしまったりしていたら、出口の辺りで佐藤氏と一緒になったので、「素晴らしい司会ぶりでした!」と思わず声をお掛けしたのでした。 いえいえ、と顔の前で手を振られる佐藤氏。 3〜4年の内には、絶対再登板して頂きたい方です。

 時刻は、17時。 18時から始まる試写作品の入場が開始されるのは17時40分で、列ができ始めるのは早くて30分ぐらいの筈。 それまでに、何か口に入れておくとしましょう。 まだ夕方なのでそんなにお腹は空いていませんが、パーティーの始まる22時まではあと5時間もあるため、食べるならこのタイミングなのです。 こういう時の私の選択肢は、コンビニのイートインコーナーを利用するか、おにぎりかパンを買ってきて会場ロビーで食べるか、お肉屋さんの店先で名物のメンチカツやコロッケにかぶりつくか....。 まあ、これからの3日間でこの全部をやったんですけどね(笑)。

湯布院映画祭レポート08(5)

■29日(金)■ ≪特別試写「石内尋常高等小學校 花は散れども」 … 18:00より≫

 8割ぐらいの入り。 通路脇の席に座っていると、私と同じ岡山県から毎年参加されている『湯布院』の先輩:Oさんが通りかかります。 今年はお仕事の都合がつかず、本日からのご参加。 地元でも顔を合わす機会があり、先週末には「世界で一番美しい夜」を同じ回で観たばかりですし、ネットでも遣り取りしているため、挨拶も簡単に済ませます。  本作は、今年96歳になられた新藤兼人監督の最新作。 実はOさんは昨年10月、映画業界のご友人に誘われ(顔が広いのです!)、お隣の広島県まで本作のロケ見学に行かれているのです。 撮影の行なわれたのはかなりの残暑だった9月から10月にかけて。 そんな長期ロケでこの作品を完成させるのですから、新藤監督のバイタリティーたるや! この歳までお元気なのは、ずっと旺盛な仕事欲・食欲・○欲を維持してこられたお陰でしょう。 いずれか一つだけでも見習わなければ。 さて、どれにしよう?(笑)

 2004年に特集されゲストでおいで下さった新藤監督ですが、さすがに今年のご参加は無理。 舞台袖辺りに立つ司会役の実行委員が、挨拶に登場されるゲストの方々を紹介します、「監督は先頃『モスクワ映画祭』には行かれましたけど、湯布院はソビエトより遠かったのか(笑)、ご欠席です。 名代として新藤次郎プロデューサーと、お馴染みの柄本明さん、初となる六平(むさか)直政さんがいらしてくれています」。
 3氏が登壇され、新藤Pがスタンドマイクの前へ、「新藤兼人、95歳の時の48作目となる監督作品です。 それにちなんで前売券を950円で販売しています。 枚数限定なので、お早めにお買い求め下さい。 実は94歳の時、2ヶ月間入院しまして、一度クランクインが延期されたんです。 この映画は、何とか最後まで撮らせるのが最重要課題でした。 無事終了すると監督は、『隅々まで撮りました!』と言っておりました。 満足したんだと思います。 “ 95歳でこんな映画を撮るんだ ” というのを観てもらいたいです」。 柄本さんはこの4年間で3度目のゲスト、「もう、しょっちゅう来させてもらってまして。 3人の子供も実行委員としてお世話になってます。 何しろ、95歳の大監督。 どんな作品になっているのか! 今日初めて観ます。 僕も新鮮な感想を持ってシンポに行くので、皆さんも来て下さい」。 六平さんはにこにこと本当に嬉しそう、「高校の先輩、荒井さん(脚本家の荒井晴彦氏)も客席に!(笑) 監督は、元気でした! 車イスに乗ってたんですけど、あれは転んじゃいけないので無理にそうさせてただけのこと。 とにかく、お元気。 100歳になっても撮ってますよ。 初号(試写)で観ました。 しのぶ(ヒロイン役の大竹しのぶさん)が、皆さんに宜しくと言ってました。 柄本さんの芝居を観るだけでも950円の価値があります。 安すぎるんじゃない?!(笑) ごゆっくり、どうぞ」。
 袖に消えずに、舞台からすぐ客席へ降りられた3人は、通路をゲスト席へ。 が、柄本さんだけは、左側エリアの壁際の席へ向かわれ、一般客に混じって鑑賞されたのでした。 出演作の本当に多い柄本さんは聞くところによると、試写をあまりご覧になられないのだとか。 関係者と一緒に観ると照れ臭いので、こういう席にされたのでしょうか。

 本編の前には、監督からのメッセージ映像が流されます。 ご自宅の庭辺りで撮られた模様。 ビデオを廻されたのは、お孫さんの新藤風監督なのかも。 口調はしっかりされており、言葉に詰まることもありません、「セットも広島に建てて撮りました。 その土地の匂いを出したかったんですね。 最後の作品になるかもしれません━━」。 ここで私は、つい心の中で “ んな訳ないだろっ! ” と突っ込んでしまったのでした。 「それでは、ごゆっくりご覧下さい」。

【 新藤兼人監督96歳、48本目の最新作。 実は、当湯布院映画祭は4年前の第29回映画祭で、“ 脚本家としての新藤兼人 ” 特集を企画。 本人の矍鑠(かくしゃく)とした姿での出席もあって大好評を博したが、その際、一大巨編「ヒロシマ」の構想を語られ、以来、同作への期待に胸を膨らませてきた。 4年後に完成した今回の作品は、その構想と異なるものの、同じ広島を舞台にした作品で、自伝的要素を多く持ったものになった。 小学校時代と、脚本家として自立した壮年期の二つの時代を通して、ピカソのような天衣無縫な瑞々しさで描き出される “ 愛とエロス ” “ 戦争と平和 ” “ 時の流れと時代 ” ・・・・。 そして、“ 教育の荒廃が叫ばれている今こそ! ” との突き上げる思いに動かされて、フィルムにしっかりと焼き付けたのは、ある一人の先生の姿であった。 その先生とは、広島市から西へ山ひとつ越した村(今は広島市佐伯区)の小学校で新藤少年を教えてくれた恩師のこと。 いかつい赤ら顔でドンドンと教室を歩き回り、大きな声でやたら生徒を叱り飛ばすくせに涙もろくもある、そんな先生なのであった。 ・・・ ( パンフ及びリーフレットの映画紹介をまとめ直したもの ) 】

 映画は、予想を裏切る展開。 こんな筈では....。 嬉しい見込み外れ。 どんどん惹き込まれていきます。 詳しくは、シンポの項でまとめて記すことにしましょう。

■29日(金)■ ≪シンポジウム(「石内尋常高等小學校 花は散れども」)… 20:20より *前半≫

 シンポの会場へ向かう階段の壁などには、この秋公開になる色んな映画のポスターが貼り出されています。 「桜の園」 「まぼろしの邪馬台国」 「おくりびと」 「劔岳 点の記」 「フライング☆ラビッツ」・・・・、そして勿論「石内尋常高等小學校 花は散れども」。 また1階ロビーの壁にも、その日のゲストに関係した昔の映画のポスターやチラシが日替わりで掲示され、観客の目を楽しませてくれています。

 今回の司会は、実行委員が担当。 試写作品のシンポは、映画に惚れ込んだり、“ やりたい! ” と名乗り出た者が司会席に座るのが普通のようです。 定位置は左端。 その隣りから、柄本さん、六平さん、新藤プロデューサーの並びでご着席。 早速、観客からの感想や意見を聞かせてもらおうということに。 ━━ で、最初に私が挙手してしまったのです。 指名されて、2列目の席から起立。 休憩時間に、言いたい事を何点か書き出したものの覚えきれておらず、手元のメモに2〜3度目を落としながらの発言となりました。
 「ロケの行なわれた広島のお隣り・岡山県から参りました○○と申します。 先生が主人公なので説教臭かったら嫌だなと思っていたものの、全然そんな事はなく、たっぷりと笑ったり泣いたり出来ました。 特に、涙 ━━ 始まりの頃、教室で三吉(大人役が六平さん)を叱りながら、理由をきいてぽろぽろ涙をこぼす柄本さんの表情を見ているだけで、あっけなく泣かされてしまいました。 展開は分っていたのに」、まさか柄本さんに、こんな目に遭わされるなんて・・・・!? その時の私は、スクリーンの柄本さんと同じように顔をくしゃくしゃにしていたに違いありません。 続きます、「また、六平さん! もちろん褒め言葉として申し上げるのですが、すごい儲け役だったと思います。 三吉役は、六平さんで本当に良かったです」。 助演男優賞の有力候補となるのでは。 更に、「ラスト、お墓の前でみんなが校歌を歌うシーン。 大竹しのぶの小さい子供までもが覚えていて一緒に歌うのが、観ていて嬉しくなりました」。 校歌が色んな場面において様々な形で歌われるのですが、そのいずれもが素晴らしいのです。 練習して、大きな声で歌いたくなるほど。 モデルとなった小学校の当時の校歌かと思いきや、監督が映画用に作詞されたものなのだそう。 最後に、「映像の感覚がとにかく若いです! 監督は本作を完成されてから、新たに2本のシナリオを書き上げられたと聞きます。 1本を2年の内に撮って、もう1本はその2年後 ━━ ちょうど百歳記念として完成させて頂きたいものです。 上映後に思い切り拍手を送れる湯布院映画祭で観られたのを、心から喜びたい作品でした。 今年は、この1本に出合えただけでも、ここへ来た甲斐がありました!」。

 本作への私の評価は、こういうこと。 新藤監督が “ 隅々まで撮った ” この映画を、隅々まで堪能したのでした。 級長が大人になり東京でまだ売れない脚本家をやっているという設定の豊川さんの役は、監督ご自身の若かりし頃を投影したもの。 同窓会で30年ぶりに級友たちに再会した席での彼の涙も忘れられません。 毎年本映画祭に参加するに当っての私の願いは、シンポジウムで発言したくてたまらないような映画に出合い、一度はシンポで挙手して述べること。 目標達成です!!

■29日(金)■ ≪シンポジウム(「石内尋常高等小學校 花は散れども」)… 20:20より *後半≫

 続く2〜3人からの発言を経て、柄本さんにも公約通り感想を述べてもらうことに。 氏は俯いて考えをまとめたり、履物を脱ぎ両足を椅子に乗せ体育館座りのような格好を無意識にしながら、「さっき初めて観ましたけど・・・・、感想を言うなんて、いま食べた饅頭(まんじゅう)を吐き出すみたいで、何も言いたくないんだけど・・・・。 95歳の時の映画。 とても、そうは見えない。 シナリオを読むと、先生の話じゃないのではないか、と。 みどり(大竹しのぶ)と良人(豊川悦司)の映画かなとも思っていたが、今日観たら、やはり先生の話になっていた」。 やっとという感じで、それだけを語られます。 映画を観ているうち様々な思いが溢れてきて、整理のつかない状態なのかもしれません。 しばらくはまだ、独りで噛み締めていたいのかも。

 司会が、私の発言にあった “ 最近書き上げた2本のシナリオ ” について質問。 新藤Pは、「どちらも、もう印刷してます。 1本は自分の監督用のもので、もう1本は風(新藤風監督)用として。 撮れるかどうかは、『花は散れども』のヒットにかかってますので!」。 客席からは、自転車に関する発言が多く出ました。 「級長の少年が、大人用の自転車を三角乗りするのが、“ そう、そう! ” と昔を思い出させてくれました」 「あの時代、男女が2人乗りするなんて、周りの目があり、出来なかったのでは?」 「裕福ではなかった筈なのに、よくあの家に自転車があったもの」等など。 新藤Pの答えは、「2人乗りは、別れを盛り上げるシチュエーションだと思って頂ければ。 監督本人ではないので、想像するしかないのですが。 とにかく、自転車に対する思い入れが強いみたいなんですよね」。
 子役を褒める発言には、同意の声多数。 「いい子を選んでました、こまっしゃくれてなくて」。 六平さんからも、「子役はよく似てましたよね。 あの子、大きくなったら、俺みたいになっちゃうんだ!」(笑)。 ほとんどが、地元・石内の子供たちなのだとか。 同じ岡山県からご参加のOさんも、「色んな人物を描き込みすぎたため、ポイントがぼやけてしまったのでは」等、苦言も交えて述べられます。 私のように褒めたい時にしか挙手しない者と違って、ほとんどのシンポで肯定・否定取り混ぜながら発言される姿勢は、見習うべきところ大。 いつか私が否定発言をする日は来るでしょうか(笑)。 キャスティングは、今まででベストだったのだそう。 「同級生役なのに、俳優の皆さんの実年齢にはかなりの開きがあるんですけどね(笑)。 はっきり言って、芝居重視です。 一番心配したのは、最初の所で柄本さんが25歳に見えるかなと。 途中から、もう考えるの止めました」と新藤P。 すかさず柄本さんが、「見えないでしょ(笑)。 まあ、観客も約束事として観てくれている訳ですから」。

 六平さんより、「監督からは、明るく大きな声で素朴な感じでやって下さいと言われました。 あまりごちゃごちゃ言わないんです」。 修学旅行で、映画を撮影している所に遭遇しますが、「あれは、監督が前からチャンバラを一度やってみたかったんです。 良人がシナリオライターを志すきっかけとかの意味はありません」との新藤Pからの解説。 ラストシーンは、物語はこれからまだ未来へと続いていくんだなと感じる人・・・・、監督が最後の作品だと思ってあのようにしたのかも、と考えられた人・・・・、色んな捉え方が可能な、特に独創的ではないけれど、いいシーンでした。 映画の舞台は田舎の小学校ですから、家畜も出てきます。 新藤Pからのぼやき、「牛は、前日急に監督から言われたんですよ。 前から決めてたに違いないのに(笑)」。
 Oさんが再び挙手、本作は広島でのオールロケという風に聞いていたが、「海はどこで撮影されたのですか? 島がほとんど見えませんでしたけど。 瀬戸内海は島だらけですから」。 『青春18きっぷ』でずっと瀬戸内海を眺めながら行き帰りしている私なのに、気づいていませんでした。 島根で撮ったとの新藤Pからの答え、「島が密集しているようなちまちまとした海は嫌だと言うものですから」。 客席には、近年の常連・スクリプター歴50年の白鳥あかねさんも座っておられ、係りの実行委員が運んできたマイクを手にされます、「新藤監督のお陰で映画界入りしました白鳥です。 東京でも試写を観まして、さっきが2回目。 小さな試写室と違い、今日の方が胸に迫ってきました。 好評なので、嬉しいです」。 司会が、脚本家の荒井晴彦氏を指名すると、氏は「東京では、観た人の間であまり評判良くないんだよなぁ。 ゆるさがいいなと思ってるんだけど、『老いたり』と言っている者もいて。 今日も否定意見が多ければ擁護にまわろうかと思いきや、絶賛なので、今度は “ これで良いのだろうか? ” と疑問が湧いてきて(笑)」。

 そろそろ締めの準備に入った司会が、六平さんに「キーポイントは三吉でしたよね」と同意を求めます。 と、六平さん「そうかどうかは分りませんが、三吉もみどりの事を好きだったんじゃないですかね。 監督はよく『いや、私もうすぐ死ぬんですよ』って口ぐせのように言うんです。 悲しくないんですね。 死の彼方では、またピンピンした姿を取り戻せるんですからって」。 悲願の作品「ヒロシマ」の準備状況についてもお訊きします。 新藤Pは、「撮って、思いを遂げてから逝って頂きたい、と(笑)。 具体的には、まだまだ。 監督は自分の撮りたいものしか撮らないんです。 商業的なものではなく。 だから、自分のプロダクションで作らざるを得ないんです」。 場内からは応援の拍手。
 で、シンポは、ゲストの皆さんからの締めくくりのご挨拶もなく、映画と同じようにパッと「終わり」に。 そういうのも良いな、と思える切り上げ方でした。

湯布院映画祭レポート08(6)

■29日(金)■  ≪ パーティー … 22:00より ≫

 今夜も、バスで向かいます。 昨夜の会場のそば、手前に徒歩2〜3分の所にある [ 湯布院民芸村 ]。 この日は降ったり止んだりが続いていたものの、暗くなってからは雨が上がっており、例年通り屋外の日本庭園にて開催されます。 たぶんここも、やろうと思えば、屋内でも可能なのでしょう。 金曜夜はいつも雨を免れており、この会場では夜空の下での立食パーティーしか経験していないのです。 出入口の脇では、恒例となっている牛と地鶏の焼肉が火にかけられ始めています。 シンポが終了した直後、ゲスト席の六平さんが「さあ、焼肉、焼肉!」と弾んだ声を上げられていたのを思い出しました(笑)。
 会場内の地面には、あちこちに水溜りが。 注意して歩かなければいけません。 今年は一段と涼しく、例年以上に蒸し暑さは全くなし。 寒いというほどではなくて、良かったです。 乾杯してからは、まず料理! テーブルにはまだ少ししか出されておらず、それらを簡単につまんだ後は、「焼けました〜」のアナウンス前ですが、早々と焼肉コーナーに並んでおきます。 5分ほどで焼きあがり、2種類とも盛ってもらい、熱々を美味しく頂きました。 これは、毎年差し入れで貰っているもので、この会場での目玉になっています。 後ほど、もう1度行列に加わったのでした。 ただ、焼肉を除いたその他の料理は質・量ともに、いまいち。 肉はあくまでも差し入れなのですから、もう少し改善に努めてほしいものです。

 昨夜はいつもと違い屋内でのパーティーになったため、参加人数を把握できていませんでしたが、今夜は例年より2割程度少ないような気がします。 お天気の悪さに、県内各地や近隣からの参加者が敬遠したのでしょうか。 お陰でと言ってよいのか移動も楽で、ゲストを囲む輪に加わり話を聞いたり、顔なじみの方と喋って回ったり、ゲストがご挨拶される時には、よく聞こえるよう舞台の近くへ行ったり。 六平さんは壇上で、柄本さんへの感謝を口にされます、「『梁山泊』では食えず、34歳のとき柄本さんに『東京乾電池』に誘ってもらい、何とか食べられるようになったんです。 柄本さんがいなかったら、こうして役者はしていません。 初めての『湯布院』。 ボランティアの方とかたくさんいるし、ハンドメイド感がいいですね! 何年か前、パンフ用にコメント書いて出したら、名産のカボスを送ってもらって。 美味しかったなぁ。 明日、帰るときお土産に貰えたら、嬉しいんだけど」。 「ないです!」との実行委員からの声(笑)。
 次に、伊藤実行委員長が、柄本さんを紹介します、「いつも以上に、とてつもなくお忙しくて、事務所はゲスト参加NGだったんですけど、柄本さんご本人が『どうしても来たい!』とおっしゃってくれて、ひと晩だけOKに。 それが、最終で行けそうなので、と2泊出来ることになり、直前で1便早いのに乗れる事になり! 一刻も早く来たいと思ってくれていて、本当に嬉しいです」。 あ、それから、と昨年ファイナルパーティーの席上でぶち上げた、アキ・カウリスマキ監督をゲストとして招聘する3年計画の経過について語られます。 「実行委員のみんなから一蹴されちゃいまして・・・・、日本映画オンリーですからと」 ━━ との事のようです。 少し残念。 ここでの柄本さんは、簡単に普通の挨拶をされたと記憶しています。

 しばらくして、今夜も柄本さんに接近、「シンポジウムでも申しましたが、映画ほんとうに良かったです。 大変失礼ながら、もしあまり惹き込まれなかったら、柄本さんに話し掛けにくいなと思い、昨夜あれこれとお話させてもらった次第なんです。 要らぬ心配でした。 それにしても、あんなに泣かされるとは、完全に予想外で」。 シンポでは幾分かたい表情に思えた柄本さんですが、もう完全にリラックスされています。 「そういえば、『カンゾー先生』が公開されたのがちょうど10年前になりますよね。 『花は散れども』で、また先生役。 2度あることは━━。 10年後、また先生役で主演されるかもしれませんね」。 「どうですかね」と柄本さんは苦笑されますが、ぴったり10年後ではなくても、その可能性は結構高いでしょう。 何より、一ファンとして “ 観たい! ” のです。 もし実現したなら、「カンゾー先生」も本映画祭で上映されましたから、その作品もきっとここでの試写でお披露目されることでしょう。

 時刻は、そろそろ0時が近くなろうかという頃。 話したいゲストや参加者仲間とのコンタクトもひと通り終ったので、今夜は閉会が告げられる前に会場を後にしたのでした。 昨夜と同じ川沿いの田舎道を、懐中電灯片手に(笑)歩いていきます。 出発前の木曜朝に確認した天気予報では、土・日は晴れ。 明日からは、青空が広がることでしょう。 2日目も、もちろん満足しました!

湯布院映画祭レポート08(7)

 3日目、土曜日の朝。 晴れるかと思いきや・・・・。 眠っている時から、雨音がはっきり聞こえていました。 まあ、台風や豪雨でないだけ、ましです。 にしても、これだけ悪天候の続く湯布院は、初めて。 まだ晴れ間を一度も見ていません。 涼しくて、昼間でもほとんど汗をかかず、寝る時などクーラーはもちろん扇風機も不要。 明け方には寒くて目が覚めてしまうぐらい。 ここまで涼しかったのも初めてです。  昨日と同じパターンで由布院駅での空振りを経て(笑)、9時10分頃会場へ。 早めに来たのは、木曜から今日までの新聞をまとめて閲覧するため。 目を通し終った頃には、1本目の入場も開始されています。

■30日(土)■ ≪特集上映「青春を吹き鳴らせ」 … 10:00より≫

 3割程度の入り。 有名でない、私でも今回初めて知ったような作品のため、空席が目立ったのでしょう。 1959年のモノクロ作品。 主演のサックス奏者役は岡田真澄です。 57分の中編。 50年前の物語のリズムに上手くのれなかったため、ただスクリーンを眺めているといった鑑賞で終ってしまいました。

 今日も、お昼時に上映される作品はパスして、食事に出かけます。 1〜2度入ったことのあるお店の前まで行ってみたら、隣りも定食屋なのに気づき、新規開拓することに。 ━━ “ 当り! ” と言って良いでしょう。 なかなかの味だし、値段も手頃。 何より、他にも食べてみたいメニューが数種類あり、滞在中にもう一度来たいと願ったほど。 が、夜の営業は18時頃からのため、試写作品上映前の空き時間にはまだ閉まっているし、明日のお昼はプログラムが連続しており、ここを再訪する時間はないし・・・・。 来年まで我慢です。 潰れていませんように!(笑)

■30日(土)■ ≪特集上映「二百三高地」 … 13:00より≫

 本作は3時間を超える大長編。 途中で5分間休憩が入ります。 1980年の公開であり、同年度の 【 キネマ旬報 読者選出ベスト・テン 】 で堂々第1位に選出された傑作。 各地からやって来た映画ファンは当然公開時に鑑賞していますから、お昼時に上映されていた「剣と花」(1972年/渡哲也主演)の方を観て、「二百三高地」をパスされる方も結構おられたみたいです。 私は、公開年のマイ・ベストテンで少なくとも3位内には入れていた筈のかなり好きな作品なので、迷わずこちらをチョイス。  客席は、7割ぐらいは埋まっています。 戦闘シーンは、現在の技術で撮ればもっとリアルになり迫力も増すでしょうが、凄惨になりすぎる気が。 こういう1980年当時の撮り方で良かったです。 ラストに流れるのは、さだまさしの「防人(さきもり)の歌」。 こらえていた涙がぽろりとこぼれました・・・・。 歌の持つ力は、すごいものですね。 特集を締めくくるにふさわしい力作でした!

 時刻は16時20分過ぎ。 この後はロビーで、17時まで『おしゃべりカフェ』が開かれます。 シンポほど改まったものでなく、いま観た映画について参加者同士で気楽にお喋りしてもらおうというもの。 実行委員も1人の観客として参加するイベント(2年前から実施)なのですが、私はパスして、外へ。 上空は4分の1ぐらい青空がのぞいており、全体的に明るいので、傘を置きに一旦宿へ戻ることにします。 が、途中でまた空模様が怪しくなってきたので、Uターン。 結局、傘を持ち歩いたまま軽食をとり、会場の傘立てにまた置いて、試写作品の入場開始をロビーで待ったのでした。

湯布院映画祭レポート08(8)

■30日(土)■ ≪特別試写「しあわせのかおり」 … 18:00より≫

 土曜の夜だけあって、場内はほぼ満席です。 舞台挨拶には、三木和史プロデューサー、共演の山田雅人さん、主演の藤竜也さんの順でご登場。 三原光尋監督(脚本も)はドラマの撮影が入り、どうしても抜けられないため、残念ながらご欠席です。 藤さんはカジュアルなジーンズ姿ですが、山田さんはネクタイに上着を身につけられた “ 力(りき)入ってるな〜 ” ファッション。 後のパーティーで、「映画祭なんだから、ネクタイ姿でないといけないのでは、と思ってたんですよ」と頭をかいておられました(笑)。
 実は、三木Pとはちょっとしたご縁があるのです。 本レポでは毎年のように、交流のある脚本家:今井雅子さんのお名前を出していますが、彼女の映画脚本デビュー作「パコダテ人」(宮アあおい主演)をプロデュースしたのが、そう、この三木さん。 最初にマイクの前へ、「はじめまして。 初の『湯布院』です。 今朝、東京からやって来ました。 色々と感想をお聞かせ下さい」  次に、「山田雅人です〜。 一度この映画祭に来たいと思ってたんですが、俳優として呼ばれるまでは、一般のお客さんとしては来ないでおこうと、自分の中で勝負してました。 ようやく来れました! 感動しています(笑)。 最後まで、じっくりご覧下さい」  そして藤さん、「食べることを通じて、何かを届けられたなら━━。 この映画を観ると、中華料理を食べたくてたまらなくなる人が多いでしょう。 近くに中華のお店があればいいのですが」(笑)

【 誰もが幸せな顔で食べ終えていく地元で評判の小上海飯店。 ところが料理人の中国出身の王さん(藤竜也)が病に倒れ、店は存続の危機に。 そんな中、王さんにデパート出店を頼んで断わられ続けていたシングルマザーの貴子(中谷美紀)は、その味を絶やしたくなくて、勤め先を辞め、弟子入りを志願する・・・・。 (リーフレットの映画紹介を参考) 】

 本作の “ プロデューサー、監督、主演 ” トリオは、2004年に「村の写真集」という『上海国際映画祭』で最優秀作品賞・最優秀男優賞(藤竜也)をダブル受賞した秀作を、世に送り出しています。 今回またシナリオに惚れ込んだ藤さんが、三木Pをせっつくようにして正式に製作の運びとなり、こうして完成に漕ぎつけたもの。 上映時間は、124分。 全然長いと感じませんでした。 詳しい感想は、シンポジウムの項でまとめて記すことにしましょう。 その訳は・・・・、前夜と同じです!


■30日(土)■ ≪シンポジウム(「しあわせのかおり」)… 20:20より (1)≫

 実行委員が担当する司会は、左端の定位置に。 隣りから、三木プロデューサー、藤竜也さん、山田雅人さんの並びで着席されます。 「早く美味しいものを食べに行きたいでしょうが、1時間半ほどシンポジウムを行ないたいと思います」と、司会から始まりの挨拶が。 山田さんは、三原監督のこの両作の大ファン! 「村の写真集」は9回観て、「しあわせのかおり」もさっきが5回目だったのだそう。 「僕、最高のお客さんでしょう(笑)。 まさか三原監督の映画に出られるとは?! 仕事のオファーで初めて涙が出ました。 プロデューサーとお会いした時には、『通行人でもいいから、絶対に使って下さい!』とお願いしまして。 それぐらい、『村の写真集』が好きなんです。 よく9回も観られるもんだ、って思われます? 毎回、初めて観るような気持ちで向き合えるんですね。 5回目ぐらいからは、画面に映ってない所を想像しながら観てまして、9回じゃ、まだまだ足りないです」(笑)  山田さんは、店の常連客の役。 トリオで登場し、笑わせたり、ほんわかさせてくれたりします。 「どちらも、監督のオリジナル脚本ですよね」と司会から水を向けられ、三木Pは「監督が食べる事が好きなので、いつかはこういうのを作りたがっていたんです。 2006年にプロットを読んで感動しまして。 私は自分で題材を見つけてくる方なんですが、珍しく、人からの企画に乗ることに。 前作は親子の心のふれあいがテーマでした。 今回は、他人同士が心を通わす様を、食をからめて描けたらなと。 監督の頭の中には、主役は藤さんしかいませんでした」


■30日(土)■ ≪シンポジウム(「しあわせのかおり」)… 20:20より (2)≫

 司会からの質問は、尚も続きます。 その都度、興味深いお話が聴けたものの、ゲストの皆さんは観客の感想を一番気にしておられる筈。 早くそちらへ移るべきだったでしょう。 司会自らが用意してきた質問等は、観客の発言にからめ分散して出していけば良いもの。 20分は長すぎます。 半分・・・・、いや3分の1ぐらいに縮めるべきでした。 まあ、それはともかく、披露された内容を箇条書きでまとめておきましょう。

◇ 三木P 「監督は人見知りなところがあり、合うスタッフが限られる。 でも100パーセントの力を引き出せれば、素晴らしいものが出来るんです。 ロケで使用したお店は金沢市にあり、元はうどん屋さん。 監督がシナハン(シナリオ・ハンティング)の際に、あそこが良いなと思っていたら、1年後に製作部が見つけてきたのも、あのうどん屋だったんです」 ◇ 山田 「初めて大阪弁以外で演技しました。 出番はそんなに多くなかったんですが、1ヶ月間ずっと金沢にいました。 仕事のスケジュールは、これだけにして」  三木P 「編集で切られたシーンが多いんです。 特に山田さんたち3人組のところが(笑)。 DVDには特典映像として入れますので」  山田 「出番のない日も現場へ行って、藤さんの演技を見学してました。 王さんと昔から付き合いのあるという役だったので、同じ空間にいる時間を少しでも長く持ちたくて。 藤さんの気が散ってお邪魔かなとは思ったのですが・・・・。 でも、いつも温かく迎え入れてくれ、夢のような時間でした」
◇ 山田 「現場に何度も立ち会ってると、よく分るんですが、スタッフの皆さん、食事もとらないでやってるんですよ。 すごいなぁ! ああいう姿を見ると、台詞を覚えただけでパッと現場に入るような安易な真似はできないな、と」
◇ 藤 「普通の人の役は、『村の写真集』の時が初めてだったかなあ。 今度の料理人役、いわば職人ですけど、ああいう人は35年日本にいても、アクセントが片言のままなのが多いんですよね。 でも、片言すぎるとお客さんが気にしてしまうので、匙(さじ)加減が難しかった」

 そろそろ、観客に発言の場が与えられるようです。 長かった。 もっとも、そのお陰で、助かった事も。 そして、ようやく━━。 今回もまた、最初に挙手してしまったのでした。 待ち時間が長かったので、言いたい内容はもう完全に記憶済み。 メモも必要ありません。
 「 早く感想をお伝えしたくて、うずうずしてました。 映画、とても良かったです。 料理人が一番嬉しいのは、自分の作った料理をお客が美味しそうに食べるのを見るときですが、それは映画の関係者にとっても同じでしょう。 (ゲストの方々と目を合わせながら)今日、皆さんは、ゲスト席で多くの観客と一緒にご覧になり、とても良い席だったと思いますが、それ以上なのは、舞台の袖ではないでしょうか。 そこからだと、スクリーンを観ながら幸せそうな表情を浮かべている観客の顔を見ることが出来た筈ですから。 俳優の演技については、藤さんが素晴らしいのは言うまでもありませんが、中谷美紀さん━━、重い中華鍋を揮(ふる)いながら脂で顔をてからせている彼女が、今までのどんな映画のかっちり化粧をした中谷さんより綺麗に見えました。 美味しい料理は言葉をなくすと言います。 ぺらぺらと喋ってきましたが、とっても美味しい映画でした。 どうも、ご馳走様でした。 明日もまた食べたいぐらいです 」

 最後の所は、日替わり定食目当てに、出店要請の仕事も忘れてお店に通いつめた貴子にかけたものです。蛇足ながら。 思いがけず、客席の皆さんから大きな拍手を頂きました。 本作を気に入っておられる証拠。 嬉しいです。 発言には、本作の素晴らしさを損ねぬよう、適度に間を取り、抑揚もつけて、少しでも聴きやすくしようと留意。 今までで最高のパフォーマンスが出来ました(笑)。 これから先、これ以上の発言はたぶん無理でしょう。 翌日も、顔を見知っているだけの参加者から、すれ違う時に「夕べのシンポでの発言、良かったですよ」とお褒め頂いたりもしたのでした。 何にせよ、発言すると決めた時には最初の頃に挙手するのに限ります。 ドキドキしながら待っていると、落ち着いてメモも取れませんから(笑)。


■30日(土)■ ≪シンポジウム(「しあわせのかおり」)… 20:20より (3)≫

 本作はとにかく、流れている空気感が好きなのです。 始まって間なしに、“ あ、これは泣くな ” と直感。 すぐ取り出せるよう、ティッシュを用意する事に。 もちろん、無駄になることはありませんでした。(笑)  藤さんも中谷さんも、料理の特訓を3〜4ヶ月されたのだそう。 「フラガール」でのダンスほどには素人目ではっきりと上達が分らないかもしれませんが、プロが観たなら少なからず唸るぐらいの腕前になっていたのでは。 中谷さんは女性の細腕で、炒め物用の重い中華鍋をしっかり使いこなしていました。
 料理が本当に美味しそうに撮られていたのも見事。 また、それらを口にする俳優は、「うまい!」などの台詞に頼らず、表情で・・・・、いや全身で美味しさを表現していました。 クライマックスの会食シーンが長いという意見を述べる観客もおられましたが、私は気にならず。 可能ならスクリーンに飛び込みあのテーブルにつきたいと願っているほど(笑)なので、もっと長くても良いぐらい。 先ほどの挙手しての発言の中では敢えて触れませんでしたが、ここ数年の藤さんはすごく良いお仕事をされています。 お歳を重ねられるたび、魅力は増すばかり。 一時期のショーン・コネリーを彷彿とさせます。 藤さんが出演しておられるだけで、その作品のクオリティは保証されたようなもの。 ラストも良いです。 中華を題材にした映画なのに、洒落たフランス映画を観ているかのよう。 王さんの出身地である中国は紹興のお酒(紹興酒)を酌み交わすシーンなのです。 下戸の私ですが、これまたスクリーンの中で一緒に呑みたくてたまらなくなりました。

 観客からの発言を紹介していきましょう。 神戸から来られた女性は、金沢ロケにエキストラとして参加されたのだそう。 「みんなが結集している感じがしました。 真夏の暑い日で大変だったけど、楽しい1日でした!」  讃辞の言葉が幾つか続いたため、司会の口からはこんな言葉も、「シンポでは辛口の発言が多いと、ゲストの皆さんを威しておいたのですが。 そういう発言も、どうぞ」(笑)  ここで、会食シーンも含め全体的に長いといった意見が。 100分ぐらいにした方が、後味がもっと良くなるのでは? 三木Pも分ってはいるようで、「その通りだと思います。 最初は2時間30分ぐらいあったんですよ。 まあ、ああいう風に描くのが監督の趣味なので、そうさせてあげようかなと」  プロデューサー権限でもっと作品をコントロールすべきなのでしょうが、三木さんは “ 三原監督の思い通りに撮らせよう。 そうするのが傑作を産みだす近道 ” だと思っておられるのかもしれません。 物理的な上映時間が長くても、観客にそう感じさせなければ良いのです。 私には、適当な長さに思えました。
 関西弁で名調子を披露するのは、「THE ショートフィルムズ」のシンポで「朝日放送さん、儲けすぎたから作られはったんですか?」のストレートすぎる質問を投げかけられた方。 圧倒されたように聞いていた山田さんは、「さすが、関西! 勉強になりました」(笑)  女性の発言が少ないので、司会が募ります、「指名してもいいんですけど、出来れば、その前に挙手してもらった方が」(笑)  すると、質問の手が上がり、藤さんが答えられます、「あまり演技の計算はしません。 なりきると、自然に体が動くので、それに任せてしまいます。 中谷さんは、出来上がった映画を観ると、しっかり計算なさってたんだなあと感じました」
 「もうお一方・・・・」と司会は、後ろの壁際に腰かけられている女性を指名します。 少しの間があって立ち上がったのは、何とLさん! 昨年の映画祭でのオフ会で知り合い、mixi でずっと遣り取りしている、木曜日にご挨拶した方なのです。 かなり度胸満点の一面を見せるかと思えば、「シンポで発言するなんて、とても無理ムリ・・・・」と弱気な言葉も。 これが、シンポ・デビューとなります。 頑張って! 「プレッシャーが凄いので、皆さん、私を見ないで下さい」、掴みはOK(笑)。 「私は食べるのが好きで、美味しいものを食べるために生きていると言ってもいい人間です」、大食漢ぶりは昨年間近で拝見しましたが、ほっそりとしたスタイルなんですよ。 「事前に食べてきたんですが、中谷さんが王さんの料理を毎日食べに通い、幸せそうに口に運んでいるのを観て、どうして私はあれを食べられないのか腹が立ってなりませんでした」  Lさんは、お酒もお好き。 「ラストで、2人が紹興酒を酌み交わすところは、家族になったみたいに見えました。 以上です」  ほっとしたように着席。 やったじゃないですか! 立派、立派。 これに味をしめて、明日のシンポでも、今度は自分から挙手して発言してもらいたいもの。

 司会が終了時間を勘違いして、一度は早く終りかけ、また続行したこともあって、ゲストの皆さんから締めの言葉を頂くというきっちりした終り方にはなりませんでしたが、本作に深く魅了された私としては、肯定意見が多かったので、嬉しいシンポとなりました。 監督が出席されていれば、もっと否定派の意見が出たような気もしますが。 三原監督は、三木Pがおっしゃっていたように持てる力を十分発揮しさえすれば、素晴らしい作品を撮れる人なのでしょう。 それを引き出してくれる最大の理解者は三木さんなのでは。 これからも、ずっと組んでいってほしいものです。 そうすれば、このコンビは、『湯布院』の常連ゲストになっていくことでしょう。 何年後かには、また新たな種類の料理映画が作られることに期待。 退場時、三木さんに簡単にご挨拶を、「今井さんの知り合いなんです。 後で色々お話させて下さい」と。 本作がいまいちだったとしても、同じようにこうして三木Pに話し掛けられたでしょうか。(笑)  ま、何はともあれ、パーティーへ! 今夜は、料理に対するお客のハードルがかなり高くなっているかもしれません。

湯布院映画祭レポート08(9)

■30日(土)■ ≪パーティー … 22:00より (前半)≫

 今夜の会場は [ ゆふいん麦酒館 ]。 徒歩で10分弱です。 雨も降っておらず、とても涼しいので、移動は楽勝。 完全屋内の施設であり、入口で『生ビール1杯券』を貰えます。 専用コーナーに直行し、ジョッキに注いでもらってからテーブルにつくのが順路なのですが、お酒の弱い私はいつも半分以上残してしまうため、今年は券を、あの関西在住の名物論客の方に差し上げたのでした。 勿論、瓶ビールも用意されていますから。
 乾杯のご発声は舛田監督、「こんなに多くの人で、びっくりしています。 ま、とにかく飲みましょう!」  さすがお客の心をよく分ってらっしゃる、短いご挨拶でした。 ホテルのバイキング風にたくさんの料理が並べられているので、テーブルの紙皿を持ち、早速そちらへ向かいます。 あいにく中華風のものはなかったようですが、質・量ともに充分なレベル。 スイーツ類も目に留まったものの、お腹がいっぱいになったので、残念ながら手を伸ばせませんでした。 あいにく、別腹を持ち合わせていないもので。(笑)

 今夜は、昨夜以上にパーティー参加者の少なさが目立ちます。 例年より3割減ぐらいだったのでは。 ここは屋内で音が反響するため、混み合うと隣りの人の話し声さえ聞き取りにくくなるのですが、今年はそんな事もなく、ゲストの皆さんとしっかりお喋り出来たので、個人的には有難い状況ではあったのですが。 でも、映画祭の収支が心配になりますし、料理もかなり残っていたみたいで、申し訳ない気にも・・・・。
 まあ、それはそれとして、せっかくのパーティーなのですから、楽しむことに専念しましょう! まずは、さっきシンポを終えたばかりの「しあわせのかおり」組の三木さんにご挨拶。 脚本家の今井雅子さんと懇意にされている方なので、最初から何でも話せそう、「シンポでも申しましたが、すごく良かったです。 今年ここで観た中で最高の作品でした!」  上映時間の長さについて、「私は全然長いと思わなくて、後で2時間を超えていたと知り、驚いたぐらいです」  三木さんは、「映画に合っていれば、2時間でも3時間でも構わないんですよね」と、たぶん持論で答えられます。 観客からの意見には耳を傾けるものの、動かない強さに思えました。 プロデューサーたるもの、これぐらい自信がなきゃいけません。(笑)  あれこれお話していたら、「失礼します」と実行委員の方が、三木Pに明日の出発時間を連絡するため声を掛けてこられました。 聞くつもりはなくても、自然と耳に。 「電車で博多に行かれるんですね」と問いかけると、「そうなんです。 この映画のプロモーションのため」  本作は、東京や主要都市では10月の公開なのです。 由布院駅を9時過ぎに出発する特急 ━━ やった。 明日こそは、本映画祭の名物の一つ、「祭りの準備」風のお見送りに立ち会う事が出来ます!
 失敗したのは、嬉しさのあまり、つい三木さんにそれを漏らしてしまったこと。 近くにおられた山田さんにも、三木さんの口から伝わってしまい・・・・。 その喜びようときたら! あ〜あ、サプライズでなくなってしまいました。 実行委員の皆さん、申し訳ありません!  山田さんもイメージ通りの気さくな方で、たくさんお話させてもらいました、「俳優の正式ゲストとしてこうしていらっしゃったのですから、今度は是非、一般客として来て下さい。 ここは常連客が多いので、今回の山田さんの発言を覚えていて、歓迎してくれると思いますよ」


■30日(土)■ ≪パーティー … 22:00より (後半)≫

 半ば近くとなり、ゲストの皆さんが順にステージへ登場されます。 昨年までより壇が高くなっていたのでは? 階段代わりの踏み台が用意されています。 ご高齢でない男性ゲストには、そういうものが不要な程度の高さですが。 最初は、「しあわせのかおり」組のお三方。 三木Pは、「シンポジウム、とても楽しかったです。 もう1〜2時間長くてもいいぐらいでした!」  続いては、藤さん、「どうぞ、ご近所の方にも薦めて下さい」  山田さんはここが出番とばかり、「口コミで広めて下さいね! 宜しくお願いします〜。 シンポジウムでも、みんなとても真剣に映画について語っておられて、質問する時の顔も恐いくらい。 本当に楽しいです。 呼んで下さって、ありがとうございました!」
 明日の午前に上映される「memo」組からは、監督であり個性派俳優の佐藤二朗さん。 緊張を吹き飛ばすように、張り切ってご登場、「飲んでますか〜! 『memo』、明日朝10時からなので、皆さんあまり飲みすぎないようにして、ちゃんと来て下さいよ〜。 こんなに凄い顔ぶれの中で、若いスタッフの作品が上映される事になり、ちょっとビビってます。 色々と感想を聞かせて下さい!」  プロデューサーは、偶然にも本映画祭と同い年になる大高由紀子さんという女性の方。 実は、知り合いから紹介され、事前に mixi のメールで遣り取りして、上映会場かパーティーの場で声を掛けさせて頂くことになっているのです。 彼女も登壇されるかと期待したのですが、佐藤監督のみ。 主演女優の韓英恵(はなえ)ちゃんも唯一の女優ゲストとしてやって来てくれている筈ですが、まだ高校3年生のため夜遅いこのパーティーへの参加はNGなのかも。 大高さんは、英恵ちゃんと一緒に宿でお留守番なのでしょうか。 残念。

 藤竜也さんの周りには、男女問わず常に数人の一般客がいて、入れ替わり立ち代わりで様々な映画の話が飛び交っています。 木曜日からずっといて下さり、もう姿をお見かけするのが当り前の状態に(笑)。 私もようやく慣れてきて普通にお話できそうに思えたので、輪に入り、他の人との会話に区切りがつくのを待って、2〜3質問させてもらいます。 お答えは、「組んでみたい監督というのは、特にいませんね。 あくまでも脚本です。 読んで、出たいかどうかですよね。 三原監督との3本目ですか。 ━━ ないでしょうね。 同じ監督とは2本まで、じゃないですか」  ちょっと衝撃発言でした。 マンネリになったりテンションが落ちるのを経験的に知っておられるのでしょう。
 大高Pのお顔は、映画祭のパンフレットに掲載されているので、佐藤監督と談笑している人たちの中に探すも、やはり見つけられません。 念のため、出入口の所を担当している実行委員に尋ねると、ついさっき外へ出て行かれたとのこと。 おいでになってたんだ! 表へ出て辺りを見回すも、それらしき人影はなし。 当地へいらっしゃっているなら、明日には確実にお会い出来る筈、と館内へ戻ります。 で、また山田さんたちとお喋りしていたら、そばで業界人同士のような名刺交換風景を目撃。 あれ?! 「失礼ですけど、大高プロデューサーでしょうか? メールを遣り取りさせてもらった岡山の○○です」  「あ、どうも! その節は、色々と教えて頂き、ありがとうございました」  あきらめていたら、運良く会えました! 明日の舞台挨拶やシンポジウムが心配で不安がっていると、彼女を紹介してくれたネット上の友人から聞いていたので、「いつもにこにこ顔で、楽しんじゃえばいいんです。 女性には特に優しい映画祭ですから」(笑)と励ましの言葉をかけさせてもらったら、「ええ。 このパーティーの雰囲気がすごく良いので、もう、半分安心してます」とのお返事。 明日夜のパーティーでまた、と約してお別れしました。 お会い出来、私もひと安心。(笑)

 パーティーも終盤となり、残念なから人数がかなり減った中、明日帰られるゲストの皆さんからご挨拶を頂戴していきます。 トップバッターは、舛田監督特集のシンポを見事な司会で舵取りして下さった映画評論家の佐藤利明さん、「初めて名前を意識した映画監督である村川監督と3日間ずっとご一緒でき、憧れの日活アクションスター・藤竜也さんともたくさんお話できました。 これも、私の本をフューチャーした特集を企画し、ゲストとして呼んで下さった湯布院映画祭のお陰です! 舛田監督と編集者と私の3人で発行に向けて作業し、推敲した1年は私ひとりの孤独な時間でした。 それが、こうして映画祭という大きな舞台に立てるなんて。 感動しています! つたない司会でしたが、お付き合い頂き、ありが━━」  今度も、完全なるフライングの拍手が舞台の周りから湧き上がったのでした。
 伊藤実行委員長が、次のゲストを紹介します、「村川監督には、舛田監督を、かつて助監督であった時のように付きっ切りでサポートして頂き、誠にありがとうございました! 村川さんにお越し頂けなかったら、もしかして舛田監督もおいで下さらなかったかもしれません」  シャイな村川監督が、舛田監督と共にステージに上がられます、「ちょっと下世話な話になりますが、人間ほんとうに信じられるのは母親だけだと思うんですね。 産道を通って、生まれてきますから。 私が、映画・テレビの世界で今まで生きてこられたのも、舛田監督のお陰です。 産道から、監督・村川を誕生させて下さった舛田監督は、私にとってもう1人の母親と言っても良い存在になります。 おそばにいると、自然に助監督時代の気持ちに戻っちゃうんですよね。 今回は、舛田監督と一緒にお招き頂き、ありがとうございました!」  拍手の中、舛田監督にマイクを渡し、後ろへ下がられます。 挨拶が苦手で、一度はお断りになった村川監督。 思いの丈を言葉にし、感極まったのか、ハンカチを目に当てておられます。
 その前で、いつものように飄々と話される舛田監督、「やんちゃ坊主が、何だか知らぬ間に映画界に入り、監督になり、反逆だか・・・・、あんまり、そんなつもりもないんですが(笑)。 今回、ほとんど初めてのような感じで、自分の作品を観ると━━、面白いね(爆笑)。 封切り当時は批評家からも相手にされなかったけど、最近、なんだかね(にやり)。 やっぱり面白いもの」 拍手! 「まあ、とにかく、ありがとうございました!」  舞台から下りるのを手助けするのは、勿論・・・・。 うまくニュアンスが伝えきれずもどかしいのですが、この数分間は本映画祭の歴史に残るような名場面だったのではないでしょうか。 先に帰ったり、2次会に流れていった人、残念でした!(笑)

 お開きです。 余韻を味わいながら、宿までの十数分の夜道を辿ります。 何といっても、「しあわせのかおり」! 昨夜の「花は散れども」を上回るほどの傑作でした。 プロデューサーが、数年前から間接的に存じ上げている方だったのも、嬉しさをアップさせてくれる結果に。 藤さんは「3本目はない」と明言されましたが、それを翻し氏の中のルールを破ってまでも、“ ぜひ出演したい! ” と三木Pの事務所に乗り込んでくるようなシナリオを、三原監督には書いてほしいもの。 何年でも待ちます。 このトリオの新作を、是非とも観たいのです! 「しあわせのかおり」は、10月11日(土)が東京等での初日。 が、残念ながら、私の地元・岡山での上映が決まっていないのです。 “ よしっ! ” と、映画祭から戻るや、早速に、「村の写真集」が公開された『シネマ・クレール』のHPに、上映のリクエストを送ったのでした。「しあわせのかおり」組とのここでの交流を書き添えた上で。 絶対もう1度、スクリーンで観たいのです!
 今日も晴れ間を見たのはそれほど長くはなく、すぐ怪しい雲行きに。 明日こそは、晴天になってほしいもの。 まあ、お天気はともかく、肝心の映画祭は、これまでのところ、過去最高に近い充実度と言って良いでしょう。 最終日も、私の心をしっかりと捉えてくれる珠玉の作品に出合えるでしょうか。 クライマックスがやってきます━━。

湯布院映画祭レポート08(10)

 いよいよ、最終日。 が、天気はすっきりせず、相変わらず黒い雲に覆われています。 今日も傘が手放せそうにありません。 それよりも! そう、今朝は会場入りの前に重要なイベントが控えているのです。 空振りはないと分っている代り、“ 遅れてはならじ! ” のプレッシャーを感じつつ、9時少し前に由布院駅へ。 間もなくタクシーで到着された「しあわせのかおり」組のお三方を、笑顔でお迎えすることが出来ました、「おはようございます!」  9時オープンのアートホールが既に開いており、舛田映画のポスターやスチール写真に気づかれた3人は、入場し、観て回られます。 「毎年、特集に合わせた展示を行なってるんですよ」と、ご説明。 所々で立ち止まり、感慨深げに見入ってらしたのは、やはり藤竜也さんです。
 今朝のお見送り班は、ちょっと寂しく4〜5名。 定例のミーティングタイムのため、若手を動員できなかったのだとか。 まあ、実行委員長が来られているので、格好はつきます。 間もなく案内が流れ、改札を通ってホームへと。 実行委員の皆さんは、「見送りです」と駅員に会釈しての顔パス(笑)。 私は入場券を購入しており、差し出そうとするも、「どうぞ」と改札なしで通してくれたのでした。 観光地としては有名でも、ここは規模的には小さく、こういう融通を効かせてくれるのが田舎駅の良い所でしょう。 同じホームに、帰り支度をした常連参加者の姿が。 学校にお勤めされており、明日からの新学期に備え、残念ながら帰らなければならないのだそう。 こういう事情の方が何人も、日中に帰路に就かれるのかもしれません。 「来年、また!」とお別れの挨拶を交わしました。

 特急が近づいてきます。 山田さんへは 「またゲストでいらして下さい。 待ちきれなかったら、一般客としてでも歓迎です!」、 三木Pには 「いつか今井(雅子)さんと組んだ作品で一緒においで下さるのを楽しみに待ってます!」 と言葉をかけさせてもらいました。 さすがに藤さんには、気軽に話し掛けられません。 あ、決して、とっつきにくいとかではなく、単に私が気後れしただけのことですから。 停車時間は1〜2分。 動き出した電車内のお三方を、委員長はじめ実行委員の方々は整列し、適度に頭を下げてお見送りです。 「若手が何人もいれば、電車を追いかけながらの “ 万歳! ” もあるのですが、今日はちょっと ━━ 」 と先ほど聞かされていたものの、どうにも物足りません。 それに、前夜の予告で三木さん・山田さんを期待させすぎた責任を感じたものですから、私ひとりでポーズだけの万歳三唱を車窓に捧げたのでした(笑)。 一応は立ち会えましたが、名物と呼ぶにはおとなしすぎるお見送り。 本物を体験するまで、駅での張込みはまだまだ続きそうです。

■31日(日)■ ≪特別上映作品「memo」 … 10:00より≫

 最終日の午前中は2年前から、知られざる傑作や才能溢れる新人の紹介・発掘のための上映枠にされており、今年選ばれたのがこの「memo」という作品。 東京では3月に公開され、DVDも既にリリースされています。 舞台挨拶には、大高由紀子プロデューサー、主演の韓英恵ちゃん、脚本・監督そして出演もされている佐藤二朗さんの順にご登場。 客の入りも、まずまず。 大高Pが、スタンドマイクの前へ。 昨夜のパーティーで少しお話しただけですが、なんだか勝手に身内のような気分で見守らせてもらったのでした(笑)。 「おはようございます。 『memo』はグランデ(大高さんが設立された会社)の初めての作品、そして私にとっても初プロデュース作品になります。 招待していただき、とても光栄です。 どうか、ごゆっくりご覧下さい」  落ち着いていて、“ さすが! ” と思わせるご挨拶でした。 でも、こういう短いお話で、そんな風に感じるのは、却って失礼かもしれませんね。 次に英恵ちゃん、「はじめまして。 朝早くから、ありがとうございます。 私の住んでいる静岡県も温泉がたくさんあるのですが、有名な温泉地の湯布院でこの映画が上映されるのは、嬉しいことで ━━ 、(言い直して)嬉しいです。 楽しんでいって下さい」 後ろへ下がった彼女は、胸に手を当て、ほっとした様子。 たどたどしい喋りが、初々しくて可愛いかったです。  さて、佐藤監督、「僕もまだ若い方だし、プロデューサーもスタッフも若く、とにかく若い力で作りました。 今日はスタッフたちも、ここへ来ています。 みんな偶然、宮崎(隣県)出身なんですよね。 両親たちも来てまして。 親たちは『藤さんに会いたい!』って(笑)。 会えました。 ありがとうございま〜〜す! まあ、観て、何かを感じてほしいです」

 DVD化されたのは6月下旬であり、東京の映画館で本作を観た友人ふたりがどちらも結構褒めていたので、私はすぐにレンタルしてきて、鑑賞済み。(本映画祭での上映が決まったのは、その後) ただ、スクリーンで観ると、また違った感じを抱く場合も少なくないので、舞台挨拶だけで退場したりはせず、このまま館内が暗くなるのを待ちます。

【 ユニークな風貌と変幻自在な演技で映画・テレビ・舞台と文字通り八面六臂の活躍を続けている個性派俳優・佐藤二朗の初監督作品。 自身、強迫性障害に悩む彼が、「これほど苦しいのだから、この体験をもとに映画を撮り、何とか元をとってやろう」と脚本を執筆。 初監督に挑戦したことで、この作品は生まれた。 主人公は、女子高生の繭子。 彼女は日常生活の中で、あるタイミングが来ると紙にメモを取らずにはいられないという心の病を抱えていた。 演じる韓英恵の眼力(めぢから)と監督の実体験を活かした演出で、映画はリアルな輝きを帯びることに。 全編に漂うユーモアと前向きなエンディングも好感の秀作 ・・・・ 発見! (パンフ等での紹介文をまとめ直したもの) 】

 今度もまた、詳しい感想等はシンポの項で述べることにしますが、乗れたならかなり、乗れなくてもそこそこは、笑える映画になっています。 唯一の女優ゲストの韓英恵ちゃんが来てくれているのですから最前列を狙おうかと考えたものの、もう顔見知りの仲になった(笑)大高Pと至近距離の席になると照れ臭いので、今夏の定位置である2列目でいいやと結論づけ。 特に早足になることもなく、2階へと向かったのでした。

■31日(日)■ ≪シンポジウム(「memo」)… 11:55より *前半≫

 どのシンポでも最前列以外は競争率が高くなく、すんなり2列目を確保。 何分かして皆さん入ってこられ、前のゲスト席へ。 今日の司会は、毎年のようにいらっしゃっている映画評論家の野村正昭氏。 隣りから右へ、佐藤監督、韓英恵ちゃん、大高プロデューサー、助監督&メイキング担当・黒木大紀さんのゲスト4人が着席されます。 カンちゃん(韓英恵)は、少し派手めなのが良く似合っているワンピースに黒のカーディガンを羽織ったファッション。 マニキュアはショッキングピンクです。  本作は、野村さんが東京で観て、この発掘枠にどうかと紹介し、決まったものなのだそう。 1人ずつ簡単にご挨拶。 英恵ちゃんは「お願いします」とひと言だけ。 黒木さんは、「不安なので一緒に出てくれと言われたのですが、僕が一番不安です」(笑)  製作〜公開の経緯を大高Pにお訊きします、「当初はビデオでやっていたのですが、頑張ってフィルム化し、東京の映画館での公開に漕ぎつけました。 元々、私はショートフィルムを撮っていまして、冗談で『その内、湯布院映画祭へ行きたいね』なんて言っていたら、こうして本当に呼んでもらい、夢のようです。 お手柔らかにお願いします」━━ もう、安心して見ていられます。 後で聞いたところによると、舞台挨拶を経験したので、シンポにはそう緊張せずに臨めたのだそう。 現場の苦労について語るのは黒木さん、「クランクインしたのは2年前の夏だったんですけど、撮影期間がとても短かったのでスケジュール管理に頭を悩ませました。 監督の撮りたいものをどう収めるか、チームワークを考えながら進めました」

 観客からの感想・意見を聞いていきます。 のっけから、「全然、面白くありませんでした」(笑)と全面否定。 その後も「言葉の執拗な繰り返しが聞き苦しかった」だとか、「テレビ的すぎる」とか。 これだけけなされる作品も珍しいです。 でも、雰囲気は少しも暗くなっていません。 却って盛り上がっているぐらい。 きっと監督のキャラクターが、何でも言いやすいし、観客は、肯定・否定に関わらず1人でも多くの発言をお聞かせするのがゲストへの何よりのおもてなしと知っているから、遠慮なくサンドバック状態にして差し上げているのでしょう。 そんな中、断固、肯定する意見の男性も、「椅子から転げ落ちるぐらい、お腹を抱えて笑ってしまいました!」  が、やはり3対1ぐらいで明らかに否定派が優勢。 「シンボリックな木が出てくるが、どうも釈然としない」 「映画は観客が観て、完成するもの。 監督の中だけで消化したのではダメなのでは」 「イライラ感が募った」 「意あまって、言葉足らず」 ・・・・ 等など。 肯定する意見の代表的なものは、「登場人物全員が微妙にズレている。 それぞれ見えている世界が違う。 いや〜、面白かったです!」

 繭子の発作的な行動のほとんどは、監督の体験を反映させたもの。 「でも、障害を分ってほしいとか訴えるようなつもりはないんです」と監督。 「きっかけはそうですが、主目的は “ 観客を笑わせたい ” ということ。 笑いは難しいんですよ。 テレビドラマは10人中7人ぐらいに受けるように作られます。 映画は3人でもいいかなと思ってるんですね。 せっかく映画をやるんだから、こんな風に撮ったという訳です」  当地では、毎年5月頃に『ゆふいん文化・記録映画祭』というもう一つの映画祭が開催されています。 今年で、もう第11回。 【 キネマ旬報 文化映画ベスト・テン 】 でも選者を務められている司会の野村氏は、5月にも毎回ゲストでいらっしゃってるようで、「あの映画祭では必ずと言っていいぐらい障害者を描いたドキュメンタリー作品を観せられるんですね。 ぶっちゃけると、正直うんざりする気持ちもあるんです。 ほんとに多いんですから。 『memo』のパンフレットに監督のこんな一文が書かれてたんです ━━ “ 同じような障害を持つ人たちのためでなく、僕のために撮った ” という。 これを見て、湯布院へ来てもらいたいなと思ったんです」

 大高さんも、幾つかの否定的意見に応える形で制作の裏側等を語られます、「若いという事で誤魔化す訳ではありませんが、作るということで言うと、まず限られた予算という問題があります。 その時の私たちの精一杯で作っていったものの、途中でもっとこうしたいという点はありました。 力及ばず、そのほとんどが実現できませんでしたが。 限られた撮影日数と予算という問題は、当時の未熟な私たちではどうしようもない壁でした。 許して下さい、というのではないですが」  卑屈になることなく率直に話され、低予算映画のご苦労が改めて偲ばれたのでした。 前述したように本作が撮影されたのは2年前の夏。 同年中には完成していた筈ですが、公開されたのは、ようよく今年3月になって。 失礼ながら、とにかく劇場公開された事で目標の半分以上は達成されたという映画だったのではないでしょうか。 俳優監督の初メガホン、新設会社の初製作作品なのですから。 それが、どういう訳か(笑)本映画祭で上映されることになり、その代わりシンポではきつい意見の的になる羽目に・・・・。 でも、そういう発言者も口調はとげとげしくないし、会場の雰囲気も楽しいままだし、何より映画を真剣に観たからこそのそういう発言なのですから、逆風に晒されている(笑)ゲストの皆さんも、今はちょっと辛いかもしれませんが、後で振り返ると良い思い出として位置付けてくれる筈。

31日(日)■ ≪シンポジウム(「memo」)… 11:55より *後半≫

 監督が、大高さんの発言を補足します、「まあ、要は、僕がこういうタッチというか、トーンのものを撮りたかったんです」  それが全てでしょう。 そういう監督を、プロデューサーがバックアップした。 「しあわせのかおり」以上に、監督のやりたいように作らせた映画なのかもしれません。 良いではないですか、初監督作品なんだし、たぶん、コケたからといって損をさせるような出資者がいる訳でもないのでしょうから。 北野武だって同じようなものなのでは(笑)。 「最初はケンカばっかりで」と大高P(笑)、「でも、あまり覚えてないんですけどね」  「なんでやねん!」、もちろん監督からのぼやきです。 黒木さんは、「僕も、シナリオを読んだ時、皆さんが発言されたような欠点を感じて、監督やプロデューサーに言ってはみたのですが、変わりませんでした。 重いものを背負ってるけど、なるべく軽く見せていこう。 そういうものを観てみたいと思ったので、この船に乗ってみようと決めました」  カンちゃんもマイクを持ちます、「私が撮影に入った時には、監督の障害については知りませんでした。 難しい役で、演じていて重くて・・・・。 気持ちが分らないままやってたんですけど、ある日、繭子になりきったような行動を無意識の内にやっていた瞬間があったんです。 何だか、違う “ 気 ” が入ったみたいで。 そんな繭子が好きになってきて、今ではとても大切な映画になりました」  客席から自然に拍手が湧き、カンちゃんは思いがけなかったのか驚いた表情ではにかみます。

 窓から見える空は、少しずつ青空が広がっている模様。 否定派が休憩している隙に(笑)、「のほほんとして、ユーモアも漂っている」 「お笑いもどぎつくないのが良い」とかの、本作を楽しめた人からの感想が出されます。 2年前、当枠が新設された第1回目の作品といえば、かなりの好評を博した「脱皮ワイフ」。 製作・脚本の永森裕二氏が、この「memo」にも製作の1人として関与しておられるのです。 佐藤監督はここへ来る前、永森氏と会う機会があり、「『memo』を上映するなんて、懐が深いな、湯布院は!」と言われたのだそう。 「それから、『こわいよ〜』って」(笑)
 司会の野村さんが驚きの内輪話をされます、「この映画を実行委員に紹介して薦めたのは僕なんですけど、まさか通るなんて思ってなかったんです」(笑)  隣りの佐藤監督も少し唖然とした表情。 話は続きます、「ストーリーボードのしっかりした映画だけではなく、こういう映画もここで観たい。 皆さんにも観てもらいたいと思ったんです。 決まって、びっくりですよ(笑)  後付けで、シンポの司会をどんな風にやろうか悩みました。 “ 最近よくある絶賛一辺倒のシンポではダメだと思う。 色んな角度から活発な意見が飛び交うようにしたい。 そういうものに持っていけるのでは ” と何とか方向性が定まり、湯布院入りしたという訳です」  ベテランの実行委員からは、映画祭側の事情について、「委員長が賛成したので、びっくりしました。 若手の間で好評だったのは、分るんですが」(笑)

 ゲストの皆さんにとっては完全にアウェイと化した感のあるこのシンポですが、なのにこれだけ活発に様々な切り口からの意見が出て、全く途切れなかったのは、すごいこと。 反応せずにはいられない映画だったということでしょう。 挙手する人が少なければ、何か発言するつもりでいた私ですが、幸い出番なし。 肩の力を抜いて気楽に鑑賞したため、正直、どうしてもこれを言いたいというほどの感想はなかったのです。 ただ、問われれば、はっきり肯定派と答えます。 初監督作品だから、と甘く見るのは失礼でしょうが、“ 初めてで、そして2度目があるかどうか分らないのだから、色々盛り込んで、好きなように撮っちゃおう ” という監督の意図(もちろん私の勝手な想像です)が好ましく感じられたし、かなり豪華な出演陣にもそれだけで満足したものですから。 高岡早紀、白石美帆、岡田義徳、池内博之、宅間孝行 .... そして佐藤二朗!(笑)  白石美帆が演じるのは、繭子の女性カウンセラー役。 このシンポでは「ああいう受け答えはしないだろう」とかの疑問符もつけられましたが、彼女は好みの女優の一人であり、思ったより出番が多かったので、それだけで星一つアップなのです(笑)。 2年前の「脱皮ワイフ」も多くのゲストがやって来てくれ、楽しいパフォーマンスで盛り上げてくれました。 今年も、唯一の女優ゲストである韓英恵ちゃんをはじめ何人もの関係者が駆けつけてくれることに。 “ 今年の 【 発掘枠 】 は「memo」で良かった! ” と大きな声で言えます。

 最終日はプログラムが詰まっており、1時間ちょっとで終わりの時刻に。 締めのひと言を貰っていこうじゃないですか!(笑)  もう、“ 何を言われても平気 ” 状態になった監督は、「寄ってたかって、まあ・・・! 否定、否定、否定、肯定。 否定、否定、否定、肯定。 いいリズムだなあ(笑)。 あ、映画みたいに同じ言葉を繰り返しちゃいました。 とにかく、呼んでくれて、ありがとうございました!」  否定意見を述べた者からの拍手の方が大きかったのでは。 カンちゃんもすっかりリラックスした感じ、「どうも、ありがとうございました。 この『memo』で主演させてもらい、演技的に成長できたと思っています。 今日はこの映画祭で上映され、『memo』も成長できたのではないでしょうか」  ぺこりと頭を下げる彼女のこの挨拶は、何だか女優モードでの台詞のように場内の隅までよく通り、何人もの観客の体に軽く電流を走らせたことでしょう。 もちろん私も、その一人。 このシンポで一番しっかりした挨拶でした。 舞台挨拶の際は、しどろもどろに近かったのに。 カンちゃん自身もしっかりと成長してくれたようです。 大高Pも負けてはいられません(笑)、「イライラ感にせよ、何かをお客さんに体験してもらえたのは良かったかなと思っています。 多くの方が足を運んでくれ、真剣に意見を言ってくれて、とても記憶に残る1日になりました」  全体的には、今映画祭で最も記憶に残るシンポだったかもしれません。

 時刻は13時。 10分ほどで、次の試写作品の入場が開始されます。 大高さんに「お疲れ様でした」等の言葉をおかけすることなく 1階へと下り、ロビーのソファで、購入しておいたおにぎりとパンの昼食を急いで済ませたのでした。 全日券の列へつくと、程なく入場が開始されます。

湯布院映画祭レポート08(11)

■31日(日)■ ≪特別試写「秋深き」 … 13:30より≫

 主演は、テレビでも人気者の八嶋智人と、昨年「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」でのぶっ飛んだヒロインぶりが高評価を受けた佐藤江梨子。 サトエリのゲスト参加は叶いませんでしたが、開幕1週間前に急遽ご参加が決定したヤッシーが来場してくれるというので、ほぼ満席の盛況ぶり。 ただ、彼は超多忙につき、現在はまだ当地へ向かっている途中のため、舞台挨拶も上映後の実施ということに。 早速、照明が落とされ、映写が始まります。

【 1984年、第9回当映画祭で特別試写作品として上映した「人魚伝説」以来、24年ぶりとなる監督=池田敏春、脚本=西岡琢也、音楽=本田俊之のトリオによる最新作。 「夫婦善哉」で知られる織田作之助の短編2本を、時代を現代に移して映画化した今作は、前回(「人魚伝説」)のバイオレンスアクション映画とはがらりと趣きを変え、暴力もセックスもアクションもない、純愛映画の傑作に仕上っている。 神戸の化学の中学教師・悟と大阪のホステス・一代とが出会い、親に反対されながらも結婚するのだが ・・・・ 。 どこにでもいる男と女の一生に一度の恋物語が、きめ細かいタッチで描かれていく。 (リーフレット等の紹介をまとめ直したもの) 】

 冒頭近く、男なら誰でも、映画の撮影とはいえヤッシーに殺意を抱くシーン(笑)が出てきます。 やがて、どうしてサトエリがキャスティングされたのか、その訳が判明してくることに ━━ 。

 舞台挨拶には、若杉正明プロデューサー・池田敏春監督・主演の八嶋智人さんが、ご登場。 ヤッシーはカジュアルに、迷彩柄のズボン姿。 実は私は、今夏の話題作「クライマーズハイ」の製作もされたこの若杉さんとも間接的に少しだけつながりがあるのです。 またまた、脚本家の今井雅子さんを介してのもの。 2006年秋に、彼女がシナリオを担当した「天使の卵」(市原隼人・小西真奈美主演)という映画が公開されましたが、同作をプロデュースされたのが若杉さんだったのです。 湯布院へ来る途中の電車内で映画祭のパンフを熟読してその事を知り、お会いできるのを楽しみにしていた方。 メガネをかけ、優しそうな顔をしてらっしゃいます。 優しそうと言えば、池田監督! というか、こんなシャイな方だとは予想もしていませんでした。 昔のあの過激な内容の映画を知っている者にとっては、とても納得できる容貌ではありません(笑)。 もっとも、後で知ったところによると、お体の調子があまり良くなかったのも影響していたそうですが。
 最初に若杉P、「とても沢山の方においで頂き、またお招き頂き、ありがとうございます。 “ おもろうて やがて かなしき ” の作之助の世界をお楽しみ下さい。 11月に公開しますので」  監督は恥ずかしそうに、「池田です。 はじめまして」のひと言だけ。 きっと短いだろうと予測していたのかヤッシーは、のっけからテンション高く、「元気ですか〜! 初めて湯布院に来ました。 あ、修学旅行で来た事があったか。 映画の後半からゲスト席で観てたんですが、あくびしてる客が目に入り、“ なに〜っ?! ”(笑)。 映画は完成してしまえば、役者の出番はありません。 観客の皆さんで育てていって下さい」

 舞台挨拶でのヤッシーはテレビのバラエティ番組で観るようなイメージ通りの彼でしたが、映画は人情味溢れる夫婦の愛情もの。 それに合わせた抑えた演技で、なかなか頑張っていました。 サトエリも、“ おっ! ” と心の中で身を乗り出してスクリーンをガン見するような体当りの演技を披露してくれるシーンもあり、「よくやった」と拍手を送っても良いでしょう。 佐藤浩市はじめ共演陣もいい味出しています。 が、泣ける映画を期待していた私には、少なからず欲求不満の残る結果となってしまいました。 映画の出来としては悪くないのですが・・・・。 残念。

■31日(日)■ ≪シンポジウム(「秋深き」) … 15:30より *前半≫

 ということで、シンポは2列目で十分。 ゲストは、若杉プロデューサー、池田監督、八嶋智人さんの並びで席につかれます。 背後に見える空は、また曇りに・・・・。 かなり観客が詰めかけ、立ち見スペースもギュウギュウになったのか、「2列目以降の方、椅子を少しずつ前へ寄せてもらえますか」とのお願いアナウンスが流されます。 軽く笑い声を上げながら、みんなでヨイショと移動。 ゲストからの最初のご挨拶は、皆さん普通の内容でしたが、小柄なヤッシーは、後ろの方のお客に自分の顔がよく見えないだろうとからと起立して礼をしてくれたのでした。 さすがのサービス精神。 シンポの間中、何度も立ち上がってくれることに。
 早速、客席から感想や意見を出してもらいます。 「年配の人にとって作之助は馴染みがあり、うまく雰囲気が出ていて良かった」との1人目の発言の後、ちょっと沈黙が流れると、すかさずヤッシーが「なかったら、解散しますよ〜!」(笑)と、くだけた雰囲気にしてくれます。 その効果はすぐに出て、女性客が次々に挙手し、「泣かされました。 友人に薦めます」 「親の気持ちがとても良く描かれており、涙が止まりませんでした」等の讃辞を。 確かに女性の方が深く惹き込まれる物語でしょう。 けれど、ことさらそういう描き方はしておらず、男性客からは「泣かせる演出をしていないのが良かった」との感想が。 その人は続けて、「八嶋さんもオーバー演技になってないし、音楽も煽っていないので、好感を持てました」  ヤッシーからは、「僕はトゥーマッチ・プレイヤーで普段は攻撃側なんですけど、今回は受ける側にまわりました」

 この後も多くの人が、主に本作の美点を熱っぽく語り、それらを聴いていると星一つアップしたくなってきますが、泣ける、泣けないは別にして、私の中でぐっとくる場面がなかったのは確か。 好みの問題と言うしかないでしょうか。 感覚的に合わなかったとしか・・・・。 これから盛り上がろうという辺りで、主人公たちの行動に納得しづらい点があり、あまり感情移入できなかったのも、心を掴まれなかった原因の一つ。

 まあ、私の感想はともかく、他の人たちの発言をどんどん紹介していきましょう。 司会が、「監督、今までこういう映画は撮ってこられませんでしたよね」と作風の変化に関する質問をぶつけます。 「歳とったんでしょうかねぇ」と監督、「最近、親子の間での凄惨な事件が多くて。 それらの元を作ったのは、俺ら団塊の世代の人間なんだろうなって、2〜3年前から気にしてて....。 愛情とか、友情とか、親子の情の映画を作ってみたかったんです」  で、「フランク・キャプラをやりたい」と言ったら、脚本の西岡さんにびっくりされたのだとか。 作之助の原作を思いついたのは、監督のひらめきだったそう。

 製作の経緯については若杉Pより、「監督の映画って、あまり観たことなかったんですけど(笑)。 すいません。 でも、池田監督は昔、私の友人の相米(故、相米慎二監督)とディレカン(ディレクターズカンパニー)をやられてたので、今回ご一緒する事にためらいはなかったです」  ヤッシーは主演の感想を、「映画に出演すること自体、ほとんどなかったんですけど、大役をやらせてもらいまして。 撮影したのは、去年の秋でした。 台本に『激しく求め合う2人』っていうのがあって、“ よしっ! ” と(笑)。 メタボな体を、すごい頑張ってダイエットしました。 サトエリとも大阪であまり美味しいもの食べないようにして。 でも監督からは『バイオレンス・血・セックスは止めた。 激しくではなく、可愛くいちゃいちゃしてくれないか。 お前にまかす』って言われたんですね。 スクリーンに映ってたのは、普段ボクがいちゃいちゃしてるまんまです(笑)」  監督とはコミュニケーションをよく取って、進めていったとのこと、「一度飲みに行ったら、監督『役者と来るの初めてだなぁ』って。 えっ?! 俺、惚れられてる?(笑)」

■31日(日)■ ≪シンポジウム(「秋深き」) … 15:30より *後半≫

 入院した妻の回復を願って、悟は民間療法や壷の霊力にまで頼ったりもします。 理科の教師なのに。 こういう上手い設定をはじめ、ベテラン・西岡琢也のシナリオの巧みさについては、ゲスト・観客両方からの発言で触れられました。 監督は、「ガソリンかぶるのは創作。 西岡に “ 同じ状況になったらどうする? ” と言ったら、作ってきた。 ラストの和解も、キャプラならこうする筈、と。 終盤の15分ぐらいは、西岡に任せました。 彼の世界です」  また、サトエリについても色々語られます、「感受性の強い子で、台本を読むたび泣いてしまうんですね。 『それは違うよ、一代であれば泣かないだろう』と涙禁止令を出しました。 登場人物が泣かない方が、観客の胸に染みますから」  ヤッシーからも、「江梨子ちゃん、入り込む方なんですよね。 本当に具合が悪くなってしまうほど。 関西という土壌が、彼女の演技をあまりウエットにさせすぎなくて、良かったなと思います。 ちなみにボクも奈良県出身ですので」

 詳しくは書きませんが、この映画のポイントとなるのは一代の乳房。 ヤッシーは、「サトエリの名誉のために言っておくと、彼女自身はおっぱいNGではないですから。 求められれば、出したかも。 ただ、一つ扉を開けると、僕が九つも十も開けてしまいそうで(笑)」  おっぱい談義は尚も続き、観客からは「夫婦の象徴になっているので、いやらしい意味でなく、やはり1ショット入れておいてほしかった」のリクエストが。 かと思えば、「同じ女としては、ブラジャーを焼くところで一代の気持ちが良く分るので、おっぱいは出さなくても良いです」と映画を支持する意見も。 私の希望としては、え〜っと・・・・(照)。
 織田作之助といえば、名物カレーで有名な難波の『自由軒』。 少しですが、もちろん映されます。 「やはり出さないと叱られますから」と監督。 そして、とっておきの裏話も披露してくれます、「ある場面の撮影のとき八嶋くんが、『悟に土下座させたいんです』って言ってきたんですね。 彼がやったのを撮った時、“ ああ、この映画は出来たな ” って思いました」  おっぱいについては、「俺が見たくなかった。 生々しさを出すと、映画が崩れてしまうので。 サトエリが八嶋くんの手を直接胸にさわらせたのも、あの子のテンションの高さがああしたんでしょう。 ドレスの上からで良かったのに」  私は特に連想しませんでしたが、監督は「純愛・難病ものと言われるのかなぁ」と気にされているよう。 「やきもち映画にしたかった」との事。 なるほど。
 これらの遣り取りは、客席側で参加している実行委員からの質問に答えてのものも幾つかあります。 一般客に混じって発言することも、ここでは当り前の光景なのです。 他の映画祭ではもしかして珍しいのかもしれませんが。 もっとも、こういうシンポが行なわれること自体、稀でしょうけど。

 客席の白鳥さん(スクリプター歴50年の方)からも手が挙がります、「監督とずっと一緒にやってました、あかねです。 出来たら、こういう映画を撮るときご一緒したかった(笑)。 元々監督の中にあった純愛要素が出てきたのかなぁ。 主演の2人は、これまでほとんど知りませんでしたが、素晴らしい役者が出てきたと感心しています」  それを受けて監督が、「今までは、こういうものを撮らせてくれるプロデューサーがいなかっただけです(笑)」
 「秋に公開され、色んな人の心が色づいていくことを祈っております」という客席からの素敵な感想も。 とにかく、驚くほど女性層からの反応が良かったです。 司会の「最後にどなたか」という声に応えてマイクを握ったのも女性の方、「下らない質問かもしれませんが。 八嶋さん・・・・、おっぱいのさわり心地はどうでしたか?」  爆笑と拍手が湧き起こります。 ヤッシーは広げた手の平を観客に見せ、「最高でした!!」と満面の笑み。 締めくくりに相応しい発言でした。

 終わりに皆さんからひと言ずつ頂戴します。 若杉Pは、「11月に公開予定で、全国で80スクリーンぐらいをめざしています。 何より、口コミが頼りなので、宜しくお願いします」  監督は客席の真ん中辺りへ問いかけます、「あかねちゃん、(昔の作品と)どっちがいい?」 ━━ メモを取っていたため確認できませんでしたが、きっと白鳥さんは両手で大きな丸を作られたのではないでしょうか。 八嶋さんは真面目な顔に戻って、「こういうシャイな監督しか知らないので、これからも、この感じの作品でまた監督とやりたいです。 『秋深き』、観てくれた人に育てていってもらいたいので、どうぞ宜しく!」  ヤッシー色に染まった楽しいシンポでした。

湯布院映画祭レポート08(12)

 シンポの後は、1時間以上休憩タイムが取られているので、軽食をとり、そのあと駅前の土産物店へ。 買い物目的ではなく、最後に “ あれ ” をもう1度食べるため(笑)。 満足して会場へ戻り、17時30分頃から出来始めた全日券の列に並びます。 前売券や当日券の列は、もうかなりの長さに....。 やはり、年配の方が多いです。 予定時刻の40分になり、まずご高齢の方や足腰のあまり良くない方に先に入って頂いた後、全日券の者から入場が開始されます ━━ 。

■31日(日)■ ≪特別試写「次郎長三国志」 … 18:00より≫

 昨年の「やじきた道中 てれすこ」に続き、今年も時代劇がクロージングに。 場内はほぼ満席ですが、今年は “ 完全に満席で、立ち見も一杯! ” というほど入った作品は1本もありませんでした。 舞台挨拶にはマキノ雅彦監督(津川雅彦さんの監督ネーム)と、前日に急遽来場可能となったサプライズゲスト:女優の真由子さん(監督の愛娘)が登壇されます。 3年前の2005年にも、マキノ監督のデビュー作「寝ずの番」(中井貴一主演)がクロージングで上映されました。 シンポで監督は、「叔父のマキノ雅弘は “ 一家もの ” をチームワークよく撮った人。 『寝ずの番』の撮影でも “ 次郎長一家 ” みたいな雰囲気が出せれば、と思っていたら、貴一っちゃんが次郎長になって引っ張ってってくれまして。 私も役者の中に入って、祭りで神輿を『ワッショイ、ワッショイ!』と担ぐように作りました。 うまく “ 中井一家 ” が出来ましたね」と語っておられたものです。 それが、本当に次郎長ものを撮ってしまうなんて(笑)。

 真由子さんがマイクの前へ、「3年前に続いてこうして参加できた事を、とても嬉しく思います。 時代劇が少なくなっている中、私の年代以下の人たちにも楽しめる映画が出来上がりました。 お腹いっぱいになって下さい」  監督は白のジャケットにスカーフを巻いた、3年前と同様のお洒落な服装、「第一作の時もクロージングという名誉ある上映をして頂きました。 そして、今回も! 最大級の歓待を受け、光栄の至りです。 天才・マキノ雅弘が撮った作品をリメイクしようっていうんだから、大変。 マキノ雅弘という監督を凌ぐのは無理でも、この『次郎長三国志』の前作だけは超えたい! プレッシャーが大変でしたが、あった方がいいんです、頑張れるから。 なんで2本目に、この作品を? 1本目はビギナーズラックになっても、2本目はたいていコケるでしょ(笑)。 なるべく、そうならないようにと思って選んだのが『三国志』なんです」
 そうかなぁ? どう考えても逆だと思うけど ━━ そんな私の心中のリアクションなどに関係なく、この後も延々と、挨拶というか、映画の解説のようなものをぐだぐだと喋っていくのです。 挨拶の最初からだと15分くらいも! 一体、いつ終るのか・・・・。 とうとう客席から “ 巻き ” が入りました。 その前に、司会が止めなければ! 予定時刻をかなりずれて、上映が開始されます。

【 マキノ雅弘監督生誕百年の今年、第33回湯布院映画祭は雅弘監督の「九ちゃん刀を抜いて」の野外上映で幕を開け、甥のマキノ雅彦監督の特別試写作品「次郎長三国志」で幕を閉じる。 「次郎長三国志」はかつて東宝、東映でシリーズ化された雅弘監督十八番の作品であることは言うまでもないだろう。 3年前、マキノの名を継承した雅彦監督のデビュー作「寝ずの番」は粋で艶っぽい大人の娯楽映画として湯布院映画祭でも高い評価を得た。 果敢にも第二作目にして、叔父が生涯で実に13本も手掛けた超人気シリーズに挑戦だ。 ・・・(パンフ等の紹介文をまとめ直したもの) 】

“ なぜ今、こういう映画を作るのか意味が分らない ” という予断を持っていたのもまずかったのか、3分の1を越えた辺りでいつの間にか寝てました。 昔のシリーズを良く知っていて、キャストを含めた比較なども楽しめれば、少しは乗っていけたのかもしれませんが。 2作目はコケやすいから、そうならないよう “ 次郎長もの ” を作った、など完全にズレています。 まあ、マキノ雅弘作品のリメイクは絶対いつかはやるつもりだったのでしょうから、本作を撮りたい気持ちは分りますが。
 「寝ずの番」がなかなかの作品だったのは、私も認めます。 2作目は何を撮っても多かれ少なかれ叩かれるでしょうから、その意味では本作で良かったのかも(笑)。 3作目は、既に完成済みという「旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ」。 これは老若男女に受けるでしょうし、「次郎長三国志」はもし『湯布院』でやらなかったなら観なかったでしょうが、来年公開予定の「旭山〜」は映画館に足を運びたいと思っていますので、監督・マキノ雅彦の評価は、それまで待ちましょう。  真由子さんは、ぽんぽんと男みたいな喋り方をする、おきんという気風のいい女房を演じており、失礼ながら、意外にもすごく良かったです。 こんな演技も出来たんですね。

 ところで、9月下旬に送付されてきた映画祭の会報的冊子『メイムプレス』によると、本作も含め上映作品の選定には、映画祭創設時からのメンバーである実行委員長の意志がかなり反映されていたらしいのです。 昨年もクロージングは、「やじきた道中 てれすこ」でした。 2年連続の時代劇。 2年連続の、時代にズレているとしか思えない作品・・・・。 若者が観ますか? 若者を卒業してかなりの年月が経つ私でも観たいと思わないのに。(同様の意見を言っておられた常連客を、複数知っています)  もっと若者も呼べる作品を持ってこなければダメでしょう。 常連客として取り込み、順次世代交代を図っていかなければ。 これは実行委員にも言えること。 若い世代が “ 加わりたい! ” と思う映画祭にしなければ。 来年の、特にクロージングにどんな映画が上映されるのか?!  厳しい目で見守っていきたいと思います。  それから・・・・。 この際なので、ぶっちゃけて言います。 映画祭の顔としての実行委員長には残ってほしいですが、そろそろ、実質的な責任者はもっと下の世代に任せた方が良いのでは。 これからも毎年通いたいから、それだけの魅力を備えた映画祭であり続けてほしいからこそ、敢えて言うのです。

■31日(日)■ ≪シンポジウム(「次郎長三国志」)… 20:30より≫

 司会は実行委員長が務めます。 ゲスト席には、監督と真由子さん。 明日から新学期ということもあり、客席は6割ぐらいしか埋まっていなかったのでは。 上映前の長すぎる挨拶にうんざりし、こちらへの参加を取り止めた人もいたかもしれません。 「聞きたかった事は舞台挨拶でほとんど喋ってもらったので」と、司会は早速、客席からの発言を募ります。 最初の方が、「スクリーンサイズが昔はワイドだったが、今回はそうではなかったのでちょっと残念」といった内容の感想を述べると、監督は「あ、そ」で素っ気なく流し、次の意見を促します。 これで、否定的発言は出しにくくなったというか・・・・、どうしても言いたい方はこういう雰囲気など関係なく挙手されるでしょうが、相手をする気をなくしたというか・・・・、年齢層の高い客席からは、褒める発言しか出てこなかったのでした。 3年前の「寝ずの番」の時もそう。 讃辞が続く中、不満な点を挙げた方がおられましたが、監督が「私はそうは思いません。 これで良いと判断してます」ときっぱり答えたため、まともな遣り取りにはならなかったのです。 監督が、完成した作品に自信を持つのは悪いことではないでしょうが、こういう場では、否定意見こそ有り難いと思って聞かなければ。 面と向かって欠点を言ってくれる所なんて、そうは有りませんから。

 私もあまり熱心にメモをとる気がなくなりましたし、この項のレポも長く書いていきたいとは思いませんが、面白い裏話を聴けたので、それらを中心にまとめていくことにしましょう。 「寝ずの番」も今作も、主役は中井貴一さん。 起用理由について監督は、「彼は2枚目なのに、コメディのセンスがあるんですよ。 前から親しくしてたんだけど、遊びに誘って、来られなかったとき留守電に入れる断わり方が、皆で回し聞きしたいほど面白くて。 『寝ずの番』では本物の落語家は使うまいと思い、この機会に彼を、とオファー。 案の定、うまくやってくれました。 『次郎長三国志』でマキノ雅弘を凌ぐ面白さをめざそうとした時、昔の版は2枚目ばかりなのに気がついたんですね。 男の観客にも好かれるには、心が3枚目で愛嬌のある次郎長を演じてくれれば上手くいくのでは、と再び貴一っちゃんに頼むことに」  ライバルとなる黒駒の勝蔵を演じるのは、佐藤浩市。 「事務所から出演OKの返事をなかなか貰えなくて。 そんな時ばったり六本木で会ったんですね。 『黒駒役の返事、どう?』って尋ねたら、『聞いてません』って。 『あなたは、黒駒の勝蔵役、いい?!』」と速攻で否応なく承知させたのだとか。  「日頃の交友関係が役に立ちました(笑)」

 舞台挨拶が長かった影響でシンポの開始も遅れたし、終了時刻も前日までは21時45分でしたが今夜は21時30分に設定されているため、正味1時間弱で終わりがやってきます。 終了時刻の繰上げは、パーティー会場への徒歩での移動時間を考えてというよりも、明朝にはこの公民館を元の形にして返さなければならないため、片付けの時間を確保するためだったのでは。 もちろん、それで何の文句もありません。 手早く作業を終え、実行委員の皆さんにも、ファイナルパーティーの始まりより参加して頂きたいですから。
 場内には配給の角川映画の担当者がいらっしゃっているので、公開予定等についてお知らせ頂きます、「『寝ずの番』は50館ほどで公開し、最終的には130館ぐらいになりました。 『次郎長三国志』は評判が良くて、9月20日より200館規模で上映されます。 また、3作目『旭山動物園物語』は来年2月7日より公開の予定。 マキノ監督には、これから毎年1本は撮っていってもらいたいと思っています。 真由子さんは『旭山動物園物語』には、あいにく舞台と重なってしまいながらも、“ 1カットだけでも出たい! ” と1シーンのみ出演されています」  締めはもちろん監督に、「湯布院はプライベートでもよく来ていたんですが、監督をやりだすと稼ぎが悪くなってきたので、なかなか来られなくて。 『寝ずの番』のとき以来かな。 ここは、監督をやっている限り、関わっていたい映画祭です。 皆さんも愛して下さい。 いいお客だよ〜、と評判になるように。 そのためにも、普段から映画を観て下さい。 私も、年100本観てます。 茶の間は最低の場所です。 集中力がない。 是非、映画館で!」

湯布院映画祭レポート08(13)

■31日(日)■ ≪ファイナルパーティー … 22:00より(前半)≫

 今夜の会場は [ ゆふいん健康温泉館 ] 。 昨夜と同じく徒歩で10分弱の距離ですが、宿に一番近い場所にあり、明朝の出立が早い私には、好都合です。 見上げた夜空に、初めて星を見ることが出来ました。 入口が近くなった辺りで追い抜いていったタクシーからは、マキノ監督と真由子さんが降りられ、仲良く会場内へと。 ここは、大きなガレージのような屋内スペースと、隣接する庭園がパーティーに使われます。 食事は屋内部分に用意され、おしゃべりは庭園も使って下さい、というのが大まかな区分け。 並べられてある丸テーブルの数が例年より2つぐらい減っており、“ 今夜も参加者が少ないのか ” と、ちょっと寂しい気持ちになりました。 まあ、混み合わないので移動は楽だし、お目当ての料理に群がる競争相手も減るので、助かるといえば助かるのですが。 昨夜の料理もなかなかのものでしたが、毎年このファイナルパーティーには、当地のホテルや旅館から仕事を終えた若手料理人の方々が確か30〜40名ぐらい出てきて下さり、創作料理の数々を振る舞ってくれるのです。 屋内スペースは、入って左手にステージが用意され、正面と右手の壁際にテーブルが出され料理がバイキング形式でずらりと並べられています。 テーブルの向こうの壁際に料理人の方々がおられ、調理したての熱々を出して下さるコーナーも!

 最初は当然、開会のセレモニー。 来賓のご挨拶や、シャイな池田監督の聞き取りにくいお話の後、料理人を代表した方から、「どの料理も、十数軒のホテル・旅館から派遣された料理人たちが丁寧に作っています。 どうぞ、丁寧に召し上がって下さい」 ━━ 胸に、ずしりときました。 後で “ 映画だって同じだ ” と気づいたのでした。 ここ2〜3年は特に、乗れない映画だとすぐ居眠りしてしまう自分に、反省しきり(恥)。 乾杯の音頭はマキノ監督、「映画は、お客さんに映画館へ足を運んでもらわなければ成り立ちません。 どうぞ、これからも映画を育てて下さい。 乾杯!」  軽く口をつけたビールのグラスを置くや否や、料理コーナーへ。 さっきの挨拶がまだしっかりと効いているので、少しずつテーブルに持ち帰り、ちゃんと食べ終えてから、次を貰いに行ったのでした。 22時30分頃には、もうお腹いっぱいに。 さあ、ゲストの方々へのアプローチタイムの始まりです。

 もちろん、最初にご挨拶に向かうのは、「memo」の大高プロデューサーの元。 大きな、吸い寄せられそうな目をした大高さんと、「無事上映が終りまして、おめでとうございます!」と乾杯。 「シンポ、色んな意味で盛り上がりましたね」 「肯定・否定どちらも、とにかく真剣に意見を言って下さるのが、とても有り難くて」 「遠来のゲストの方への何よりのおもてなしは、1人でも多くの感想をお伝えすること。 挙手する人が少ないシンポもあるのですが、ひっきりなしに手が上がり、安心しました」 ・・・・ など。 ここでの会話の多くは、後から聞いた話として既にレポ中で記述済みのため省略しますが、最後に、大高さんのプロダクションが制作した新作についても話題にしました。 2年前の発掘枠で上映された「脱皮ワイフ」の本田隆一監督がメガホンを取った「GSワンダーランド」が、それ! 1960年代にブームを巻き起こしたグループサウンズを題材にしたもの。 「脱皮ワイフ」のシンポで監督が、現在準備中だとおっしゃっていた作品なのでしょう。 東京等では11月の公開。 「岡山でも上映されれば良いのですが。 きっとどこかの劇場で観ますので!」  その後、嬉しいことに、拙宅のご近所シネコン『TOHOシネマズ岡南』でも、全国と同じ11月15日から公開されることが決定しました! 9月下旬よりチラシも置かれていますし、予告編の上映も開始されています。 初日か2日目には必ず観ますので! そうこうする内、ゲストの皆さんにステージへ登場して頂くことになり、まず「memo」組が召集されます。

 壇上には右手から、佐藤監督・大高P・韓英恵ちゃん・黒木助監督の4人が並び、端にもう1人男性が。 カンちゃんは、可愛い浴衣姿です。 高校3年生の彼女は明日から新学期ですが、仕事ということでお休みにしているのだとか。 半分仕事で、半分遊びかな(笑)。 お母さんも来られています。 まずは監督にマイクが、「シンポでは7対3で否定意見が多数でした。 へこんで、駅前の焼き鳥屋でヤケ酒あおってました。 シンポで最初に大否定の意見を述べたのは、愛媛のYさん!」 しっかり名前まで覚えてる! 「なのに、何でさっき、サイン色紙持ってくんですか?! もう、訳わかんない(笑)」 そういう映画祭なんです、ここは。 ともすれば脱線しそうになる監督を、もう一つのマイクを持った大高さんが軌道修正。 いいコンビです。 その大高P、「今までの人生の中で、一番価値のあるような1日になりました。 ありがとうございました!」 映画祭にとっても、参加者にとっても、大変嬉しい言葉です。 カンちゃんは、「美味しい料理をたくさん頂いてます。 『memo』が、私にとってますます大事な映画になりました」 黒木さん、「大高プロデューサーも私も、またスタッフたちも皆、宮崎の出身なんですね。 親もやって来てまして、いい親孝行が出来ました」  端の男性は何と大高Pの弟さんで、本作では企画担当の1人だったのだそう、「企画といっても、“ やりましょう! ” と言ったぐらいで(笑)。 役者をやってるんで、そっちで来たかったです」  この5人の....、いや、独り冷静なカンちゃんを除く4人の漫才のような遣り取りがもうしばらく続き、最後の監督のぼやきに、大高さんが巻きのサインを出して、「memo」組の演し物(だしもの)が終了します。(笑)

■31日(日)■ ≪ファイナルパーティー … 22:00より(中盤)≫

 次の「秋深し」組も、同様の雰囲気。 元気に舞台に上がったヤッシーが司会も兼ね、監督やプロデューサーを呼びます、「え? 監督、最初に挨拶したので、もう帰った〜?! ひどい、僕に声もかけず」  結局、監督はまだいらして、ステージへ。 「シャイにも、程がある!(笑)」と監督を叱ったヤッシーは、若杉Pと2人でネタを披露するような感じに掛け合いを展開し、テレビで観ていた以上のハイテンションぶり。 「英語でしゃべらナイト」にも出演しているので、一般客との英語をからめた爆笑の遣り取りも! 映画の内容とは正反対の挨拶となりました。
 「次郎長」組は、父娘で。 「もうたっぷり喋ったので、『旭山動物園物語』の話をしましょうか」と監督。 すると、そのチラシを出して見せる参加者がいるのです。 来年2月公開だというのに、早くも入手し持参しているとは! いや、さすが筋金入りの映画ファンの集まり。 真由子さんがそれを拝借し、監督の横で掲げます。 で、例によってたっぷりと語られ、「ラストは泣けますよ〜」と、この映画については締め。 肝心の話を忘れそうになり、慌てて真由子さんが「次郎長三国志」のお知らせを、「9月20日公開ですから、宜しくお願いしま〜す!」  監督は最後に、「貯金なんかないです。 すっからかんだから、仕事しようって気になるんです。 皆さんも、貯金が底をつくぐらい映画を観て下さい!」

「花は散れども」の新藤次郎プロデューサー・白鳥あかねさん・渡辺武信さん・野村正昭さんの4氏にも登壇して頂きます。 順にご挨拶をお願いしましょう。 新藤P 「今年で4回目ぐらいですが、居心地が良いので、前回から妻を同行しています。 金曜日に上映が終わり、昨日・今日と夏休みです(笑)」  白鳥 「今回初めて、直接関わった作品がないまま来たのですが、新藤兼人監督は私の恩人だし、池田監督とは何本もご一緒し、大変な思いもさせられたし、津川さんとも過去、仕事を通じて交流があるし、舛田監督とはずっと同じ日活だったし ━━ で、今まで以上にかかわりの深い映画祭になったようです」  業界歴50年超の白鳥さん、どこへ行っても、彼女の息のかかっていない者(笑)が一人もいないなんて事はないでしょう。
 渡辺 「来年夏頃には何とか新しい本を刊行できそうです。 いや、別に、ここでも販売してほしいなんて事じゃなく(笑)、最近の仕事の状況報告として、一応お知らせしておきます」  野村 「今日の『memo』のシンポ、ありがとうございました。 隣りにいらっしゃる渡辺さんの著書は、映画ファンから評論家になった私にとって教科書のようなものでした。 近年、ここでこうしてご一緒できる機会が増え、とても嬉しく思っています」

 再び、歓談タイムに。 今井さん脚本の「天使の卵」をプロデュースされた若杉さんにご挨拶しなければ。 が、ついさっき... というか、マキノ監督の長い話やその後の4氏のご挨拶の前にはステージに上がっておられたのに、お姿が見当らないのです。あちこち探し回るも、どこにも。 代りに、仕方なく(嘘です! すみません)、ヤッシーとお話することに。 気さくに、記念写真や握手にも喜んで応じる彼の周りには、いつも6〜7人がたむろ。 「今日は、司会や盛り上げ役も務め、ご活躍でしたね」とねぎらいの言葉をお掛けすると、「僕は映画は全く詳しくないんですが、いや〜、アットホームな雰囲気でいいですね」と普通に真面目な感じで返答して下さいます。 あの羨ましい役の撮影は、2週間ほどのタイトなスケジュールだったのだとか。 「晴れ男なもので、ずっと天気が続いてくれ、無事撮り終わりました」 これからも映画に出て、またゲストで来て下さい。 明日は、散策する時間もなく、すぐお帰りになられます。 後で、閉会間際にもう一度ヤッシーに話し掛け、若杉Pの所在を尋ねるも、結局分らずじまい。 お会いできずに残念でした。
 「memo」組の黒木助監督にも、「今日はナイスサポートでした」と寄っていき、「早く監督作を撮り、今度はご自分の作品でおいで下さい。 私は毎年来てるので、ずっと待っていますから!」の約束を交わしたのでした。

■31日(日)■ ≪ファイナルパーティー … 22:00より(後半)≫

 せっかくです、女優ゲストとも何かお話を。 カンちゃんはすっかりリラックスして、記念写真にも応じています。 確か白地に赤い図柄の浴衣だったような。 色っぽさはまだなくて(笑)、洋服の時よりも少女っぽく見えました。 「ようこそ、いらっしゃいました。 ただ一人の女優ゲストだったので、嬉しかったです。 夏休みの良い思い出になりました?」  高校3年の彼女、大学進学の予定なのだそう。 「高校よりは時間が取れると思うので、どんどん映画に出て、また来て下さいね」
 真由子さんにも。 前回3年前にはお話できなかったので、初めてになります、「おきん役、とっても良かったです。 失礼ながら、びっくりするぐらいに! 『旭山動物園物語』にどんな役で出演されているのか楽しみです」  「ほんのちょっとしか出てないんですよ」  「目を皿のように(とジェスチャー)して、観ますから。 今回はようこそおいで下さいました。 サプライズ、嬉しかったです!」
 mixi でよく遣り取りさせてもらっている実行委員のAさんにも、「お世話になりました。 また来年!」のご挨拶。 東京在住の彼には明日、来る時より多い人数のゲストを引率して(笑)飛行機で帰るという大事な仕事が残っています。

 案内があり、屋内スペースに集まってみると ━━ 。 照明の光度が落とされ、ステージ後方の白壁に映写されるのは、第16回の本映画祭で特集を行った際に来場されたマキノ雅弘監督の、パーティーでのご挨拶の模様を捉えた映像。 確か7月にNHKで同監督を特集した番組(未見)が放送された際に流されたのと同じものなのでは。 というよりも、その原版となる完全映像なのかも。 観たかったんです、これ! ここで、お目にかかれるとは。 車椅子の上から、「もっと日本映画を観てやって下さい!」と何度も必死に繰り返す監督のお姿からは、骨の髄まで染み込んだ活動屋魂が強烈に匂ってきて、圧倒されるほど。 もしも、あの場所に居合わせたなら、感激屋の私など、あっけなくぼろぼろ泣いていたことでしょう。 約10分間。 いや、良いものを見せてもらいました。 23時30分頃からは、確かここ3年ぐらい行なわれていなかったオークションが実施されます。 昔のマキノ雅弘監督作品の脚本や何かの衣裳などが出品されたようですが、ゲストとの話に忙しかったため、詳しい内容については把握できていません。
 そして、30〜40名の実行委員全員が舞台上に並んでの、実行委員長からの閉幕のご挨拶。 今年は、あっさりだったような・・・・。 実はこの時も、他の人と話をしていたりしたので、ほとんど聞いていなかったのです。 切り上げて、ステージ前へ行った頃に、「ありがとうございました。 また来年お会いしましょう!」と全員からのお辞儀が。 感謝の拍手には間に合いました。

 最後に、大高さんへ「またいつか、ここでお会い出来ますように! mixi の友人になって下さいね」と別れを告げ、出口へ向かいます。 時刻はちょうど0時頃。 明朝は、由布院駅5時42分の始発に乗るため、急いで宿に帰り、風呂へ入り、荷造りして、就寝しなければならないのです。 昨夜までなら寝る前に記していたパーティーでのあれこれのメモも、明日廻しです。 “ 終った・・・・ ” との感傷に浸る間もなく、ばたばたと準備を整え、眠りにおちたのでした。  翌朝は勿論、電車に乗り込むや否やメモに没頭。 大分駅までの1時間弱では終らず、結局もう30分ぐらいかかったでしょうか。 寝る前にやろうと思わなくて良かった。 ということで、最終日はとっちらかったまま終ってしまったので、総括はいつものように、帰りの電車の中でゆっくりと行なうことにしましょう。 当レポ、たぶんもう1回だけ続きます。

湯布院映画祭レポート08(14)

■9月 1日(月)■ ≪ 祭りのあと ≫

 4時半に起床し、宿を5時前に出発。 曇天で、外はまだ暗いです。 毎日寄っていたコンビニで朝食を済ませ、5時42分の由布院駅始発の電車へ。 今日から新学期だけあって、昨年までよりずっと学生の姿が多いです。 帰路も、『青春18きっぷ』の旅。 1時間足らずで大分駅の新しい高架ホームへ到着し、乗換えの地上ホームへと階段を降ります。 7時半頃、小倉へ向かう普通電車の座席から、何日ぶりかのお日様を見ることが出来ました。 来年の夏は、好天で、かつ今年同様、涼しい『湯布院』になりますように。

 まずは、こぼれ話的なものを2つほどご紹介しましょう。 「THE ショートフィルムズ」のゲストでおいで下さった「フラガール」の李監督が来年、九州ロケで撮ろうとしている2005年頃からの企画というのは、村上龍原作の「半島を出よ」ではないのでしょうか。 2〜3ヶ月前、映画雑誌のある記事の中で関連する情報として1行だけ書かれてあるのを目にしましたし、時期的にもロケ場所的にも符合するものですから。 原作は未読ですが、北朝鮮のコマンドが福岡ドームを占拠するところが冒頭のシーンだというぐらいは知っていますし、出版されたのも正に2005年3月。 ただ、韓国でも映画化が進んでいるようなのです(日本との共同製作)。 同国での大ヒット作「チング 友よ」のクァク・キョンテク監督がメガホンを取る予定なのだとか。 もしかして共同監督? それは考えにくいので、別々の映画化なのでしょうか。 または、一時期のブームが去り韓国映画は深刻な不振に陥っているみたいですから、同国での製作が中止され、李監督にお鉢がまわってきたということなのかも。 まあ、どんな映画でも良いので、李監督には早く新作を撮り上げて頂きたいもの。

 もう一つは、これを取り上げましょう。 この拙レポを通じて、ちょっと嬉しい偶然が判明したものですから。 同じものを mixi でもアップしているのですが、『湯布院映画祭』のワード検索で訪ねてくれたのか、藤竜也さんのファンで今年初めて本映画祭に参加し「しあわせのかおり」をご覧になられた福岡県在住の女性が、同項の辺りでコメントを書き込んでくれたのです。 色々遣り取りする内、何と私の隣りの席に座っておられた事が判明! 断定できたのは、座席の位置と、「隣席の人はたくさんメモを取ってました」という彼女の証言でした(笑)。 こんな楽しい偶然があるのですから、これからも『湯布院レポ』は止められません。

 帰路の乗換えは、大分駅・柳ヶ浦駅・下関駅・新山口駅・福山駅の5回。 岡山駅へは16時58分に帰り着きました。 本レポ用のメモの整理をしたり、読めない字を解読したり(笑)、色んな所への書込み用原稿の下書きをしていたら、11時間は結構あっという間。

 さて ━━ 、今夏の映画祭を振り返ってみると、金曜日の「花は散れども」、土曜日の「しあわせのかおり」と2夜連続で試写作品にとても感動し、またどのパーティーにおいてもゲストの皆さんとたっぷりと交流でき、3日目を終えるまでは過去最高に近い楽しさでした。 が、最終日、「秋深き」は期待ほどには惹き込まれず、「次郎長三国志」は予想通りに乗れず・・・・。 正直、尻すぼみの印象を抱きかけたのですが、ファイナルパーティーがとても充実していたので、今年も全体としては十二分に堪能することが出来ました。 ずっと天気が悪く何度も傘をさしたものの、強い降りには遭いませんでしたし、行き帰りとも『青春18きっぷ』を利用する時間的余裕もありましたから。
 残念だったのは、オリンピック直後の8月末開催という時期的な問題が大きかったのか、参加者が少なかったこと。 お天気も影響したのかもしれません。 ちょっとショックでした。 来年は、今年参加できなかった人たちが詰め掛け、例年以上の動員となりますように! 脚本家の荒井晴彦さんのご挨拶を聞ける機会がなく、また氏の新作に関するこれといった情報が入手できなかったのも残念な点の一つです。 試写作品の4本ともが今秋に公開されるのは、何より!(1年以上先になる事もあるため)

 蛇足ですが...。 本レポの序文で 【 2008年8月に開催され、28日に現地入りする私の『湯布院』歴は今年で8回目。 昨年のラッキーセブンに続き、今回はラッキーエイトになってくれるのでしょうか。 8を意識し、それに連なる幸運を見逃さぬよう映画漬けの日々を送ってきたいと思います。 】 と記しました。 文中で挙げたものに加え、『青春18きっぷ』も8がつきますし、「花は散れども」は新藤監督の48本目の作品。 それに、忘れてならないのが、八嶋さん!(笑) これだけの8に囲まれ、それぞれに良い思い出が出来ましたが、“ ラッキーエイト! ” と特記するほどのものはありませんでした。

 本レポの終了時には、来夏の『湯布院』まで “ あと三百何十日? ” と指折り数えるのが常。 が、今回はとりあえず、来年3月下旬まで我慢すれば良さそうです。 今春タイミングが合わず初参加が叶わなかった『高崎映画祭』へ、来春こそは足を運ぶつもりなのです。 そして、6月か7月に開催されるであろう『宮崎映画祭』へも初めて! 高崎には、2005年と2007年に一緒に『湯布院映画祭』へ参加した友人が住んでいますし、宮崎には、2006年の『湯布院』でお会いし私を mixi に誘って下さった『宮崎映画祭』実行委員のSさんがいらっしゃいます。 再会できるのも大きな楽しみ。  8月には、当然『湯布院』です。 1年間に3つもかぁ....。 今回の『湯布院』はかなり節約できたので、予算が余った分を来年に備えて貯金しておかなければ。 ちなみに、支援金やニュープリント化募金・パンフ十数冊分&メール便の代金などは除くと、総費用は約5万2千円で収まりました。 宮崎のSさんのお仲間数名が来年、初となる『湯布院』参戦を計画されているみたいなので、良ければ参考にして下さい。 あ、でも、私の場合は特別安く上げてるからなぁ(笑)。

 とにかく、『高崎』も『宮崎』も、きっとまた来たくなるような映画祭になる可能性大。 『ゆうばり』(2005年に初参加)・『函館』(2006年に初参加)への2度目の見込みや、『あきた十文字』や『伊参(いさま)』や『古湯』への初参加のめどが全く立っていないというのに、これ以上、行きたい映画祭が増えると、とっても困ったことに....。 でも、そうなってくれますように! 昔みたいにネットが発達していなければ、情報が簡単に入手できず、またその存在すら知らずに済んで、行きたいと思うこともなかったでしょうか?(笑)

 昨年は11月の始めまでかかった当レポも、今年は、映画祭の会期が例年より1週間後ろへずれたにもかかわらず、何とか10月上旬の内に完了することが出来ました。 たぶん昨年よりは若干短くなったとは思うのですが....。 実行委員の方々は、ご担当の仕事をこなさなければならずプログラムの半分も参加できていないでしょう。 拙レポートを読んで、映画祭の全体像を把握されている方がおられると聞いた事があります。 お世話下さった感謝の意味でも、今後もこの程度の詳しさでレポを続けていくことになるでしょう。 延々とお付き合い下さった皆さん、どうもお疲れ様でした。 来年3月下旬までは、あと5ヶ月半ほど。 次回は、『高崎映画祭レポート』でお会いしましょう(笑)。


                                     (終)