TOMIさんの湯布院映画祭レポート'11(第36回)

  例年だと、年初からこの時期までには、1度ぐらいはどこかの映画祭へ出かけていたものです。 『ゆうばり映画祭』 だったり、『ヨコハマ映画祭』 だったり、『高崎映画祭』 だったり、『宮崎映画祭』 だったり。 今年は、震災の影響で3月下旬に開催予定だった 『高崎映画祭』 の授賞式が中止になり行くのを取りやめたため、『湯布院』 が今年初の映画祭となります。2011年で11回目の参加。 西暦の下2桁と参加回数とが一致しており、覚えておくのが本当に楽(笑)。これからもこの関係性を崩さぬようにしていきたいものです。

 まず、今年のタイムテーブル
 プログラムで一番嬉しいのは、「冬の日」「NINIFUNI」「ファの豆腐」の中編映画3本だったりします。
 6月に東京のミニシアターでレイトショー公開されたものの、それ以外での上映予定が決まってなくて、スクリーンで観られるのを半分あきらめかけていた3本なのです。 会場が、湯布院とはちょっと離れた湯平温泉であり、ボンネットバスでのシネマツアーで初めて同地へ行くのも楽しみ。
 特別試写は、期待せずにはいられないほどお目当てのものはないけれど、どれも合格点以上には惹き込んでくれそうな顔ぶれ。 中でも 「種まく旅人」 は、塩屋俊監督と一度お話ししたことがあるので、注目しています。 同監督は、私が2005年に初参加した 『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』 に 「ビートキッズ」(デビュー間なしの相武紗季が主演)を出品され、その年 『ゆうばり』 で観た14本の中でもトップ3に入るほどの秀作だったので、上映後ロビーで感想をお伝えせずにはいられなかったのです。 今作もそれぐらいのレベルに仕上がっており、また監督とお話ししたくてたまらなくなりますように。

 悲しいのが、めぼしい女優ゲストがいないこと。 今月10日頃、映画祭の公式ブログに 「 『種まく旅人』 のヒロイン役・田中麗奈さんのゲスト参加が決定」 と発表され、拳を握って喜んだものの、翌日すぐにキャンセルになったとのお知らせが...。  気を取り直して。 どうも宣伝嫌いに思えてならない 『湯布院』 ゆえ、ネットで今回の映画祭の概要を一覧できる適当なページがないのですが、特集は 豊川悦司さん と 光石 研さん です。 もちろん、ご両名ともゲストで来場されます。 後は監督が10名ぐらいと、有難いことに完全に毎年のレギュラーゲスト化した柄本明さんなど。 はっきり言って、男だらけ(笑)。 色気抜き、純粋に映画のみに集中して楽しんでくることにしましょう。
 上述の俳優お三方以外のゲストの方々を具体的に記しておくと、行定勲(監督)、青山真治(監督)、曽根中生(監督)、長谷川法世(漫画家)、入江悠(監督)、久万真路(監督)、塩屋俊(監督)、関川夏央(作家)、荒井晴彦(脚本家)、廣原暁(監督)、 秋野翔一〈監督〉、佐々部清(監督)、青島武(脚本)、森田芳光(監督)、石丸謙二郎(俳優)、森下くるみ(俳優)、阪本善尚(撮影)、國松達也(プロデューサー)、臼井正明(プロデューサー)、三沢和子(プロデューサー)、白倉伸一郎(プロデューサー)、渡辺武信(映画評論家)、寺脇研(映画評論家)、野村正昭(映画評論家)...等など、となっています。

 ところで。 7月19日、俳優の原田芳雄さんがお亡くなりになりました。 本映画祭にとって、1976年の第1回からとてもお世話になった方なのだそうです。 今回の映画祭でも、何らかの追悼の催しが行われるかもしれません。 氏は、私が初参加した2000年の湯布院映画祭に 「スリ」 のゲストとしておいでになりました。 パーティーですれ違ったりしたものの、当時はゲストと直接お話しするなど考えてもいなかったため、言葉を交わすこともなく。 いつかまた来祭されるのを楽しみにしていたのですが....。  死去された3日前に公開された主演作の 「大鹿村騒動記」 は悲しいことに岡山県では公開予定がありませんでした(その後、9月に公開されることが決まりましたが)。 毎回 『湯布院』 にご参加されている荒井晴彦氏が脚本を執筆されている(阪本順治監督との共同脚本)こともあるし映画自体も見逃せない内容のため、私は公開2日目の日曜日に隣県の神戸にて本作を鑑賞。 訃報を聞き、お亡くなりになる前に観ておいて良かったなと思ったものです。 公開に合わせたかのようにご逝去されるなんて...、「竜二」 の金子正次を思い出しました(「竜二」 は第8回のクロージング作品であり、氏もゲストとしてご来祭)。それから、原田さんの奥様は岡山県のご出身なのだそう。 ご冥福をお祈りします....。

 最後に、2006年に本映画祭のクロージングとして試写上映された 「フラガール」 は、同年の断トツでのマイ・ベストワンでした。 なのに、その後は4年連続してクロージング作には失望続き...。 今年の 「僕達急行 A列車で行こう」 は、久しぶりの傑作でありますように! 現地入りする25日(木)まで、あと3日です。

 9年連続11回目の参加となる湯布院映画祭から帰りました。こんなに楽しい回になるなんて!! こういう見込み外れは大歓迎。 今回は女優ゲストもゼロに近いし、昨年のようにOさん(同じ岡山県から毎年参加されている湯布院の先輩。昨年はお仕事の関係で止む無く不参加)に出来るだけ詳しくレポするという勝手な使命感もなく、うまく力の抜けた状態で臨めたのも良かったのでしょう。

 楽しめた第一の要因は━━。 女優ゲストとの交流はなかったものの、それに匹敵するような嬉しい出会いがあったのです。 2つも!(詳しくは後で 笑) 第二は、もちろん映画の充実度。 上映後のシンポジウムで発言したい作品が3つもあったし、その内2つでは実際に挙手しマイクを握ったのでした。 お天気にも恵まれました。 到着した木曜日と翌金曜日は不安定だったものの傘をさすことはなく、土曜日と日曜日(最終日)は雨の心配が全くない快晴だったのです。

 いつも以上に来夏の映画祭が待ち遠しくてたまらない思いを抱いて帰った第36回湯布院映画祭。 プロローグでの煽(あお)りは、こんなもので十分でしょうか。 次回から具体的なレポを始めることにします。 近年の反省を踏まえ、” なるべくコンパクトに ” を心掛けながら。

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湯布院映画祭レポート'11(1)

 出発は、25日(木)の早朝。 岡山駅を5時18分に出た電車に、途中駅から25分頃に乗り込み、5度の乗り換えを重ねて、福岡県の中津駅までは 「青春18きっぷ」 で。 ここからは14時10分発の特急 【ソニック】 に50分ほど乗り、大分駅へ向かいます(特急の名称を覚えておいて下さい。 最終日の上映作品に登場しますので)。 昼間のこの時間帯は、普通電車の連絡がないのです。 それまで岡山からずっと青空が広がっていたものの、特急に乗車して間なしから空模様が怪しくなってきます。 出発前にチェックした天気予報通りに。 大分駅からは、また 「青春18きっぷ」。

 雨が降ってくるほどには天気は崩れず、16時13分に到着した1年ぶりの湯布院の地には所々青空も見えています。 去年までは着いてすぐ、既に始まっているシンポジウムに入場したものでしたが、今年は何も組まれていないため(16時半頃までは映画を上映。 18時まで休憩タイム)、ゆっくり出来ます。 まず、例年、映画祭に関連する展示が行われている駅構内のホールへ入るも、今年は実施されておらず。 では、と徒歩2分ほどの会場・湯布院公民館へ向かいます。

 公民館のロビーに展示されているのは、東日本大震災復興支援のためのチャリティー・オークションの品物の数々。 俳優や監督たちが、映画ファンにはたまらないお宝をずらりと出してくれているのです。 所定の用紙に自分のつけた金額を記入して箱に入れ、落札者には事務局から電話が入る仕組みみたいです。 締切は、最終日のお昼頃。 被災地に映画を届ける 『シネマエール東北』 の活動を紹介するパネルも、その並びに。 会期中何度か、映画の上映前に紹介フィルムも流されました。 また、募金箱も設置されています。  ロビーの反対側の壁は、その日の特集やゲストに関係する映画のポスターやチラシが日替わりで貼り出されるコーナー。 奥の壁には、明日の、ボンネットバスで行く [湯平温泉シネマツアー] の案内ポスター等が。 私は、こちらで上映される中編映画3本立てを楽しみにしているので、しっかり目を通します。 全日券の対象外イベントのため、1500円のチケット購入が必要。 ” 限定20名 ” と書かれてあるではないですか! 慌てて受付へ行き、無事購入出来たのでした。 この20名というのはボンネットバスの座席の数だという事が、翌日実際に乗ってみて判明。

 また受付では、今映画祭の大判チラシを10枚ほど貰ったのでした。 この後販売コーナーで買った映画祭のパンフレットとセットにして各地の映画の友に送るのです。 そのパンフレットは、昨年のものもあったので1冊購入。 今年初めてお届けする方に、今年のものと両方お送りしたくて。 バックナンバーを買うのは、確か3〜4年ぶり。 以前は定価通りでの販売でしたが、今回は半額になっています。 ラッキー。 70ページ超のパンフレットが約10冊まとまると、結構重くて大きな荷物に。 これをバッグに収めるため、中の着替えなどの荷物は例年以上に少な目にしてきたのでした。 クロネコヤマトのメール便を扱っているコンビニがあれば当地から発送できるのですが、3年前まであったのに閉店...。

 会場から2〜3分の、メール便を扱っていないローソンで、翌日以降の朝食用のパンや各種飲み物を購入した後、民宿風の素泊まりの宿へ。 ここへ泊まるのも、6年目。 徒歩10分ほどです。

 宿の前まで辿り着くと、受付用なのか去年までなかったガラス張りの小部屋が外に増設されています。 ちょうどお母さんがおられたので、4泊分の料金を支払って(去年から1泊当り100円の入湯料が必要に)、部屋に案内してもらいます。 確か4年連続となる、1階の、窓からの見晴らしの良い畳の部屋。 慣れているので、落ち着きます。 嬉しいサプライズは、2つ目のお風呂が増設されていたこと。 これで、他の宿泊客と競合する可能性がより低くなります。 ラッキー(その2)。
 コンビニで買い込んできたものを台所の共用冷蔵庫に収め、早速に荷をほどき、小バッグ(パンフレットやペットボトル、メモ用紙やペン、折り畳み傘、懐中電灯などを入れたもの)を持って、田んぼのあぜ道を通り、川沿いの道へ出ると、さっき来たのとは反対方向へ少し行った所に新たに橋が架かっているではないですか。 古びた、何十年も前からあるようなものですが、確か昨年まではなかった筈。 どこからか移設してきたのでしょうか。 これから向かおうとする店へは、この橋を渡ると、大きく遠回りせずに済みます。 ラッキー(その3)。

 ロールケーキの行列店 [B−speak] 近くのそこは、昨年目をつけていた ” 鳥の唐揚げのテイクアウトができる ” 食事処。 100g(230円)揚げてもらい、徒歩5〜6分の由布院駅に移動し、構内の椅子に座って、熱々を美味しくいただいたのでした。 途中駅の待ち時間に買ったコンビニ弁当を食べたのは、10時半頃。 夜のパーティーは22時からなので、軽く何か口に入れておかなければ、もたないのです。 適当な量でした。  次は、待望の━━。 向かいの土産物店でソフトクリームを、と思ったのですが、数分の差で販売が終了しており...。 以前尋ねた時には、19時頃まで買えると言ってたのになぁ。 夕方になると観光客も少なくなるし、まして平日ですから、仕方ないのでしょう。 が、既にソフトクリーム口になっているため我慢できる筈もなく、別の店でありついたのでした(笑)。

 満足して会場に向かうと、玄関の辺りに、親しくさせてもらっている実行委員のAさんがおられます。 昨日の前夜祭の野外上映が無事行われたのか確認。 大丈夫だったそう。 良かった! 1982年作品の 「次郎長青春篇 つっぱり清水港」(前田陽一監督/中村雅俊主演)が由布院駅の駅前広場で上映されました。
 さて、本日の特集は 【豊川悦司】 さん。 朝10時から 「必死剣鳥刺し」(平山秀幸監督/2010年)、「犯人に告ぐ」(瀧本智行監督/2007年)、「傷だらけの天使」(阪本順治監督/1997年)と彼の主演作が3本上映されてきました。 そして、いつもなら新作の試写作品が上映される夕方6時台からの枠では、「必死剣鳥刺し」 と並ぶ昨年の豊川さんの主演作 「今度は愛妻家」 がかけられ、同作の行定勲監督がゲストで来場されます。 もちろん、豊川さんご本人も! 彼は、「今度は愛妻家」 と 「必死剣鳥刺し」 の2本の演技により2010年度のキネマ旬報、報知映画賞、ヨコハマ映画祭等の主演男優賞を受賞されました。 正に油の乗り切った状態。 どんなオーラを発散してくれるのでしょうか。

【 今、最も旬な俳優といえば誰を思い浮かべるだろうか? 誰に聞いても、豊川悦司の名前が入っているのは間違いがないだろう。 映画、テレビを含めてその活躍は衆目の一致するところであるが、では何故、彼がこれほどまでに我々の印象に残るのだろうか。 ストイックな役作り、ぶれない俳優としての姿勢、私生活を含めたミステリアスな存在、挙げればきりがないが、画面では何度も見ているのに、実は私たちは彼についてあまり知らない。 そんな稀有な彼の魅力を是非、彼と行定監督との対談を通して湯布院で検証してみたい。(映画祭のリーフレットより)】

湯布院映画祭レポート'11(2)

 ホールへの入場扉は左右に2つありますが、正面の壁際には、7月にお亡くなりになった原田芳雄さんを偲ぶものが展示されています。 ガラスケースに収められているのは、映画祭のパンフレットに掲載するためこれまでに寄稿してもらった直筆のコメント用原稿が3回分と、ゲスト参加された際のスナップ写真が十数枚。 また壁には、スナップ写真を何枚もパソコンに取り込んで作ったのか特製ポスターが貼られています。 それに並べて、1997年の第22回映画祭で上映された原田さん主演の 「鬼火」 のポスター。

 映画祭バンフレットの冒頭の辞でも原田さんに感謝を捧げていますし、大震災にも触れていて、胸を打たれましたので、ここへ転載させてもらおうと思います。 了解を得た訳ではありませんが、映画祭のPRにもなる筈なので、お許しいただけますよう。 それに、掲載されているパンフを10冊近く購入しましたしね(笑)。 何より、一人でも多くの人に読んでもらいたいのです。
【 昔、湯布院にも大きな地震がありました。 そこで先達たちは 「湯布院は元気だぜ!」 と世間に知らしめるため、辻馬車を走らせ、星空の音楽祭を始めました。 翌年には映画祭もスタート、町おこしの先駆者として脚光を浴びる町になりました。 大地震と津波、原発事故と放射能、節電、風評被害・・・。 政治のドタバタ、電力業界のデタラメさがあっても 「ダケド、ボクラハ クジケナイ」。 ボクラは生き抜いて長い支援を行うためにも、早く日常に戻って頑張らねばなりません。 自粛なんてやってるヒマはない。
 映画応援団 「シネマエール東北 東北に映画を届けよう!プロジェクト」 に賛同して、百円募金とオークションを行い、義援金を集め売り上げを送ります。 御協力、よろしく!
 今年のポスターは湯布院の大谷隆広君がデザインしました。 35年前、映画祭前の4月に、大分市の映画館での 「祭りの準備」 上映応援のため、ボクラが原田芳雄さん、黒木和雄監督、シナリオライターの中島丈博さん、「竜馬暗殺」 のプロデューサー富田幹雄さんを招いた時の湯布院のまさに 「祭りの準備」 の時間をプロカメラマン山田脩二さんが撮影した写真。 その当時、映画祭の企画は進んでいましたが、「あー、映画祭をやれば、こんな至福の時間が持てるんだ」 と実感した時でもありました。 そう、芳雄さんが湯布院映画祭誕生の弾みとなった一人なのです。 芳雄さんの死は映画のための「壮烈な戦死」です。 その志を継ぐためには、ボクラは映画祭を続けなければならない。 ご冥福をお祈りします。 芳雄さん、ボクラに胸躍るたくさんの映画をありがとう!
 今年も集っていただいた映画人、映画ファンの方々、ボクラを支えてくれた町の多くの裏方さんたちにも感謝します。 湯布院映画祭実行委員長 伊藤 雄 】

 紹介が遅れました、今映画祭のテーマは 「ダケド、ボクラハ クジケナイ」 です。 1本ぐらいは原田さんの主演作を上映してほしかったのですが・・・・。 お亡くなりになったのが開幕が約1ヶ月後に迫った時期で、ラインナップ決定後だったため無理だったのでしょう。 来年は、1〜2本かけてくれるのでは。 かけてほしい!

 さて、話を戻すと、今は 「今度は愛妻家」 へ入場するところ。 この時は原田さん関係の展示は、ざっと眺めるだけでしたが、この場所は映画を観る前には必ず通るため、翌日以降何度も立ち止まって見入ったのでした。 ホール内へ入ったのは、上映開始10分前の17時50分頃。 うっ・・・・!!

■25日(木)■ ≪特別上映 「今度は愛妻家」 18:00〜20:20頃 ≫

 新作の特別試写ではなく、昨年公開済みの作品であるため、まだ十分に空席があるだろうと安心してホールに入ったら、満席状態ではないですか! 豊川さんの舞台挨拶があるのを失念していました(汗)。 客席は、ご婦人方で溢れています。 席を探してうろうろしていたら、ゲスト用に確保されている真ん中エリア後ろ3列の一部がちょうど開放され、通路脇の好い席に座ることが出来たのでした。 ラッキー(その4)。 結局、上映開始間際には十数名の立ち見が出たため、実行委員がその人たち用に両側通路に座ぶとんを敷き、座ってもらうことに。

 このホールの前方の席は、冷房が効きすぎて寒いぐらい。 昨年は、来る途中の電車内でエアコンにやられ、加えて1本目を前の方で観たため完全に喉にきて、映画祭の最後まで咳き込み続ける始末。 夜も寝られず、大変な思いをしたものです。 今年は、長袖をめくった服を着ており電車内で寒いぐらいの時は長袖に戻しましたので、ここまでは体調に問題なし。 ホール内の席も、会期を通じて前の方に陣取りたい女優ゲストがいなかった関係で全作品を後ろの方で観たため、ほとんど咳一つすることなく過ごせたのでした。 もちろん夜も、まずまずぐっすりと。

 さて、司会がゲストを招き入れます。「日本映画界を代表する名優のお一人、豊川悦司さん」。 すごい歓声の中、右の袖からご登場。 「続いて、日本映画界屈指のヒットメイカー、行定勲監督」。 大きな拍手の中、監督が舞台へ。
 豊川さんは肩ぐらいまでの長髪にされています。 NHKの大河ドラマの関係でしょうか(観てはいないのですが)。 ジーパン姿で、薄い色のサングラスを着用。 90度ぐらいの深々とした礼をされた後、スタンドマイクの前でご挨拶を。 「こんにちは、豊川悦司です。 この湯布院映画祭には、前からぜひ一度来たいと思っていました。 ずっとタイミングが合わなかったのですが、今回やっと来ることが出来ました。 どうぞ、ごゆっくりご覧ください」。 監督は、「トヨエツ祭りに、ようこそ(笑)。 私は、お隣り熊本県出身でもあるし、いつかはここへ呼ばれると思ってました。 なので、友だちから温泉入りに湯布院へ行こうと誘われても断ってきました(笑)。 とうとう、今年...! 今回は宜しくお願いします」

 お2人が袖に下がられた後、上映後に通常は2階視聴覚室に会場を移して行うシンポジウムが、今回はこのままここで開かれる旨アナウンスされたのでした。 2階の会場には入りきらない可能性が高いし、移動の際よい席を取ろうと混乱が予想されますので。 「シンポジウム参加料の300円は、お帰りの際、お支払い下さい」

【 舞台劇として大ヒットした原作の映画化。 かつては売れっ子カメラマンとして活躍したが、今は怠慢な日々を過ごす主人公と、彼を健気に支える妻。 二人の間に流れた時間と愛情と後悔を映画的な手法で鮮やかに掬い取る傑作。 妻の存在と不在に揺れ動く男心を豊川悦司が見事に演じている。(リーフレットより)】

 私は、昨年の公開時にもちろん観ており、2度目の鑑賞。 客席からは何度も大きな笑いが湧き起こっていました。 こういう作品は、満員の客席で観ると、より面白く感じられるものです。
 ところで本作は、7月に開催された隣県の 『宮崎映画祭』 でもクロージング作品として上映され、行定監督もゲストで来場されました。 2ヶ月連続の九州入りとなります。 監督は、フットワーク良く、海外も含めて色んな映画祭に参加されている方で、私が2005年に初参加した 『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』 にも審査員としておいでになっていました。 お話しする機会はなかったのですが。 また豊川さんは、これまた私が初参加した2009年の 『高崎映画祭』 の授賞式に 「接吻」 による助演男優賞の受賞者として登壇されましたから、2度目の ” 生 ” トヨエツとなります。

 上映後の休憩時だったか、連続参加記録が昨年無念の中断となってしまったOさんともお会い出来ました。 「復帰できて感慨深いのでは」 と問い掛けると、「まあ、1年空いただけなので、それほどには」。 でも、他の常連さんたちからも、昨年の不参加を残念がり今年会えたのを喜ぶ声を掛けられ、嬉しく感じておられたようです。 何にせよ、良かった! それに今回、Oさんには、私たちと同じ岡山県から土・日に初参加されるお知り合いの女性を紹介してもらえる事になっているのです。 重ね重ね、Oさんの復帰を喜びたいと思います(笑)。

■25日(木)■ ≪シンポジウム 「今度は愛妻家」 20:30〜21:45 ≫

 舞台には、少し良さげなゆったりと座れる椅子が3脚と、飲み物を置くための小テーブルが前に並べられます。 司会は、毎年参加されている映画評論家の野村正昭氏、「ゲストのお二方にも、それから観客の皆さんにもトークに集中していただくため、写真撮影はご遠慮ください」。  向かって右が行定監督、真ん中に豊川さん、左に司会の並び。 豊川さんと監督とは、行定 ” 助監督 ” だった頃からの付き合いなのだそう。 出会いは、岩井俊二監督のTVドラマ 「ルナティック・ラヴ」(世にも奇妙な物語/1994年放映)の現場。 「岩井監督は変!」 だというエピソードが、お二人からいっぱい語られました(笑)。 変だし、とにかく撮影が長い。 「いつ終わるんだろう?」 というのが、岩井組の現場なのだとか。 豊川さんがこの世界に入って 「ほんとにいつ終わるんだろう、と思ったのは、『Love Letter』(岩井俊二監督/1995年公開)が最初でしたね」。

 行定監督作品 「北の零年」 の時の豊川さんのエピソードを、監督が、「豊川さんは、寡黙に待ってるんですよね。 待てる人」。 映画俳優の仕事の一つは、待つ事とよく言われます。 豊川 「待ち時間にあまりしゃべると、電池が切れちゃうんです。もちろん役柄によって違い、いっぱい喋る時もありますけど」。
 「今度は愛妻家」 の時は、豊川さんの方から監督に 「リハーサルやりますよね」 と言ったのだそう。 「やって良かったです」 と監督、「あの夫婦の10年間を作る作業になりましたから」。 メリットは、他にも━━。 リハを見ていた石橋蓮司さんが、監督の耳元で豊川さんと薬師丸ひろ子の演技や何やかやについて、まるで解説でもしているような感想を言い続けたこと。 「演出のヒントにもなりましたから。 また、これまでスクリーンで観てきた以外の薬師丸ひろ子の新たな魅力も発見できました」。 「GO」 の直後に行定監督がやりたかったのは、「どろろ」。 豊川さんを百鬼丸役にと考えていたそうです。

 豊川さんは短編映画を監督したこともあります、「現場を俯瞰して見られるようになり、役者として楽になってきました」。 現在公開中の 「一枚のハガキ」 では、「石内尋常高等小學校 花は散れども」(2008年の本映画祭の試写作品)に続き、今年99歳の新藤兼人監督の現場を体験されました。 「すごいですよね。 98歳(撮影時)の生きている人が映画の撮影現場にいらっしゃるのが、まず凄いな、と。撮影が始まってしまうと、歳はあまり関係ありませんでした」

 客席からの質問タイムとなり、今年49歳の豊川さんに 「50代はどんな役者になろうと思われてますか?」。 答えは、「たぶん今と同じようなスタイルで、目の前の1本、1本を、一人でも多くの人に観てもらいたいと思いながらやっていくでしょうね」。 外国映画への出演は、あまりその気がないとの事、「恵まれた環境で仕事が出来ているので、十分じゃないかと思っています」。 やってみたい役としては、観客から 「以前おっしゃってましたよね」 と指摘され、「あ、そうそう、『今度は愛妻家』 で石橋さんがやられていたようなオカマの役に挑戦してみたいですね」。

 この辺りで、お時間に。 袖に下がるお二人を、大きな拍手でお送りします。 今映画祭に弾みをつけるにふさわしい、大盛況のシンポでした。 さあ、パーティーだ!

■25日(木)■ ≪ パーティー 22:00〜 ≫

 今夜と明晩の、屋外で行う立食パーティー会場へは、マイクロバスで移動します。 今夜は、金鱗湖そばの [亀の井別荘 湯の岳庵]。 夕方は今にも降りそうな空模様でしたが、お天気は大丈夫でした。
 庭園に十ばかり並べられたテーブルに自由につきます。 開宴のご挨拶は、まず、映画祭や湯布院の町にとってもお父さん的存在ではないかと思われるここ亀の井別荘のご主人・中谷健太郎さん、「湯布院映画祭も、昨年一つの坂を越えたように感じられました。 3.11の直後は映画なんか観てる場合じゃないだろうと思っていたが、こうやって今年も開催してみると、初日からかなり盛り上がっていて、嬉しいです。 この第36回湯布院映画祭から、また新しい何かが始まるんじゃないでしょうか」。 続いて行定監督、「隣りの熊本県出身なのに、なかなか呼ばれませんでした。 今年、やっと! さっきトークショーをやってきたのですが、普通ああいうイベントは半分ぐらいの観客が寝ているもんなんですね。 でも、ここは違いました。 熱気のようなものさえ感じました」。 そして豊川さんが乾杯のご発声、「第36回湯布院映画祭の開催、おめでとうございます。 さっきのトークショーで、かなり遠方からいらしている方が多いのを知りました。 ありがとうございます。 それでは、カンパ〜イ!」。

 飲食タイムがしばらく続きます。 同じテーブルで隣り合わせになった女性は、広島から来られたDさん。 何度目かのご参加のようですが、お話しするのは初めてです。 映画サークルの活動等やっておられる方。 早く一度は行ってみたいと願っている、すごい広島のミニシアター 『八丁座』 の話題で盛り上がりました。 翌日以降のパーティーで、宮崎映画祭実行委員のS原さんと以前からのお知り合いであることが判明。  今年も、これぐらいの時刻になると、蒸し暑さなどは全く感じられません。 快適な気温。 半袖だと寒い、ほどでもなくて。 ここは、温泉地であると共に避暑地でもあるんですね。 食べたり歓談したりの時間を過ごした後は、ゲストの皆さんにご挨拶をお願いする流れ。 で、明日のゲストである光石研さんや青山真治監督もいらしているので、壇上に立ってマイクを握っていただきます。 それから、漫画家の長谷川法世さん(「博多っ子純情」の原作者)は明日にならなければおいでになれないものの奥様が来られており、法世さんからのメッセージを代読されるとの事なのですが、あいにくその時の私は、家屋内の椅子に座り、美味しい冷麺をすすっていたため、ゲストの方々の壇上のお姿はそれなりに見えても、声までははっきりと聞こえなかったのでした。 故に、ご挨拶の内容は、不明...。 この後、プリンやシャーベットも口にでき、なかなかのラインナップでした。

 そうそう。 後から聞いた話によると、豊川さんは乾杯のご発声を務められると、間もなく別室に引き上げられたのだそう。 ご本人は、一般参加者と話す気満々だったみたいなのですが、追っかけの熱狂的な女性ファンが来ていたため、マネージャーが心配して、念のためこういう処置を取ることに。 私は最初から、女性ファンに周りをびっしりと囲まれるであろう豊川さんと話せるとは思っていなかったので、彼の姿を探すことさえしなかったのですが、女性ファンたちは残念だったでしょうね。
 私にとっての豊川さんは、何と言っても2006年の本映画祭でクロージング上映された 「フラガール」 の蒼井優ちゃんの兄役。 同年のダントツのベストワンで、2008年には舞台である福島県へロケ地巡りに行ったほど。 また、土曜日の試写作品 「種まく旅人」 の塩屋俊監督の 「ビートキッズ」(2005年)にも出演されており、大阪弁でいい味出しまくりでしたから(豊川さんは大阪府出身)、もしもチャンスがあったなら、これらの作品のことお話ししたかったなぁ。 それから、2009年に 「接吻」 で助演男優賞に輝き、私が初参加した 『高崎映画祭』 の授賞式に出席された時の思い出話なども。 いつの日か、豊川さんと直接言葉を交わせる機会はあるでしょうか。

 時計は、23時30分近く。 Oさんは青山監督を捉まえ、今年公開された同監督の 「東京公園」 について話し込んでいるみたいでしたが、私はさすがに眠気を感じ出したので、お開きの挨拶を待たずに、宿へ帰ることに。 パーティーからの帰路には、懐中電灯が必須アイテム。 街灯の明かりの届かないような所を照らしながら、10分ほどで帰り着きました。
 風呂は、もちろん新しい方へ。 広いです。 元からあった方もこちらも温泉をひいているのですが、新しい長方形の湯船は身長よりも長いので、思い切り足を伸ばして浸かれます。 疲れが取れました。 この新しい風呂へは、廊下の端から外へ出て、ほんの2メートルほど屋根も何もない所を歩くため、強い雨の時などは行きづらいかも。 でも、中は文句ありません。 これからは、こちらオンリーとなりそうです。 まあ、翌日の夜には、従来の風呂との比較のため1回だけ古い方を利用しましたが。
 風呂上りはエアコンを強めにかけたものの、寝る時は全く不要。 窓も締め切り、薄いタオルケットをかけて就寝したのでした。  

湯布院映画祭レポート'11(3)

 2日目、26日(金)の朝。 咳で寝られなかった昨年と違い、ぐっすり眠れました。 6時には、例によって、頼んでもいないモーニングコール代わりの 「野バラ」 のメロディーがどこかのスピーカーから湯布院の朝に響き渡ります。 雲が少なからず出ているものの、まあ晴れ。 陽光も差しています。 出発前の予報では、会期中は全ての日が曇りマークばかりでしたから、好転しているのでしょうか。

 今日は、S原さんたち宮崎組の皆さんと、4年ぶりに参戦するH野さんが到着される予定。 去年も参加された宮崎組の方々については説明を省きますが、H野さんについては少しばかり復習しておくことにしましょう。 古い日本映画ファンの彼女は、大映京都撮影所が特集された2007年に弾丸ツアーで関東から初参加されました。 木曜日の仕事を終えてから新幹線に飛び乗って九州入りし、その夜は日付が変わってからようやく大分市内のホテルにチェックイン。 金曜日の朝に湯布院入りし丸一日滞在して、翌土曜日の昼頃には帰路に就かれたという ” こうまでして来るか!?” な愛すべき・・・ 尊敬すべき映画バカ(失礼)のお一人なのです。  今年のお目当ては、「博多っ子純情」 の曽根中生監督。 20年ぐらい所在が不明で死亡説さえ流れていたのに、何と、ここ大分県にずっとお住まいだったのです。 映画とは全く関係のないお仕事を、しっかりとなさって。 同監督のお話しが聴けるなら━━、そしてパーティー等で直接対話できる可能性があるなら、と本日午後に到着し、明日のお昼ぐらいには湯布院を後にする予定、というまたもやの弾丸ぶり。 4年前にお会いしたきりなので、失礼ながらお顔はぼんやりとしたイメージでしか記憶できていませんし、彼女の方も同様でしょう。 うまく会えるでしょうか。

 連日、上映開始は午前10時より。 ゆっくり歩いても会場までは15分あれば着きますから、宿を出るのは9時半で十分。 それまでは、パンフレットにじっくり目を通していきます。 寝床で横になったり、座卓についたりしながら。 標高約500メートル、山あいのこの辺りの天気は急変しやすく、会場へ向かい始めた頃には、空一面が雲に覆われていました。 昨日の 「必死剣鳥刺し」 に続き、この日も1本目は時代劇。 今映画祭では、【朝イチ時代劇】 と称して土曜日までの3日間、その日のスタートは時代劇がプログラムされているのです。 なかなか意欲的な試みだったのでは。 来年はどんな企画を持ってくるのでしょうか。

■26日(金)■ ≪朝イチ時代劇 「悪坊主侠客伝」 10:00〜11:26 ≫

【 時は文明開化。盲目の怪僧・南無法華の鉄心が無法地帯で暴れまくる姿を、趣向を凝らした凄まじい演技の迫力で描くアクション時代劇の傑作。 近衛十四郎の鬼気迫る演技が、時代劇のルーティンワークや道徳、倫理さえも破壊してしまう様は、今こそ必見。 1964年作品。(リーフレットより)】

 それなりに楽しみ、観終わってロビーへ出ると、お車に乗り合わせて到着されたばかりのS原さんたち宮崎組の皆さんの姿が。 挨拶を交わした後、私は昼食のため外へ。 何と、歓迎すべき急変で、真夏の日差しが降り注いでいるではないですか! よくもまぁ、これだけころころ変わるものです。 風も少しあったし、空気がからっとしているため、そんなにつらい暑さではありません。
 ここ3年ぐらい毎年一度は行っている食事処へ。 昨日テイクアウトの鳥の唐揚げを買った店のすぐそばです。 昨年も食べた焼肉丼を頼んでしまいました。 今年は鳥の唐揚げ定食を注文してみようかと思っていたものの、昨日唐揚げを食べたばかりなので、2日続けては、どうも・・・。 食後は、駅前へ急行。 昨夕買えなかった土産物店のソフトクリームを今度こそ!(笑) 何の問題もなく買えました。 問題なく美味しいです。 満足。

 本日は、日本映画になくてはならない名脇役・光石研さんの特集。 この夏には、デビュー作以来の主役となる 「あぜ道のダンディー」(岡山では9月上映のため未見)も公開されましたから、絶好のタイミングといえるでしょう。 【 光石研という名前をいつから意識したのかはっきりとした記憶がないが、気がついた時にはすっかりその名前と顔を意識していた。 そんな染み込むように記憶に留まる彼の魅力を探ってみよう、という企画。 ” 北九州サーガ ” 3部作でがっぷり四つに組んだ青山真治監督とのトークと共にお送りします。(リーフレットより)】

■26日(金)■ ≪特集上映 「Helpless」 11:45〜13:05 ≫

【 青山真治監督の劇映画デビュー作で、” 北九州サーガ ” 3部作の第一作。 仮出所してきたヤクザの安男と再会した高校生の健次、安男の妹のユリが織り成す物語。 3部作すべてに出演している光石研の安男が出色。 1996年作品。(リーフレットより)】

 昼食から戻り、途中入場して、後半の40分ぐらいを観ました。 スクリーンでだったかビデオでだったかはっきり覚えていませんが、一度鑑賞済みの作品。 この時35歳の光石さんが、キレキャラを迫力十分に演じていました。

湯布院映画祭レポート'11(4)

 次の映画は、すごく楽しみにしていた、光石さんのデビュー作であり、曽根中生さんが監督された 「博多っ子純情」(1978年)。 封切り時以来ですから、33年振りということに。 当時は2本立てが普通であり、本作と同時上映されたのは 「九月の空」(山根成之監督)でした。 2本ともとても面白かったので、この事はよく憶えているのです。 ただ、両作の内容はもうほとんど記憶になくて....(汗)。 いつか再見したいと願いながら、果たせぬまま30年以上。 「九月の空」 は、ソフト化もされていない筈。
 それが━━。 実は2ヶ月ほど前、以前テレビ放送された際に録画していた 「九月の空」 を確かご友人から貰われた大阪の映画仲間が、それをダビングして私に送って下さったのです。 そして、今映画祭では 「博多っ子純情」 が特集上映の1本に。 30年以上観る機会のなかった同時上映の2本が、相次いで観られるなんて・・・・! こういう巡り合わせだったということなのでしょう。 「九月の空」 は、セリフの活きの良さに何度もにやりとさせられました。 「博多っ子純情」 は、どんなポイントに新鮮な驚きを感じるのでしょうか。

■26日(金)■ ≪特集上映 「博多っ子純情」 13:15〜14:49 ≫

【 長谷川法世の同名漫画の映画化。 目覚めた性への興味、祭り、喧嘩、いつも喧噪に包まれている博多の中学生・六平を描いた青春映画の決定版。 16歳でオーディションに合格して初主演した俳優・光石研誕生の映画。(リーフレットより)】

 面白い! 映画全体が躍動しています。 16歳の光石さん演じる六平は、へなへなしていて、ガキで、エッチなことばかり考えているけれど、” やる時はヤル!” いっぱしの博多んもんである。 原作者の長谷川法世さんも、エキストラ的にご出演。 一発で分かって、場内に笑いが弾けていました。 この後のシンポは、昨日の豊川さんの時のようにここ上映ホールで行われるかなと、ちらと思いましたが、いつものように2階で開催されることに。

■26日(金)■ ≪光石研特集のシンポジウム 15:15〜16:45 ≫ *序盤

 当然のようにかなりの立ち見が出ています。 窓から見える夏空は、晴れのまま。 前のゲスト席は、左から青山真治監督、光石研さん、長谷川法世さん、司会の並び。 長谷川さんは、夏用の涼しげな着物をお召しになっておられます。 で、曽根監督は? そしてH野さんは、無事到着され、客席のどこかに座っていらっしゃるのでしょうか。
 まずは光石さんからのご挨拶。 立ち上がるのか、座ったままかで悩まれた末、「客席の後ろの方にも顔を見てもらった方が」 のアドバイスに、起立して、「今日は、本当にありがとうございます。 こんなに多くの方に来ていただき、また長谷川先生にも久しぶりに会えて、感動しています。 最後まで宜しくお願いします」。 続いて長谷川法世さん、「私の漫画のただ一本の映画化作品です。 光石くんと会うのも、あれ以来だから30年以上ぶり。 この映画、久しぶりに観たけど、面白かったです(笑)」。

 シンポは、楽しく進みました。 印象的な発言を挙げていくとしましょう。 長谷川、「16歳から33年、光石くんも随分変わりましたよね。 原作マンガは、六平が大人になり、息子を持ち、孫を持つところまでやりたかったのですが、出版社の方から 『いつまでやるんだ』 と言われ、終わらせることに」。 映画のオーディションに応募してから受かるまでを、光石さんが語られます、「友だちが募集の切り抜きを持ってきて、高校の同級生3人で受けました。 1日、1万円で、4〜5日。 いいアルバイトになると思って。 友だちが段取りしてくれ、受けてみたら、一次は3人とも通過。 ところが、次のオーディションの前日に、僕がケンカしちゃったんですね。 大きなバンソウコウを貼って、会場に行きました。 審査員に訊かれ、正直にケンカでボコボコにやられた、と。 すると、ケンカの真似をやらされて。 2次、3次も通過。 審査員たちに、『また、来たな!』 という顔をされるようになりました。 同級生も一緒に通っていたんですが、応募してくれた彼はダメで。 遂に受かったら、すぐ写真を撮られて、ステーキハウスへ連れていかれました。 その間に、親や学校へ連絡していたようです。 親は全く知らなかったんですね。 次の日、登校したら、みんな覗きに来ました」。

湯布院映画祭レポート'11(5)


■26日(金)■ ≪光石研特集のシンポジウム 15:15〜16:45 ≫ *中盤

 20代から30代にかけて光石さんは低迷します、「壁にぶち当たりました」。 もがいている時に、「Helpless」 で青山監督に声をかけてもらったのだとか。 またしても福岡の、今度は北九州が舞台。 「九州弁が、僕の大きな武器になっている気がします」。 光石さんは現在、” 33年ぶりの主演作 ” という謳い文句の 「あぜ道のダンディー」 という注目作が公開されています。 監督は 「川の底からこんにちは」(2010年キネマ旬報ベスト・テン第5位)の石井裕也。 青山監督がそれに異議を唱えます、「『Helpless』 の光石さんは主演よ! 浅野忠信とのダブル主演。 なんで、33年ぶりって事になるの?!(笑)」。 その 「あぜ道の〜」 に主演してみて光石さんは、「主役だからという意識はなく、監督の細かい注文通りにやるのが先決でした。 必死だったですね。 セリフも多かったし」。

 青山監督は、北九州のご出身。 光石さんも、実は博多ではなく北九州。 光石さんより3つ歳下の青山さんは、「博多っ子純情」 で光石さんを博多に取られた感じがしたのだそう、「奪還したのが、『Helpless』 や 『EUREKA(ユリイカ)』 なんですよ」。 ゲストのお三方に、九州弁でフリートークしてもらうコーナーも。 が、あまり上手くいかず。 でも光石さんは、「もう東京での暮らしの方が長いんですが、いまだに九州弁の方が瞬発的に、ストレートに出る気がします」。
 光石さんにはシナリオは要らないんですよ、と青山監督。 「アドリブ的に任せられるんですね。 『サッド ヴァケイション』 でも、フィルムが回る限度の11分間、好きにやって下さいと言って、演じてもらいました。 ん〜、何だか、光石研自慢、北九州自慢にしかなってないね(笑)」。 光石 「青山組のスタッフが、九州弁が大好きなんですよ。 みんな真似して、もう可笑しくって。 僕が出演すると、みんな喜んでくれるんですよね」。

 Q/Aコーナーとなり、まず観客の一人から青山監督に 「ロカルノ映画祭での受賞、おめでとうございます」 の言葉が送られます。 つい先日、「東京公園」 が同映画祭で <金豹賞(グランプリ)審査員特別賞> に輝いたのです。 青山監督は立って、帽子を取り、一礼。 「あぜ道のダンディ」 での石井監督の演出のやり方について問われ光石さんは、「細かい演出でした。何秒空けて下さいとか、セリフも現場でどんどん修正しますし(※脚本も監督が執筆)。 落語がお好きなので、間とかリズムを重視してるみたいですね」。

 「途中、サプライズがありますよ」 との前フリがあった通り、16時10分ぐらいに待望の曽根監督が入って来られ、青山監督と光石さんの間に追加された椅子に座られます。 長時間だと疲れさせてしまうので、これぐらいの時間に登場してもらうことにしたのでしょうか。 または、シンポの最初からおられると光石さんを少ならず、かすませてしまうのを危惧して? マスコミ各社の取材がこれぐらいまでかかったのかもしれません。 早速ひと言いただきます、「今日はありがとうございます。 何か恥ずかしいですね。 今度こういう機会があれば、もっと面白い映画を携えて来たいです」。 長谷川さんがみんなの気持ちを代弁して、「今まで、どうされていたんですか?!(笑)」。
 映画祭のパンフレットによると、【 80年代後半、映画製作等での多額の借金の責任を負い、映画界とはきれいサッパリと縁を切り、知り合いに誘われて起業。 九州大学にて特許取得の技術・方法を学び、2つの特許を得る。 平成になった頃から大分県に住み、現在は日々その特許技術の更なる進化のための研究に追われている。】 のだそう。 すごい転身ぶりです。 9月20日発売のキネマ旬報等にも詳しい記事が載るようなので、それらにも目を通してみなければ。

 光石さんをどんな風に演出されたのか、長谷川さんが質問されます。 曽根 「光石くんは、オーディションの時、バンソウコウを貼ってたんですよね。 映画のラストの方でそういうシーンがあるので、ちょうどいいや、と(笑)。 芝居が上手いんですよね。 抑えるのに、一所懸命だった」。 光石さんは言葉もない、といった感じ。 「周りが恩人だらけなんで、どう言ったらいいのか(汗)」。 青山監督も緊張の表情、「以前、曽根中生マニアだったので。 いま、頭の中、真っ白なんです。 『博多っ子純情』━━ 王道の娯楽映画を久しぶりに観せてもらい、感謝しています」。 もう一人、青山監督にとって同じような存在なのが、鈴木則文監督なのだそう。
 「博多っ子純情」 撮影時の伝説的なエピソードについて、本当なのかと客席から質問されます。 光石さんも出演しているあるシーンで、他の役者がタバコを投げ捨てるだけの動きを2時間もやらされたそうなのです。 その真相は? 曽根 「くたくたになって力みが消えた状態で演技するのが、観客にとって観やすいものなんです。 光石くん上手すぎるから、待機している内に疲れてくるようにと2時間繰り返させたんです。 じっと待ってるのも何なんで」。

 光石さんは外国の映画にも出演されています。 現在 「ツリー・オブ・ライフ」 が公開中のテレンス・マリック監督の 「シン・レッド・ライン」(1998年)もその1本。 日本兵の役です。「どんな現場なのか見てみたくて。 これからも、そういう機会があれば、やってみたいです。 身の丈に合った役なら、ですけどね」。

湯布院映画祭レポート'11(6)


■26日(金)■ ≪光石研特集のシンポジウム 15:15〜16:45 ≫ *終盤

 長谷川さんも面白い方で、こんなに話術が巧みだとは思いませんでした。 テレビ番組の司会を務められたこともあるようです。 色んな要職にも就いておられ、今回は奇跡的にスケジュールが空いたため、ご参加が叶いました。 但し、シンポの最後までは居られず、終了の数分前くらいに退席されて博多へ戻られたのでした。 曽根監督は、受け答えが絶妙。 簡単明瞭にスパッと答えられ、また70歳を越え恐いものもないのでしょう、変な遠慮のない物言いをされ、それが巧まずして笑いを呼ぶのです。

 客席からの質問タイムとなり、何人目かに挙手された女性は━━。 確か、H野さん。 シンポが始まる前、2列目右端の自席から見られる範囲で客席を見渡し、たぶんあの人がそうだ、と見当をつけていた方。 4年前の初参加時も、それが目的のシンポでしっかりと質問なさっていたので、今回もきっと、と予測していたのです。 良かった、無事、弾丸ツアーで到着なさってたんだ。
 また、もう少し後で、後ろの方の席の 「三重から来たK田です」 と名乗られた男性が、立って質問を。 実は、2005年と2007年に本映画祭へ一緒に参加した高崎の友人から、映画関係のある活動を共同作業してきた三重の ” 映画の友 ” が今回22年ぶりに、曽根監督目当てで参加すると知らされていたのです。 私も、その人についてはかなり前から聞かされていたものの、まだ写真でも見たことがなくて。 上手く会えるかな、と心配していたら、K田さんは 「22年ぶりに来ました」 と続けられ、これで100%確証が得られました! このシンポの退場時には、まずH野さんに声をお掛けするつもりなので、K田さんにはパーティーの場でご挨拶するとしましょう。 K田さんは自己紹介に続いて、「本当に曽根監督なんですよね」 と、会場のどれくらいがそうかは分かりませんが監督のファンたちの心情を代弁する言葉を口にします。 監督は淡々と、「本当ですよ」(笑)。 「来た甲斐がありました」 と言うK田さんに、あちこちから拍手が。

 K田さんもそうだったかどうかは覚えていませんが、曽根ファンは、すごく買い被った過大評価風の表現で(気持ちは良く分かります)、あれはそういう事だったのでしょうか、と質問する人が少なくありませんでした。 監督はあっさりと、「いや、全然。 そんな大それた事じゃないです」(笑)。 肩の力の抜けた、飄々とした方です。 現役だった頃は、かなり恐い監督だったというのが信じられません。 光石さんへは、「博多っ子純情」 の相手役で当時アイドルだった松本ちえこに恋したりしませんでしたか、の質問が。 「特に、恋するというような事はありませんでした。 松本さん、ちょっとしたスキャンダルの後でしたしね。 でも、話しかけられて、嬉しかったです」。
 宮崎組のS原さんもご質問、「『博多っ子純情』 は、公開時、ベストワンにしました。 曽根監督の映画のエキストラにも出たことがあります。 ご自分の作品で好きなものは何でしょうか?」。 監督は、「 ” BLOW THE NIGHT!” 夜をぶっとばせ」 がお好きなのだそう。 未見の作品です。 光石さんがマイクを手に、「デビューしてまだ間なしの頃、CM出演のため東京に行ったら、曽根監督の撮影現場に遭遇したんですよ。 ” お前、何してるんだ ” って(笑)。 その時の映画は、『ワニ分署』(1979年)。 すっごく面白くて、好きですねぇ」。

 締めは、もちろん光石さん。 青山監督、曽根監督の順でそれぞれ短く挨拶された後、「曽根監督がいらっしゃる噂を聞き、青山さんにメールした所、既に知っていて、” 大変な事です。 身震いしています ” と返信が来ました。 僕も、本当に恩人と思っている2人に会えて、嬉しいです。 今日は、このような場を設けていただき、光栄です。 ありがとうございました」。 大きな拍手が、ゲストのお三方に送られます。
 退場時は、一つしかない出入り口から出るため・・・、それから2階でシンポが行われる時には紙コップに入った麦茶がサービスされ、その空になった紙コップを回収するため、人の波はのろのろとしか進みません。 そう離れていない椅子にまだ座ったままのH野さんに声をお掛けします、「H野さん! 岡山の○○です。 無事、いらっしゃってたんですね」。 「あ、お久しぶりです」。 「また、今夜のパーティーで!」。

湯布院映画祭レポート'11(7)

 次は、かなり楽しみにしていた 【湯平温泉シネマツアー】 です。 昨年初めて、10kmぐらい離れた湯平温泉で短編映画が上映され好評を博したので、今年も実施されることに。 ボンネットバスで送迎されます。 私は、今回が初参加。 昨日、ポスターに ” 限定20名 ” と書かれていたので慌てて購入したのが、このチケットなのです。
 ロビーで時間待ちして、出発予定時刻17時20分の10分前ぐらいに公民館の玄関から出て、スロープを下りていくと、ボンネットバスは到着済み。 チケットを提示して乗車します。 もうほとんどの席が埋まっており、空きは最後列に2つと、その前に1つぐらい。 ちょっと迷った末、一番後ろの若い女性の隣りに腰を下ろしたのでした。 その後3〜4人乗ってきて、定刻に出発。 ただ一人立っていた女性は、スタッフらしき色々と機材を持った若者に席を譲られ、「いいです、いいです。 立ったままで良いから、と言って、無理に券を売ってもらったんですから」。 この時、限定20名の販売というのは、バスの座席が20ほどしかないからなのだと理解したのでした。 別の女性が 「私もそうなんですけど」 と座席から腰を浮かせようと・・・。 もちろん、「お2人とも、どうぞ座って下さい」 ということで決着。 22名分が販売されたみたいです。 もし売り切れと言われていたら私だって同様に食い下がって、チケットを売ってもらっていたことでしょう。
 走り出してから、3〜4分。 隣りの女性に、「どちらからいらっしゃったんですか?」 と話しかけると、「大分市内なんです」 と笑顔で答えて下さいます。 後から分かったのですが、接客関係のお仕事をなさっている方。 それも納得の、とても感じの良い話し方でした。「私は、岡山からなんですよ」。 話す内、『青春18きっぷ』 で往復している事を打ち明けると、彼女は目を丸くしながら、「ご利用ありがとうございます」 と一層の笑顔で軽く頭を下げられたのでした。 そう、JRにお勤めなのです。 これで一気に打ち解けることが出来ました。  お仕事が休みの日だったので、日帰りで初めて参加されたのだそう。 私が 「大分市内には 『シネマ5』 というミニシアターがありますよね」 と言うと、「よく知ってらっしゃいますね!」 とにっこり。 かなり通われているみたいです。 洋画好き。 一番好きな映画をお訊きすると、1960年代のマイナーな外国映画のタイトルを口にされます。 不覚にも、私の知らない映画(タイトルを覚えられてなくて)。 絶対、「ああ、あの映画ですね」 と話を盛り上げられると思ったのになぁ....(汗)。 テレビ放映で観て、惚れ込んでしまい、昨年だったか今年だったかに東京で上映されたので、わざわざ観に行かれたのだとか。
 「パーティーには出られるんですか?」 と問うと、「このシネマツアーが終わったら、由布院駅発21時23分の電車で帰るんです」 と残念そう。 私はすかさず、パーティーがどんなに楽しいか説明し、「来年は、前もって休みを取り、ぜひ宿泊してパーティーにも出て下さいよ!」 と猛烈プッシュしたのでした。 本映画祭の悩みの一つは、若い観客が少ない事なので、少しでも解消しようと。 ━━ 嘘です。 あ、いや、嘘ではないのですが、これは後付けの理由。 本当は、来年またお会いしたくって(笑)。

 そうこうする内、20分ほど走ったバスは、ゆっくりと坂を上って行き、バックで車庫に入ります。 下車すると、案内に記載されていた通りおにぎりが2つ入ったパックと、他に湯平温泉のパンフレット、それと無料入浴券が手渡されたのでした。 ” え、入浴券? そんな時間あったっけ ” と首をひねりつつ貰ったものの、やはり使う暇などありませんでした。 石畳の坂道を、皆でゆっくりと上っていきます。 両側には、古き良き和風の家屋が軒を連ねているし、近くに渓流があるのでしょう、水の流れ落ちる音が響いています。 「情緒ありますね」、これは勿論、並んで歩いている彼女に向けて話しかけた言葉。 地元ながら、ここを訪れるのは初めてなのだそう。 そういえば昨日、大分駅から由布院駅へ各駅停車で来る途中、2つ手前に湯平駅があったのを思い出しました。 最寄り駅なのでしょう。 最寄りといっても、温泉からどのくらい距離があるのか分かりませんが。
 私は、名前の書かれている全日券のパスを出して彼女に見せながら、「○○と言います」 と、ここで初めて本名を名乗ったのでした。 「良ければ、お名前、教えてもらっていいですか」。 「O野です」 とすぐに答えてくれました。 漢字も、一応、確認(笑)。 3〜4分歩くと、路地の入口に、上映会場を矢印で示す看板が。 曲がると水音がより大きくなり、すぐに小さな橋があります。 渡った所が上映会場━━。

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 ここは、集会場のような所なのでしょうか。 スリッパに履き替え、左手に行けば上映ホールですが、まずは右手の座敷に、履いたばかりのスリッパを脱いで、上がります。 テーブルが四角に並べられてあり、おにぎりを食べるのです。 が、特に、お茶などが出される訳でもなく。 まあ、O野さんも私もペットボトルの飲料をバッグに入れており、問題はありませんでした。 上映開始の18時まで、5分ちょっと。 急いで食べなければなりませんが、そういえば彼女、お昼の時間をかなり過ぎてから、お目当てのパン屋でランチを召し上がったと 言っておられたような。 「まだお腹がすいてないんじゃないですか?」。 笑いながら頷くO野さんです。 炊き込みごはんのおにぎりが2つ。 炊き込み具合、味とも、いまいちでしたが、女性の前で残すことなど出来ません。 勢いで食べきりました。 彼女も完食、「私、たくさん食べるんです」。 頼もしい! 来年は是非、パーティーの数々の料理を食べ尽くしてほしいもの。 空になったパック等のゴミは、私がいち早く置き場に気づき、O野さんの分も片付けたのでした。 「ありがとうございます」━━ ポイントアップです(笑)。

 上映会場へ。 スリッパのまま入るホールに、折り畳みイスが50人分ぐらい並べられていたでしょうか。 床に座ぶとんを敷いて座っている、地元の方もいます。 スクリーンは、ミニシアターの中でも小さい規模の所にある程度の大きさ。 これぐらいの会場で観るには、十分です。 最前列(スクリーンとは適度な距離)の左端辺りが空いていたので、O野さんを促してそちらへ向かい、端の2席へ腰を下ろしたのでした。 彼女が端で、私が内側に。
 上映に先立ち、実行委員が挨拶に立ち、その際、上映順を変更する旨の案内がありました。 リーフレットやパンフレットでは、@「冬の日」 A「NINIFUNI」 B「ファの豆腐」 の順番だと告知されていたのですが、@とBが入れ替わり、「ファの豆腐」 「NINIFUNI」 「冬の日」 の上映順に。 確か、変更後のこの並びが、東京の 『テアトル新宿』 でレイトショー公開された時の順番では。 上映順は、大切ですからね(最終日にも実感することに)。 エアコンはなく、扇風機が何台か回されているだけ。 少し蒸し暑さを感じるものの、渓流の涼しげな水音にも包まれていますし、これぐらいなら大丈夫でしょう。

 DVDでの上映になります。 この3本は、短編というよりも中編映画。 「ファの豆腐」 は 【監督:久万真路/キャスト:菊池亜希子、塩見三省/40分】、「NINIFUNI」 は 【監督:真利子哲也/キャスト:宮ア将、ももいろクローバー/42分】、「冬の日」 は 【監督:黒崎博/キャスト:長澤まさみ、風吹ジュン/28分】 となっています。 いつもは大抵ひとりで鑑賞する私ですが、今日は隣りにO野さんが。 居眠り病にかからないようにしなければ(汗)。 結論から言うと、ほぼ大丈夫でした。 かたいパイプ椅子だったのでお尻が痛くなり、眠るどころではなかったのです。 スクリーンに虫がとまったりするのも、ご愛嬌(笑)。
 肝心の映画は━━。 正直、期待外れでした。 1本目の 「ファの豆腐」 と3本目の 「冬の日」 はまずまずだったものの、ヒロインの魅力とは別に映画としての出来映えを一番楽しみにしていた 「NINIFUNI」 がどうも冗漫で、何を描こうとしているのかピンと来なくて。 真利子監督には、昨年公開された 「イエローキッド」(第25回高崎映画祭 <若手監督グランプリ>)のような、とんがった娯楽作を期待していたのですが。 1本終了する毎にいったん場内が明るくされ、客席からの拍手もその都度スクリーンに送られます。 O野さんも 「映画祭は拍手できるのがいいですね〜」 とおっしゃってました。

 「ファの豆腐」 の久万監督とプロデューサーがゲストで来られているので、上映終了後には司会と3人でのトークショーが行われます。 まず司会から、ここ湯平での上映は昨年に続いて2回目になるが、「昨年も多くの人に来ていただきましたが、今年はそれ以上。 ありがとうございます」。 「ファの豆腐」 の主演女優・菊池亜希子さんはモデルとして有名な人。 映画ファンの間で昨年かなり注目された 「森崎書店の日々」 でヒロイン役を演じました。 同作は残念ながら岡山では公開されず、『青春18きっぷ』 を使い神戸まで出かけてキャッチしたものです。 なかなかの出来でしたし、菊池さんの演技も是非またスクリーンで観たいと思わせる魅力に満ちていました。 「ファの豆腐」 の彼女も、もっと観ていたいと思わせる心地よさを備えています。 「森崎書店〜」 同様、恋愛面で残念な結果に終わるのが、ちょっとかわいそうでした。 私なら、絶対あんな目に遭わせたりしないのに(笑)。 菊池さんを起用した理由について監督は、「豆腐をつかむ手が大事なので、手も綺麗な彼女にオファーしました」。 手を確認するため監督たちは、「森崎書店〜」 の舞台挨拶に足を運んだのだとか。 父親役は、塩見三省さん。 久万監督は 「悪人」 に助監督として就いておられ、塩見さんが出演しておられたこともあり、依頼したそう。

 「悪人」 といえば━━。 同作をはじめとする演技で、『湯布院』 の常連ゲストである柄本明さんが2010年度の数々の助演男優賞を受賞されました。 氏は昨年のここ湯平会場のメインゲストだったのですが、何と今日もいらしており、客席の後ろの方に座っておられたのです。 司会から紹介され、「いやあ、どうも。今年も来ちゃいました」(笑)と照れ笑いで立って、ご挨拶。 柄本さんは 『劇団東京乾電池』 の確か座長を務められていますが、今映画祭にはその劇団員の人が5名ぐらい助っ人としてボランティアスタッフに加わって下さっているのです。 さすが柄本さんの劇団に所属しているだけあって、良く気が利くし労を惜しまないし、文句のない働きぶりだったそう。
 実は、「ファの豆腐」 の中で幼稚園ぐらいの我が子と一緒に何度か豆腐を買う若い母親役を演じていたのが、同劇団の女優さん。 ちょうどこの会場にもスタッフの一員として来られており、今はマイク運びを担当されているので、紹介されたのでした。 スタッフは大抵(全員か?)その年の映画祭のTシャツを着ており、チャーミングな女性スタッフがいるなとチラ見していたら(笑)、劇団の女優さんだったんですね。

湯布院映画祭レポート'11(9)

 隣席のO野さんも、挙手。 初参加なのに大したものです。 後でそう話し掛けると、「こぢんまりした会場でアットホームな雰囲気だったので、発言することが出来たんです」。 その内容は━━ 「私はつい先日、誕生日を迎え、四半世紀を生きてきた事になるのですが、この映画のヒロインの年齢は何歳ぐらいの設定だったのでしょうか?」。 28歳ぐらい、との監督からの回答でした。 トークショーは予定より長く30分以上続き、20時40分を回ってから終了。 スケジュールでは、20時40分に湯平発となっているのですが...。

 来た道を、ボンネットバスの車庫まで戻ります。 渓流にかかる小橋を渡りかけると、上流の方が控え目に、でもそれがよく似合ったライトアップをされてあり、思わず足を止めて見入ったのでした。 「わぁ、きれい!」、言うまでもなく、この歓声は━━。 石畳の坂道を下っていくのですが、O野さんが履いているのは、そう高くはないけれどハイヒールに近い靴。 「大丈夫ですか?」 と、いつでも手で支えられるように少し離れて寄り添いながら、ゆっくりと歩を進めていきます。 私の出番は、残念ながら...(笑)。 「近頃お誕生日を迎えたと言われてましたけど、今月だったんですか?」。 「20日だったんです」。 つい、1週間ほど前。 実は、「私も20日生まれなんですよ、月は違って11月なんですけど」。 もう少し話していたかったのですが、もうそこに車庫が見えています。

 気がかりなのが、予定時刻を結構超過していること。 さっきも触れましたが、スケジュールではここ湯平を20時40分に出発して、湯布院公民館へは21時10分に到着となっているのです。 O野さんは、由布院駅を21時23分発の大分行きの電車に乗車されるおつもり。 なのに、ボンネットバスの所まで戻った時には、既に20時55分ぐらいになっていたのです。 21時23分に乗り遅れると、最終電車まで40分ほど待たねばならず・・・・。 O野さんは、運転手を務めてくれている年配の男性やスタッフに、問い合わせやら相談やら。 帰路は道を少し変え、最寄りの湯平駅で降ろしてもらえる事になった、とホッとした笑顔を見せます。
 と、そこへ柄本明さんもやって来られ。 バスの横に停まっている乗用車で送ってもらうのでしょうか。 O野さんは思い切って柄本さんに、「写真、一緒に撮っていただけますか?」 と笑顔でリクエスト。 特に若い女性からの頼みを断わるような柄本さんではありません。 快諾して下さり、私が携帯のシャッターを押して差し上げたのでした。 まごつきながら(汗)。

 ボンネットバスに乗車。 既に皆さん座られており、空いているのはドアそばの長い座席の真ん中辺りのみ。 ちょうど並んで座れました。 間もなく出発し、バスは山道を何度も曲がりながら下っていきます。 O野さんには、さっき柄本さんと撮った写真を見せてもらいました。 ちゃんと写っており、ひと安心。 「毎晩10時から行われるパーティーに出ると、こういうチャンスもあるし、美味しい料理やお酒も、いっぱい口に出来ますよ! 来年は早目に休みを取って、ぜひ泊りがけで来て下さい!」。 「そう出来たら、いいですね!」。 10分近く走ったでしょうか、やがて、駅舎の灯りが見えてきます。 「湯平駅が、電車を待つのに寂しすぎない所だったらいいんだけど」と、私はつい心配を口に。 幸い、ここが湯平駅だと知った60代ぐらいのご婦人が 「私も降ります!」 と手を上げられたのでした。
 お別れです。 「また来年、会えますように!!」 と、これはもちろん私。 「色々ありがとうございました」━━ O野さんは、握手を求めてくれたのでした。 その手を、しっかりと両手で包むように握りましたとも(笑)。 下車した2人は、手を振りながらバスを見送ってくれます。 身を乗り出すようにして大きく手を振り返した私の姿は、O野さんの目にちゃんと見えていたでしょうか。
 これが、今年の映画祭を楽しくてたまらないものにしてくれた ” 一つめの出会い ” なのでした。 女優ゲストのほとんどいない寂しさを、今夜のこの出会いが一気に埋めてくれました。 お釣りがくるぐらい(笑)。 ちょっと前にも書きましたが、本映画祭の悩みの一つは若い参加者の少なさ。 それを少しでも解消するためにも、と私は珍しく積極的にO野さんに映画祭の魅力をアピールしたのでした(ということにしておいて下さい 笑)。 けれど、携帯のアドレスを交換することもなく。 来年、果たして、O野さんと再会の握手を交わすことが出来るでしょうか? たくさんお友達を連れてきてほしいような、一人で来てほしいような(笑)。
 さて、結果や如何に。 私はもちろん、再会できると信じて行きます。 バースデーカードくらい用意しておこうかな。 来年の本レポートを、楽しみにお待ち下さい(笑)。 では、今年の湯布院レポは、この辺りで...。

 あ、いや、違います、違います。 まだまだ、これからでした(笑)。
 この項は、ちょっとはしゃいだ書き方をしてしまいました。 ま、こんなこと滅多にないので、無理からぬ事と笑って許していただければ。 それから、もう一つ、お詫びを。 今年のレポの冒頭で、コンバクト化をめざすと記しました。 が....。 申し訳ありません! レポの締めくくりではなく、この辺りで早目に謝っておきたいと思います。 映画祭が楽しすぎるのが良くない、と責任転嫁(笑)。  

湯布院映画祭レポート'11(10)

 ボンネットバスが湯布院公民館に戻って来たのは、21時22〜23分頃。 湯平温泉から直行していればもう3〜4分は早く着き、途中下車しなくてもO野さんが由布院駅21時23分発の電車に乗れたかもしれませんが、湯平駅へ寄るのも大して大回りになった訳ではないし、もう一人そこで降りたご婦人もいたのですから、遠慮せず運転手さんやスタッフに相談して正解だったと思います。
 それより問題は、映画祭側がスケジュールを守らなかった事。 O野さんがもし予定していた電車に乗り遅れたなら、本映画祭に良くない印象を抱いてしまい、来年はもう来るのは止めようとの判断になったかも。 参加者を失う羽目になったかもしれませんから、スケジュールはある程度余裕をもって立て、極力守るようにしていただきたいもの。 予定通りの時刻に湯平温泉を出発できていたなら、湯平駅へ迂回することもなく、O野さんは由布院駅から電車に乗った筈。 見送りたいな、と思っていたのです。 そんな私の目論見も、ぶち壊されて....!(怒) あ、でも、湯平駅でバスから下車する際、握手を交す素敵なお別れが出来たのだから、結果オーライかな(笑)。

 私たちが湯平会場へ行っている間に、本会場で行われたのは、「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」 の特別上映と、その後のシンポジウム。 本作は、【 「SR サイタマノラッパー」 で注目を集めた入江悠の最新作。 ネット社会が生んだ新感覚ロックバンド 『神聖かまってちゃん』 の曲が発火点となり、違う場所で同じように悩んで悶々としていた男女が自分らしさを取り戻すために走り出す。(リーフレットより)】 という映画です。 主演は、現在16歳の二階堂ふみ。 第68回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された 「ヒミズ」(園子温監督、来春公開)で染谷将太(19)くんと ≪マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)≫ をダブル受賞した、いま話題の若手女優です。 もしゲストとして来てくれていたなら、このニュース、もっと驚き、もっと喜んだでしょう。
 「神聖〜」 は今年劇場公開された作品であり、岡山でもミニシアターのレイトショーにて1週間のみ上映されました。 「サイタマノラッパー」 1、2作は岡山県では公開されず、やむなくDVDでの鑑賞になったため、今作は是非スクリーンで観たくて駆けつけたものの、朝早くからの仕事の私にとってレイトの枠はいつもならとっくに就寝している時間帯。 やはり、半分ぐらい寝てしまったのでした。 睡魔を蹴散らしてくれるほどには惹き込んでくれなくて。 でも、どんな感じの映画かは分かったので、迷わず [湯平温泉シネマツアー] の方を選べたのでした。 未見だったなら、どちらにするか激しく悩んだことでしょう。 O野さんにも会えなかったかも(笑)。

■26日(金)■ ≪シンポジウム 「神聖かまってちゃん」 〜21:45 ≫

 まだシンポジウムは続いている時間なので、いつもの2階視聴覚室へ向かいます。 ゲストは、入江悠監督と、女優の森下くるみさん。 唯一の女優ゲストなのですが、私が湯平会場の方をチョイスし、森下さんを生で見る機会はあまりなさそうだったので、私にとって今映画祭は女優ゲストがほぼゼロだという事になってしまったのです。 そうっと入っていき、後ろの壁際で立ち見。 入江監督は、これまで写真等で顔は見たことがありますが、実物も意志の強そうな顔つきをしています。 でも、短時間ながら、氏の発言や客席とのやり取りなどを聞くと、柔軟さも併せ持っているような印象でした。 森下さんは、失礼ながら名の売れた女優ではないものの、生で見ると、結構キレイです。 もし湯平会場に行かず、ここのホールで 「神聖〜」 上映前の舞台挨拶の彼女を見ていたなら、シンボでも最前列を確保していたかもしれません。 ....いたな(笑)。

 シンポの締めで、新作の予定として監督の口から、近々 「ラッパー3」 を撮る事が発表されました(既にネットの映画ニュース等で知っていましたが)。 埼玉、群馬ときて、今度の舞台は栃木。 「意地でも東京には行かないぞ、と。 次で一応、大団円となります。 一つの決着をつけるつもりです」。 その 「ラッパー3」 こそは、スクリーンで観られますように! 15分程度でしたが、シンポに出られて良かった。

湯布院映画祭レポート'11(11)


■26日(金)■ ≪ パーティー 22:00〜 ≫ *前半

 今夜の会場へも、マイクロバスで向かいます。 昨夜と近い場所にある [九州湯布院民芸村]。 今年は、例年以上の混みようだったのでは(印象はいい加減なものではありますが)。 来賓のご挨拶に続き乾杯をした後は、飲食タイム。 各テーブルにも料理は大皿で出てますし、後から運ばれてもくるのですが、ここでのメインは、バーベキュー! 毎年、牛肉と地鶏を差し入れてもらっているらしく、出入り口の脇でスタッフたちが炭火の上に大きな網を乗せ、2種類の肉を豪快に焼いてくれているのです。 テーブルの料理を少しつまむと、早々にバーベキューの列につきます。
 さっき私から声をお掛けして自己紹介した、22年ぶりに三重から参加されたK田さんも、私より先にしっかり並ばれています。 共通の友人である高崎のTさんから私の事はお聞きになっており、「(私の)顔を知らないので、どうやって探そうかと思ってました」 とホッとした顔をなさったのでした。 昨夜遅く湯布院入りするも、券が売り切れていたためパーティーには出られなかったのだとか。 パーティーは4夜とも立食形式ですが、K田さんのお目当ての曽根監督には椅子が用意されており、後でしっかりとお話しされたみたいです。

 今年はトマトがブームらしく、バーベキューコーナーの横には、大きな桶に冷水を張り鮮やかな色のトマトを浮かべています。 塩をつけて、丸かじり。 心は動いたものの、私は手を伸ばさずじまいでした。 バーベキューの肉は、例年通り後でもう一度並んで、美味しく頂きました。 今年は、結構遅い時間まで食べられたのでは。 差し入れの量が多かったのか、参加者に草食系が増えたのか(笑)。 私は乾杯の時のビール一杯のみですが、皆さんお酒もすすんでいるよう。 焼酎を口にされる方も多かったでしょう。 焼酎メーカー2社が、4夜とも飲み放題で提供してくれていたみたいですから。

 ところで、H野さんの姿が見当たりません。 彼女もお目当ては曽根監督なので、その辺りを何度か見まわしてみたし、密集度は高くてもそう広くない会場なので、来られていれば特に探さずともお会い出来る筈。 明日の昼頃にはお帰りになると言われていたので、曽根監督とお話しするには恐らくこの機会しかないのに...。 次の日にお会い出来たので確認してみると、何かハプニングというか急用が出来たためパーティーには出られなかったとの事でした。 このままお帰りになるのではH野さんが可哀相すぎると思ったものの━━。 どうなったかは、3日目(土)以降分のレポでお知らせします。
 森下くるみさんも勿論おいでになっており、常に男女を問わず何人もに囲まれた状態でした。 それでも話そうと思えばそう出来たのですが、言いたい事が思い浮かばなかったため、何度かチラ見するだけでした(笑)。

 パーティーが中盤に差し掛かかると、ゲストの方々からご挨拶を頂戴していきます。 良く見えるよう、近くへ移動。 高くなった台のような所に立ってもらうのですが、光石さんと一緒に上がった青山監督はもうぐでんぐでん。 次の夜もそうでしたし、こんなに呑む人だとは思いませんでした。 光石さんは、スタッフと両側から青山監督を支えながら、「周りは尊敬する人ばかりで、とにかく感激しています。 『サッドヴァケイション』(青山真治監督)には、曽根という役があり、敬愛する曽根監督に登場してもらってるんです。 今回は、呼んでくれて本当にありがとうございました!」。

 次は、曽根監督と、監督に連絡を取るに当たって大きな力になってくれた成田プロデューサー、そしてお馴染みの元・名スクリプター白鳥あかねさん(スクリプター歴50年!)の ” にっかつトリオ ” がご登場。 先ほどご挨拶された光石さんが台から下り、私のすぐそばにやって来られると、ご自分の携帯を出され、曽根監督に向け夢中になって何度もシャッターを押しておられました(笑)。 その曽根監督は、「僕よりも僕の作品について詳しい皆さんに囲まれて、感激しています」。 曽根監督の電話番号を知っていたのが成田P、「日活に入社して最初の作品が、曽根監督の 『嗚呼!! 花の応援団』 だったんです。 あの頃の監督は恐かったですね〜(笑)」。
 白鳥 「曽根さんは、簀巻(すまき)にされて九州の海に浮かんでるんじゃないかといった噂が幾つか流れていました。 実は、今年の映画祭は来ないつもりだったんです。 この後に広島で映画のイベントがあるものですから。 でも、曽根さんがゲストと聞き、” 行く!” って(笑)」。 白鳥さんは映画脚本も何本か執筆しておられます、「曽根監督用に書いた 『わたしのSEX白書 絶頂度』(1976年)という映画の脚本が、自分のシナリオの中で一番好きなんですね。 現場での直しもあるし、またスクリブターもやったので、結局半年ぐらいずっと一緒にいたものです。 それから、私たちは2人とも、日活がロマンポルノになる前から在籍していて、” ロマンポルノを撮らないヤツは会社を去れ!” と言われても残った、同士のような間柄。 そんな曽根監督が本当に生きているのかどうか、直接さわって確かめるためにやって来ました」。 大きな拍手です。

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■26日(金)■ ≪ パーティー 22:00〜 ≫ *後半

 「神聖かまってちゃん」 組。 「シンポジウムでたくさんの意見を貰えて嬉しかったです」と、入江監督。 森下くるみさんは、「映画祭は、もちろん初めてです。 とても楽しくて! 多くの、色んな世代の方々に話しかけてもらい、歳の差はあるけれど同士みたいに感じています。 お酒も美味しいです!」。 湯平会場で上映された 「ファの豆腐」 の久万監督もいらっしゃっており、「温かい上映会でした。 こちらでのシンポではかなり厳しい意見が出ていると聞いています。 いつか、そういうきついシンポを体験できるような映画を撮って、今度は長編で呼んでもらいたいです」。

 再び歓談タイムとなり、頃合いを見計らって光石さんのそばへ。 この時も4〜5人の参加者に囲まれていましたが、そう待たずに話しかけることが出来ました。 「『博多っ子純情』、封切り時以来33年ぶりに観ましたが、すごく面白かったです! 同時上映は 『九月の空』 でしたよね。 2本とも良かったので、はっきり覚えてるんです。 どちらも、もう一度観たいと思いながら、なかなか機会がなくて。 特に 『九月の空』 はビデオ化もされていないものですから。 それが、2ヶ月ぐらい前に、昔テレビ放映された時に録画した 『九月の空』 のDVDを映画の仲間から送ってもらいまして、遂に観ることが出来たんです。 そして、この映画祭ではスクリーンで 『博多っ子純情』 を観られて! そういう巡り合わせだったんだなぁ、と感慨深かったです」。 周りの参加者からは、「『九月の空』 は山根成之監督でしたよね」 とか 「主人公は剣道部だったかな」 などの関連発言が。 私は、そういう具体的な情報はすっかり忘れていたのに...(汗)。 さすがは、常連参加者たちです。
 新作についても触れておかなければ、「私は岡山に住んでいるんですが、『あぜ道のダンディ』 は9月24日からの上映なので、まだ観られてないんです。 公開されたら、すぐ行きますので」。 光石さんは、「フィルムの本数が多くないので」 と公開の遅れがまるで彼のせいでもあるかのように、軽く頭を下げてくれます。 イメージ通りの気さくな方でした。 近い内、またおいでいただきたいものです。

 親しくしている映画祭スタッフのAさんともゆっくりお話ししたかったのですが、他の人がなかなか彼を放してくれなくて(笑)。 聞きたかったのは、「KAMIKAZE TAXI」 のオーディオコメンタリーのこと。 東京在住の映画祭スタッフであるAさんは原田眞人監督の映画のファンであり、監督ご自身ともとても懇意にされているのですが、11月2日に発売される同監督の 「KAMIKAZE TAXI」 インターナショナル・バージョンDVDで特典映像として付くオーディオコメンタリーに原田眞人監督、松江哲明監督と一緒に出演しておられるのです。 IMAGICAでの収録が行われたのは、7月下旬のこと。 映像を観ながらの同時録音で、上映時間が2時間なら、ほぼその時間で録り終わるものなのだそう。 固有名詞を間違えた時とかは、あとからその箇所のみを録り直し、重ねて修正。 原田監督は、トム・クルーズ主演の 「ラストサムライ」 に重要な役で出演され、アフレコ経験済みのため、録り直しも一発OKだったのだとか。
 前回、原田監督が来祭されたのは、「金融腐食列島 呪縛」 が試写上映された1999年の第24回でした。私が初参加する1年前のこと・・・・。 原田監督には、まだお目にかかった事がないのです。 昨年は、私が初参加した2000年のゲストだった阪本順治監督が10年ぶりにおいで下さり、初めてお話しすることが出来ました。 原田監督にも、いつかは本映画祭でお会いしたいもの。 こればかりは、タイミングや色んな条件が合わなければならず、難しいかもしれせんが。 なあに、「博多っ子純情」 や 「九月の空」 だって33年ぶりに観られたのです。 原田監督とだって、その内、きっと!

 時刻は23時40分近く。 締めは、勿論この人━━ 光石研さんです。 もう何回目かになる感激のご挨拶の後、「また来たいです!!」 と湯布院の夜空に叫ばれたのでした。 今夜の会場は、昨夜の所よりは宿寄りに位置しており、同じ道を通って帰っていきます。 ポイント、ポイントで、懐中電灯を活躍させながら。 涼しくて、いい気持ちです。  

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 3日目、27日(土)の朝は、快晴に近い上天気。 共用の冷蔵庫に保存しておいた買い置きのパンで朝食を済ませた後は、昨日と同じように寝床で横になったりしながらパンフレットに目を通していきます。 ようやく、読了。 今日も9時半頃に宿を出て、公民館へ。 10時からの1本目は、【朝イチ時代劇】 です。

■27日(土)■ ≪朝イチ時代劇 「十兵衛暗殺剣」 10:00〜11:25 ≫

【 新蔭流正統を証明する印可状と守り刀の奪い合いを描いた傑作。 全編を覆う死の陰と破滅への道。 終焉を迎えつつあった東映時代劇のスタッフとキャストの全霊を注いだ戦いがオーバーラップして迫ってくる。 湯布院映画祭二度目の登場である。 1964年作品。(リーフレットより)】 異色の時代劇。 もっと、すかっとするものを観たかったのですが....。

 昼食へ。 外は、変わらず快晴です。 適度に風もあって、由布岳がくっきりと見えています。 去年は雲に覆われてばかりで、短時間しか山頂を眺めることが出来ませんでしたが、今年は見えない時がないぐらい。 まるで大安売り状態(笑)。 いや、良いことです。 到着した日に鶏の唐揚げをテイクアウトで買った食事処で、【豊後地鶏のチキンステーキ丼】(780円)を。 テイクアウトする際の待ち時間に店内の壁に貼られていたメニューを見て、” よし、これだ!” と決めていた一品なのです。 大きな身を焼きそれをカットしたものをのせているイメージだったのですが、そうではなく、唐揚げ用みたいな肉を5〜6切れ、焼くというより炒めた感じ。 味付けも、和風というより、どちらかと言えば中華風。 まあ、普通程度には美味しかったので完食しましたが、もうこの料理を注文することはないでしょう。
 食後は、例によってソフトクリームを、と駅前の土産物店へ向かうも、少し手前の店ののぼりに目を引かれ、桃のシャーベットソフトなるものを買ってしまったのでした。 もう少しクリームっぽい食感のものを期待したのですが、普通のシャーベットをソフトクリームの形状にしているだけでした。 味は悪くありませんが、予想を裏切られたため、ちょっとがっかり。 この店は食事も出しており、表の目立つ所には 【豊後牛弁当 限定20食】 の写真入りメニューが掲げられています。 販売されている事は去年から知っていたのですが、テイクアウト用なのかと思っていて。 今回初めて入ってみると、店内で食べられる事が判明。 出来たら、明日の昼食に来たい! ただ、最終日で新作ばかりが上映されシンポもあるため、その時間は取れないかなぁ。 ダメなら、来年です!

■27日(土)■ ≪旧作上映 「経営学入門より ネオン太平記」 11:35〜13:07 ≫

【 古本屋を廃業してキャバレーの支配人となった主人公の涙と笑いの奮闘物語。 ライバル店が開店しようとも、火事に見舞われようとも、PTAから反対されても、それらを逆手にとって生き抜いていく姿は感動的である。 だけど僕らは挫けない、のだ。 1968年作品。(リーフレットより)】 昼食から戻って、そうっと途中入場し、後半の40分ほどを鑑賞したのでした。

 ロビーに出ると、昨夜のパーティーにいらしてなかったH野さんのお姿を発見。 ハプニングというか急用で出られなかったため、お目当ての曽根監督宛てに手紙をしたためお渡しするつもりなのだとか。 嬉しいことに、時間の都合がつき、滞在を延長して今夜のパーティーには出られるようになったとの事! だったら、その場でゆっくり話せます。 「ではまた、今夜」。 次は、本映画祭でのいちばん長い映画です。

■27日(土)■ ≪旧作上映 「日本のいちばん長い日」 13:20〜15:57 ≫

【 昭和二十年八月十四日の特別御前会議での終戦決議から、玉音放送された翌十五日正午までを中心に、” 日本のいちばん長い日 ” を描いた大作。 それぞれの立場で真摯かつ誠実に日本の将来を考え、論じた男たちの熱さが、平成の時代を撃つ。1967年作品。(リーフレットより)】
 見応え十分でしたが、長さに負けて、ところどころ居眠りをしてしまいました(汗)。 昨年は、5分おきぐらいに咳をしてしまうぐらい喉の調子が悪く、出来るだけこらえようとして腹筋や胸の筋肉が痛くなるほどでしたが、そのため居眠りとはほぼ無縁で。 体調の良い今年は、逆に....。 ダメですね、こんなことでは。 次の映画からは、クロージングまで全て新作なので、集中して観なければ。

■27日(土)■ ≪「日本のいちばん長い日」 トーク 16:15〜17:00 ≫

 ゲストに作家の関川夏央さんをお迎えして、本作についてあれこれ語っていく企画です。 他に、常連ゲストの荒井晴彦氏(脚本家)と青山真治監督が、出席されています。 2階のシンポ会場にて。 窓外は、変わらずに晴れ。
 当然ながら戦争に関する発言が多く、部分的に掲載してしまうと変な誤解を招く恐れもあるし、前記した通り上映中に少なからず居眠りし、ここでのゲストの発言にピンと来ない箇所もあるため、この項については採録風の具体的な記述は控えたいと思います。

湯布院映画祭レポート'11(14)

 3日目にして初めて、特別試写作品が上映されます。 ここ大分県でロケされた、お茶作りを題材にした作品であり、入場開始前にはモデルとなった農園の方がロビーでお茶をふるまってくれたのでした。 私は間に合っていたため手を伸ばしませんでしたが、映画を観終わった時には、やっぱり頂いておけば良かったなと、ちょっと後悔したのでした。

■27日(土)■ ≪特別試写 「種まく旅人 〜みのりの茶〜」 18:15〜20:20頃 ≫

【 官僚でありながら、何よりも農業の現場が大好きな大宮金次郎(陣内孝則)だが、今回の異動先は、大分県臼杵市の農政部長。 そこには、友人であり、今でも頑固に昔ながらの茶作りに励む森川修造(柄本明)がいた....。 都市と地方、政策者と製作者という枠組みを超えた人と人との繋がりが清々しい。(リーフレットより)】

 場内は、ほぼ満席。 舞台となった臼杵市からも多くの人が来られているのでは。 実は、本作の塩屋俊監督(俳優もなさっています)も臼杵市のご出身なのです。 故郷で映画を撮るのが夢だったそう。 ヒロインを務めるのは、田中麗奈。 森川の孫娘・みのり役です。 ゲストで来てほしかった....。 映画祭の公式ブログで ” 田中麗奈さんのゲスト参加が決定しました ” と発表された時には、「よっし!」 と心の中で叫んだものです。 が、次の日すぐに ” 残念ながらキャンセルになりました ” とのお詫びが。 あれは何だったんでしょう。
 彼女は一度だけ生で見たことがあります。 2004年に主演作の 「ドラッグストアガール」 が公開された際、倉敷のシネコンで開かれた試写会の舞台挨拶に、全国をキャンペーンで回っていた麗奈さんが登場してくれたのです。 ですからキャンセルを知っても、” ま、しゃあないか ” で済んだものの、” 初めて会える!” と喜びを爆発させた状態だったなら、かなり落ち込んだことでしょう。 麗奈さんは、お隣り福岡県・久留米市のご出身。 由布院とは特急電車で1時間40分ほどの近距離なので、そういう面からもおいでいただきたかったのですが。 ゲストはノーギャラで来てくれるので、仕方ありません。

 さて、上映前の舞台挨拶には、塩屋俊(しおや とし)監督、撮影の阪本善尚(よしたか)氏、俳優の柄本明さんと石丸謙二郎さん(みのりの父親役、つまり柄本さんの息子役)の4人が登壇されます。 監督 「こんばんは! 大分出身で臼杵市生まれの塩屋俊です。 この映画祭は16年ぶりになります。 前回は俳優の方で呼んでもらいまして。 いつかは大分で映画を撮りたいと、ずっと思ってました。 それをここで上映してもらうのは、特別な瞬間です。 監督としてデビューした1本目から支えてくれた阪本さん、いつかは出てもらいたいと願っていた柄本さん、一度は一緒にお仕事したかった石丸さん、そんな3人と映画を作れた事が嬉しくてなりません。 今日は有難うございます」。 阪本 「大分はとても美しい所であり、本当に美味しい所でもあります。 撮影期間に8kgも太っちゃいました(笑)。 楽しんで観て下さい」。 柄本 「どうも。 毎年のように来てるので、特に話す事もないんですが(笑)。 僕、まだ観てないんで、よく分かりません(笑)。 これから、皆さんと一緒に観ます」。 石丸 「毎年のように来てるなんて、柄本さんが羨ましい! 今年で36回目ですか、僕の役者人生よりも長い映画祭なんですね〜。 僕も、これから初めて観ます。 今日は楽しんでって下さい」。

 前述しましたが、塩屋監督とは一度お会いしたことがあります。 2005年に初参加した 『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』 に、同監督の 「ビートキッズ」(相武紗季主演、豊川悦司さんもご出演)が出品されており、背筋に電流が走る瞬間があったぐらい惹き込まれたので、上映後のロビーで監督に感想をお伝えしたのです。 あの時の再現となるでしょうか。 なりますように! 上映開始です━━。

【 東京でデザイナーとして働いてきたみのりは、昨今の不況により失業。 臼杵に住む祖父・修造を訪ねたとき急に祖父の具合が悪くなり入院したために、彼女は急場しのぎとして祖父の代わりにお茶作りに取り組むことになる。 】
 パンフレットに掲載されていた、作業着姿で茶畑に入って微笑む麗奈さんの写真がすっごく良かったので、秀作の予感をますます強めて上映に臨んだのですが・・・・。 言わば、ハートウォーミングなライトコメディといった趣きの本作。 田中麗奈はなかなか輝いているし、” 金ちゃん ” こと大宮金次郎役の陣内孝則も悪くないし、柄本さんは ” マニアックな大分弁を飄々と使いこなし、どこから見ても、しょぼくれた老人にしか見えないという、さすがの演技力(パンフより)” だし。 でも、いまいち乗り切れないのです。 真面目な作りなのですが、ややきれい事すぎる感じも。 脚本(石川勝己、三浦千秋)の問題なのか、演出の責任なのか。 「ビートキッズ」 の脚本は、原田眞人監督が執筆。 同作ほどには、「種まく旅人」 が私をしびれさせてくれなかった原因の一つは、シナリオの出来に少なからず差があったからでしょう。

 それでも、好ましい作品ではあるのです、「種まく旅人」。 だから尚更、惜しくって。 田中麗奈さんが来場してくれていたら自然と星半個アップして、結構満足していたかもしれません(笑)。 でも、おいでになっていないので、2階シンポ会場で最前列を確保する必要もなく、上映終了時の拍手は落ち着いて叩いたし、移動もゆっくりと、です。

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■27日(土)■ ≪シンポジウム 「種まく旅人」 20:30〜21:45 ≫

 出入り口に近い後方通路脇の席で上映を観ていたこともあり、急いだ訳ではないのですが、シンポでは最前列の右端に座ったのでした。 端とはいっても、間もなく入って来られ前のゲスト席に右から石丸、柄本、塩屋監督、阪本キャメラマンの並びで座られたその石丸さんの斜め前ぐらいの位置。 司会者が左端です。 本日担当されるのは、シンポの司会が初めてという女性スタッフの確かKさん。 なかなか落ち着いていて、無難な進行だったと思います。 プロデューサーの丸茂さんも客席にいらっしゃいます。 ゲストの人数が少なければ、前に座られてた筈。

 監督 「柄本さんと石丸さんの2人とも、初の試写になります。 まず2人の感想からお聞きしましょう! 僕が司会を務めますので(笑)」。
石丸 「自分の出ている映画で涙が出たことはなかったんですが、今日は泣いちゃいました。 30年前の松竹映画のような温かさを感じましたね」。
柄本さんは恥ずかしそうに、「公開いつですか?」 と時間稼ぎ? 監督から耳打ち風に教えられ、「ああ、来年3月ね。 ・・・・ こんな風に照れるのも変だけど(笑)。 だから、試写とかあんま観ないんですよ。 今日のも、あんな爺さんなのか、と(笑)。 息子役の石丸とあまり歳変わらないんだけどね、あんな年寄りに撮るなんて!(笑) まあ、とにかく麗奈ちゃんが可愛くてね。 田中麗奈さんという女優の一つのステップになったのでは。 応援してる女優さんなので」。2005年にここで 「スクラップ・ヘブン」 が試写上映された際、シンポで柄本さんは李相日監督のことを 「この監督、いいんですよ。 映画が前向きなんですね」 と、それまでの作品も含めて褒めておられたものです。 同監督の 「フラガール」 が本映画祭でのクロージング上映に続いて一般公開されたのは、翌2006年のことでした。 田中麗奈さんを応援してらしたとは初耳です。 彼女にも聞かせたかったなぁ。

 阪本 「僕は食いしん坊です。 現場、現場で、美味しいものを頂きました。 とにかく楽しい現場だった! それから、僕はお茶以外飲まないので、その面からも幸せな撮影期間でした。 だから、お茶園が美味しそうに撮れてるんじゃないかな」。 監督 「農政の歪みを直すミッション・インポッシブルを描きたかったんですね。 取材していく内、有機の茶栽培を知りまして。 そのおじいちゃん(既に亡くなられた方のよう)をモデルにして話を作れないか、というところからスタートしました。 自分が住んでいた場所も出てくるし、正直、私的な映画でもあります。 撮影は、昨年の11月と12月。 その後、今年の3月と5月に茶畑に入って、緑を撮りました」。 教育的になりすぎないよう笑いも入れ、バランスを取ることに腐心したとの事。 「監督を10年やってみて、松竹大船調の良さが分かってきました」(笑)。
 タイトルの 「種まく旅人」 とは、陣内孝則演じる ” 金ちゃん ” のこと。 監督 「大分を舞台にしたこの映画が当たれば、各地で撮りたい!実は、もう一部分キャメラを回してるんです。 福島県の相馬で。 海になっちゃった田んぼから始めようかなと、僕が陣内の格好して田んぼに入りました。 3月25日に。 この時に撮らなければ撮れませんから。 まずはこの映画を成功させるためにも、皆さん宣伝して下さいね! 麗奈ちゃんたちも、『金ちゃん大丈夫?』 と福島へ来るんじゃないかな。 柄本さんは死んでるかもしれないけど(笑)。 12月にはコミック化されます。 大分では来年3月3日に先行公開、全国は3月17日からの予定です」。

 上映中、柄本さんの大分弁が客席の笑いを誘っていましたが、現場で監督から指導してもらったのだそう。 監督 「柄本さんは、いつもギヤがニュートラル。 要望を出すと、その方向にギヤを入れてくれるんです。 すっごい悪い人とかも、やってほしいですね。 是非、また組みたいです」。 石丸さんはナレーションのお仕事でも有名ですが、実は当地のご出身、「大分を離れて40年。 大分弁が喋れなくなっていたんですけど、現場で地元の人たちと話していたら、戻ってきました。 東京へ帰ってナレーションの仕事をする時、困りましたが(笑)」。
 同じ俳優業を長くやっていたのに石丸さんは、塩屋監督とは本作の衣裳合わせの時が初対面、「そのとき出されたお茶があまりに美味しくて! やはり高橋さん(モデルとなった農園)のお茶だったんですよ」。 監督 「石丸さん、気づくかな、と反応を気にしてました」。 石丸 「熱い現場になるだろうな、と思いました」(笑)。 観光PRは意識しなかったと監督、「ストーリーを追う上で最もふさわしい画(え)を使うことのみ考えましたね」

 客席から感想を聞いたり、質問に答えたりする時間となり、その応答からの流れで監督は、「柄本さん、石丸さんは、演技をつけませんでした。 陣内は後輩みたいなものなので、演技しすぎるなと釘を刺しておきました。 あと、麗奈は素晴らしかった! 要求した事を自分の中に取り込み、こちらの希望を超えてくれるんです」。 石丸 「塩屋さんは役者から監督になった方なので、役者のタイムテーブルを知ってくれてるんですね。 役者は、前日から役になるための準備をしているものなんです。 本番への感情の持っていき方も熟知されており、やりやすかったです。 柄本さんはいつもニュートラルなので、関係ないでしょうが(笑)」。 柄本 「監督さんの言う事をきいて、頑張るだけです」(爆笑)。
 客席からの 「あれだけ茶畑で働いてるのに田中麗奈がほとんど日に焼けてないのは、おかしいですよ」 という監督への苦言には、阪本キャメラマンが弁護、「女優は大抵、プロダクションNGで日焼けとかさせられないんですね。 勘弁して下さい」(笑)。 他に、「ラストは明らかに 『ローマの休日』 だと分かりすぎ。 もう少しぼやかして描いた方が良かった」 との意見も。 「シリーズ化していくなら、定番にも挑戦していかなければなりません」 と監督。 スクリーンに映る修造(柄本明)の手のアップは、本当に長年お茶の栽培をしている人の手を使ったのだとか。

 そろそろ締めのお時間。 監督 「いつか、スポンサーの事とか考えないで撮ってみたい。 物理的なしがらみなしで、好きにやらしてもらいたい。 テレンス・マリック (「ツリー・オブ・ライフ」の監督) のように。 早く、そういう立場になりたい。 その前に、作品を作り続け、評価を受けていかなければなりませんけど」。 阪本 「先生や師匠の真似をやってこそ、オリジナリティが出るものなんです。 最近は、オリジナルばかりやりたがる。 芸というのはそういうものではなく、やはり真似から始まるものなんじゃないかな」。
 柄本 「テレンス・マリックの映画に、ぜひ出して下さい」(笑)。 石丸さんは1978年のデビュー、「この映画祭は今年で36回。 僕のキャリアよりも長い。 とんでもない長さです。 その秘訣が、このシンポジウムで分かりました。 これからも、ず〜っと続けて下さい!」。 珍しいことではありませんが、映画より面白いぐらいのシンポでした。  

湯布院映画祭レポート'11(16)


■27日(土)■ ≪ パーティー 22:00〜 ≫ *前半

 土曜日の会場は、徒歩10分足らずの [ゆふいん麦酒館]。 向かいながら、宮崎組のS原さんから現在決まっている宮崎ロケ作品の話を聞かせてもらいます。 1本目は、私と同じ岡山県出身の女性監督・Hさんのデビュー作。 ある大監督に師事されており、数年前その監督の作品が一般公開前に岡山市の何かのイベントで特別上映された際、Hさんがゲストとして来場されたので、記憶に残っている方なのです。 宮崎であった実話を元にした、子犬が主役の作品なのだとか。 公開は、来年の夏休みぐらいでしょうか。 応援しなければ。
 もう1本は、2005年のちょうど湯布院映画祭と同じ時期にちょっと問題を起こし秋に決まっていた話題作の公開が危ぶまれた事のある監督の作品。 売れっ子の若手男優2人と、主演に近い作品が7月に公開され9月にも主演級のものが公開を控えている映画女優と、7月に公開された作品で相変わらずの名助演をみせた年配の女優が、出演なのだとか。 この顔ぶれを聞いただけで、そそられてしまいます。 あ、ぼやかして書いたので、分かりませんよね。 ご勘弁を(汗)。 秋ぐらいには、どちらも正式に制作発表が行われるのではないでしょうか。

 そんな話をしていたら、あっという間に到着。 屋内の会場になります。 入口で地ビールが一杯もらえる引換券を受け取るのも、毎年のこと。 入ってすぐに、探し人を発見。 お酒のほとんど呑めない私は、ここ3〜4年、引換券を誰かに譲っているのです。 地ビール一杯券は、昨年に続き宮崎組のKさんにプレゼントしたのでした。 「来年も来てくれたなら、また差し上げますから」 の約束通り。 「どうぞ」 とお渡しすると、満面の笑みで 「覚えててくれたんですか!」。 この笑顔を見たかったのです(笑)。 3年連続となる可能性も高いのでは。
 ほとんどの方が地ビールを注いでもらう列につき、受け取ってから好きなテーブルにつきます。 今年ふと気づけば、以前まだ私が半分ぐらいは頑張って呑んでいた時はガラスのジョッキに入れられていた地ビールが、大きな紙コップに注がれるようになっていました(確かそうだった筈)。 また、昨年までは2つ合わせて長くしていたテーブルが、今回は別々に。 この方がスペースを効率的に使えますし、多くの人がテーブルにつくことが出来ます。

 地ビールの列にH野さんを発見。 明日(最終日)の1本目までは居られるのだそう。 今夜の試写作品 「種まく旅人」 はご覧になられたのでしょうね。 明日の1本目も、今年、小規模でしか公開されていない作品であり、私同様、H野さんも未見なのでは。 新作を2本観ていってもらえることになります。 4年前の前回は旧作ばかりで新作は1本も観られないまま1泊でお帰りになりましたからね。 良かった!
 地ビールを手にした人たちが、乾杯前だろうが一口、二口喉を潤すのは仕方のないこと。 そんな宮崎組の皆さんと同じテーブルで歓談していたら、私と同じ岡山県から参加されているOさんの姿が目に飛び込んできます。 H野さんと引き合わせなければ。 4年前にお会いになっているのですが、私と同じく顔を覚えていないというので、そう頼まれているのです。 そばへ行き、声を掛けようとしたら━━。 既にH野さんとお話ししてるじゃないですか(笑)。 お2人とも、お互いの顔を見たら、すぐ分かったのでしょう。 「な〜んだ」 と笑い合ったのでした。

 そう、そう! 私たちと同じ岡山県から今年初参加の女性が今日、到着されている筈。 Oさんに紹介してもらわなければ。 ちょっとだけ離れた所に立っている小柄な若い女性が、その方では♪ そうでした! Oさんは放っておいて、当人同士で 「初めまして」 と自己紹介。 首から下げた名前入りの全日券のパスを見せながら 「○○です」 と名乗ります。 全日券でない人は、毎日朝9時か9時半頃から販売されるパーティー券 (4千円) を購入しなければなりません。 実際には券ではなく、自分で名前を記入した名札を胸の辺りに安全ピンでつけ、それを示しての入場になります。 名札を拝見、「K野さんですか」。 勿論、下の名前もチェック(笑)。 というか、後で名刺も貰ったんですけどね。 いつもにこにこされている感じのチャーミングな女性です。 事前に入手したOさんからの情報では、もっと年上かと思っていたのですが。
 出版関係のお仕事をされていて、昨年から今年にかけて異動があり休みを取りやすくなったため、Oさんから何度も楽しさを聞かされていた本映画祭へ、ようやく初参戦の運びとなったのだそう。 それに、クロージングで上映される作品の監督である森田芳光の大ファンとの事。 「私も、好きな森田作品は何本もあります」 と言うと、「どれが一番好きですか?」。 「 『家族ゲーム』 ですね」 と即答。 にっこりと、「ですよね〜」 と頷いてくれました。 「 『の・ようなもの』 も好きなんです」 と言われ、「あれも好きです。 主人公の名前、志ん魚(しんとと)でしたっけ」 と返すと、ニコニコ度をますますアップしてくれます。 「 『の・ようなもの』 は公開時、岡山では上映されなかったので、大阪まで行って観たんですよ」 と続けると、K野さんは 「ほんとですか?!」 と羨ましくてたまらないといった顔に。 こうして意気投合し、たちまち打ち解けたのでした。

 そろそろ開宴の挨拶が始まる頃。 K野さんを私や宮崎組の皆さんのいる近くのテーブルに誘います。 地ビールを持ってない人たちは、テーブルの瓶ビールの栓を抜いて紙コップに注ぎ、乾杯の準備。 やがて乾杯となり、私も軽く注がれた一杯だけビールを口にしたのでした。 バイキングなので、K野さんと一緒に料理が並べられているコーナーへ。 「スイーツやフルーツも一杯ある筈なので、料理をあまりお腹いっぱい食べない方がいいですよ」。 ━━ そう注意したのに(笑)。 スイーツも別腹にしっかり収めるから、「あ〜、苦しい」 と何度もお腹をさする羽目になってしまったK野さんなのでした。 その仕草も、可愛くって(笑)。
 歳を訊かれ、「Oさんと同じです」 と答えると、「Oさんの歳、はっきりとは知らないんですよねぇ」。 「K野さんは、1980年代ぐらいのお生まれですか?」 と今度はこちらから質問。 「いえいえ、19**年生まれの**歳です」 と、あっさり答えてくれます。 何と、男前。 「ええっ!?」、10歳以上読み違えてました! まあ、1970年代の終わり頃か80年代の始め頃だろうなと思い、若く間違えるなら失礼にならないだろうと、1980年代ぐらいの生まれかと訊いたのですが。 それにしても、**歳だとは! とても見えません。 後でS原さんにもお引き合わせしましたが、**歳と聞いて、彼もびっくりされてました。 「10歳以上若く見えますよ」。 K野さん、歳を言うと相手にびっくりされるのが快感で、あっさり明らかにされてるのかな。 いや、いや、悔いのない、良い歳の重ね方をされてるから、隠そうとも思わないのでしょう。  それに引き換え・・・・・(汗)。 いや、一本取られました。 女性に先に歳を明らかにされては、こちらも答えなければ男じゃありません(それほどの問題ではないのですが 笑)。 「今年**歳になります」 とはっきりさせたのでした。 Oさん、まずい事なかったですよね?(笑)

 ゲストの元にもK野さんをお連れして一緒にあれこれお喋りしたのですが、それはまた後半のレポで....。 言うまでもなく、これが今映画祭を楽しくて仕方ないものにしたくれた ” 2つめの出会い ” なのでした。

湯布院映画祭レポート'11(17)


■27日(土)■ ≪ パーティー 22:00〜 ≫ *後半

 半ば近く。 東日本大震災の被災地を支援するためのオークションが、ステージ上で開かれます。 上映会場のロビーにも展示されていますが、それとは別の品を本日ご参加のゲストの方々から提供して頂き、勿論ご本人たちも登壇され、司会者の音頭で会場を盛り上げて、一般参加者にどんどん競っていってもらうのです。 落札金額は常識の範囲内だったので、私も一度ぐらいはセリの声を上げたかったのですが、なにせ資金不足のため・・・・(汗)。 ご提供くださったのは、柄本明さん、荒井晴彦さん、石丸謙二郎さん、塩屋俊監督、入江悠監督.... など(順不同 ※記載漏れがあった場合はご容赦を)。 20〜25分ぐらい続いたでしょうか。

 その後は、またしばらく歓談タイムがあって、ゲストからのご挨拶をいただく時間に。 先頭バッターは確か荒井さんでしたが、参加者同士で話に熱中していたため、聞くことが出来ず。 話を切り上げて、ステージの近くへ。 なのに、次に上がった青山監督は、今夜もぐでんぐでんで、挨拶どころではありませんでした。 さあ、次、次っ!(笑) 塩屋監督 「16年前、俳優ゲストとして来ました。 またすぐ来られると思っていたのですが・・・・。 監督作品で海外の映画祭には結構呼んでもらっているものの、この映画祭へはようやく今年初めて。 湯布院は、海外より遠かった!」(笑)。 石丸 「大分は地元なので、またここへ帰ってきたいです」。 柄本さんは毎年のようにおいでになっているので、ご挨拶も定番になってしまっています、「いやぁ、今年も来てしまいました」(笑)。 嬉しいことです。
 「ヤフーニュースでトップ項目扱いの」 と司会者が紹介したのは、曽根監督。 映画業界では、同監督の来祭がかなり大きなニュースになっているみたいです。 レポの当項を記している本日9月20日発売のキネマ旬報(岡山の書店では明日発売)にインタビュー記事などが掲載されているようですし、間もなく発売される映画雑誌2誌ぐらいにも目玉記事の一つとして載るのでは、との情報が。 で、監督がちょっと恥ずかしそうに登壇されます、「今日帰る予定だったんですけど、『種まく旅人』 が大分を舞台にしているので観たくなり、無理言って残してもらいました。 シンポジウムで塩屋監督への文句が出ていましたので、ひと言弁護しておきたいと思います。 女優を日焼けさせるのは、かわいそうです(笑)。 今回は、本当に恥さらしに来ました」。 ” そんなことないです!” の大拍手が送られたのは、言うまでもありません。
 明日の1本目で上映されるオムニバス映画 「紙風船」 から代表して2人の若手監督(確かまだ東京藝術大学に在学中)が来られているので、不慣れな挨拶にも挑戦してもらいます、「明日は早い時間からの上映ですが、良ければ足を運んで下さい」。

 後は、お開きまで歓談、歓談、また歓談です(笑)。 さっきご挨拶でおっしゃっていた通り曽根監督は、「種まく旅人」 観たさと本映画祭のあまりの居心地の良さに予定を延長して今夜のパーティーにも出られているのです。 ということは━━。 昼間お手紙までしたためていたH野さんは、ここで曽根監督と心ゆくまでお喋り出来たみたいです。 お手紙も渡されたのかな。 本当に良かった! こうでなくちゃいけません。
 彼女は確か、本映画祭の父親か長兄的存在かと思われる映画評論家の渡辺武信さんとも、隅に並べられている椅子に座ってじっくりとお話しされてました。 お邪魔かと出直すつもりにしていたら、そのまま他の所での話が長引き、結局、H野さんとはあまりお喋り出来なくて(汗)。 まあ、満足そうなお顔を見れただけで十分です。 H野さんには、3回目の参加となる次回こそ、弾丸ツアーでなく、じっくりと映画祭を味わっていただきたいもの。 今度は何年後になるでしょうか。 特集かゲスト次第ですよね。

 さて、K野さん(笑)。 まず、これまで何度もお話しした事のある柄本明さんの元へ一緒に接近します。 彼女は仕事柄、俳優への取材は何度もやった事があるそうですが、それらは全て正式に申し込んだ上でのセッティング済みのもの。 「こういう場だと、なかなか話しかけられないんです」。 3〜4人が柄本さんを囲んでおり、うまい具合に氏のすぐ横にスペースがあったため、その輪の中に2人加わります。 そうしていると言葉を挟みやすく、K野さんも自然な反応で柄本さんに話しかけていました。 話題が一段落したタイミングで私も、「柄本さん、数々の助演男優賞の受賞、おめでとうございます。 昨日は湯平での上映会に参加してまして、一緒に観させてもらいました。 あの、こちら、私と同じ岡山から今年初参加した方なんです」 とK野さんをご紹介。 で、私は後ろへ退くと、K野さんは柄本さんの横へ移り、両手でメガホンを作ったりしながら結構お喋りされたのでした。 メガホン? 屋内会場だと、一杯の人の話し声が壁や天井に響いて、すぐ隣の人と話す時でも大きな声を出さないと聞こえない時があるのです。 柄本さんは、小柄なK野さんの方へ耳を近づけたりしながら優しそうに会話してました。 可愛い女性は、得ですね(笑)。
 塩屋監督の元にも、「2005年に 『ゆうばり映画祭』 で 『ビートキッズ』 を観まして、すごく良かったので上映後にロビーで監督に感想をお伝えし、バンフレットにサインも貰った事があるんです。 『種まく旅人』 も楽しませてもらいました」。 ちょっと盛っちゃいました(汗)。 「ありがとうございます!」 と監督は、握手を求めてくれたのでした。 もちろん、隣りにいたK野さんにも。 ここでも、しばらく監督とお話しされたK野さんなのでした。 何度も映画人へのインタビュー経験があるので、きっかけさえあれば適当な時間話せるのでしょうね。 実は、塩屋監督に声をお掛けしたのは、もうお開きの挨拶があって、会場内は当施設のスタッフや映画祭の実行委員たちによる片付けが始まっている時だったのです。 K野さんも間もなく監督の所から戻って来られたので、一緒に出口に向かいます。

 Oさんと合流。 彼は、この3日目と最終日のパーティーは、懇意にされている荒井晴彦さんたちと途中で抜けて、行きつけのバーへしけ込むパターンが多いのですが(笑)、今夜はK野さんがいることもあって、ラストまでおられたのでした。 来た道を戻っていきます。 かなり満足そうな表情のK野さんでした。 「明日のバーティーの料理もなかなかのものなんですよ」。 「え、どんなのが出てくるんですか?」。 「まあ、明日のお楽しみということで(笑)」。 「教えて下さいよ〜」。 時には睨まれるのも、良いものです(笑)。  私は、明日・明後日の朝食にするパンや飲み物を買って帰るため、コンビニの前でお別れ。 OさんはK野さんをそのバーへ案内し、確か先に来ておられた荒井さんたちと美味しい酒や旨い料理を口にされたようです。 そう、Oさんのこれまでの湯布院レポ等で知ったのですが、そこのバーは、食通の彼を唸らせるほど美味しいものが用意されているのだとか。 来年ぐらい、一度お邪魔して、逸品料理で頬っぺたを落としてみようかな。 ウーロン茶のグラスを傾けながら(笑)。 K野さんのお蔭で、本っ当に楽しいパーティーでした!

湯布院映画祭レポート'11(18)

 さて、いよいよ最終日の朝。 今日も、快晴です! K野さんは、お天気に関して言うと本当に良い年に初参加されました。 「こんな年ばかりではないんですよ。 期間中、一度もお日様が見られなかった年もあるんですから」 と、この日の夜のパーティーで彼女に話したのでした。 昨日までと違い本日は1本目から新作のため、ちょっとだけ早く9時40分頃に会場入り。 と、ロビーのソファーに既にK野さんがおられるではないですか。 朝一でお会い出来るとは、ラッキー!(笑) パーティー券購入のため早目に来られたとの事。 それからすぐおいでになった宮崎組のH田さんとも朝のご挨拶が出来たし、良い最終日になりそうです。 そろそろ入場が開始されそうな雰囲気になり、また実際に案内もあって、全日券、前売り券、当日券ごとに列を作ります。 全日券からの入場。

■28日(日)■ ≪特別上映 「紙風船」 10:00〜12:00頃 ≫

【 劇作家・岸田國士の原作を基に、東京芸術大学の学生が監督したオムニバス。 一昨年の湯布院映画祭で上映した同大学の 「PASSION」 と同様、学生映画とは一線を画す瑞々しい感性と完成度。 原作を時代にあわせ再構築した力量は、新たな日本映画の誕生を予感させてくれる。(リーフレットより)】
 2009年の本映画祭で上映された 「PASSION」 は素晴らしい作品でした。 素晴らしすぎる作品でした。 あのレベルのものがまた観られる筈もないので、今作にはあまり期待を掛けずに、この日を迎えることに。 今年の3月、東京のミニシアター1館でだけ一般公開されたようです。

 場内は、6〜7割の入り。 けれど、お客さんは全体的にバラけて座っているため、寂しい感じはありません。 人気俳優がゲストだったなら前の方に集中したでしょうが。 この最終日の1本目は、何年か前から 【発掘枠】 という位置づけで、若手監督が撮ったり低予算で作られなかなか観る機会のないような作品が上映されています。 「PASSION」 もこの枠でした。 司会 「本作は4本からなるオムニバス映画です。 監督を4人とも呼びたかったのですが、予算の関係で叶わず、その中からお2人に来ていただいています」。 昨夜のパーティーでもステージに立たれた2人が舞台へ。 廣原暁監督と、秋野翔一監督。 廣原 「朝から観に来ていただいて、ありがとうございます。 映画祭最終日の上映ということで、光栄に思っています。 1本目を監督しました廣原です、宜しくお願いします」。 秋野 「4本目の監督、秋野です。 ゆっくり楽しんで下さい」。 初々しい挨拶でした。

 映画は━━。 劇場公開作品としてのレベルを十分にクリアしています。 良い意味での初々しさを残しながら、稚拙な感じは全く受けませんでした。 4本の内訳は、@ 「あの星はいつ現はれるか」 監督:廣原暁/キャスト:大後寿々花 A 「命を弄ぶ男ふたり」 監督:眞田康平/キャスト:水橋研二、佐津川愛美 B 「秘密の代償」 監督:吉川諒/キャスト:高橋真唯 C 「紙風船」 監督:秋野翔一/キャスト:仲村トオル、緒川たまき。 「あの星は〜」 には光石研さんもご出演されています。
 特に1本目が良くって! 2〜4本目の作品もなかなかのものでしたが、もし順番を変え1本目が別のどれかだったなら、全体を通してこれほどには惹き込まれなかったでしょう。 どれぐらい惹き込まれたか? 当初、上映後のシンポの時間は昼食タイムにと考えており、パスするか、食べ終わってから遅れて入場するつもりにしていたのです。 昨日見つけた 【豊後牛弁当 限定20食】 が待っているので(笑)。 それを取りやめにする方向へ大きく傾いたのでした。 シンポに最初から出て、発言したくって。
 エンドクレジットが流れ終わり、満足の拍手を送った後、2階へと移動します。 体調の悪かった昨年と違い、今年はちゃんと食事時にはお腹が減ってるんだけどなぁ。 コンビニで、パンかおにぎりでも買っておくべきだったか....。 嬉しい誤算です。

湯布院映画祭レポート'11(19)


■28日(日)■ ≪シンポジウム 「紙風船」 12:10〜13:00 ≫ *前半

 前の方の席を取る必要もないので、先にトイレを済ませてからシンポ会場へ入ると、真ん中ぐらいの席にK野さんが1人で座っておられたので、「隣り、いいですか」 と腰を下ろします。 もしもお腹が鳴ったりしたら、恥ずかしいなぁ。 早く発言して、空腹状態なのを白状してしまわなければ(笑)。 前のゲスト席に、廣原・秋野の両監督が座られます。 右端の司会者がまず尋ねたのは、この映画の成り立ちについて。 昨年の夏に、大学のプロジェクトの一環として撮ったのだそう。 既に完成していた脚本を、4人の監督がチョイス。 誰もかぶることなく、すんなりと決まります。

 「PASSION」 は映画館では公開されませんでした。 確か、映画祭(本映画祭や高崎映画祭など)や特別上映会などで数回上映されたのみ。 が、「紙風船」 は小規模とはいえ、一般公開されてます。 この違いは、なぜ? 発言の際に訊こうと思っていた疑問が、その前に話題にされました。 「PASSION」 は卒業制作であり修士号を取得するためのもので、一方 「紙風船」 は最初から一般公開を前提としていたから、との事。 「なので、自分が撮りたいものを、というのでなく、まず観客のことを念頭において完成させました」 と秋野監督。 続けて、「僕が撮ったのは4本目の 『紙風船』 ですが、紙風船は映してないんですね。 2本目の監督から ” 構わないか?” と問われてOKしたので、あちらに出てるんです」。

 客席からの感想を聞いたり、質問に答えたりしてもらう時間に。 これまた、訊こうと思っていた 「上映順については満足していますか?」 の質問は、先に当てられた人に言われちゃいました。 両監督とも納得しているとの事。 私も、3人目ぐらいに当ててもらいました。「失礼ながら、この映画にはそれほど期待してなくて、シンポジウムはお昼ごはんの時間にしようと思っていたのですが(笑)、とても面白かったので、空腹を我慢して、こちらに出ることにしました。 4本ともが良かったので、びっくりです。 普通、1本ぐらいはつまらなく思える作品が混じっているものですが。 特に良かったのが、廣原監督の1本目。 あれが最初だったので一気に惹き込まれ、最後までスクリーンから目が離せませんでした。 私は男なので、どうしても女優に目がいってしまいますが、こちらも4本とも良かったです。 中でも一番だったのが、これも1本目の大後寿々花ちゃん。 びっくりするぐらい瑞々しく撮られており、嬉しくてたまらなくなりましたし、感心しました。 最後に質問なんですが、これは私の深読みなのかもしれませんけど、1話目では制服のまま海で水を掛け合い、2話目でもプールのシャワーを制服のまま浴び、3話目では冒頭、雨が降ってきたため庭から屋敷に入り、4話目は体を濡らすことはありませんでしたが、窓の外に雨が降るシーンがあり ━━ と、4本とも水に関する描写が出てきます。 あれは申し合わせてした事なのでしょうか、それとも原作にあったからなのでしょうか?」。
 回答は、たまたまそうなっているとの事。 ただ...。 秋野 「水を使うのは、結構面倒というか、大変なんですね。 なので、他の組が水のシーンを出すという情報は、自然と耳にに入ってきてましたし、元々、ちょっと水のシーンに挑戦したいという気持ちはありました」。

■28日(日)■ ≪シンポジウム 「紙風船」 12:10〜13:00 ≫ *後半

 監督の来ていない第2話、第3話を中心に語る人も。 で、当然のことながら、客席から 「なんで、監督を4人とも呼んでくれなかったの!?」 と不満の声が上がったのでした。 実行委員が務める司会者は、「よく分かります。 仰せの通りです。 ....予算が(汗)」 と平身低頭。 客席も良く分かっているので、苦笑で引き下がります。
 秋野監督の4話目は室内劇です。 昨夏のゲストだった仲村トオルさんと、緒川たまきさんの、2人芝居。 秋野 「キャメラを絶対外には出さずに、室内限定で撮る事にチャレンジしてみたかったんです」。 監督もいらっしゃってるので欠席裁判にならないからか、この4話目にはノレなかったとの感想が複数出ました。 確かに、好みの分かれる作品でしょう。 私は嫌いじゃないですが。 それでも、3話目と4話目の上映順を入れ替えた方が、より全体が締まったかな、と思わないでもないです。 けれど、そういう意見を素直に受け止めた上で、「次の作品では、もっと頑張ります」 と口にする監督の姿勢はとても好ましいものでしたし、めげてない所が頼もしく感じられました。 賛否が半々ぐらいだったものの意見は途切れることなく続き、観客たちからのとにかく何かを伝えたいオーラは、2人の監督のハートにも届いた筈。 それらが、新しい作品を撮る上でのエネルギーの一部にでもなってくれたなら、幸いです。

 終了時刻が近づき、紹介されないまま終わるのは残念に思ったからか男性参加者より、1本目の廣原 暁(ひろはら さとる)監督の経歴についての発言が、「 『世界グッドモーニング!!』 という作品で 【ぴあフィルムフェスティバル】 の審査員特別賞を貰ったり、海外の映画祭 (バンクーバー国際映画祭) でも受賞されてますよね」。 その通りで、ここへ来る前にも 『ソウル映画祭』 へ行ってきたのだそう。 そんな有望株だったとは! パンフレットにも記載されていなかったため、全然知りませんでした。 同監督の1話目が一番良かったと発言した私は、結構見る目がありますね(笑)。 名前を、しっかりと覚えておかなければ。 早く長編映画を撮ってもらいたいものです。 尚、映画祭のパンフレットに廣原監督の受賞歴を掲載しなかった理由について司会者は、「予断を持たずに観てほしい、というのがありまして」。 これはこれで、納得できました。

 本作は、ちょうどレポに綴っている期間の昨日(9月22日)、DVDがリリースされました。 あ、決してタイミングを合わせて、これを書いた訳ではありませんから。 好きな作品ですが、さすがにそこまでは惚れ込んでいないので(笑)。 メイキングもついているそうですから、今日からの3連休でお時間のある方、良ければレンタルしてみて下さい。
 DVDをPRする両監督の言葉で、幕引きとなりました。 今映画祭で初めて発言したいと思い、そう出来たため、これで、” 2つの出会い ” だけでなく映画祭そのものにもかなり満足。 軽い足取りで1階ロビーへ降りれば━━。

湯布院映画祭レポート'11(20)

 「紙風船」 のシンポを終え、軽い足取りで降りた1階ロビーには、次の映画 「ツレがうつになりまして。」 の入場を待つ人の列が外まで長く伸びています。 入場開始は、恐らく10分後ぐらい。 コンビニへ行ったりする時間はなさそうです。 時刻は今、13時すぎ。 「ツレが〜」 の上映終了は、15時半頃。 それまで我慢です。 ほんとにそこまで我慢すれば、何か食べられるのか? さっきの 「紙風船」 の時みたいに、上映後のシンポに最初から出ずにはいられないぐらい映画に惹き込まれたら、どうする?! う〜む、複雑な心境での鑑賞になりそうです(笑)。 この時、K野さんがOさんから手提げの紙バッグを受け取っているのを目撃。 夜のパーティーの時に確認したら、昼食にとサンドイッチを貰ったのだとか。 さすがは、Oさん! やる事が憎いです(笑)。

 それから、確か、お帰りになる寸前のH野さんにも、この時お会いしたのでした。 曽根監督をお見送りしたのだそう。 これで、思い残すことはないでしょう。 「前回より滞在日数が伸びて、良かったです。 次は、もっとゆっくり出来ますように!」 と何年後かの再会を約して、お別れ。 さあ、全日券の列に並ぶとしましょう。 「ツレが〜」、空腹を忘れさせてくれるぐらいの作品になっているでしょうか。

■28日(日)■ ≪特別試写 「ツレがうつになりまして。」 13:30〜15:35頃 ≫

【 晴子(宮アあおい)と幹夫(堺雅人)は、お互いを 「ツレ」 「ハルさん」 と呼び合う仲の良い夫婦。 ある日、夫がうつ病になり、彼女の生活が一変する。 闘病のため ” がんばらない ” を夫婦のテーマにした二人の日常を丹念に、そして繊細に描いた、愛しき映画の誕生である。(リーフレットより)】

 日曜昼間の上映ということもあり、立ち見も出ています。 そういえば昨年も、宮アあおいの主演作 「オカンの嫁入り」 が上映されました。 木曜夜の試写でしたが、客席は8割ぐらい埋まり、平日なのに随分入ったな、と驚いたもの。 宮アあおい、結構集客力があるのかなぁ。 舞台挨拶に、國松プロデューサー、脚本の青島武さん、佐々部清監督が登壇されます。 監督は、トレードマーク的なキャップをかぶっています。 前日の27日(土)に、こちらも佐々部・青島のタッグで作られた 「日輪の遺産」 が公開されたばかり。 お忙しい中、よくおいで下さいました。
 國松P 「第36回湯布院映画祭の開催、おめでとうございます。 昨年も 『行きずりの街』 で呼んでいただき、この映画祭の素晴らしさを実感いたしました。 2年連続でお招きいただき、とても光栄です。 今回もかなりの自信作を持ってきました。 3.11の年にふさわしい....、この年に作って良かったと思える作品になっています」。 青島 「 『樹の海』 以来、7年ぶりになります。 昨日 『日輪の遺産』 が初日を迎えたばかりで、先ほど到着しました。 『日輪の遺産』 は5年、『ツレがうつになりまして。』 は3年かかりました。 一般のお客様に観てもらうのは、初めてになります。 映画は初日まで辿り着くのが本当に大変で、これも人の縁があればこそ。 シンポで色々と感想を聞かせて下さい」。 佐々部監督 「こんにちは!(拍手) 青島さんが全部話されちゃって(笑)。 11本目で初めて、湯布院に招待されました。 僕の映画で助監督をやってた瀧本は、デビュー作 (2004年に本映画祭で試写上映された瀧本智行監督の 「樹の海」 のこと。脚本は青島さんと監督との共作) で呼んでもらったのに!(笑) 光栄です。 嬉しいです。 宮アあおいと堺雅人のカップリングが全てうまくいきました。 トータル24日間で撮った作品です。 ” 安い、早い、うまい ” を標榜する僕でも、最短となる撮影日数でした。 シンポジウムでは、けなされても全部返すつもりです」(笑)。

 上映開始━━。 原作は、つらい鬱なのに、闘病記にするのでなく、ユーモアを交え漫画エッセイの形で綴ったベストセラーです。 佐々部監督には珍しく、情感を排除し、未読の原作もこんな感じなのだろうなと思わせる軽いタッチで、話を進めていきます。 時にはアニメを盛り込んだりしながら。 佐々部監督の作品で大好きなのは、何と言っても 「チルソクの夏」(2003年)。 「カーテンコール」(2005年)や 「四日間の奇蹟」(2005年)にも心を打たれたものです。 が、以降の作品は、悪くはないものの、いま一つ胸に迫ってこなくて...。  今作は、予想の範囲内の描き方。 決して軽くはない題材を、頑張らないでも良い楽な気持ちで観られる、適した料理法で捌いています。 この原作の映画化としては、ベストに近いかもしれません。 が、初期の佐々部作品のファンとしては、鼻の奥がつんとするようなシーンが欲しくて。 でも、中盤までの流れからすると、そういう描写はちょっと望み薄。 結構楽しめたが、シンポで発言したくなるほどではない ━━ と いう評価になりそうです。 いつもなら終盤に、ぐっとくるほどの盛り上がりを期待するのですが、今日ばかりは、このままの感じでエンドマークが出てもいいかな、などと。

 ここまで、お腹が鳴ることもなく、どうにか持ちこたえました。 食事を抜いて映画代に充てた若い頃を思い出した時も。 空腹を我慢して行動し続けていると体力が消耗して、睡眠時間が3時間ほどで始発電車に乗らなければならない明日の帰路に支障が出るかもしれませんし、何より、発言したいほどには惹き込まれていないのだから、とシンポは、何か食べてから途中入場するつもりになっていたのです。 中盤から終盤に差し掛かる頃までは━━。 なのにその辺りで、鼻の奥がつんとするシーンがきちゃったのです。 やばいっ、と思ったものの、まだこれぐらいでは、とても無理は出来ないぞ、と。 ラスト近く、今度は唸るシーンが出現。 嗚呼....!
 2つも秀逸な場面に出合ってしまうと、頭の中ではたちまち、発言内容の下書きが始まってしまうことに....。 シンポの終わる17時まで、朝から何も食べてない状態で我慢できるのか?! 出来るか、じゃなく、 我慢しなければならないんだとお腹の虫をなだめながらエンドロールを眺めたのでした。 流れ終わり、拍手を送った後は、少々重い足取りでドアから出て、ロビーを横切り、シンポ会場のある2階へと階段を上っていきます。 心の中で 「何てこった!」 と呟きながら(笑)。  

湯布院映画祭レポート'11(21)


■28日(日)■ ≪シンポジウム 「ツレがうつになりまして。」 15:45〜17:00 ≫ *前半

 先にトイレを済ませてから、会場へ。 窓外は、ずっと青空が広がっています。 出入口に近い辺りにしようと思っていたら、そういう場所の壁際ベンチ席にOさんとK野さんが座っておられたので、通路を挟んだすぐ横の折り畳みイスの普通席についたのでした。 K野さんは、森田芳光監督の大ファン。 次は、クロージングに選ばれた同監督の新作なので、「森田監督のシンポジウム、良かったら、最前列を取っておきましょうか?」 と問うも、そこまでは必要ないですから、との事でした。 あまり近いと、ゲストをガン見しにくいという難点もありますしね。
 ゲストの方々が、すぐ横の通路を通って、前の長テーブルの向こうの席に着席されます。 向かって右から、臼井プロデューサー、脚本の青島さん、佐々部監督、國松プロデューサー。 左端に座る司会者は、映画評論家の寺脇研さんです。 まずは、ご挨拶から。
 國松P 「今回は、私が関わった 『今度は愛妻家』 も上映され、有難く思っています」。 佐々部 「初めて呼んでもらいました。 シンポジウムももちろん初めて。 客席との距離がこんなに近いんですね!(笑) ドキドキしています。 何でも答えますから。....青島が」(笑)。
 青島 「佐々部監督との出会いなんですが、僕はプロデューサーもやってまして、15年ぐらい前 『お日柄もよくご愁傷さま』 という映画を撮った際、その現場のチーフ助監督として会いました。 有能だったですね。 それから何年後かに監督デビューし、いつかは一緒にやろうと思ってました。 実は、『チルソクの夏』 は、プロデュースを断わったんですね。 で、それをやり、高評価を得たのが、隣りにいる臼井さんなんです(笑)。 佐々部さんの助監督をしていた瀧本はデビューさせたのに(青島さんは「樹の海」ではプロデューサーと脚本家を兼務)、佐々部さんとの仕事はやらなかった・・・・。 そうこうしている内、5年前に 『日輪の遺産』 のシナリオのオファーがあり、途中からは 『三本木農業高校、馬術部』(佐々部清監督/2008年) にもプロデューサーとして協力するようになり、今に至るという訳です」。 佐々部 「 『日輪の遺産』 は最初、自分で脚本も書いてみたんですが、原作が膨大で手におえなかったんですね。 青島さんなら、ホンが読めるし自分でも書けるし、またプロデューサーも兼ねてるのでお金も読める(笑)。 で、お願いしました。 『ツレが』 の方は、手近な所に青島さんがいたし(笑)、2本まとめて進めていけば、どちらかは成立し、ちゃんと脚本料を払えるんじゃないかな、と。 2本とも公開まで漕ぎつけて、良かったです」。

 この 「ツレが〜」 は、2009年にNHKでドラマ化されました。 青島 「原作の真っ当なシナリオ化は、NHKのドラマがやるだろう。 こっちは、真っ当でないものをやろう。 で、家計簿日記を思いつき、女房の本音を描いてみることにしました」。 先ほどの上映は立ち見も出たため、ゲストの皆さんは用意されていたゲスト席につくのをやめ、一般客に座ってもらったのだそう。 ナイスな対応です。 なので、上映に立ち会えず、観客の反応を知らないまま、この場に。 司会 「大きな笑いが起こってました。 色んなシーンで」。

 客席からの感想などを聞いていく時間に。 実は━━。 前述したように私も発言するつもりだったものの、すぐそばに座られていたOさんが、他の何人かと競合して挙手されていたため、指名を受ける邪魔にならぬよう自分が手を上げるのは後からにしようと思っていたら、タイミングを逃し、またずっと発言者が続き時間切れになったため、結局発言できなかったのです(Oさんには何の責任もありませんから。 汗)。 せっかくなので、どんな内容の事を言うつもりだったのか、記しておくとしましょう。.... 書かせて下さい!(笑)
 「え〜、この前の 『紙風船』 のシンポに出られた人なら分かってもらえるかと思うのですが、空腹状態はまだ続いています。 というか、益々ひどくなっています。 朝食をとってから何も食べてないので、急いで食事をしてから、遅れてこのシンポへ入場するつもりにしていたら、映画の終盤にぐっとくる場面が2つもあったため、空腹を尚1時間半ぐらい我慢してもシンポの最初から出席することにしました。 まずヤラレたのは、教会での同窓会。 ” 健やかなる時も、病める時も━━” の神父の言葉が、2人のこれまでとピタリと重なり、ぐっと胸に迫ってきたのです。 もう一つは、『恐縮だが』 のクレーマーおじさんの存在。 講演会でその正体が明らかになるところでは、思わず唸って、にやりとせずにはいられませんでした。 青島さんの脚本も、これまでとはタッチの異なる佐々部監督の演出も良かったです。 いつもと違い、出入り口に近い席にわざと座っているので、このシンポが終わったら、ダッシュで出て、何か.... 何でもいいから食べに行こうと思います」 というもの。 失礼しました(汗)。

■28日(日)■ ≪シンポジウム 「ツレがうつになりまして。」 15:45〜17:00 ≫ *後半

 さて、他の方々の発言に移りましょう。 司会がそう促したからでもあるのですが、 自分や家族、身近な方たちのうつやそれに似た病気体験を元に発言される人が多かったです。 深刻すぎず適度に軽くした映画の描き方を、ほとんどの方が称賛されていました。 青島 「10分に1回笑えるシナリオを、というのが監督からの発注でした」。 佐々部 「うつを笑いでぶっ飛ばせたらな、と思いまして」。
 Oさんももちろん指名され、発言されました。 ご自身のレポにアップされているので、転載させていただくと (どうかお許しを!)━━「うつはすでに皆さん全員がお話になったように身近にいくらでもあります。 そういう知識がある。 例えばうつは頑張ってはいけない、という了解事項の上でつくられた映画なので、説明が簡潔でいい。 良い人ばかりの映画は大抵つまらないが、本作は良い人ぶりが押し付けがましくなくて良い。 シナリオを佐々部さんが書いてないのがよくて、すっきりしている。 それでも最後の台詞はダメ押しでクドイ。 佐々部さんは今後シナリオを書かない方がいい」 と言うような内容。 いつも適度な辛口で発言される事の多いOさんにしては、かなり称賛されています。 が、シンポの最後の方の佐々部監督のひと言にがっくりされたようで、いま改めて本作を評してもらうと、ここまで褒め言葉は出てこないかもしれません。

 客席からの発言はずっと続いたのですが、いつ挙手しようかタイミングを計っていたためメモが疎かになり、具体的な内容はここで紹介することが出来なく....(汗)。 締めのご挨拶は、気を取り直して、しっかりとメモ。 國松P 「たくさん褒めていただいて、感謝しています。 正月明けに監督と堺さんが対面された時、役について深く調べていたため堺さんの顔が変わっていたんですね。 これはまずいな、とクールダウンしてもらいました。 俳優さんがそれぐらい打ち込んだ作品なので、どうぞご覧ください。 公開は、10月8日です」。
 佐々部 「ボコボコにされると怖気づいていましたが、こんなに褒めてもらい、勇気が出ました。 『日輪の遺産』 も観て下さい(笑)。 堺さんがこんなにも違うのかとびっくりする筈です (「日輪の遺産」も堺雅人主演)。 レディースデーにでもご覧ください。 あ、この年代だと、いつも千円か」(笑)。 そう、本映画祭の参加者は年配の方が多いのです。 青島 「ハシゴは、私が考えました」。 何のことか気になる方は、公開されたならサービスデーにでも足を運んでみて下さい。 臼井P 「褒めてもらい、ありがとうございます。 宣伝の方、頑張ります。 一つお知らせですが、原作の続編 『7年目のツレがうつになりまして。』 が9月に出ます。 映画についても書かれてあるので、良ければお読みになって下さい」。

 個人的にはちょっと不完全燃焼のシンポとなりました(笑)。 変な遠慮などするもんじゃないですね。 次のクロージング作のシンポで挽回です。 ただ....。 森田監督の作品は大好きなものも多いけど、ついていけないものも少なくありません。 今作は、どうも後者になる予感がしており....。 まあ、シンポで発言したいと思うほどの作品が1本もなかった年もありますから、それに比べれば、ずっとまし。 クロージング作にノレなくても、我慢です。 とにかく何か食べなければ、と出口が混み合う前に退室したのでした。

湯布院映画祭レポート'11(22)

 17時過ぎの外は、もう暑いという感じではなくなっており、たぶん売り切れになっているだろうなと思いながらも、小走りで近くの 【豊後牛弁当 限定20食】 のお店をめざします。 ━━ 店じまいしてました。 来年こそ! 来年も営業していてくれますように。 通常、新作試写の入場は上映開始時刻の20分前ぐらいから行われますが、混雑状況によっては繰り上げになる可能性も。 他の食事処へ入っていては、その時間に遅れてしまう恐れもあるため、昨年同様コンビニでアメリカンドッグを買って、手軽にお腹を満たしたのでした。 そして駅前へ移動して、お別れのソフトクリームを(笑)。 会場へ戻り、全日券の列に。 入場開始は、20分前の17時40分頃でした。

■28日(日)■ ≪特別試写 「僕達急行 A列車で行こう」 18:00〜20:00頃 ≫

【 「これからは趣味の時代になる」 と森田監督が十数年前から温めていた企画がついに実現。 鉄道好きな、大企業で働く青年と、鉄工所の跡取り息子という対照的な二人をユーモラスに描いたコメディー。 20路線80モデルもの列車で観客を素敵な映画の旅に誘う。(リーフレットより)】

 ほとんど満席に。 明日は平日なので、日帰りでの参加組はもう帰られた人が多く、クロージング作といえど、立ち見が出るまでの大盛況にはなりにくいのです。 昨年の仲村トオルさんのように人気俳優がゲストでいらっしゃていれば、別ですが。 白倉プロデューサー、三沢和子プロデューサー、森田芳光監督のお三方が、舞台挨拶にご登場。 白倉P 「ご来場くださいまして、ありがとうございます。 この作品は、森田監督のオリジナルシナリオを映画化したもので、来年3月24日の公開をめざしています。 皆さんには、半年以上も前に観てもらう事になります。 一般向けの試写としては、世界初。 貴重な機会になります。 映画の感想など、どんどん吹聴してください。 ツイッターとかでも。 ....(客席を見渡し) あまりされそうにない方ばかりみたいですけど」(笑)。
 三沢 「この映画祭には、20年ぐらい前から何度か伺っています。 いつも楽しい交流が出来て、大好きです。 ここでやると評価され、映画が幸運の道を辿るんです。 リラックスして、ご覧ください」。 森田 「久しぶりにやって来ました。 来れて、幸せです。 前回 (1995年の筈) は、若手と呼ばれてたんですよねえ。 あの時は何歳だったのかなぁ。 今は、かなりのジイさんになってます(笑)。 変化球、かわすストレート、コントロールの良さ・・・・、技巧派を楽しんでください」。

 2006年のクロージング作は、オールタイムのマイ・ベストテンから絶対外せない大大大好きな 「フラガール」 でした。 映画祭を締めくくるのですから、その年の4〜5本の新作試写の中でも1、2を争う秀作を上映してくれなければ。 それが━━。 2007年以降は、次の通り。 「やじきた道中てれすこ」(2007年)、「次郎長三国志」(2008年)、「笑う警官」(2009年)、「行きずりの街」(2010年)。 私にとっては不満の残る作品ばかりでした。 「次郎長〜」 を除いてはそれなりに期待をかけていただけに、尚更。 その点、今年の 「僕達急行」 は、たぶん、ついてけないだろうなと予想しているので、気が楽。 面白ければ、儲けものです。 ま、その確率は、2〜3割ぐらいでしょうが。さっき初めて、生のお姿を見た森田監督には失礼ながら。
 2011年のクロージング作の幕が上がります━━。
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 2時間後。 おざなりでない拍手をスクリーンに送った後、弾む足取りで2階のシンポ会場へ向かいます。 「儲けた、儲けた!」 と心の中で呟きながら。 狙うのは、最前列です。  

湯布院映画祭レポート'11(23)


■28日(日)■ ≪シンポジウム 「僕達急行 A列車で行こう」 20:15〜21:30 ≫ *前半

 希望通り最前列の右端から2番目の席をゲット。 間もなく入って来られたゲストの並びは、右から三沢P、森田監督、白倉Pの順。 左端の司会者が、制作の経緯を尋ねます。 白倉 「東映と森田監督が組む初めての作品になります(配給のみはあったようですが)。 これまで森田組は何本も東映大泉撮影所で撮られていたのに、東映作品がなかったんです。 いつかは、と思っていたので、監督からこの映画の企画を聞いた時には ” 面白い!” と、すぐにやろうと決めました」。 司会からだったか、「A列車で行こう」 というのは、デューク・エリントンの名曲の同名タイトルから取ったものとの補足説明が入れられます。 特に若い層には、知らない人が少なくないでしょうから。 司会 「さて、早速ですが、皆さんから感想などお聞きしたいと思います。 もう、まとまっている方、いらっしゃいますでしょうか?」。 こんなに早く客席に振ってくれるとは。

 ” 待ってました!” と、最前列、右端より2番目の席の男から手が上がります(笑)。 係りの実行委員よりマイクを貰い、立ち上がって発言、「岡山から参りました、○○と申します。 途中まではノレなくて、どんな失敗作になるんだろうと思いながら観てました(笑)。 それが、どんどん面白くなってきて。こんなにわくわくドキドキする映画になっているとは予想もしていませんでした。 言わば、鉄道オタクを主人公にしたコメディ映画。 私は鉄道ファンではありませんが、ピエール瀧さん演じる 【ソニック社】 社長の自宅にある巨大なジオラマや、レアな鉄道模型の数々が映され、松山ケンイチ、瑛太と3人でマニアックな会話を幸せそうに交わすところでは、何だか鼻の奥がつんとしてしまいました。 その後は、先ごろ直木賞を獲った 『下町ロケット』 風に企業ものとしての展開もあるし、美味しいごった煮映画のようでした。 誰にも真似できない独特のタッチの森田ブランドの映画がまた1本出来上がったのを喜びたいと思います。 最後に、余談ですが。 私は岡山から来ているのですが、来る時も帰る時も 『青春18きっぷ』 を利用しております」(笑)。 劇中、18切符も出てくるのです。 「この後は、もちろんパーティーに参加して、0時過ぎに宿へ戻り、明朝、由布院駅を5時39分に出る始発電車に乗り、岡山へは夕方の6時頃に帰り着くことになります。 最後に観たのがこの映画だったので、楽しい気分で帰りの電車に揺られることが出来ます。 ありがとうございました」。
 白倉Pがすかさず、「この映画の一番正しい鑑賞の仕方ですよね」(笑) と嬉しいフォローを入れてくれます。 「ツレが〜」 のシンポの雪辱が出来ました!

 鉄道オタクを主人公にしたコメディ映画? しかも、お笑いとはほとんど縁のないように思える松山ケンイチと瑛太が主演だって? そんなものが面白いの? ━━ 面白かったんだから、仕方ありません。 公開されたなら、その目で確かめてみて下さい。 但し、かなり好き嫌いが分かれるでしょう。 私も最初の頃は、お尻がむずむずする感じが続きましたから。 でも、だんだん居心地が良くなってきて。 全然期待してなかったのも良かったのでしょう。 悪くないじゃないか、から、気づいたら、なかなかいいな、と心の中で身を乗り出していたのでした。 おかしな映画です。 .... 可笑しい映画です。 皆さんも一度、心をくすぐられてみませんか。

 私の発言の中に、「ピエール瀧さん演じる 【ソニック社】 社長の自宅に━━」 とあります。 レポ(2)に書きましたが、【ソニック】 というのは、来るとき中津駅から大分駅まで乗った特急列車の名称なのです。 そう、登場人物の名前や会社名などの多くが、鉄道に関するものから付けられているのです。 会話などにおいても強調されていて、その部分だけでもかなり笑えます。

28日(日)■ ≪シンポジウム 「僕達急行 A列車で行こう」 20:15〜21:30 ≫ *後半

 松山ケンイチは、森田監督の2007年の映画 「椿三十郎」 に出演しており、また出たいと言っていたのだそう。 「オリジナルシナリオなら尚更出たいです!」 と彼の方から希望しての本作への出演となりました。 森田 「趣味7、恋愛3の男を作りたかったんですね。 彼女と趣味のどちらを取るのかと訊かれたら、趣味を取るような」。 客席から 「鉄子 (鉄道ファンの女性) はなぜ出さなかったのですか?」 との質問が。 森田 「鉄道マニアでない女性が映画に入って来れない恐れがあったため、出しませんでした。 もしも続編が作られるような事になったなら、もちろん出します!」(笑)。
 森田監督の前作 「武士の家計簿」 は、かなり高い評価を受けましたし、興行面でもヒットしました。 森田 「このところ、” 森田が戻ってきた ” って良く言われるんですよね。 昔の森田は良かったって(笑)。 でも、そんなに悪かったら、こうしてずっと撮れてないんで。 思うんですけど、『(ハル)』 や 『失楽園』 や 『三十九条』(「39 刑法第三十九条」) の頃、皆さん仕事で忙しくて映画どころではなかったんですよ。 最近、時間が出来て、『武士の家計簿』 とか観ると、” 森田が帰ってきた!” ―― そういう構図なんじゃないですかね」。 後で、「仕事が忙しくても、森田監督の映画はずっと観続けてきました。 活力にしてますんで!」 と参加者からの嬉しい反撃を食らった森田監督なのでした。

 【ソニック社】 社長の自宅にあった巨大なジオラマは、新潟に凄いオタクの人がいて、それを使わせてもらったのだとか。 白倉 「セットでやろうとすると、映画の製作費が吹っ飛んじゃいますから」。 もっと恋愛に力を入れて描いた方が女性客を取り込めるのでは、との意見が客席の中年男性より。 森田 「分かる気がします。 もう、やり直せないんですけど」(笑)。 白倉 「主演の2人は、東南アジアでも大人気なんです。 アジアで公開される時には、タイトルを 『僕達恋急行』 とでもしましょうかね」(笑)。 若い参加者からは、「あの恋の描き方は、結構分かります。 キュンときたりしました。 僕なんかは、ちょうど良い具合かなと思いました」。 森田 「どっちにしたら、いいんですか?!」(笑)。  母親世代の人からも、息子や娘を見ていたら、映画の描き方に近いように思うとの意見が出されます。 と監督が、はたと手を打って、「そうだ。 ヒットさせようとしてこのシナリオを書いたんじゃなかったんだ。 気づきました。 思い出しました」(笑)。 白倉 「監督、そんなこと言ったら困ります」(笑)。 プロデューサーとしては当然の反応でしょう。 監督 「原点は修学旅行なんです。 僕、一人っ子なもので、枕投げがとにかく楽しくて。 兄弟が欲しいという思いが、『間宮兄弟』 になりました」。

 劇中に、由布院氏も登場します。 客席から 「あれは、この映画祭を意識して?」。 森田 「勿論です」。 客席 「嘘でしょう!」(笑)。 Oさんも挙手、「東宝の社長シリーズのような雰囲気の映画に思えました。 森田監督は才能があるんだから、ヒットとか、観客のためにとか考えず、自分の作りたいものを作りたいように撮ってほしい。 このところ、バカでも分かるような映画が当り前みたいに作られるようになって、日本の映画文化がどれだけ貧しくなってきたことか。 森田監督には、媚びない映画を撮り続けてほしいです」。 素敵な激でした。 ゲスト席の皆さんも、思わず居住まいを正しておられました。

 さて――。 最後のシンポも、終わりの時間。 昨夜までは21時45分頃迄やっていたのですが、今夜は21時30分で終了に。 この公民館を、明朝までには元の形に戻しておかなければなりませんから。 白倉 「来年3月24日公開の予定です。 ついでに、(同じ東映の)『ツレがうつになりまして。』 も宜しくご鑑賞のほど――。 あ、ついでに、じゃないですけど(笑)。 今後とも東映を宜しくお願いします」。 三沢 「今夜のシンポジウムは、まるで宣伝会議のようでした。 監督の生き方まで示してくれて。 こんなシンポは、初めて。 嬉しいです」。
 森田 「今夜は、何年か前 (正しくは16年前) のシンポの感動が甦ってきて、その分も嬉しかったです。 それにしても、この企画を、よくぞ東映が! その張本人が、白倉さんです。 東映の若手プロデューサー。 日本映画を変えようとしている。 実写のプロデュースは初めて (これまでは「仮面ライダー」等のヒーロー物をずっとご担当)。 何とか成功させたい。 若武者をプッシュしていくと、東映も皆さんの希望に沿った映画を作ってくれるかもしれません。 長い間、私の映画を観てきてくれて有り難うございました。 じじいになっても、また来たいです!」。 森田監督らしい、最後のシンポの締めにふさわしいお言葉。 大きな拍手が送られます。 映画と同じく、何度も爆笑の巻き起こるシンポでした。    

湯布院映画祭レポート'11(24)


■28日(日)■ ≪ ファイナルパーティー 22:00〜 ≫ *前半

 今夜も徒歩での移動です。 10分足らず。 途中で、Oさんと並んで歩くK野さんを見つけたので、「 『僕達急行』 どうでした?」 と感想を尋ねます。 「森田フリークですから」。 満足されたのなら、良かった。 「シンポジウムも面白かったでしょう?」。 もう少し喧々諤々(けんけんがくがく)なものを期待していたので、ちょっと物足りなかったとの事。 なるほど。 Oさんは、今夜もK野さんのエスコートを私に任せてくれるみたいで、他の参加者と話しながら歩かれています。
 間もなく、[ゆふいん健康温泉館] に到着。 ここは、テーブルが置かれ料理が用意されているのは屋内ですが、庭園でもお喋り出来るようになっています。 適当なテーブルにつき(立食)、K野さんに今夜は湯布院のホテルや旅館の若手料理人の方々が創作料理を振る舞ってくれるのだと、ご説明。 三十人ぐらいが、本業の仕事を終えてから駆けつけてくれています。 握り寿司などは既に並べられていますが、出来立ての熱々が提供される料理も。
 開宴時刻の22時には、まだしばらく時間があります。 すぐそばに、「紙風船」 の秋野監督が所在なげに立っていたので、すかさず 「秋野監督!」 と声をお掛けし、背中を押すようにして私たちのテーブルに来てもらいます。 「いやぁ、4本とも良かったので、びっくりしました」 とシンポでの発言の繰り返し。 監督4人で籤(くじ)でも引いて映画祭行きを誰にするか決めたのかと、その辺りの事をお訊きすると、最初から廣原監督と2人で、という話だったみたいです。 映画祭側が選んだのか、プロデューサーか大学側が決めたのか。 ま、今回来てくれた2人に何の不満もないので、それはどうでもいいです。 「来られなかった2人の監督にも、” 良かった ” とお伝え下さいね」。 「必ず、伝えます」。
 撮影現場での仲村トオルさんについて尋ねます、「昨年のゲストだったんですけど、とにかくトークが面白くて。 撮影、どうでした?」。 とてもいい人で、やりやすかったとの事。 シンポジウムで秋野監督の作品には否定的な意見も出ました、「肯定にせよ否定にせよ、参加者たちは一人でも多く感想や意見をゲストにお伝えするのが何よりのもてなしだと思っているんですよね」。 「たくさんの率直な意見を聞けて、本当に嬉しかったです。 こんな機会、他ではありませんから」。 「何年後かに、今度は長編で来て下さいね。 待ってますから!」。

 秋野さんの姿を見つけた廣原監督も、後から同じテーブルに加わってくれました。 同監督には、大後寿々花ちゃんの演技について、どうだったか教えてもらいます。 「こちらの要求を自分の中で消化して、希望した以上のものを出してくれました。 大人の俳優ですね」。 「よく、監督は主演女優に惚れてしまうと言われますが、寿々花ちゃんに恋したりとかはありませんでしたか?(笑)」。 「なかったです。 そんな余裕がなくて」(笑)。 ひと安心(?)です。 やさしい顔立ちの廣原監督は今年25歳、秋野監督は一つ年上のイケメン。 2人とも、特におばさま方に大人気で、入れ替わり立ち代わり、「写真いいですか?」 と頼まれていました。 写真だけでなく映画の感想も言ってもらってたようですが。 おばさま方の襲撃が一段落したら、今度は色々と語りたい男の参加者たちが次々に。

 話は、廣原監督が来られる前に戻って――。 開宴のセレモニーです。 由布市の副市長のご挨拶に続いて、料理人代表の方から 「一生懸命に作った料理なので、一生懸命に食べて下さい!」。 乾杯のご挨拶とご発声は森田監督、「海外の映画祭だと 『エクセレント!』 『ビューティフル!』 『ホット!』 とかは言ってくれるけど、詳しい感想はないんですね。 ここは、もう色んな意見を聞かせてくれて、とても有り難いです。 いつの間にか、呼ばれた監督ゲストの中で最年長になってました。 映画祭が36回も続いてるのは、本当にすごい事ですよね。 益々のご発展をお祈りして――、カンパ〜イ!」。
 さあ、料理に殺到です。 といっても、そこは日本人、順序良くですけどね。 普通の握り寿司の他に、肉のお寿司も。 天ぷら、おそば、幾つもの創作料理、スイーツにフルーツ等。 食べたり、廣原・秋野両監督と話したりするのに忙しいK野さんのため、せっせと料理を取って来る私なのでした(笑)。 まあ、2回ぐらいなものですけど。 参加者たちに囲まれ、料理を取りに行けない両監督にも、並んで肉の寿司を握ってもらい、「どうぞ」 と食べてもらったのでした。 ゲストはパーティーで満足に食べられない事も少なくありません。 が、宿に戻ると、そういう場合に備えて何らかの料理が用意されているので、心配ないみたいです。

 半ば近くとなり、ゲストの皆さんに順番にステージに上がって頂き、ご挨拶をお願いします。 トップバッターは 「紙風船」 組の両監督。 廣原 「観客の皆さんとこんなにたくさん話せる映画祭は、他にありません。 こんなに真剣に映画を観てくれている人がいる事に感激しています。 これからは、苦しい時はこの映画祭のことを思い出しながら、映画を撮っていきます」。 秋野 「廣原と同じです。 2人ともまだ二十代の駆け出しなのに、ちゃんと一人の監督として皆さん接してくれ、とても有り難く思っています。 いつか、ここに帰って来たいです」。 しっかりした挨拶をしてくれました。 .... 保護者かいっ(笑)。
 続いては、「ツレが」 組。 佐々部監督 「映画祭は、スタッフの人が大変なんですが、ここはスタッフも少しは一緒に飲み食いしてくれているので、嬉しいです」。 青島 「監督がいいこと言いました。 スタッフに拍手〜!」。 その音頭で、会場全体から拍手が湧き上がったのでした。 が、ステージの前で写真撮影に忙しい参加者たちもいて....。 青島 「全日組! 写真ばかり撮ってないで、拍手しろよ!」(笑)。 その人たちも、撮影の手を休め、拍手に加わったのでした。 臼井P 「この映画祭が大好きになりました」。 國松P 「定年になったら、この映画祭のスタッフになろうかと思ったりしています」(大拍手)。
 「僕達急行」 組の他の方の分は覚えきれなかったので、森田監督のご挨拶のみを、「大分のご当地映画でもある事を宣伝するの忘れてました(笑)。 湯布院発、『僕達急行』、出発進行〜!」。


■28日(日)■ ≪ パーティー 22:00〜 ≫ *後半

 ステージを下りる森田監督を狙って、森田フリークのK野さんと2人で突撃(笑)します。 まずは私が、シンポ同様 「とても良かったです」 と話し掛け、「森田監督の大ファンで、私と同じ岡山から今年初参加された方なんです」 とK野さんを紹介。 と、三沢プロデューサーが彼女の顔を覚えており、「ほら、あの、岡山で取材してくれた方ですよ」 と監督に教えます。 森田監督も気づき、その時の思い出など話し始めて、相槌を打つK野さんもリラックスムード。 後はごゆっくり、と私は別のゲストを探して、移動します。 そうそう、「僕達急行」 のパート2があれば、今度の舞台は○○の辺りなのだとか。 実現してほしい!! 皆さん、来年3月に公開されたなら、ぜひ本作に足を運んで下さい(笑)。 あ、それから、森田監督に突撃したため、その後でステージに呼ばれたゲストの方々のご挨拶は聞くことが出来ませんでした(汗)。 荒井さんは 「何かゴタゴタしてるようだけど、来年もやってほしい」 みたいな事を言われてたような。

 「ツレが」 組の皆さんは、庭園の木の辺りにおられました。 まずは佐々部監督に、シンポで発言したかった内容をお話しし、「帰ったら、近い内に 『日輪の遺産』 を観に行きます」 とお約束。 2005年の 『ゆうばり映画祭』 で監督の 「カーテンコール」 を観た時の話をするのを忘れてしまい、後でちょっとがっくりしたのでした。 失礼ながら黙っている時は少々いかつい顔に見える佐々部監督ですが、話しやすく、人当りの柔らかい方でした。 次は、7年前に 「樹の海」 が上映された際まずシンポで感想をお伝えし、パーティーでも色々とお話しした青島さんに。 実は、当時、映画祭の後でちょっとした出来事があり、郵便での遣り取りを行ったりしたのです。 2〜3年後にまたゲストでいらっしゃるだろうと思っていたら、いつしか7年もの月日が。
 「青島さん、ようやくお会い出来ましたね。 あの時は、すみませんでした」。 「樹の海」 は、本映画祭で上映された翌年(2005年)に一般公開。 「その年のマイ・ベストテンの1位か2位に選ばせてもらったんですよ」。 主要な出演者の一人である井川遥さんは、同作にて 『高崎映画祭』 の助演女優賞に輝きました。 「当時東京に住んでいた友人が授賞式に行き、舞台の井川さんの写真を送ってくれまして。 その友人は、それから高崎に転勤になり、『高崎映画祭』 の実行委員をやっていて、私も去年、一昨年と2回参加してきました」。 もちろん、「ツレが〜」 の感想もお伝えします。 それから、帰ったら 「日輪の遺産」 に駆けつける約束も(笑)。 脚本を担当された2本が相次いで公開される青島さんですが、高倉健さんの6年ぶりの新作映画 「あなたへ」(降旗康男監督) も担当されているみたいです。 ニュースの記事によると、” 2010年夏に降旗監督が、脚本家の青島武さんと物語を再構築した ” という記述でしたが。 現在、撮影真っ盛りで、公開は来年の秋を予定しているのだそう。 こういう話題作が本映画祭で上映されることはないでしょうが、青島さんには今度は7年も空けずに、またいらして頂きたいもの。 次回も脚本家としてでしょうか、それともプロデューサーとして?

 さて、昨夜に続き、オークションが始まります。 ステージの前に集合。 何人ものゲストがたくさんのお宝を出して下さいました。 森田監督ご提供のTシャツの時だったか、K野さんも一度だけ手を上げ、参加したのでした。 競り合うという所まではいかず、他の人が落札したのですが。 これも良い思い出になったことでしょう。
 そうこうしている内、今年の映画祭も閉幕する時間に。 勿論この人、伊藤雄実行委員長のご挨拶です。 ここ何年か、そろそろ退くことを匂わせ続けてきましたが、「今年限りで辞めます。 実行委員は続けますが」。 荒井さんが 「何かゴダゴタしてるようだけど」 と言われていたのは、この事だったんですね。 伊藤さんは、常連の参加者たちからペアの旅行券を贈られたのだそう。 「普通は妻と使うんだろうけど、一緒に行ってくれないかもしれないので、誰と使おうか?」 みたいな事を言われてたかな。 違っていたら、ごめんなさい。 これは、もう正式決定で間違いないみたいですね。 伊藤 「永遠に、とは言えないが、来年もきっと開催できると思います。 後任も着々と準備していますので、応援してやって下さい」。 こうして、伊藤さんが実行委員長を務める最後の湯布院映画祭の幕が下りたのでした。

 時刻は0時を少し回ったぐらい。 参加者たちの多くは、名残惜しそうにまだ立ち話など続けていますが、明朝始発電車で発つ私は、早く宿に帰り、風呂に入って寝なければなりません。 名刺を貰ったK野さんには 「帰ったら、メールします。 来年も参加して下さいね」。 宮崎組の皆さんとは、「また来年! 宮崎映画祭にも2度目の参加を果たしたいんですけどね」。 実行委員のAさんにも、お世話になったお礼を。 「また来年」 と顔なじみの方たちに声を掛けながら出口に向かいます。 バッグから懐中電灯を取り出しながら(笑)。 宿の風呂が2つになったので、競合して待たされる恐れは、まず無し。 それでも、オークションがあったりしたためパーティーの終了時刻が例年より遅くなったので、やはり小走りになり宿へ戻ったのでした。

 悪いクセ(汗)。 本レポは、あと1回だけ続きます。 あれこれ総括的に振り返ったり、来年への想いなど綴っておきたいので。 そういえば、” 総括 ” という言葉は、青島さんがプロデューサー 兼 脚本家として関わった2001年の特別試写作品 「光の雨」 の中で重要な言葉として出てきて、以後、毎年の本レポでも良く用いるようになったのでした。 これは、是非とも、しっかりと ” 総括 ” しなければ(笑)。     

湯布院映画祭レポート'11(25)

 29日(月)の朝、5時20分に宿を出立。 日の出にはまだ少し時間がありますが、快晴間違いなしの空模様で、由布岳もくっきりと見えています。 80ページ超の映画祭パンフを約10冊収めたため来た時より重くなりパンパンになったバッグを肩から提げ、去年までなかった橋を渡り、駅へと。 睡眠3時間弱で、早朝からこの重さのバッグを持って歩くのは、ちょっときついかも。 宿を出てすぐは半袖だと肌寒いくらいだったので、汗などはかかず、助かりましたが。 来年は、メール便は使えなくても、昔に収集してた頃の切手シートが結構あるのでそれを有効活用して湯布院の郵便局から各地の映画仲間にパンフをお送りしようかな。
 昨夜の 「僕達急行」 のシンポで言っていたように5時39分の始発に予定通り乗車。 2つ目の湯平駅では、3日前の夜のO野さんとの別れを思い出し、感傷に浸ったりなど(笑)。 Oさんから湯布院の美味しい店情報を教えてもらい、来年は絶対そこへ行くぞと決めているので、来年O野さんが2度目の参加をしてくれ再会できたなら、ぜひランチでもご一緒に! K野さんにも、連続参加していただきたい! 帰ってすぐ、一度メールのやり取りをしたものの、今のところそれ以上の交流はなし。 残念ながら....(笑)。 まあ、同じ岡山市内に住んでいるので、いつか映画館ででもばったり会えるかもしれませんが。 とにかく、今年の映画祭は、この ” 2つの出会い ” により、ひときわ楽しいものになったのでした。 それにしても、2人とも苗字に ” 野 ” がつくとは。 偶然にせよ、ちょっとびっくりです。 4年ぶりに参加された ” 弾丸ツアー ” のH野さんも同じくだし。
 大分から小倉へ向かう途中駅で、「僕達急行」 に主演した瑛太くんの写っているJR九州のポスターがちらと目にとまりました。 こういう宣伝が実を結んでヒットし、続編が作られますように。

 既に途中でお詫びしたことではありますが、やはりレポのコンパクト化は図れませんでした(汗)。 ならば、と代わりに、何年ぶりかで9月中のレポ完結をめざしたりしたものの、こちらもダメで(今日は10月2日)。 まあ、勝手な自己目標であり、どうでも良い事なのですが。 何とか今年も、1日も休まずにレポを続けてこれたのは、ちょっとだけ自分を褒めてやりたい気分。 別に毎日連載を公言している訳でもないので、これまたどうでも良い事ではありますけど。 ストックが出来なくて、ほとんど書いては出し状態だったのです。 普通なら前後半に分けるぐらいの分量なのに、9月中の完結をめざしていた時期には一度にまとめてアップしたりしたものですから。

 土曜日のパーティーへ向かう際に宮崎組のS原さんから教えてもらった、宮崎ロケ作品のその後についてお知らせしておきましょう。 【 2005年のちょうど湯布院映画祭と同じ時期にちょっと問題を起こし秋に決まっていた話題作の公開が危ぶまれた事のある監督の作品。 売れっ子の若手男優2人と、主演に近い作品が7月に公開され9月にも主演級のものが公開を控えている映画女優と、7月に公開された作品で相変わらずの名助演をみせた年配の女優が、出演なのだとか。】 と記していた作品は、残念ながら石垣島ロケに決まったようです。
 もう1本の、私と同じ岡山県出身の女性監督・Hさんのデビュー作は、ある程度まで具体的な内容を明らかにしても良い段階に来ている模様。 S原さんの書かれた文を転載させてもらうと ――【 岡山市出身の平松恵美子さんの初監督作品が11月に宮崎市内で行われます。 宮崎であった犬の親子の実話の映画化で 「ひまわりと子犬の七日間」(原作は「奇跡の母子犬」) というタイトルのようです。 平松さんは松岡錠司監督の傑作 「さよなら、クロ」 の脚本も書いてますので期待できそうです。 主演男優・女優・助演女優ともに大物ですが、今は明かせないのが残念です。 公開は来年3月の予定ですので年内には正式発表があると思います。】 公開前の岡山での試写会には、たぶん平松さんも舞台挨拶に立たれることでしょう。 行けそうな日だったら試写会に応募するぞ。

 義援金の集計結果についても、一応お知らせしておきましょう。 映画祭の公式ブログからの転載です。 【 映画祭期間中に行われた東日本大震災の被災者支援のオークションの結果は以下のとおりです。 合計落札金額: 390,911円 (パーティでのオークションを含む) これに、映画祭期間中に行われた100円募金の合計金額50,000円を加えた 440,911円 を 「東北に映画を届けよう!プロジェクト 映画応援団 シネマエール東北」 に寄付させていただきます。 オークションに品物を提供してくださった方、オークションにご参加いただいた方、そして100円募金を行ってくださった方、すべての方々に厚く御礼申し上げます。】

 映画祭の期間中 及び その後で岡山にて公開された、映画祭のゲストに関係した2作品は、もちろん鑑賞済み。 まず、「日輪の遺産」。 「帰ったらすぐ観に行きますので」 と約束した通り、9月1日のファーストデーに足を運んだのでした。 時々、佐々部監督や青島さんの顔を思い浮かべながらの鑑賞(笑)。 ラスト近く、真柴少佐(堺雅人)が沢庵を持って見舞いに行った後、あの歌を歌いながら笑みを浮かべて帰っていくところでは、その笑顔の表情が何だか青島さんに似ているように見えたりなど。 そこからの盛り上がりには、涙が込み上げてくる瞬間があったものの、全体的には、「樹の海」 や 「ツレが〜」 ほどには惹き込んでくれませんでした。 残念ながら。 それでも、エンドクレジットが流れ始めると席を立つことの多い私ですが、本作は湯布院で観るのと同じく映画が完全に終わるまでスクリーンを見つめたのでした。
 もう1本は、光石研さんの主演作 「あぜ道のダンディ」(石井裕也監督)。 前半は演出、光石さんの演技とも上滑りしていた印象ですが、普通の描写が多くなった後半は家族間の適度な情感が溢れだし、とてもしっくりくるようになったのでした。 妻(西田尚美)は10年ぐらい前に胃癌で死去していながら、とにかく、揃って大学に進学する年子の息子と娘が2人とも良い子に育っていて! 四十代から上と思われるご婦人方の鼻をすする音が3つ、4つと周りからしてくるものだから、私もつい泣いちゃいました。 周りの人が泣いてなくても同じだったでしょうが(笑)。 年配客の多い湯布院で上映されていたなら、鼻をすする音の大合唱だった筈。 それにしても――。 あのうさぎのダンスの撮影は楽しかっただろうなあ、一家4人での。
 本作で息子役を演じたのは、石井組ではお馴染みの森岡龍くんですが、何と、9月30日に表彰式が行われた 『第33回ぴあフィルムフェスティバル』 において、彼がメガホンをとった 「ニュータウンの青春」 が優れたエンターテイメント性に対して贈られるエンターテイメント賞を受賞したそうなのです。 やるなぁ。 観てみたいものです。

 昨年も今年も 『シネマトゥデイ』 の記者の方が映画祭に取材で来られていたようで、ネットの映画ニュースで幾つも記事として取り上げてくれていました(一昨年も来られていたのかも)。 映画祭に注目してくれている事や、記事として読ませてもらえる事がとても嬉しくて、感謝したいぐらい。 来年もいらっしゃるなら、ご挨拶したいなあ。
 最後に。 昨日のレポに書きましたが、伊藤実行委員長が退任されることになりました。 来年、映画祭はどんな風に変わっていくのでしょう? 大きく急に、というのではなくて、何年か経った時、1年ずつの積み重ねで色合いが違ってきているのがはっきり分かるという風な変貌の仕方になるのかもしれません。 どんな新風が吹くのか見守っていきたいと思います。 一緒に走っていきたいと思います。
 レポも、ようやく終わりに辿りつきました――。 いつも以上に、来年の映画祭が待ち遠しくてたまりません。 今から指折り数えています(笑)。

                                     (終)